医学界新聞

 

災害時の負傷者治療

トリアージの有用性と課題


 さる5月21日,東京都新宿区の東京女子医科大学において,第24回公開医学講座が,鈴木忠氏(東女医大)の司会のもと開催された。「大災害時の負傷者救出・救命のあり方」をテーマに,医師に限らず,大災害時に密な連携が必要となる消防職員や行政職員も登壇し,災害救助の体験を口演。その後のシンポジウムでは,講演者と会場が一体となった討論が展開された。


 鈴木氏の挨拶の後,石川雅健氏(東女医大)が,トリアージの歴史から現在日本のトリアージについて説明した。続いて新潟県中越地震およびスマトラ島沖地震の災害救助現場に立った相田紀夫氏(東京消防庁),歌舞伎町ビル火災でトリアージを実際に行った中田託郎氏(東女医大),上野範行氏(東京消防庁)らが登壇し,現場の困難な状況を語った。さらに,木村祐介氏(前東京都医師会理事)が登壇し,阪神大震災・地下鉄サリン事件などをもとに東京都医師会の災害医療対策を,鴫原浩氏(東京都総務局)が東京都の災害対応方針を語った。

トリアージの概念との溝

 シンポジウムでは,黒タッグのついた被災者の取り扱いについて活発な議論が行われた。歌舞伎町ビル火災において,死亡確認された被災者の搬送に,救急車が使用された。そのことに「同時期に列車事故やテロなどが起きた際,救急車が遺体の搬送に使用され,治療を必要とする被災者が搬送できない事態に陥るのではないか」と会場から疑義が投じられた。この問いは,“傷病者が同時に多数発生し,治療能力を超えるような大事故・大災害時に傷病の程度等を判断し,治療や搬送優先順位を決定することにより,限られた医療スタッフ,医薬品等の医療機能を最大限に活用し,より多くの傷病者の治療にあたる”トリアージの概念に則ったものであった。

 現場でトリアージを行った石川氏は,現時点では非常に難しいと述べた。トリアージは医療従事者間に広まってきている。しかし,一般の人々への周知までは至っていない。そのため,まだ生命兆候のある家族や知人に黒タッグがつけられ,赤タッグの他の患者が優先されて搬送・治療された場合,抵抗を受けるためである。

 鈴木氏は,トリアージの課題として,「医療従事者だけでなく,一般の人々にもトリアージの概念を周知する必要があり,まだ時間がかかるであろう」とまとめた。

明らかになった諸問題

 災害時に不利となるCWAP(子ども:Children,女性:Women,高齢者:Aged people,患者:Patients)の災害弱者への対応についても議論された。CWAPは概念であって,個々に判断する必要があり,80歳の健常者と,40歳代で半身不随の人を,CWAPだから同じ災害弱者にするには無理がある。だからといって,現場で災害弱者かどうかを決定することは,トリアージ同様,困難であると鈴木氏はまとめた。災害救助からさらに踏み込み,避難所生活について語られ,木村氏は,「足腰が弱り補助者が必要な高齢者は,屋外に設けられたトイレまで行けないといった根本的な問題があり,個々に対応していく必要がある」と述べた。

 地下鉄サリン事件においては,1つの病院へ患者が集中し,病院のキャパシティーを超える事態となった。その時の教訓から病院の搬送配分について,都は災害システム化を図っていると述べた。その対策により歌舞伎町火災において,1病院に4―5名の分散搬送が行われ,病院はスムーズに対応できたことは,評価されるべきものであった。

 この講座を通じ,医療が災害対策の重要な一部を担うこと,現場でどのように行動すべきか,一人ひとりが再認識し,閉会した。