医学界新聞

 

シネマ・グラフティ

第4回
「男と女」


2633号よりつづく

■フランス映画が元気だった頃

 思いがけず時間ができると,書店に立ち寄るのが好きだ。とくに何を探すというあてもなしに,あちこち歩きながら,背表紙を眺めていく。すると,ふと目にとまる本がある。手に取って,少し読んでみる。しばらく読んだら,その本をまた書棚に返して,徘徊を続ける。またもや,目に飛び込んでくるタイトルがある。それらには一貫したテーマがあることに気づき,今の自分のこころのあり方を表していることがある。

 DVDの店でも同じことが起きる。ついこの間,「男と女」が目にとまった。「ダーバダ,ダバダバダ,ダバダバダ♪♪♪」という音楽だけは耳に馴染んでいるのに,ストーリーとなるとまったく記憶にない。もしかしたら,そもそもこの映画を観たことがないのかもしれないとさえ思った。

 こんな映画に時々出会う。そして,自由連想のように,あれこれと想いをはせるのも面白い。

亡き人の面影に揺れる男と女

 「男と女」の初演から実に40年近く経った。あらためて観てみると実に不思議な映画だ。主な登場人物はふたりだけ。アントワーヌという男の子の父親で,レーサーのジャン・ルイ・デュロック(ジャン・ルイ・トランティニャン)。フランソワーズという女の子の母親のアンヌ・ゴーチエ(アヌーク・エーメ)。ジャン・ルイとアンヌは,子どもが通う寄宿学校で出会い,恋に落ちる。

 ふたりには共通した過去があった。ジャン・ルイはル・マンの24時間耐久レースで重傷を負った際に,失意のどん底に落とされた妻が自殺していた。そして,アンヌも俳優の夫を事故で亡くしていた。ふたりは惹かれあいながらも,今は亡き愛する人の面影が浮かび上がる。

色彩と音楽を 巧みに駆使

 ストーリーといってもあってなきがごとし。しかし,どんなラブストーリーにも引けを取らない出来ばえだ。それにしてもこの映画はいったい何なのだろう。クロード・ルルーシュ監督らしい繊細で美しいシーン,そして,突然,白黒からカラーへ,カラーから白黒へと変化し,ごく普通の会話が歌に変わる。アメリカ風のミュージカルかというと,それともまるで違う。色彩と音楽を巧みに駆使した映画として1960年代半ばに大ヒットした。

 クロード・ルルーシュ監督,フランシス・レイ音楽の同じコンビの作品としては,グルノーブルで開催された第10回冬期オリンピック記録映画「白い恋人たち」(1968年)を思い浮かべる。この映画も「男と女」同様に,音楽は耳にこびりついているものの,さて,どんなシーンがあったかというと,思い出せない。次は,「白い恋人たち」を観てみよう。なにしろ「白い恋人たち」を観て,スキーを始めた私なのだ。

 それにしても,最近はフランス映画の勢いが失われてしまった。リュック・ベンソンくらいではいかにも寂しい。私が映画を観始めた頃は,ヌーベル・バーグ全盛時代で,「勝手にしやがれ」(1959年),「地下鉄のザジ」(1960年),「気狂いピエロ」(1965年)などを夢中になって観たものだ。

「男と女」(Un homme et une femme)1966年,仏
監督:クロード・ルルーシュ
脚本:ピエール・ユテローバン
音楽:フランシス・レイ
出演:アヌーク・エーメ,ジャン・ルイ・トランティニャン
受賞:アカデミー賞外国語映画賞,脚本賞。カンヌ映画祭パルムドール賞,他。

次回につづく


高橋祥友
防衛医科大学校防衛医学研究センター・教授。精神科医。映画鑑賞が最高のメンタルヘルス対策で,近著『シネマ処方箋』(梧桐書院)ではこころを癒す映画を紹介。専門は自殺予防。『医療者が知っておきたい自殺のリスクマネジメント』(医学書院)など著書多数。