医学界新聞

 

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Revenge of Academic Pediatrics
アカデミック ペディアトリックスの逆襲!
――小児科を魅力あるものとするために

西崎 彰(フィラデルフィア小児病院・ICUフェロー)


 本稿のタイトルのように書くと医学英語に慣れていない学生の方は(私も学生の頃はそうでした),テレビの怪獣の特撮や外国資本の日本市場への参戦,などを連想するかもしれません。

 ここで私が述べたいのは,「小児科がより学生さんや研修医の先生に魅力的である必要がある」ということ,また「そのために何が欠けているのか,またどのように改善すべきであるのか」ということです。

 逆襲というからには,これまでの逆境を証明しなければいけないわけですが,これにはいくつか根拠があります。

1)卒前,卒後教育において小児科が魅力,活力に満ちていない。学生時代小児科の実習はどちらかというと地味なイメージがあり,期間も約4週間と限られている。小児科卒後ローテート研修は数か月と限られており,この間のトレーニングの達成目標もあいまいである。小児科にフィックスした後もその後の小児科研修の質が保証されていることはなく,労働力として見られていることが多い。また労働条件は悪い。

2)全医師に占める小児科医の割合は諸外国に比べてはるかに低い。そして,少子化傾向にもかかわらず,そのニーズが満たされていないため,小児患者が小児科医に診察されないことが依然として存在する。また小児科の教育の中心である中核病院に勤務する小児科医の数は開業医に比べ相対的に少なく,多忙なため教育に費やすべき時間的,人的資源に支障が出ている。

小児科の醍醐味はここ!

 私は小児科臨床実習をする学生,またスーパーローテート研修で小児科をまわる研修医の先生に,ぜひとも小児科の醍醐味を感じとってほしいと思っています。

 小児科の醍醐味は,小児のPreventive Medicineの主体である予防接種,検診から,外来診療,重症患者の全身管理まで幅広いこと,また重症患者の管理,外科,外傷患者の管理などをさまざまな科と協力しながら行っていくことでしょう。

 小児の診断学は,内科同様に非常に奥深いものです。また臨床所見がよりはっきりと認められやすいのも臨床をするうえでの醍醐味です。例えば小児のほうがずっと簡単に肝脾腫を触れることができます。また同一の疾患がまったく別のプレゼンテーションをするのも,小児科ならではです。例えば百日咳,生後3か月までの乳児ではあの教科書的なWhooping Coughを見ることは稀です。ではどのように発症するのでしょう。それは無呼吸です。

 敗血症を考えてみてください。新生児の敗血症の発症の仕方はより大きい小児や成人とはまったく異なります。その起炎菌だって違います。生後36か月までの小児にはFever without localizing sourceなどという一見内科でいうFUO(Fever of Unknown Origin)と混同しそうな診断概念があります1)。これも内科や成人の救急医学とはかけ離れた概念でしょう。

 外傷に目を向けると,SCIWORAなんていうどうやって発音してよいのかわからない単語があります。これは“Spinal Cord Injury Without Radiographic Abnormality”の略で,小児の頚椎損傷においては重要な概念です。

 さて,今度は治療のほうに目を向けてみましょう。

 Hospital acquired hyponatremia(医原性低ナトリウム血症)2)という言葉を知っていますか? これはこの1-2年に出てきた疾患名で,小児科入院患者(外科疾患も含む)で,かなりの患者が低ナトリウム血症を入院中に発症している,というものです。最近はこのために低張性輸液を避ける方向にきているようです。

 また,DKA(糖尿病性ケトン性アシドーシス)の患者さんにメイロン(重炭酸ナトリウム)を投与しますか?

 これは大きな議論のあるところです。というのは,小児では脳浮腫の可能性があるからで,この決断は慎重にされなければなりません。これは内科とはかなり異なっています。このように,同一疾患でもマネジメントが内科と小児科で大きく異なることがあることがまた小児科の醍醐味と言えるでしょう。

小児科におけるエビデンスは?

 いまやエビデンス全盛時代です。特に内科の先生と話していると「これは何年にこういうスタディが出ていて……」なんていう会話がざらです。ところが小児科では一部(血液疾患や新生児)を除いてそういう会話がでてくることが少ないのではないでしょうか? これにはいくつか理由があります。

 まず1つに,内科に比べてやはりエビデンスが圧倒的に少ないことがあります。これはさまざまなガイドラインの数を比較しても明らかでしょう。これは小児における臨床研究は内科に比べて倫理的に難しいことが多いこと,症例数自体が少ないことなどが原因でしょう。しかし私はもう1つの理由をあえて指摘したいと思います。それは一般小児科教育ができる医師や教育者が少ない,ということです。例えば先ほどのHospital acquired hyponatremiaの話など,おそらく小児の腎臓や内分泌を専門にされている先生ならご存知でしょうが,それが一般の小児科卒後教育が行われている病院のスタッフまで伝わってこない。つまりのところ,エビデンスはあるが,それが生かされていない。

 また外来での抗生物質投与頻度とその地域でのペニシリン耐性肺炎球菌の頻度には,相関性があることが証明されています3)。ところが,小児科外来での不必要な抗生物質投与が一向に減らない。これは一般小児科医に必要な知識と技術を指導できる力のある一般小児科専門医が非常に不足しているためと思います。

 このような一般小児科を教えることのできる小児科医が増えれば,小児科の生き生きとした醍醐味が学生やローテート研修医に伝わり,小児科に対する印象もよりよいものになること必須でしょう。

小児科における労働条件

 小児科を魅力あるものにするために,どうしてもこの問題を避けて通ることはできません。最初に述べたように日本の小児科医数,とくに小児科勤務医数は明らかに不足しています。また小児科がいわゆる3K職場であることは,これまでにも言われてきたことです。これではいくら小児科に興味があっても,二の足を踏む学生,研修医がいることは誰の目にも明らかでしょう。

 この点を解消するためにも,(1)小児科の地域における役割を明確にし,関連病院維持のためだけの目的で人材が希薄になることを防ぐ。小児救急センター病院という形での小児医療の集約化と小児科研修の集中化,(2)医局の縄張りより地域のニーズにあった人的資源の配分,(3)学生の小児科教育,ローテート研修医の小児科教育,小児科フィックス後の小児科研修内容に厳しい基準と監督制度を設け,学生が大学病院の病棟で4週間ただ過ごすだけなどという研修が行われないようにすること,また卒後ローテート研修が大学で行われる場合は小児科の一般的疾患がバランスよく見られる一般病院における研修を強く考慮すること,(4)小児科研修医の研修内容の定期的チェックおよび,労働条件,学術活動に対する環境をチェック,指導する機関ができる必要があること,などを提言します。

高まるニーズに対応するために

 少子化が進む一方で,小児科医に対するニーズはこれからも拡大していくでしょう。小児は小児科医が診察するべき,というのは今後当たり前のことになっていきます。そのためにもサブスペシャリティだけではなく,一般小児科学を学生,ローテート研修医,小児科研修医に教えられる人材の育成とポジションの確保が必要です。これが小児科の醍醐味のアピールにつながり,より多くの人材を小児科に導くことになると考えています。小児科研修担当の先生方にはこれまで以上に一般小児科学に重点を置いた卒前卒後教育を提言したいと思います。


参考文献
1) Barraff LJ, Bass JW, Fleisher GR et al. Practice guideline for the management of infants and children 0 to 36 months of age with fever without source. Ann Emerg Med 1993; 22: 1198
2) Hoorn EJ, Geary D, Robb M et al. Acute hyponatremia related to intravenous fluid administration in hospitalized children: an observational study. Pediatrics 2004; 113:1279
3) Baquero F, Baquero-Artigao G, Canton R et al. Antibiotic consumption and resistance selection in Streptococcus pneumoniae. J Antimicrob Chemother 2002; 50: s2, 27

西崎 彰氏
1995年名大卒。岡崎市民病院にて2年間の卒後研修,2年間の小児科研修を行う。その後横須賀米海軍病院にてインターン研修,名大病院小児科での研修を経て00年7月より渡米。セントルークスルーズベルト病院,マイモニデスメディカルセンターにて3年間の小児科研修を終了後,03年よりフィラデルフィア小児病院にて小児ICUフェロー。04年に米国小児科研修を経験している同志とともに『小児科シークレット』(MEDSi刊)を翻訳,出版した。