医学界新聞

 

(「脳神経外科」5月号 座談会より)

日本脳神経外科同時通訳団
――アジアをリードする日本医学界からの発信

伊達 勲氏
(岡山大学脳神経外科教授)
=《司会》
植村研一氏
(弘慈会加藤病院院長)
大井静雄氏
(東京慈恵会医科大学脳神経外科教授)
本郷一博氏
(信州大学脳神経外科教授)


 学会の海外招聘講演演者の同時通訳を中心に活動を行ってきた日本脳神経外科同時通訳団。活動開始からすでに20年が経ち,現在では日本脳神経外科学会総会,日本脳神経外科コングレスだけでなく関連学会へと幅を広げ,学会の国際化へとつながっている。その活動の足場をつくり,支えてきた4名の脳神経外科医がこれまでの活動を振り返るとともに,医師が同時通訳を行う意義,医学英語教育のあり方等について語った。

 本紙では,この座談会で議論された内容の一部を紹介する。詳細については,『脳神経外科』第33巻5号(2005年5月号)を参照されたい。


医学生のための英語教育

伊達 植村先生は日本英語教育学会を立ち上げられていらっしゃいますが,医学英語教育について,どのようにお考えですか?

植村 私は日本医学教育学会でいろいろなグループワークをしているのですが,ある時期に医学界での英語の教育はどうなっているかということが話題になったんです。

 過去に東大の先生が行ったアンケートでは,医学部の英語教員は,大学側がどういう英語を教えてほしいのかがわからず困っているという結果が出ていました。私自身もアンケートを行ったのですが,むしろニーズが高まっていることがわかりました。

 当時,私は浜松医大と千葉大で医学英語を教えていたので,浜松で2回続けて医学英語教育のワークショップを開いたんです。Edinburgh大学にはInstitute for Applied Language Studiesという,世界中の英語教師を呼んで,英語の上手な教え方を叩き込む研究所があるんですが,そこのセンター長だったEric H Glendinningさんを呼んで,私たちの問題をぶつけたんです。「医学英語の教え方がわからない」と。すると彼は,「学生を小グループに分けて,医学界で話題になっている医療問題(脳死,臓器移植など)を議論させる。ただし,英語以外は使わせない」,と言ったんです。

 学生が興味を持っている内容をブロークンでもいいから英語でしゃべらせる。使っているうちに,英語になる。それがapplied languageだというわけです。通じればいい,心を通わせて,コミュニケーションをすることじゃないか。それ以上のものは必要ないだろうという話をされて,皆,ビックリ仰天したのを憶えています。

 その時のワークショップから派生してできたのが,日本医学英語教育学会と日本ヒト脳機能マッピング学会です。

伊達 日本医学英語教育学会は大井先生が理事長を引き継がれていますね。現在はどのような方が参加されているのでしょうか?

大井 医学英語教育そのものを研究・論文のテーマとしている医学英語を本職とする教師・教官といった人たちが半分,私たちのように,実際日常的に英語を使って自分たちの臨床活動に生かしている人たちが半分です。学会の構成としては非常にユニークなものですが,臨床家が入ることで,医学教育が生きてくるわけです。

 その中にもう1つ,学生教育というのがあります。学生への医学英語教育は,各大学のカリキュラムの中に組み込まれていますよね。それにプラスして,学生の英語クラブ,ESSというのがあるんです。西日本ではWJEMA(西日本医科歯科薬科学生ESS連盟)をつくって,学生時代から医学英語を学ぼうと励んでいます。そういう人を医学英語教育の対象として呼んで活動しているというのがこの会で,雑誌も出しています。

 次のビジョンとして,教科書を出すこともありますが,医学英語検定試験を設けようということと,中国などのノンネイティブの国を中心に国際学会をつくろうという2つの大きなプロジェクトが進行しています。国際学会設立プロジェクトの中にイギリスが入っているという,非常におもしろいことになっています。

植村 そこにEdinburgh大学の語学教育センターが入ってくるわけですね。

伊達 ところで,本郷先生のいらっしゃる信州大学は,医学英語の講義など,以前から積極的にされている大学の1つかと思いますが,いかがですか。

本郷 いま,4年生の医学英語のカリキュラムを担当していますが,ネイティブの先生に入ってもらいながら授業をしています。授業とは別に,小林茂昭先生(信州大学脳神経外科前教授)時代からのものなのですが,医学英語が好きというか,そういうモチベーションを持った学生に対して2週間に1回,テキストを用意して学習したり,ディスカッションしたりということを,私が引き継いでやっています。

 最近になって,ようやく信州大学でも学生の外国研修が進みつつあり,4年生で2か月間,自主研究という活動ができるようになりました。1割くらいの学生が外国に行きますので,それをサポートすることもしています。それから,学生の研修先の学生を大学で受け入れるというexchangeも始まっています。

伊達 おそらく,全国の大学でそういう時間が持てるようになってきたのだと思います。岡山大学にも3回生に医学生の短期留学というような期間が設けられました。

本郷 卒業して,医師になってから英語の必要性を痛感する人が多いですよね。卒業まではいらないけれども,卒業したらすぐに必要になる。ですから,学生の時期からそういうものが必要かなと思います。

プロの通訳との相違点

伊達 プロの通訳団と違う点は,われわれは医学用語,専門用語に強いという点で,その強みを生かした同時通訳をしている。このあたりを植村先生がご自分でマスターされて,私たちに伝授されてきたということですね。

植村 あともう1つ,われわれとプロとの違いは,edited translationができるかどうかです。われわれは中身を通訳していて,プロの人たちは言葉をすべて訳します。彼らの間では,「学問の世界では,自分たちはアマチュアで,介入をしてはいけない」という哲学があって,どんな冗漫な話でも通訳してしまうんですね。

 しかし,私は医学の内容についてはわかりますから,10分しゃべったものを3分でまとめられます。これは,われわれ医師でなければできないことです。

伊達 たしかに,言葉を訳しているという感覚よりも,内容を訳しているという感じが非常にありますね。基本的にわれわれは,スライドの画面を見ながらやりますが,プロの通訳者の方はスライドは気にせず,聞こえてくる音を正確に訳されている。そこがまったく違う点ですね。

植村 それからphrase translationというのがあります。同時通訳を始めたばかりの頃は,訳が終わらないうちに次の言葉が入ってくるので,頭がサンカクになる(笑)。でも,ある時,ハッと気づいたんです。相手はネイティブだから,文法よりもタイムリーに訳したほうがいいんじゃないか,と。それでフレーズごとに切って,キーワードだけ訳すというのを思いついたんです。「わたし,あなた,友だち,たくさん」。通じるでしょう? これがphrase translationです。その悟りを開くまでに3年かかりましたが,おかげで通訳が非常に早くなってポンポンできるんです。

伊達 私が福島での研修会に初めて参加した時は,phrase translationのことをまったく知りませんでした。日本語は,最後に否定・肯定がくるので,結論がどうなっているかをどうしても待ってしまうんです。植村先生からコツを聞いて「目からウロコ」でした(表)。

 同時通訳のコツ

 ・タイムリーに訳す(phrase translation)
 ・要点のみ意訳する(edited translation)
 ・ポインターを追う(スライドが重要)
 ・As forは便利
 ・無言の時間はつくらない
 ・演者の言おうとすることを先取りする
 ・換算表をブース内に持って入る

同時通訳団の活動に参加して

伊達 同時通訳団に参加・活動して,本郷先生は,どんなことがよかったとお思いですか。

本郷 大きくは2つあって,1つは,決してうまくない英語を自分なりに使って,自分の通訳が実際の学会で生かされたことは,非常にやりがいを感じています。外国人のゲストも,留学生も多勢参加されるようになっていて,同時通訳者がいることでその人たちがシンポジウムの中でディスカッションができる。そこに自分がかかわって,そのディスカッションがうまくできた時には,やってよかったなあと感じます。

 それからもう1つは,英語を中心として,それを核に素晴らしい人たちが集まって,非常にモチベーションの高い仲間に出会えることです。大学の枠にまったく関係ない,このつながりが一番大きいかもしれません。輪が広がったこと,これは自分にとって一番の財産かなと思っています。

伊達 私が本郷先生と深い付き合いをさせていただくようになったのも,この同時通訳団を通じてのことです。お互いに,個人的な相談ごともしますし,脳外科の専門分野での仲間に加えて,この英語を介しての集まりは非常に大きい存在ですよね。

大井 私もお2人が話されたとおりのことを感じます。それに加えて,日本人は英語に関してはきわめて劣るほうの人種だとは思うのですが,非常に強い向上心,モチベーションを持っていると感じています。グローバル精神を持った国際人になろうとする,その強い志向が若い人たちにはあるんですね。そしてこの会は,そういうことをプロモートするものになっている。

 これは医師の集まりですけれども,そういった人たちがいかに国際的に活躍するか,そのセンスと実力をつけるという意味では,非常によいことだと思います。

 それともう1つ,研修会のゲストの方々が持っていらっしゃる文化的なものの見方,国際的比較等々は,私たちにはきわめて教育的なものだと思います。

2005年の研修会

伊達 最近は同時通訳団の研修会とJNEF(Japan Neurosurgical English Forum)を並行してやっています。新しく参加された先生にはできるだけそこで英語の発表をしていただいて,翌日に日-英,英-日のトレーニングをしたりするという形式になってきています。この数年は,ブースを会場内に設置したり,ブースのある会場を使ってトレーニングをしたりしていますが,今年は本郷先生が主催される予定になっていますね。どのようなプログラムをお考えですか。

本郷 そうですね。まだ,具体的には決めてはいないのですが,自分自身がすごく冷や汗をかきながら苦労した,あの刺激,ドキドキ感ですか。そういう場が必要かなと思っています。

伊達 ヒヤヒヤ,ドキドキの場ですね。

本郷 ええ。それが,毎年コンスタントに必要かなと思うんです。

植村 日程は決まっているんですか。

本郷 ええ。7月15-16日(長野県松本文化会館国際会議場)です。

伊達 私は,一昨年,岡山で主催しましたが,その時には,医学部の医学英語に興味のある学生や医学英語教育に興味のある教官に声をかけ,参加していただきました。ずいぶん勉強になったとおっしゃっていましたよ。

同時通訳団のめざす先

伊達 同時通訳団は,日本の脳神経外科の非常にユニークな組織といえると思います。その意義の1つは,外国人を招待した場合,その講演者を含めて,いわゆるディスカッションのセクションで非常にスムーズにいくということ。それから,外国からの留学生が非常にたくさん参加していただけるようになったこと。アジアのほかの国からも先生方が参加してくださるようにもなりました。そして,この通訳団があることで,脳神経外科医全体に英語に対する興味をさらに高める原動力の1つになっているかなと思います。

植村 特に,「アジアの他国からの脳神経外科医が参加しやすくなった」ということ。アメリカやヨーロッパのほとんどの学会は国際学会化していて,いろんな国の人が来ますね。日本の脳神経外科学会総会には,毎回約20人の外国人が来ます。すべての講演が同時通訳されているとなれば,タイやフィリピンの人は来ますよね。そういう意味で,日本がアジアをリードするには他の学会にも呼びかけて,日本の学会が同時通訳をしなくちゃ駄目だと思います。

伊達 そうですね。植村先生や大井先生のように,前にグングン引いてくださる方がいたからここまできたと思います。仲間に「やろう」といって募って,その仲間も意義を感じて…。その点では,本当に脳神経外科というのはすごいなあと思います。好きな人が集まって,研修会までやって,こういうふうになってきたわけですから。

(抜粋部分おわり)


伊達 勲氏
1982年岡山大卒。2003年より日本脳神経外科同時通訳団団長を務める。2003年より現職。

植村研一氏
1959年千葉大卒。日本脳神経外科同時通訳団の設立者の1人。現在は最高顧問を務める。日本医学教育学会名誉会員。2002年より現職。

大井静雄氏
1973年神戸大卒。日本脳神経外科国際学会フォーラム(JNEF)の設立者。通訳団発起当初からのメンバーで4代目委員長(1990-2000)。日本医学英語教育学会(JASMEE)理事長。(独)国際神経科学研究所(INI)教授兼任。

本郷一博氏
1978年信州大卒。本年度日本脳神経外科同時通訳団夏季研修会会長。2003年より現職。