医学界新聞

 

インタビュー

継続的質改善にパスの活用を
「患者中心の医療」へ,多職種参加のコラボレーション!

須古 博信氏(済生会熊本病院院長・日本クリニカルパス学会理事長)


 急速に普及が進むクリニカルパス。しかし一方で,病院によってその質に差が開き始めているという指摘がある。では,いったいどこで差が出てくるのだろうか。パスをインフォームドコンセントや在院日数管理のツールにとどめず,さらなるブラッシュアップを図るために必要なことは何だろうか。

 パスを先駆的に実践してきた済生会熊本病院では,正確なデータ収集と分析による継続的質改善にパスを活用。また,そのためには「多職種参加によるチーム医療」の推進が不可欠であるという。同病院院長で,日本クリニカルパス学会理事長の須古博信氏に聞いた。


普及が進む一方, 質的な面では格差も

――急速にパスの普及が進んでいます。現状をどう評価されていますか。

須古 アンケート結果からみて,「院内に少なくとも1つはパスを持っている」という条件でしたら,200床以上の病院で8割ぐらいには普及しているのではないでしょうか。日本クリニカルパス学会の会員数も,法人会員・個人会員ともに年々増えていて,年に1回の学術集会には毎回2500人ほどの参加者があります。

――普及が進む一方で,パスの質に関しては,病院によって差が開いてきているという指摘もあります。

須古 そういう面があると思います。学会の展示などを見比べますと,いままで自分たちが院内でやってきたことに少し改良を加えた程度のものが多いですね。

 本来のパスは,アウトカム(治療行為によって得られるべき成果,目標)がきちんと設定されたうえで作られなければなりません。アウトカムが設定できないと,バリアンス(アウトカムが達成されない状態)が取れません。そして,バリアンスが取れないと,「なぜうまくいかなかったのか」を見きわめて質の改善に結びつけるところまでいかないので,パスの価値が落ちるということになります。

パスの本質はCQIにある

――パスが質向上につながる病院と,つながらない病院。なぜ差が開いてしまうのでしょうか。

須古 ひとつには,パスの本質的な理解の不足があるでしょう。それと,パスの作成は病院内のドクター,ナース,薬剤師など多職種が相談しながらやる必要があるので,職場環境の問題が大きいですね。パスをよく理解した人たちだけで作成して「これを使ってください」というやり方では,パスの数は増えても価値は出ません。皆で話をしてお互いの専門知識の交換をしながら,患者さんのために何ができるかを考えていく必要があります。

――「パスの本質的な理解の不足」という点では,どこをもっと知ってほしいとお考えですか?

須古 パスの本質は,CQI(Continuous Quality Improvement:継続的質改善)にあると思います。最初は簡単なパスでもいいんです。大事なのは,そこから頻繁に見直しを加えて,新しい知識をパスの中に入れ込んでいって,少しずつ改善していく。その改善を続けていく中で,自分たちが提供している医療の質も次第に向上していくのではないかと考えています。

 例えば,入院期間中のオーダーを羅列して表に入れ込んだだけでもパスらしくなりますよね。最初はそれでもいいです。でも,それだけなら医師のオーダー表と変わりません。医療の質向上のためにはチーム医療の視点が重要なんですね。それぞれの職種が持っている知識・技術を共有して,それらをどう使えばベスト・プラクティスになるかということを議論しながら作り上げていくことが必要だと思います。

済生会熊本病院における変遷

――済生会熊本病院のパスの変遷も交えてパスの発展・進化のポイントをお聞きしたいと思います。須古先生が1996年に北米の病院を視察されて,そこで持ち帰った1枚のパス表がはじまりとお聞きしています。

須古 最初は,患者さんに入院から退院までのことをきちんと説明するのが目的でした。ですから,この時はインフォームドコンセントが主眼で,質の向上という意図はなかったんです。院内で行っている医療行為で平均的なものをパス表に移して,それを患者さんに説明する。診療のプロセスと,退院計画を理解してもらおうと思ったわけです。

――患者さんはもちろん満足されると思いますが,医療スタッフの満足にもつながりましたか。

須古 ええ。と言うのも,パス表の項目は,「食事はいつからか」「点滴は何日間続くか」など,患者さんがスタッフによく質問する事柄です。パスは患者さんの枕元にありますから,よほどのことがない限りそういう質問をしなくなりました。それまでは,ナースがいちいちドクターに聞きに行ってたわけで,ドクターを探すのに時間がかかる。それに,コンセンサスが得られたこと,すなわち標準化が行われたものでないとパスには使えませんから,複数のドクターに個別に対応することもなくなり,ナースは楽になりました。

 それで,「時間が空いたぶん,患者さんのベッドサイドに行ってください」と,ナースには強くお願いしました。だって,それまでのナースはドクター探しで病棟を駆け回っていましたから(笑)。

――では,ナースの反応は「こんないいものがあるのか」という感じですね。

須古 私が「パスを院内に普及させましょうか」と言ったらナースは飛びついてきました。ただ,ドクターの反応は鈍かった(笑)。

――院内でパスを広めようとしても,ドクターの理解を得るところで壁があるとよく聞きますが,こちらもそうでしたか。

須古 最初はどこも同じでしょう。パスは指示簿の代わりにも使えますから,ナースがある程度パスをつくっても,ドクターの承認がないと駄目です。

――院長の強いリーダーシップも不可欠だと思いますが,他にはどういう要因があって浸透させるところまでいったのでしょうか。

須古 まずはナースの熱意です。過去のカルテからパスのたたき台をつくり,それをパスに対して理解のあるドクターに監修してもらう。それでOKが出れば,そのドクターから部長の許可を取ってもらって,使いはじめました。

 いったん使いはじめれば,ドクターは理解が早いです。次のステップ(アウトカム志向のパス作り)の時にはドクターがリーダーになります。治療方法は日進月歩で進んでいますから,ドクターが先頭に立ってやらないと,質の改善につながるようなパスはできあがりません。

――抗生物質の使い方などは,パスが契機となって見事に変わりましたね。もしパスがなかったら,こんなに急速に見直されることはなかったのではないでしょうか。

須古 そのとおりですね。それと,パスが盛り上がった時期にEBMという概念が入ってきたのがよかったです。今まで自分たちのチームで習慣的に行ってきたことを見つめ直して,エビデンスを調べる風潮ができました。

■多職種参加のコラボレーションで創ろう

パスを院内に広めるには

須古 外科系はこうして,特に術後管理などはパスを作りやすいので着実に進みましたが,内科系は「作るのが難しい」という反応があり,診療科によってばらつきが出てくるんですね。そこで,私が外国の文献から内科系のパスを探してきて,「これをご参考に」と,病棟の部長さんのポストに投げ込む(笑)。

 そんな努力をして,最終的にはどの科も必ず参加しなければいけない仕組みを作った。それが「パス大会」です。ここで,各病棟のパスを発表して,院内全体で検討することにしました。各科対抗の雰囲気になると,最初は反対していた部長さんも「今度はワシがやる」と言い出す(笑)。

――すべての診療科が発表しなければいけないというのがポイントですね。ドクターも参加せざるを得ない。

須古 次第に,臨床検査技師や放射線技師も「自分たちにも何か参加できるところはありませんか」と言いはじめて,最後は事務系も参加して,パス表にもとづく原価計算をしてコスト管理まで,というふうになりました。

――楽しくなっていく感じがします。

須古 そう,皆が楽しんでやるようになる。だから,パス大会も最初は50人ぐらいしか集まらなかったのがだんだん多くなって,最近はいちばん大きな部屋がいっぱいになるほどになりました。その頃になると,外部からの見学者が来るようになる。人から見られるとなると,よけいにハッスルするんですね(笑)。発表の1週間前になると,勤務が終わってから12時近くまでディスカッションしたり。

――大変なことだからこそ,楽しまないと……。

須古 永続するパワーがなくなるのではないでしょうか。「辛いなあ」「超過勤務だから金をくれ」という話になったら,駄目ですね。

内科にパスはそぐわない?

――「いいパスがあったら教えてほしい」と外部の人から聞かれると思いますが,それよりも病院で一から作っていくほうがいいのでしょうか?

須古 病院によって,スタッフ数や使える医療機器も異なります。他の病院ができるからといって,自分たちもできるとは限りません。「自分たちが一生懸命やれば,患者さんにここまでできる」というベスト・プラクティスをパスにする。だから,パスの中身は病院によって違うんですよ。

――すると,最初は簡単なものでも,自分たちで作ったほうが価値がありますね。

須古 そうです。ただ,最初から自分たちで考えると時間がかかりますから,フォーマットについてはいろいろなものの中から選んで,そこに自分たちの診療の内容を入れ込んでいくことです。

――パス導入に反対する人からは,「内科にはそぐわない」とか「医療の画一化につながる」という意見が出ます。

須古 確かに,パスが簡単に作れるものと,少し難しいものがあります。しかし,疾患をひと括りに考えて,「この疾患にはパスはできない」というのは間違いです。

 例えば,肺炎の中にも軽症,中等症,重症があります。その中で,軽症のものについては,そもそも入院させるのが間違いで,外来で通院すれば済むものがあります。それから中程度の,入院が必要な肺炎はパスを考える。重症で並存疾患がある場合は,パスは使わない。

 こうやって層別化することによって,パスの適用・不適用が,同一の疾患の中でも生じるわけです。パスが適用できるのなら,治療は定型的であっても大部分は順調にいきます。あとはアウトカムとその判定基準を設定して,異常が出た時にはパスを続けるかどうかを判断すればいいのです。

 画一化と言うならば,予定表どおりに治療するのだから,たしかに画一化です。だからけしからんというわけですが,予定表どおりやっても順調にいくのはいいことでしょ? そこを難しく考えて,昔からの「医者の匙加減」とか「名人芸」というふうにするから,うまくいかなくなる。パス化して情報をチームで共有することによって,より安全で良質の医療が可能となります。

バリアンス分析のポイント

――済生会熊本病院のパスでは,それこそ「医者の匙加減」ではなしに,日々のアウトカムが設定され,アウトカムが達成されない場合はバリアンスとして,その評価がなされています。

 医療の質向上にはバリアンスの分析・収集は重要ですが,こちらの病院でも,最初からバリアンス分析がうまくいったわけではないというお話ですね。

須古 結局,アウトカムの判定基準が徹底していなかったのですね。基準というからには,皆がそれを納得できる統一見解を持つ必要がある。誰かが「私の基準ではこうではない」と個々に言ったら困るわけです。

――アウトカムの判定基準が曖昧なままバリアンスを分析すると失敗してしまう。できるだけ具体的,客観的なアウトカムの判定基準を院内で話し合うということですね。

須古 例えば,カテーテルやドレーンの抜去に関しても,どの状態なら抜いていいかという判断基準が医療者によって違うわけです。それで,こういうもの(排液の性状で分類されたカラー写真)を作って,「こういう色だったら抜いていい」と決めておきます。どのナースも,このスケール表を使って見比べればよいのです。

 血液検査についても,基準をスタッフ用のパス表の中に盛り込んでおく。「白血球9000以上は連絡」となっていて検査結果で9200あったら,「これはバリアンス。どこか感染が疑われるな」ということでドクターに連絡し,早期発見・対応が可能になります。

――そうなると,話はもとに戻りますが,医療スタッフの中で話し合うことがやはり重要ですね。

須古 それがいちばん大事です。

多職種で共有できる 記録形式を

――最後に,6月に熊本・名古屋で開催のクリニカルパス教育セミナー(主催:日本クリニカルパス学会・医学書院)に向けて,抱負をお聞きしたいと思います。

 須古先生の基調講演のタイトルは,「パスの誤解を解く――院長のためのパス講座」です。

須古 クリニカルパスという言葉は,どの病院でも普及しています。ただ,パスの本質はCQIにあることを忘れてはいけない。継続していくためには,院長がこの本質を理解して,スタッフを励ましたり,リーダーシップを発揮しないと継続が難しいんですよ。根気のいる仕事ですから。

 パスは単なる工程表ではありません。目標管理のツールになるし,コスト管理,リスク管理,安全管理にもつながります。それから,在院日数の管理にも有用です。患者さんの治療はもちろん,病院全体の管理運営に対してもパスは非常に有用で,多様性があるということを伝えたいですね。

――そのほかのプログラムは記録と電子化,バリアンス分析,包括診療など多職種に向けた各論的なテーマで,パスをブラッシュアップさせるためのヒントが先駆的病院の実践例から得られると思います。

須古 「記録は仕事の流れを決める!」という演題名に副題がついて,「記録とパスとチーム医療」とあります。つまり,記録というのは単に医療行為をメモに書くだけで終わるのではなく,どのような医療が行われ,その評価はどうであったかということを多職種で共有できるものでなければいけない。

 私どもの病院が使っているパスは,ドクターとナースはもちろん,患者と直接かかわるスタッフなら誰でも書き込めるものです。「これはナース用の記録,これはドクター用」という考え方はやめました。患者さんのための記録ですから,重要なことに気づいたら誰でも書き込めるほうがいい。

――記録とパス,電子カルテをどう組み合わせていくか,頭を悩ませている施設も多いと思います。

須古 電子化には厚労省も力を入れていて,1つのブームです。だけど,かなりのお金を投資するわけですから,それに見合った効果が得られるよう,慎重に進める必要があります。現在の記録をそのまま電子化するのではなく,まずは将来を見据えたパスの改善が大事です。

――そのほか,医療の質向上に向けて大変重要だというお話のあったアウトカム設定とバリアンス分析のプログラムがありますし,包括診療とパスの役割についても企画されています。パスは在院日数短縮のツールとしても有効ですが,DPCを用いた包括支払い制度も追い風になっていますか。

須古 DPCが特定機能病院に導入されてからは,大学病院もどんどんパスを導入しています。日本では1回入院ではなく1日当たりの報酬が設定されているので在院日数短縮のインセンティブも限定的ですが,将来的には米国のように,在院日数が短いほど有利となる仕組みに変わるでしょう。

「医師中心の医療」から 「患者中心の医療」へ

須古 パスの導入で多職種がいっしょに患者さんのことを話す機会が増えて,patient focusedとかpatient firstという言葉が初めて実感できました。

 なぜ病院にこれだけたくさんの専門職が必要なのかと考えて,「あ,逆だったな」と気付きました。必要だから入れたのであって,使わなかったほうが悪いんですよ(笑)。院内でドクターと他職種とのコミュニケーションが取れるようにするのに,パスが役立ちました。

――パスの発展の歴史は,医療のパターナリズムとの闘いの歴史でもあった,と。

須古 パターナリズムを超えて,オーバーに言うなら「医師中心の医療」から「患者中心の医療」に臨床現場が変わった。多職種参加のコラボレーション,これがいいですねぇ(笑)。


須古博信氏
1966年熊本大医学部卒。同医学部内科学第一講座研究員,国立がんセンター胃集検部,済生会熊本病院消化器科部長などを経て,95年9月より済生会熊本病院院長。専門は消化管診断学。日本クリニカルパス学会理事長,日本病院管理学会理事,日本医療バランスト・スコアカード研究会理事なども務める。