医学界新聞

 

インタビュー

遺伝カウンセラー認定制度始まる
千代豪昭氏(お茶の水女子大学大学院教授・遺伝カウンセリングコース)に聞く


 本年10月に,わが国初の「認定遺伝カウンセラー認定試験」が東京で実施される。これは日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会が共同認定する遺伝カウンセリングの専門職で,すでに複数の大学において専門課程(大学院)が設置され,教育が始まっている。今回,この遺伝カウンセラーという新しい専門職について,お茶の水女子大学大学院の遺伝カウンセラー養成専門課程教授である千代豪昭氏にお話をうかがった。


なぜ遺伝カウンセラーが 必要なのか

――まず,遺伝カウンセリングとはどのような医療サービスなのですか。

千代 遺伝カウンセリングは1950年代からアメリカで使われ始めた言葉です。戦前に世界を風靡した優生運動への批判と,近代遺伝学の発達を背景に,遺伝性疾患への対応や,遺伝の問題に悩むクライエントに科学的な遺伝医学情報を提供し,自律的に問題解決できるよう援助するサービスとして出発しました。当時は正確な情報提供が重視されましたので,医師がその役目を担っていました。

――海外では1980年頃から,遺伝カウンセリングは医師ではなく専門職の遺伝カウンセラーが担当するようになったそうですね。

千代 アメリカではすでに1970年頃に非医師を対象とした遺伝カウンセラー養成課程が大学の修士課程に設置されました。1990年に公的な認定制度ができて以来,現在では20以上の大学で専門課程ができ,遺伝カウンセラーは非医師の専門職として社会に受け入れられてきています。また,オーストラリア,カナダなど他の欧米諸国でも,専門職として制度化された非医師の遺伝カウンセラーが活躍しています。イギリスでは全妊娠について神経管異常の出生前診断が制度化されたのをきっかけに,1980年から看護大学の修士課程に遺伝専門看護師のコースができ,遺伝カウンセリングのニーズに対応しています。

――なぜ非医師の遺伝カウンセラーが必要になったのでしょうか。

千代 いくつかの理由があります。まず第一に,遺伝カウンセリングは一方的な情報提供ではありません。クライエントが科学的な情報を受け入れ,自らの利益のために活用できるように援助しなくてはなりません。精神的な苦痛に悩むクライエントに時間をかけて対応し,勇気づけや他の専門職との連携も必要です。診療に忙しく,専門的なトレーニングを受けていない医師が担当することは難しいのです。

 第二の理由は,扱う内容が高度に倫理的な問題を含むことが多く,診療の提供者である医師とクライエントの2者だけで話し合うのは倫理的に好ましくない場合があります。遺伝カウンセラーは第三者的立場で遺伝医療の倫理的暴走を防ぐと考えられています。

 第三の理由は,現代医療には多くの選択肢が用意されており,1人の医師の考えだけですべてを決定してしまうのは危険だということです。遺伝の問題は医療と離れた解決方法もあります。遺伝カウンセラーは常にクライエントの側に立ち,主治医とは異なった視点でセカンドオピニオンを提供することができます。

 さらに,第四の理由は,遺伝カウンセリングの扱う対象が拡がったことです。かつては染色体異常や先天異常,メンデル遺伝病など狭義の遺伝性疾患が対象で小児科医や産婦人科医が中心にカウンセリングを行っていました。1980年代のDNA科学の発達により多くの疾病や形質が遺伝子レベルでの解析や診断が可能となり,遺伝カウンセリングの対象はがんや生活習慣病にまで大きく拡がりました。21世紀は,がんや生活習慣病への対応が中心的な課題になるでしょう。従来の医療従事者だけで対応することはとても不可能で,専門職の遺伝カウンセラーの養成が必要になったのです。

――そうすると,遺伝医療システム構築の一環として,遺伝カウンセラーの養成が重要なのですね。

千代 そのとおりです。遺伝カウンセリングを行うためには正確な診断情報や最新の遺伝医学情報が必要です。また問題解決には色々な社会・保健・福祉資源との連携も必要になります。遺伝カウンセリングは21世紀の総合的な遺伝医療システムを支える大切な歯車の1つなのです。

――具体的には,遺伝カウンセラーがかかわる問題にはどのようなものがあるのでしょうか?

千代 これまでは染色体異常や奇形症候群などの先天異常,単一遺伝子の変異による古典的遺伝病,唇裂・口蓋裂などのような多因子遺伝病に関する相談が中心だったのですが,遺伝子診断の普及によりがんや糖尿病などの生活習慣病に関する相談が急増しています。出生前診断も従来の羊水検査だけでなく,着床前診断など最先端の生殖科学技術が関与してきました。疾患の再発に関する相談だけでなく,診断や治療についてセカンドオピニオンの提供,専門施設の紹介,悩みを聞いたり勇気づけなどのカウンセリング,倫理委員会と連携してインフォームド・コンセントやカウンセリングの提供など,各種の仕事があります。

新規開設が進む専門課程

――遺伝カウンセラー養成の専門課程について,今後の動向を含めて教えてください。

千代 この7年間にわたって研究者が集まり,わが国の遺伝医療システムの構築について検討を重ねてきました。遺伝医療の専門家である臨床遺伝専門医が制度化され,多くの大学に遺伝医療の専門部門が誕生したのも成果の1つです。研究班が提案した遺伝カウンセラーの養成カリキュラムを採用して,2003年に信州大学と北里大学の大学院に,遺伝カウンセラー養成専門課程(修士課程)が設置されました。2004年にはお茶の水女子大学に国の教育研究事業として遺伝カウンセラー養成専門課程(修士・博士課程)が設置されています。さらに今春,4か所の大学で新しい専門課程が開設する予定です。人口比からはアメリカの20数校には及びませんが,専門職大学院など,大学改革の一環として今後も新規開設が続くと考えています。

 看護関係ではやはり今春,山口大学と東海大学で遺伝看護師の養成をめざした修士課程が開設します。遺伝看護師は遺伝性疾患の看護ケアを行う専門職で,医療を提供する立場ですから厳密には遺伝カウンセラーではありません。しかし,看護はもともと患者の立場で専門的なケアを提供し,医師のカウンターパートナーとして重要な役割を持っていますので,遺伝専門看護師が遺伝カウンセリングの知識や技術を持つことは,専門看護ケアを大きく向上させると考えられます。将来は単位互換制度や教員互換制度など大学専門課程間の連携制度を整備することにより,遺伝看護を修了した専門看護師が遺伝カウンセラー資格を取得できる道を整備できればよいと考えています。

 遺伝カウンセラー養成専門課程の入学資格は学士で,出身学部の専門性は問いません。薬学・看護学・臨床検査学などの医療系,心理・社会学系,生物・化学系など出身はさまざまです。医療系以外の出身者に対しては入学後,医学部の講義の受講や,選択科目で医療従事者教育を行うなど,いろいろ配慮されています。一般の修士課程と同様,8月から9月にかけて入試を行う大学がほとんどですが,詳しくはホームページなどで確認してください。2年間の課程を修了すると認定遺伝カウンセラー制度による認定試験の受験資格が得られますが,お茶の水女子大学のように入学後3年目の博士課程1年目を修了した段階で受験資格が得られる大学もありますので,注意してください。

 また,専門課程修了者と同等以上の実力や実績を持つと認められた方を対象に,経過措置として認定試験受験資格を認める制度も準備されていますので,認定制度委員会ホームページ(4月にリニューアルし,日本遺伝カウンセリング学会ホームページ http://www.jsgc.jp/からリンクできます)をご覧ください。

遺伝カウンセリングの普及を めざして

――最後に,今後の課題などについてお願いします。

千代 わが国の21世紀の医療に必要な遺伝カウンセラー養成教育を進めている私たちの悩みは,現時点ではまだ卒業生の職場が医療機関に準備されていないことです。国民皆保険制度を基幹とするわが国の医療システムでは,医師が行う遺伝カウンセリングですら国民にとって「なくてはならない医療行為」とは認められてきませんでした。

 遺伝は隠すべきテーマで,カウンセラーと相談するようなものではないという日本人独特の国民性も背景にあります。また,遺伝カウンセリングが優生相談と誤解された時代もありました。しかし最近では,遺伝カウンセリングは倫理的な立場から患者の権利を守るために必要な医療資源と考えられるようになりました。

 この春から個人情報保護法が施行され,遺伝子関連の臨床検査は遺伝カウンセリングの対象になりますので,多くの医療機関で遺伝カウンセリングの準備が始められています。よい医療を受けるためにも,あるいは個人の権利を守るためにも,身近の遺伝カウンセラーに気軽に相談できる日がくることを願っています。


千代豪昭氏
1971年阪大医学部卒。神奈川こども医療センター遺伝染色体科,兵庫医大遺伝学教室,西ドイツ・キール大小児病院細胞遺伝部,金沢医大人類遺伝学研究所,大阪府保健所長,大阪府立看護大を経て,04年より現職。長年にわたって人類遺伝学教育や遺伝カウンセリングの普及活動に従事。認定遺伝カウンセラー制度委員会の委員長。