医学界新聞

 

カスガ先生 答えない
悩み相談室

〔新連載〕 

春日武彦◎解答(都立墨東病院精神科部長)


 亡くなる患者さんは何をやっても亡くなるし,助かる人は助かります。よかれと思ってやった処置が裏目に出たりすることを考えると,最近ぼくは医者をやっていく意味を見失ってしまいました。自分もいつかはこうやって死ぬんだと思うと,生きる意味もよくわからなくなってきました。

(研修医・♂・27歳/救急勤務)


-せめてロシアンルーレットにしておけ

 おっしゃる通り,亡くなる患者さんは何をやっても亡くなりますし,助かる人は助かります。いったい自分がどれほど相手に手を差し伸べられたのか,自分でも心もとなく感じることがあるのは当然でしょう。感じない医者は,よほど鈍感か自己愛のカタマリか,そのいずれかです。

 医師に必要なものとして,誠実さとか優しさとか,人間愛とか自己犠牲だとか,的確な判断力だとか冷徹な技術だとか,鬼手仏心だとかいろいろなことが言われます。しかし私が思いますに,医師として何よりも大事なのは運の強さです。強運――これに勝るものはありません。自分を守り相手をも守る強烈な運の強さ。必要なのはこれです。これさえあれば,死にかけの患者へ下手な処置をしても助かります。逆に運の悪い医者は,どれほど善人かつ技術に優れていても,「治療は見事だったが,患者は死んだ」といった結果になります。ひどい話です。

 私の専門領域で申しますと,たとえば自殺志願の患者がいます。これがうつ病の貧困妄想に基づいているとか,統合失調症の幻聴によるといった話ならば,相応の治療法があります。ところが人格障害レベルで,自殺マニアみたいな人がいます。こうした人に対して,精神医学は無力です。説教をしようと,熱血先生を気取ろうと,効果はありません。本当に自殺を防ぐには,相手を一生精神病院に監禁しておくしかないでしょう。

 このような人にはどうやって対処するか。まあいろいろな方策を講ずるにせよ,結局のところは「私は,あなたに死なれるのは嫌だ。だから自殺はやめてくれ」と繰り返すしかありません。ここで肝心なのは,「死ぬのは間違っている」「命はかけがえがないんだ」などと言わずに「私は,あなたに死なれるのは嫌だ」と言い張っているところにあります。理由なんかない,しかし自分としては相手が死んでしまうのは無念である,とそれだけを言う。せめてロシアンルーレットにしておけと助言する。あとは,私に運が味方すれば,また次の面接日にあなたと会うことができるだろう。

 ずいぶん乱暴な話だと思われるかもしれませんが,どうもこうした言い方のほうが相手の心には届くようです。なぜか。相手は大仰な建前論とか道徳論なんか今さら聞きたくはない。もっと率直な手応えが欲しいからなのでしょう。そして私が差し出すものが,最終的には「医者としても運の強さ」という担保でしかないことにかえって納得がいくからなのでしょう。

 実際,「医者としての運の強さ」を担保とするには,その前提として一定のもの(技術とか知識)をクリアしていなければなりません。そのうえで示す一種の覚悟が運として作用する筈です。したがって,もともとハズレ籤ばかり引くような医者が職業上も不運な医者であるとは思えません。強運は呼び寄せられます,たぶん。ついでに生きる意味について触れておきますと,こういった命題は考えはじめたとたんに答えは出ないことになっています。小脳領域で司っている運動みたいなもので,意識するとたちまち別物に変わってしまう。むしろ淡々とした蓄積とか経験といったことに,我々が生きる意味は潜んでいるような気がしています。

次回につづく


春日武彦
1951年京都生まれ。日医大卒。産婦人科勤務の後,精神科医となり,精神保健福祉センター,都立松沢病院などを経て現職。『援助者必携 はじめての精神科』『病んだ家族,散乱した室内』(ともに医学書院)など著書多数。

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