医学界新聞

 

寄稿

看護領域の英語の課題(全2回)
(後編)英語論文・発表は動詞が決め手

飯田恭子(東京都立保健科学大学教授・医療英語)


前回よりつづく

 国際社会に向かって文章,また口頭で発信していくにあたり,最も重要な技術的課題は英文作成能力の習得である。英文を読解する能力がかなり高い専門職でも,一定の水準に達した英文作成能力となると問題を抱えていることが多い。文は人なりというが,英文作成も日本文作成も基本的にはまったく同じであり,総合的能力が要求されることは無論である。ただ主語がなくても成立すると言われている日本語とは異なり,明確な主語が要求される英文では,その主語を受ける動詞の使用法が英作文技術を左右する1つの決め手となる。

 それぞれの動詞に自国語のように馴染み,スキルフルに使いこなすことで,うまい表現や自然な文章が自在に作れるようになる。例えば,研究方法を述べる箇所で「~を用いて」と表現したい場合,applyを用いるか,useにするかemployそれともbased onがよいのか。調査や面接などを「実施」した場合doを用いるか,conductかperformかcarry outそれともgiveを使うか。動詞選びに対して興味・関心を持ち,常に意識下に置くことでセンスは磨かれてくるのである。

看護領域で高頻度に使われている動詞

 看護系,医療系の英文文献を徹底して調べた結果,高頻度に使用されている動詞を分析し,使い方の特徴を整理した。ここにその一部を紹介し,領域に高頻度で使用されている理由を述べたいと思う。

援助する
 看護職がよく用いるカタカナ語で「アシストする」「サポートする」という動詞表現があるが,英語文献中にもassist,supportは非常に高頻度で使われている。assistはas+sist(=立つ)で,側に立つ,つまり患者の脇で補助的に援助するという意味。supportはsup(=下から)+port(=支える,運ぶ)で,患者が一定の状態を保てるよう,また活動が続けられるよう下で補強するように支えるという意味である。両動詞とも補助的援助を示す語であるが,helpがどちらかといえば一部仕事を分担するニュアンスが出るのに比べてassistやsupportはあくまでも主たる行為者は患者であり,医療従事者は患者のセルフケアやオートノミーを脇から援助するというニュアンスがでるため領域で頻用されているのであろう。

勧める,指示する
 「エンカレッジする」という表記もしばしば看護文献中で目にする。en+courage(=勇気)で,「ある行為をするよう勇気づける」という意味であるが,一般には「勧める」と訳している。「~を勧める」「指示する」ということならば,tell,order,recommendでもよいわけだが,看護師の指示する内容は,病んでいる患者にとっては苦痛や困難を伴うことが多いため,指示を与える側は常に患者に「がんばってやりましょうね」という励ましの気持ちを込めてencourageを使うことが多いのである。医師の行為としての指示の動詞としては,orderやrecommendがよく使われている。recommendは同じく勧めるにしても「これはいいですよ!」と薦めるニュアンスがある。

 この他にも看護領域ではアクセプトする(あまり受け入れたくないことを受け入れる)。チャレンジする(努力を要すること,能力に立ちはだかるようなことに前向きに取り組む姿勢),サジェストする(相手に考えてもらうために控えめにどうでしょうかと意見をだす)など特有のニュアンスを有する動詞表現が多くあり,これらについてネイティブ感覚で捉えていることが大切である。さらに看護過程のプロセスに関連してアセスする,イバリュエイトするなど特有の理由でカタカナ語,また英語で多用される動詞があり,看護理論を学んでいる看護職ならではの動詞であろう。

手当と処置
 簡単な動詞でこの領域では必ず使い慣れておく必要のあるものがある。例えばapplyである。一般的な意味では「適用する」「志願する」などと使うが,看護・医療ではもっと典型的な使い方がある。手当・処置の領域では欠かせない動詞で,特に応急手当ではこの動詞1つで事足りると言っても過言ではない。負傷するとまず消毒する(=apply anticeptic),軽い傷なら軟膏を塗る(=apply ointment),出血していれば止血のため局部を圧迫する(=apply pressure),腫れていれば冷やす(=apply ice)または温める(=apply heat),包帯を巻く(=apply dressing/bandage),膏薬を張る(=apply a sticking plaster),骨折していればギプス(=apply a cast),熱があれば座薬を挿入(=apply a suppository)という具合である。

 その他,applyは鼻腔からチューブを挿入する,検査用の器具を装着するなど外用薬の使用や身体の外側で行われるありとあらゆる看護・医療行為に使われる大変便利な動詞である。

発症
 同様に症状や病気の発現に関してこれだけはという動詞はdevelopである。一般英語領域ではdevelopと聞けば,発展,展開,開発,発達などの意味を思うであろう。看護・医療領域では(1)知能など能力が伸びる,(2)心身が発達する(特にgrowが大きさの増大というように量的に大きくなることを示すのに対しdevelopは質的により複雑化,完全化するという意味で使う),(3)病気,症状が発現する,など大きく3分類の意味合いで使用される。

 特に領域特有で重要なのは最後の(3)の意味合いである。カルテ,医療記録などにおいてもCancer developed(がん発症),Rash developed(発疹が発現),Cold developed into pneumonia(風邪をこじらせて肺炎発症)などと病名を主語にして記載されている。もちろんHe developed a lung cancerのように人を主語にする通常の文章も多く使われる。catchがcatch(a)coldのように麻疹,エイズなど感染する病気にのみ使われるのに対し,developは精神障害,急性・慢性疾患などありとあらゆる病気,症状,副作用の発現に関して使えるきわめて便利な動詞なのである。

その他
 その他としてshowがある。中身に関係なく外観を見せるという意味で,意識的に見せる場合にも無意識的に見せる場合にも用いる。ことさら人目につくように見せることを意味するdisplayという動詞よりも非常に幅広く看護・医療領域で用いられるシンプルで便利な動詞である。論文中,また発表時にBlood test shows~,The chest x-ray shows~「検査結果,研究結果などから示される」という意味や,Table2 shows~(表2は~),As shown in Figure3~(図3にあるように~)など図表の引用表現などに常に使われる。

 さらにシンプルで重要な動詞はcontrol(=自由勝手な動きを抑える)という語である。看護や医療では完全に症状などをなくすことは困難なことが多いという事情でコントロールが頻用される。

看護領域の文献中で 誤用の多い動詞

 日本人の論文には考察,結論に「~ということが示唆された(る)」という文が非常に多く見られる。その時必ずといってよいほど使われているのがsuggestで,It was(is)suggested that~may beあるいはcan beという文型である。このような表現は不適切である。suggestは「相手に考えてもらうために提案する,また暗示する」という控えめな表現であるから,suggestという控えめな示唆表現を用い,加えてmay be,can beなどという曖昧表現を用いると,ダブル曖昧で,何のための研究か,ということにもなりかねない。suggestを用いたならば,後はwas(is)と明記すべきである。研究報告におけるあまりの控えめ表現は,研究姿勢を問われる。また,原田豊太郎氏の著書にも指摘があり,氏の解説を借用すると,結論のところで,It was assumed~とassumeを用いる研究者が非常に多い。「~と考えられる」と言いたいのであろうが,assumeはあくまで「証拠に基づかない考えを仮に採用する」というのが基本的な意味なので,むしろ「~と仮定する」という日本語があてはまる。したがって,結論のところに「仮定」がきたのではおかしなことになるのである。

 その他誤用の多いのは自動詞と他動詞の取り違えがある。occur(発生する),recur(再発する)は自動詞であるにもかかわらず受動態で使われる誤用が見られる。originate(由来する)も同様だ。~are originatedと受動態にする誤用は案外多く見かける。discuss(考察する,論ずる)は論文中にしばしば使われる動詞だが,他動詞であるにもかかわらず,discuss on~とonをつけている例は多い。discuss the matterと直接目的語を入れればよい。日本語表現が「~について考察する」と「~について」とあるので,誤解しやすいのであろう。

 さらに日本人が好きな表現には,may,might,can,couldがあり,「多分」「可能性がある」「かもしれない」「という場合がある」「時により~である」という意味であり,特に医学系,看護系の文献中にはこれらを乱発している論文が多いが,注意が必要である。あいまいな形容詞や副詞の乱用ばかりではない。文章の形態そのものもややこしいものが案外と多い。「~という可能性も必ずしも否定できるとは限らない」式の文章はいかにも日本的だ。

 研究論文中では,ほぼ100%確信していても,isとしないで,most certainly isとする。「~である」と断定すると客観的事実となるため,「ほぼ間違いなく~である」と万が一にも疑問を持つかもしれないという含みを持たせざるを得ないからである。

 例をあげればきりがないが,それぞれの動詞のイメージをつかむことによって自分の表したい気持ちにそった表現が可能になるのである。1つの語に対して固定した日本語訳をあてはめるような英語教育の弊害は真の語学力,表現力の育成を妨げていると痛感する。