医学界新聞

 

《連載》

感染症臨床教育の充実をめざして
-学生から専門医まで

〈監修〉青木 眞(サクラ精機顧問)

第6回
〈寄稿〉

米国日本人指導医からの提言

五味晴美氏 (音羽病院感染症コンサルタント)
大庭祐二氏 (ミズーリ大カンサスシティ校集中治療呼吸器内科助教授)


2622号よりつづく

 本シリーズではこれまで,感染症臨床教育の日本における指導者によるコメントや,米国で感染症科フェローとして研鑚を積んでいる医師からの提言を紹介し,日本の感染症臨床教育の現状と課題について考えてきました。

 第6回を迎える今回は,米国で感染症科の指導医として活躍した五味晴美氏と,感染症に関連の深い集中治療の領域で指導医として米国で活躍している大庭祐二氏に,それぞれが米国の教育現場で実践している感染症教育について,ご紹介いただきました。


南イリノイ大での感染症科教育の実際

五味晴美(音羽病院感染症コンサルタント・前南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサー)


 本稿では,南イリノイ大学の基礎の微生物学,免疫学,臨床の感染症科の教育がどのようになされているか,その医学部教育をご紹介し,日本で今後,医学部教育,研修医教育で,どのような点が参考になるか,提示したいと思います。

プロの臨床医を育てる

 米国全体の医学部教育は,一般に「プロの臨床医」を養成するという大きな目的のもとにそのカリキュラムが組まれています。そのため,基礎医学の教育も,その知識を臨床現場で応用することを大前提に,実践的に行われています。私の大学では,Problem-based learning (PBL)方式というやり方を取り入れています。つまり,一方通行の講義形式を最小限にし,実際の症例を少人数のグループセッションで「疑似体験」する方法で,基礎医学を学びます。医学部2年生(Year2)の1年間のカリキュラムを表1に示します。微生物学,免疫学,薬理学(抗菌薬につき),感染症や免疫の病理学,感染症の教育は,6週間行われ,その後1週間の試験で終了します。

表1 南イリノイ大の医学部2年生の年間スケジュール
Year2 Students Schedule Unit週数試験の週数合計
8/9/04-8/20/04Introduction, Clinical Skills202
8/23/04-10/8/04Hematology, Immunology, Infections617
10/11/04-12/17/04Circulation, Cardiovascular, Respiration9110
1/03/05-3/11/05Neuromuscular and behavior9110
3/14/05-5/20/05Endocrine, Reproductive, Gastrointestinal9110
5/23/05-6/17/05USMLE exam404

 PBLで使用される実際の症例は,表2に掲載しました。これらの症例は,本物の症例(架空ではない)です。合計13の症例のうち,2例は,模擬患者を医療面接する形で学習します。このコアの症例のほか,6週間のこの期間中に,合計16例(4症例を週1回),感染症科スタッフのケースレクチャという形で経験,学習します。

表2 南イリノイ大の医学部2年生のPBLに用いられた症例
慢性肺炎,結核
Urosepsis(尿路感染,敗血症)*
Acute lymphocytic leukemia
Pneumocystis pneumoniaで発症したAdult T-cell leukemia
急性A型肝炎
Pelvic inflammatory diseases*
褥創の骨髄炎
Group A StreptococcusによるToxic Shock Syndrome
Staphylococcus aureusによるToxic Shock Syndrome
Vancomycin-resistant enterococci(VRE)
Staphylococcus epidermidisによる血管カテーテル感染
インフルエンザウイルスによる重症肺炎(ICU入院例)
HIV,併発したPneumocystis pneumonia, Cytomegalovirus disseminated infection
模擬患者で学習

 6週間の期間中には,感染症科の専門外来,または,STD(性行為感染症)の外来を1回見学するようになっています。また,微生物検査室で,最小抑制濃度(MIC)や培養の実習も1回行っています。

 さらに,この期間中に,教育担当のナースによるレクチャと実習で,院内感染対策の基本を学び,手洗いがすべての基本であることを徹底させています。

 医学部3年生になると内科のクラークシップが10週間あり,その間に,基本的な内科マネージメントを学びます。この期間に,合計30時間のコアレクチャがありますが,感染症科は合計3時間の割り当てがあり,私の大学では,「抗菌薬の使い方」「HIV」「Respiratory infections」の3項目を最低限の知識として教えています。

 研修医になってからは,内科レジデントの場合,感染症に関しては,日常の一般内科研修を通し,さらに知識を深めていく形になっています。感染症科の専門研修は,フェローシップで行われています。

日本に必要な人材

 さて,日本では,どのような人材が医学部教育,研修医教育に必要なのでしょうか。明確に言えることは,「臨床の感染症科」は,「基礎の微生物学」とは,その専門性をまったく異にするということです。さらに,「院内感染対策」とも異なります。「臨床の感染症」ができる人材が必要で,その養成に取り組まなければなりません。現在,もっとも有効な方法は,米国などその専門性が確立した場所で,あるいは,国内で同等のトレーニングができる病院で,適切なトレーニングを受けることです。また,トレーニングの時期は,卒後最低3年程度,基本的な内科,または,小児科の研修を終えた方がベストです。

 将来的には,こうしたトレーニングを受けた人が,微生物学,免疫学の基礎医学教育の段階から教育にあたり,さらに,自分の病院内で同僚,後輩の指導にあたる「伝播式」が定着できればよいと思います。また,日本で,感染症科の知識と教育を広く普及させるには,インターネットなどのデジタルメディアを通し,情報を一度に多くの人と共有することも非常に有効であると思っています。


呼吸器・集中治療内科指導医から見た感染症診療の基本

大庭祐二(ミズーリ大カンサスシティ校集中治療呼吸器内科助教授・学生指導教官)


 感染症の治療のよしあしによるアウトカムの差は一般的になかなか実感しづらい傾向にある。極論すれば広域な抗菌薬をいつも使っていればたいていの場合患者さんはよくなることが多いので,その結果に満足しがちになり,安易な治療に走りがちである。しかし,私がかかわっている集中治療では,基礎疾患を持った重症度の高い患者さんが多いこともあり,抗菌薬の選択は時には生死を分ける大きな要素になる可能性がある。

感染症診療のコンセプト

 私は米国の大学病院で呼吸器集中治療内科の指導医をしている。ICUをローテーションしてくる医学生,研修医などに集中治療の領域における講義を週に2回は行っているのだが,その中で感染症関連のトピックも必ず含めるようにしている。診療の基本的なコンセプトとしては,「Know your enemy, know your weapon, know your patient.」をいつも強調している。これはいかなる感染症でも変わりはない。ICUの感染症管理では起炎菌を確定することで(Know your enemy)感染の部位を限定することができ,菌を同定できれば抗菌薬の感受性も同定することになり狭域な抗菌薬を使うことができ,感染症管理は格段に楽になる。

 また患者さんが救急からICUに入室してきた時に研修医がはじめる抗菌薬の選択(Know your weapon)やタイミングが,患者さんの予後にどれだけ大きな影響を及ぼすかということについてもデータを提示して講義の中で触れるようにしている。

 その他に患者さんの基礎疾患の重症度(Know your patient)が感染症の治療のアウトカムにどのような影響を及ぼすかということや,それらの患者さんにおいては感染症の治療よりも予防のほうがより大きなインパクトを及ぼす可能性に関して努めて言及するようにしている。

 内科系のICU患者では感染症のコントロールが人工呼吸器管理に密接に関連していることが多く,感染症をコントロールするということは人工呼吸器からの離脱をも意味することが多いのである。言い換えれば人工呼吸器管理は多くの場合は感染症管理なのである。感染症をコントロールできる医師が集中治療医療を制するといっても過言ではないであろう。

グラム染色のインパクト

 昨今呼吸器感染症におけるグラム染色の有用性が米国においても揺らぎはじめている。米国で1988年に発令されたClinical Laboratory Improvement Amendmentsにより,“クオリティーコントロール”のために研修医が病棟でグラム染色ができなくなってから,細菌感染症医療の質は残念ながら次第に悪くなっているように見える。

 グラム染色の初期研修におけるインパクトは計り知れないものがあると思う。グラム染色をすることによって適当な検体をタイミングよく採る重要性を,身をもって教えられる。菌を顕微鏡下で同定することにより,どの菌がどの感染症に一般的かということを認識できるようになる。グラム染色に慣れて細菌が同定できるようになれば,どういう抗菌薬が最適なのかという選択に関する疑問が自然に湧いてきて,個々の抗菌薬の特色について勉強するきっかけを与えてくれる。少なくとも私の場合はそうであった。

 グラム染色のようなビジュアルな情報は脳裏に焼きつき,何者にも変え難いものがある。米国の医療研修では残念ながら細菌感染症診療における非常に貴重な教育の機会を上記の法律とともに失ったようである。改めて感染症診療の基本を叩き込んでくれた沖縄県立中部病院の恩師に感謝する次第である。

次回につづく


五味晴美氏
1993年岡山大卒。沖縄米海軍病院,岡山赤十字病院を経て1995-98年ベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント,1998年-2000年テキサス大ヒューストン校感染症科フェロー,その間ロンドン大で熱帯医学(DTM&H)を習得。2000-02年日本医師会総合政策研究機構主任研究員。2002-03年ジョンズホプキンズ大で公衆衛生修士(MPH)取得。2003年10月より南イリノイ大感染症科アシスタントプロフェッサー。2005年より現職。4月より,自治医科大学の感染制御部・講師として赴任する予定。

大庭祐二氏
1989年高知医大卒。沖縄県立中部病院,川崎医大救急部助手,聖路加国際病院を経て1994年に渡米。1997年よりミズーリ州カンサスシティに移り2000年より現職。米国一般内科,呼吸器内科,集中治療内科の3つのボードを持つ専門医。米国胸部疾患専門医学会上級会員(FCCP)。