医学界新聞

 

インタビュー

中西医結合-漢方医学の視点

汪 先恩氏(華中科技大同済医学院教授/順大・消化器内科)
安藤 正明氏 《聞き手》 (大塚クリニックグループ理事)


 現在,医療現場で行われている治療のほとんどは,西洋医学に基づいています。しかし近年,糖尿病,アトピー,花粉症等,これまでの西洋医学中心の医療だけでは治療が難しい疾患を持つ患者さんが急増しています。

 汪先生は,漢方医学と西洋医学の両方を学ばれ,こうした疾患に対する漢方の開発,治療において実績を積まれています。そこで今回,漢方医学と西洋医学のあり方について,お話をお聞きしたいと考えました。

(安藤正明)


安藤 汪先生は中国の安徽中医学院と同済医科大学を卒業,内科医などを経験されてから,現在は順天堂大学で研究をされているわけですが,まず西洋医学と漢方医学(中医学)の両方を勉強された理由についてお聞きしたいと思います。

 病気には,機能性のものと器質性のものがあります。西洋医学は器質性の病気に対しては,非常に有効です。例えば胃潰瘍のように胃の組織に穴が開いた場合,内視鏡ですぐに診断できます。ですが,「胃がむかむかする」「ちょっと胃が痛い」といった場合に内視鏡の検査をしても,異常が見つからないことが多い。これは機能性の病気で,西洋医からは「あなたは病気ではありません」と言われるかもしれません。こうした機能性の病気に対する診断,治療は漢方医学の得意分野です。

 また漢方医学では,病気ではないけれど健康でもない状態を「未病(みびょう)」と呼びます。生活習慣を改め養生すれば健康になりますが,逆にストレス・睡眠不足・暴飲暴食・過労などが続くと,病気の側に近づいていくわけです。

 こうした病気になる前,あるいは病気の初期とも言える「未病」の状態をを治療することも,漢方医学の特徴と言えるでしょう。つまり,西洋医学と漢方医学は決して対立するものではなく,相互補完的なものなのです。ですから,その両方を学ぶことに意味があります。

安藤 なるほど。汪先生はこれまでにアレルギー性疾患,特にアトピー性皮膚炎や花粉症に効果のある漢方を開発されていますが,日本で漢方の研究をすることになったきっかけとは,何だったのですか?

 日本に来て,まずアトピーや花粉症など,中国では聞いたことのないアレルギー性疾患が日本の社会問題になっていることに驚きました。

 順天堂大学では最初,肝臓の線維化や胃粘膜の修復機構,C型肝炎ウイルスの遺伝子型などを研究していましたが,学位を取得して少し余裕ができたこともあって,アレルギー性疾患がなぜ治らないのかに興味を持ち,西洋医学だけでなく漢方の立場からアプローチしてみようと考えたのです。

アレルギーは「衛気虚」

安藤 漢方医学では,アレルギー性疾患をどうとらえているのですか?

 まずその前に漢方医学の考え方をご説明しましょう。中国の伝統医学では体を心・肺・脾・肝・腎臓という5つの機能単位「五臓」に分類し,五臓の間には抑制と促進の「五行」――例えば脾臓(消化器)は肺臓(呼吸器)を促進する効果があるといったような――調整関係があります。そして,病気とは環境や生活習慣の影響で,五臓のバランスが崩れることが原因であると考えられています。ですから,治療の目的は五行に基づいて,そのバランスを調節することにあります。

 アレルギーは「肺気」と「脾気」の弱さによる「衛気虚」,すなわち呼吸器と消化器の機能が弱くなったことが原因とされています。

安藤 アレルギーの原因というと,一般的には花粉やダニなどを想像しますが……。

 たしかにそういったものはアレルギーを引き起こす物質(アレルゲン)ですが,かと言って,地球上から花粉やダニをなくすことはもちろん不可能ですよね。アレルギーを根本的に治療するためには,単にアレルゲンとなる物質を避けるのではなく,違った視点が必要なのではないかと思います。

 例えば,私が3年前に出会った11歳の女の子ですが,彼女は牛肉や卵,エビや魚にもアレルギー反応が出てしまう。西洋医学の考え方では「アレルギーの原因となるものは食べないことだ」となりますが,これでは食べる物がなくなってしまうでしょう? 食べ物のせいではない,というのが漢方医学の見方です。注目すべきなのは,なぜ他の多くの人はそういう疾患にならないのか,ということです。

安藤 アレルギーにならない人のことを考えてみる,ということですか。

 そうです。なぜ花粉を吸入しても,6-7割の人は花粉症にならないのか。漢方医学ではその原因は内部,つまり「体質」にあると考えます。

生活習慣がもたらす影響

安藤 では,そういった体質の違いはどこからくるのでしょうか?

 遺伝子や環境もありますが,やはり生活習慣の影響が強いのではないかと思います。特に精神的なストレスですね。皆さんも経験があると思いますが,ストレスがたまった時,便秘や消化不良になりがちです。これは,緊張状態では血流が頭に集まるため,胃腸が虚血になってしまうからです。

 私はアトピーをはじめアレルギー体質の形成には,食物などの異物と接触する主な部分である消化器系と循環器系の関与が大きいと考えています。特に消化器系における胃腸の働きですね。例えば食物アレルギーの場合,摂取したタンパク質を正しく消化・吸収できないことが原因の1つです。ですから,夜更かしもよくありません。消化吸収は主に熟睡している時に行われますから,寝ていないと血流が消化器系に十分にまわらず,消化吸収能力が低下するでしょう。

 では,アレルギーを改善するにはどうすればよいか。まずストレスや睡眠不足などの生活習慣の改善,これはもちろん必須です。そのうえで,漢方による「肺気」と「脾気」,つまり呼吸器と消化器の機能強化を行います。こうした考えに基づいて,私は漢方の開発を行ってきました。日本で漢方を研究したもう1つの理由は,同じ教室の先生がアトピーだったこともあったのですが,私の開発した漢方を飲んでもらい,今では症状がおさまっています。

漢方教育の重要性

安藤 さて,日本でも漢方薬は昔から使われていますが,汪先生は日本の漢方治療についてはどうお考えですか。

 「漢方」は江戸時代に,それまでの医学をオランダ医学と区別するために作った言葉です。現在200種類以上にのぼる漢方が医療現場で使われていますが,そのほとんどは江戸時代の処方と大きく変わっていません。ですが,人間の生活環境や体質,疾病構造は,この50年を見ただけでも大きく変化しています。漢方も時代に合わせて進歩する必要があると考えます。

 それから,教育の問題ですね。日本の医学教育において,漢方の課程はほとんどありません。小柴胡湯で何人もの患者さんが亡くなられましたが,あれは副作用というより,使い方に問題があったのだと思います。漢方を薬として認める限り,その教育は絶対に必要です。

 「薬」という字は,楽になる草という意味からきています。普通の医薬品では安全性を確かめるために動物実験をよく行いますが,漢方は何千年も前から食べられてきて,いわば人間での臨床試験が繰り返されてきたわけです。ですから,副作用についても把握されています。漢方は正しく使えば安全なのです。

安藤 漢方薬に対して,西洋医学を学んだ人が一番抵抗を感じるのは,その作用機序が完全には明らかでないというところだと思います。そこを解明していくことも,汪先生のように西洋医学と漢方医学の両方を学ばれた方の使命ではないでしょうか。

 そうですね。実際にそうした研究は中国で進んでいて,例えば大黄など単品の有効成分は,ほとんど分析されています。ただ,漢方薬は複数の成分が合わさって効くものですから,成分分析だけではその作用機序を十分に説明できません。今後も研究が必要です。

 そして,もちろん漢方医学も万能ではありません。西洋医学と互いの長所を生かし,短所を補い合う形で協力していくこと。これが患者さんにとって一番プラスになるのではないかと思います。


汪 先恩(Wang Xianen)氏
1984年安徽中医学院卒業,88年同済医大修士号を取得,その後同大学病院にて中西医結合の研究,臨床に従事。91年に金沢医大に派遣,93年から順大において佐藤信紘教授のもと,肝臓・胃腸病の機序の解明,および難病の漢方治療を研究。著書に『図説中医学概念-中西医結合の視点から』(山吹書店)。

安藤正明氏
1975年東京都立大法学部卒業。欧・米の保険会社に20年間勤務し,93年に経営リスクコンサルタント「安藤アソシエイツ」設立。95年より現職。在宅医療の草分け的クリニックとして,医師20名,患者約800名の日本最大級の在宅医療機関育成に貢献してきた。