医学界新聞

 

心血管疾患への挑戦はじまる

第39回糖尿病学の進歩開催


 さる2月18-19日,第39回糖尿病学の進歩が,仙台国際センター・宮城県スポーツセンター(仙台市)において,富永真琴会長(山形大)のもと開催された。「糖尿病治療の新時代:心血管疾患への挑戦」をテーマに設定した今回は,メイン会場のプログラムが両日とも心血管疾患関連のレクチャーとシンポジウムで占められるなど,心血管疾患への対応に重きを置く,新しい糖尿病学を模索するプログラムとなった。


■食後高血糖は心血管疾患発症のリスク因子

心血管疾患への挑戦の時代

 学会最初のレクチャーに登壇した富永会長は,メインテーマである心血管疾患予防の重要性について概説した。

 近年,大規模調査の結果から,血糖コントロールによる網膜症や腎症の予防効果はほぼ明らかになりつつある。それを踏まえたうえで富永氏は,糖尿病学の取り組むべき領域が,網膜症・腎症から,心血管疾患へとパラダイムチェンジしつつあると指摘した。

 心筋梗塞や心不全,脳卒中などの心血管疾患は糖尿病に特有のものではないが,その発症には糖尿病が大きなリスク因子となっていることが知られている。また,これらの疾患は重篤な結果をもたらすことも多い。富永氏は「HbA1c6.5%未満,空腹時血糖値130mg/dl未満,食後2時間血糖値180mg/dl未満」という日本糖尿病学会のガイドラインは,「網膜症や腎症を生じさせないレベルとしての設定であり,心血管疾患の予防を考えるうえでは十分とはいえない」として,高血圧,高脂血症への対策とともに,従来の糖尿病治療目標よりも厳しい水準での高血糖対策が求められることをデータに基づいて示した。

 富永氏は,こうした心血管疾患予防の観点からみた高血糖,高血圧,高脂血症のコントロールを「糖尿病治療における三位一体の構造改革」であるとし,「今まさに糖尿病治療が心血管疾患への挑戦の時代を迎えている」と述べ,講演をまとめた。

食後高血糖と心血管疾患

 近年,心血管疾患の発症と食後高血糖の関連を示す疫学データが次々と発表されている。今学会でも,DECODA studyやUKPDSなどの海外研究はもちろん,久山町研究やJDCSなどの国内における疫学的調査研究に基づいた発表が行われた。

 久山町研究は当該地域に住む全住民を対象としていることや高い受診率(80%),追跡率(99%以上),剖検率(80%)で知られている。

 今回,久山町研究に基づいて発表を行った清原裕氏(九大病院)は,対糖能レベル別に調査集団を正常,IFG(空腹時血糖異常),IGT(耐糖能異常),糖尿病に分類し,これらと心血管疾患との関連性について分析,報告した。

 この結果,空腹時血糖値とブドウ糖負荷後2時間血糖値は,既知の心血管疾患の危険因子から独立した,強い予測能を持っていることが明らかとなった。また,ブドウ糖負荷後2時間血糖値の予測能は空腹時血糖値から独立したものであることも示された。

 清原氏はこれらのデータから,糖尿病の発症に至っていない耐糖能異常の段階でも高血糖が危険因子となること,また空腹時血糖値が低めでも,食後高血糖がみられる患者はリスクが高いとして,耐糖能異常が高血圧や高脂血症と同等か,それ以上の心血管疾患の危険因子であることを強調した。

■心血管疾患発症を防ぐ

三位一体のアプローチ

 耐糖能異常と心血管疾患の関連を強く示唆する疫学データが報告される一方,現在のところそのメカニズムや因果関係の程度は明らかとなっていない。しかし,治療法については,同じく心血管疾患の危険因子である高血圧,高脂血症へのアプローチと,血糖コントロールには密接に関連するものが多く,耐糖能異常も含めた複数の危険因子に同時に作用する治療法に注目が集まっている。

 シンポジウム「糖尿病における心血管疾患の病態解明の現状」で高脂血症の立場からのアプローチについて述べた平野勉氏(昭和大)は,LDLコレステロールの中でも,特に危険因子として注目されつつあるsdLDL(小型高密度LDL)に焦点をあてて解説した。sdLDLの増加は動脈硬化を生じやすく,大血管障害の発症が高頻度で生じるというデータを示したうえで平野氏は,sdLDLを低下させる治療を積極的に行う必要性を述べた。

 sdLDLの低下にはフィブラートやスタチンなどの高脂血症薬のほかに,種々のインスリン抵抗性改善薬も有効性が確認されている。また,高血圧の治療薬であるACE阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),Ca拮抗薬などもインスリン抵抗性の改善が期待されることから,平野氏は,これらの薬物の積極的な使用によって,インスリン抵抗性を改善しつつ,高脂血症,高血圧の改善を同時にめざす治療法の確立をめざしたいと述べた。

メタボリックシンドロームから考える糖尿病治療

 一方,シンポジウム「メタボリックシンドローム研究の最前線」では,メタボリックシンドロームの観点から見た,心血管疾患のリスクと対応について議論が交わされた。

 小田原雅人氏(東医大)は,久山町研究,DPPなどメタボリックシンドロームに関係する疫学的研究データを踏まえたうえで,心血管疾患発症のリスクを下げる介入方法について自説を述べた。

 小田原氏は食生活改善によるBMI低下や,運動による高血圧,高脂血症などの改善効果によって動脈硬化のリスクが低下するデータを示し,たとえ糖尿病発症に至っていなくても,メタボリックシンドロームの項目のいくつかに該当する患者には,心血管疾患予防の観点からこれらの生活習慣改善が有効であることをあらためて示した。

 また,小田原氏は早期からの経口血糖降下薬の使用についても触れた。経口血糖降下薬の中でも,特にチアゾリジン系薬剤は,インスリン抵抗性の改善による高インスリン血症の緩和,微量アルブミン尿の軽減,血管内皮機能の改善,炎症マーカー(CRPなど)の低下によって,単に糖尿病を治療・予防するだけでなく,心血管疾患発症を予防しうるものであると解説した。

 メタボリックシンドロームの各疾患は相互に複雑に関係しあっている。シンポジウムのディスカッションでは,肥満,高血圧などを併せ持つ糖尿病患者のインスリン治療が話題になったが,そこではインスリンが持つ動脈硬化を亢進させる作用が問題となるなど,一筋縄ではいかない心血管疾患予防への取り組みが議論された。