医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第53回

先端医療の保険給付(メディケアに学ぶ)(4)
民主的な保険適用審査制度の構築を

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2619号よりつづく

日本の医療保険制度に必要なのは「根治療法」

 混合診療解禁論者は,「今の日本では,混合診療が認められていないせいで,患者が必要な治療にアクセスできない」と主張し,大腸癌治療薬エロキサチンをその典型例としてきた。しかし,前回まで見てきたように,エロキサチンの認可が日本で遅れてきた原因は,日本の医薬品認可制度に問題があったというよりは,販売権を有する製薬企業の「不熱心さ」が一義的原因であったと考えるべきである。

 さらに,ここで気をつけなければならないのは,患者がエロキサチンの恩恵にあずかれずにきた真の原因は,「必要な治療なのに保険診療に含められてこなかった」ことにあるのに,「混合診療が認められていないことが原因」と,問題のすり替えが行われてきたことである。慢性骨髄性白血病治療薬グリベックのように,エロキサチンも遅滞なく日本で認可されていたならば,そもそも「混合診療解禁が必要な治療の例」とされることもなかったろうし,患者が高額の自己負担を強いられることもなかったはずなのである。

 換言すると,日本の患者が必要な治療の恩恵にあずかることができていない現実があるのならば,必要な治療が遅滞なく保険診療に含められるように制度を改める「根治療法」こそを考えるべきなのであって,混合診療を全面解禁するなどという,種々の重大な副作用を生じうる危険な「対症療法」に走るべきではないのである(註1)

透明化されたメディケアの保険適用審査過程

 「必要な治療を遅滞なく保険診療に含める制度」を考えるうえで参考になるのが,米国連邦政府が運営する高齢者医療保険メディケアで採用されている制度だ。メディケアが創設されたのは1965年だが,創設時から,「必要かつ合理的な(necessary and reasonable)」診療行為については保険給付に含めると,法律で定められてきた(註2)。特に,いわゆる「先端医療」については,メディケアが保険適用を認めた治療は民間保険も適用を認めることが慣行となっているので,メディケアが保険適用を認めるかどうかの決定は,米国医療の中で大きな意義を有している。

 しかし,保険適用の決定基準があいまいなうえに,審査過程が不透明であるという批判が高まり,1999年,メディケアは「国レベルでの保険適用決定(national coverage decision)」にかかわる審査手続きを大幅に改訂し,審査過程を透明化するとともに,「証拠」に基づいた決定を行うことを明確化した。以下,メディケアが「新技術」の保険適用をどのような手順で決定しているかをご理解いただくために,実例を2つあげよう。

〈例1:変形性関節症における鍼治療〉
02年9月:保健省に,ジェイ・シルバーマン(患者)から「以前に保健省が保険不適用と決定した鍼治療について再考を求める」書簡が到着。
02年12月:保健省担当官が「公表されているエビデンス」を含め正式申請の書類作成に協力した後,シルバーマン氏からの申請を正式に受理(註3)
03年2月:保健省の内部審査の後,専門家による「技術評価」が必要と判断され,ヘルスケア・リサーチ・クォリティ庁(AHRQ)に技術評価を委託。
03年7月:技術評価の結果報告。
03年10月:「必要かつ合理的」とする証拠は不十分として,保険不適用の仮決定。
04年4月:仮決定について寄せられたパブリック・コメント検討後,保険不適用を正式決定。

〈例2:小腸・多臓器移植〉
99年6月:トーマス・E・スターツル移植研究所から保険適用審査申請。
99年9月:AHRQおよびブルー・クロス・ブルー・シールド技術評価センターに「技術評価」委託。
00年4月:技術評価の結果報告。
00年5月:保険適用の適否を決めるためにはさらなる情報が必要と判断,問題点5点を特定したうえで,保健省ホームページで情報(エビデンス)を公募。
00年10月:患者・医療施設が特定の条件を満たした場合に保険を適用することを仮決定。
01年4月:特定条件下での保険適用を正式決定。

 と,ここでは2例だけを示したが,メディケアは,すべての審査事例について,経過と決定の根拠とをホームページで公示している。「新技術」の保険適用審査が,いかに,説明責任と透明性の二原則に忠実な形で実施されているかが,おわかりいただけるのではないだろうか。

 日本でも,「混合診療の全面解禁の是非」などという不毛な議論などは早く打ち切って,「保険診療を充実させ,時代遅れとしないための体制作り」という,本筋に立ち返った議論をはじめるべきだと思うがどうだろう。

この項おわり


註1:混合診療を全面解禁した場合の「副作用」は,(1)財力に基づく医療差別,(2)似非医療の横行,(3)保険診療の空洞化,(4)保険財政がアビュースされる危険,の4点にまとめられようが,詳しくは拙著『市場原理が医療を亡ぼす』に述べたので,参照されたい。

註2:FDAが医薬品を認可する際の基準「有効性と安全性」とは異なる基準であることに注意されたい。ちなみに,日本では,04年12月,混合診療問題にかかわる大臣合意に「必要かつ適切な医療は基本的に保険医療により確保する」と類似の文言が盛られたが,私から言わせれば「基本的に」という副詞句は余計である。

註3:保険適用の審査開始請求には,(1)企業・団体・個人など,(2)当該診療を「必要」としている患者,(3)保健省担当官からの内部発議,という3つの道が開かれている。