医学界新聞

 

視点

抗菌薬の皮膚反応について

山口正雄(東大病院アレルギー・リウマチ内科特任講師)


 一昨年の日本化学療法学会からの提言を受け,昨年9月29日厚生労働省から注射用抗菌薬の添付文書改訂指示が出された。その結果,βラクタム系やニューキノロン系,一部のペプチド系抗菌薬の添付文書に記載されていた即時型皮膚反応(以下,皮膚反応)推奨の字句が一律に削除された。

 皮膚反応を行っておけば,問診やアナフィラキシー反応時の対応が不十分であっても免罪符となるという考えはよくない。しかしそれを根拠に皮膚反応を悪者と決めつけてしまうのは筋違いである。皮膚反応の位置づけについてここで論じておきたい。

 皮膚反応は即時型アレルギー既往を有する患者の診断にはきわめて有用であることに現在も変わりはない。注射用抗菌薬1回投与量の数万-数十万分の1(μgオーダー)という極微量の皮内注入にもかかわらず,結果は高い信頼性を持つ。ただ,非常に過敏な症例ではその量でもアナフィラキシー誘発の危険があり,時にfg(f=femto)あるいはpgオーダーの皮内投与量で検査を開始したり,皮内テストの千分の1以下の注入量で済むプリックテストをまず行うといった慎重な対応が必要となる。日本化学療法学会アナフィラキシー対策ガイドライン(2004年版)には皮膚反応についての記載もあるので,ぜひご精読いただきたい。

 しかし,アレルギー歴のない患者に対しても一律に皮膚反応を行うべきか否かについては,さまざまな要因が絡む非常にデリケートな問題であると考える。検査の手間と危険,偽陽性・偽陰性の問題は確かに存在する。検査結果は日数が経つと信頼性が薄れてくる。最大の問題は,最近の抗菌薬に関する抗原決定基や正確な皮膚反応偽陽性率の知見が不十分なことである。倫理上,皮膚反応陽性患者にあえて当該薬を試すわけにもいかない。

 このように皮膚反応検査は問題をはらむものの,少数ながら,問診だけでは把握されないアナフィラキシー予備軍患者の少なくとも一部で予知に役立つことは期待される。例えばペニシリンGでは,皮膚反応陰性をきちんと確認しておけば重篤なアナフィラキシーを完璧に回避できる。いずれの抗菌薬でも,アレルギー既往なしの集団の中に,ごく少数の皮膚反応真の陽性例と,それよりもずっと多数の非特異的陽性例が存在することは確かであろう。残念なことに,その正確な人数比率のデータは揃っていないが,真の陽性例を絞り込む方策は他にない。

 皮膚反応の施行原則は,アレルギー既往のある症例に限定するか,既往がなくても一律に行うか,の二者択一とならざるを得ない。筆者としても,担当医の裁量で皮膚反応の施行対象を広げることは悪くないと考えるが,どこまでの範囲で義務づけるかは本当にデリケートな問題である。

 今回の添付文書改訂に伴い,厚労省ではショック症例の推移把握を今後3年間行う方針である。今回の改訂や3年後の皮膚反応再評価は重症ショック例に対しての患者救済基金の判断基準や法律家の判断基準にも影響を与えるであろうが,医療従事者・患者双方にとって妥当な形で連動していくことを切に願う。

 なお本稿の執筆には当科小宮明子氏の助力をいただいたことを申し添える。


略歴/1987年東大卒。東大病院と日立総合病院で内科研修,東大病院物療内科,ボストンベスイスラエル病院病理部研究員,山梨県立中央病院内科を経て,1998年より東大病院アレルギー・リウマチ内科勤務。