医学界新聞

 

看護のアジェンダ
 日々の疑問・違和感を深く掘り下げ,
 看護・医学界のアジェンダ(検討課題)として提示します。
〈第1回〉
「痴呆」から「認知症」へ

井部俊子
聖路加看護大学学長


「痴呆」という病者の王国

 「病気とは人生の夜の側面で,迷惑なものではあるけれども,市民たる者の義務のひとつである。この世に生まれた者は健康な人々の王国と病める人々の王国と,その両方の住民となる。人は誰しもよい方のパスポートだけを使いたいと願うが,早晩,少なくとも或る期間は,好ましからざる王国の住民として登録せざるを得なくなるものである」とスーザン・ソンタグ(註)は書き出している(隠喩としての病い/富山太佳夫訳.みすず書房,1982年)。そして,病者の王国に住む人々の「肉体の病気そのものではなくて,言葉のあやとか隠喩(メタファ)として使われた病気の話」として,癌の隠喩の持つ働きを19世紀の結核のそれと比較して論じている。

 現代には「痴呆」という病者の王国がある。しかも,「痴」は「愚か」「狂う」という意味があり,「呆」は「ぼんやり」とか「魂の抜けた」という意味を持つ。したがって王国の名称そのものが侮蔑的な意味を包含している。

 厚生労働省『「痴呆」に替わる用語に関する検討会』(座長・高久史麿,筆者も委員のひとり)は,2004年12月24日に次のような結論に至ったという報告書をまとめた。

1) 「痴呆」という用語は,侮蔑的な表現であるうえに,「痴呆」の実態を正確に表しておらず,早期発見・早期診断等の取り組みの支障となっていることから,できるだけ速やかに変更すべきである。
2) 「痴呆」に替わる新たな用語としては,「認知症」が最も適当である。
3) 「認知症」に変更するにあたっては,単に用語を変更する旨の広報を行うだけでなく,これに併せて「認知症」に対する誤解や偏見の解消策に努める必要がある。加えて,そもそもこの分野における各般の施策を一層強力にかつ総合的に推進していく必要がある。

専門用語と専門家集団

 「痴呆」は,一般的な用語や行政用語としてだけでなく,血管性痴呆やアルツハイマー型痴呆といった医学用語でもある。興味深いことに,今回の検討過程で行った国民からの意見募集(n=6333)では,一般用語や行政用語としての「痴呆」に不快感や侮蔑感を「感じる」は56.2%に対し,病院で診断名とし使用される「痴呆」に不快感や侮蔑感を「感じる」は48.9%であった。さらに,日本老年精神医学会の会員を対象としたアンケート調査(n=840)では,「痴呆」は差別や偏見を招くと「思う」が24.4%であった。つまり,痴呆を専門とする集団では,「痴呆」という用語に偏見や差別感を持たないという意見が半数以上を占めていた。

 病者の王国の表札をつける人々と,表札をつけられた人々の哀しみが31.8%の差となって表れている。日本老年精神医学会では,しかしながら,「痴呆名称に関する検討委員会」を設置し,患者や家族が受ける印象を考慮して,「痴呆」という医学的病名を検討し,2006年の総会で学会として結論を出す予定とされている。

 一般用語と行政用語において,「痴呆」は「認知症」に改められることになったが,医学用語としての「痴呆」は専門家集団の決定を待つということになった。このことは2つの点で特記すべきことである。1つは,専門用語は学会といった専門職集団によって扱われるという点である。2つめは,専門用語はもはや専門職集団のコミュニティだけで価値中立的に扱われるのではなく,一般用語や行政用語として価値が付与されるということである。

 「最も健康に病気になるには,隠喩がらみの病気観を一掃すること」であるが,「それにしても,病者の王国の住民となりながらそこの風景と化しているけばけばしい隠喩に毒されずにすますのは殆ど不可能に近い」とスーザン・ソンタグは続けている。

 厚生労働省は今年4月から,「認知症を知る1年」をキャンペーンするという。

(註)米国を代表する批評家・作家。文芸評論・創作のほか,人権活動家として政治にも積極的に関与した。『隠喩としての病い』は自らの乳がん体験に触発された著作。2004年12月28日死去。


井部俊子氏
聖路加看護大卒。聖路加国際病院勤務,日赤看護大講師などを経て,1993年より聖路加国際病院看護部長・副院長。2003年より聖路加看護大学教授。04年4月,同大学学長に就任し現在に至る。日本看護協会副会長を経て,現在監事。