第2618号 2005年1月24日


座談会
安全な看護と人員配置


金井Pak雅子氏
(東京女子医科大学看護学部教授)=司会

桜田京子氏,梅本明美氏
(いずれも病棟師長,仮名)


 「看護の人員配置は現実に即していない」と指摘されて久しい。しかし,在院日数の短縮化や医療の高度化,患者の高齢化,不適切な業務分担,診療報酬体系など要因は多岐におよび,「何が問題で,どういうプロセスで手をつけていったらいいのか」ということになると,不明瞭な感がある。

 本座談会では,看護ニーズに基づく労働力の適正配分に関する調査研究を行っている金井Pak雅子氏の司会のもと,病棟看護師長へのヒアリングを行った。ケアの質が保証され,安全な看護を実践できる人員配置とするための道程は長い。まずは現場の問題点を整理することで,医療界全体でそのプロセスを共有する一助となることを願う。


金井 この座談会では,「看護師を何人配置したら患者ケアの質が保証されるのか」ということに関して現場の管理者の方々に忌憚のないご意見をうかがい,日本の看護界における諸課題を整理したいと思っています。まずは,師長として現在受け持っておられる病棟の概要をご説明ください。

桜田 私の所属している病床は55床で,外科・形成外科・泌尿器科の3科混合病棟です。ですから,月曜日から土曜日まで毎日手術があって繁忙度が高いところです。病棟の平均在院日数は9日で,1泊2日の入院を含めて,多い時には1日の入院患者さんが10人以上になることもあり,その中で手術にも対応しています。ただ,55床が満床になることはなくて,病床利用率は9割に満たない状況なので,それでなんとかなっている現状です。看護師の数は,師長,主任のほかにスタッフが22人。ただ,そのうち3年目未満が半分の11人という状況です。夜間は,夜勤看護加算を取っているので,準夜と深夜3人ずつで行っています。

 入院している患者さんの特徴としては,混合病棟なので年齢層は非常に幅広いのですが,特に泌尿器科は高齢者が多く,転倒・転落などのリスク管理をしながら,1泊2日の検査目的の入院患者さんの処置に追われています。

梅本 40床の病棟と,30床の脳外科病棟を管理しています。40床のほうは看護師が20人,30床のほうは15人で,どちらも二交替でやっております。夜間は,40床のほうが3人,30床のほうは2人で勤務しています。在院日数は16日で,入退院の出入りや手術,検査が多く,1日に何の予定もない患者さんはいないというのが実情です。平均のベッド利用率は9割,ひと月あたりの手術件数は45件です。

 患者さんの特性としては,動けそうで動けない,移動介助が必要な方がとても多いです。また,ちょっと歩ける頃には退院となるので,ほとんどの人にリハビリが必要ですが,家族の都合を考えて,転院先のリハビリ病院を探すのにケースワーカーに苦労をかけております。

2対1を満たせば充足か?

金井 診療報酬上の評価には,入院基本料の要件で看護職員配置2対1や2.5対1がありますが,今のお話ではその数は満たしているのですよね。

梅本 「2対1以上あるんだからいいんじゃない」と看護部長に言われます。

金井 看護部長から?

梅本 そうです。でも,うちの病棟みたいに2人夜勤だと,新人とはまだ組ませられないですよね。そういうこともあるから,夜勤の負担がとても大きいです。

金井 充足しているかどうかを何を基準に判断するのかは課題だと思いますが,どうお考えですか。

桜田 たとえば,スタッフ全員が4年目以上の,ある程度スキルを持っている看護師ならケアの質が保証できると思います。でも実際には,病棟スタッフ22人中,半数が1-3年目で,まだ発展途上の人が多いわけですから,本当に足りない。安心して任せられるスタッフは結局8人ぐらいですし,夜勤にしても,「3年目2人と2年目1人」みたいな経験の浅いスタッフの組み合わせを作らざるを得ない時があります。これだと,管理者としては気が気じゃないんですが。

 梅本さんがおっしゃったように,とにかく1年目で夜勤は任せられないけど,夜勤看護加算を取っているので,週末とか,あまり業務量が多くない時にサポートとして入れ込む形で,なんとか調整しています。その場合は結局,私がチューター的にサポートせざるを得ないので,病棟管理なんか二の次という時も多いですね。

金井 新人や経験年数が浅い人たちも抱えながら,その人たちも人員配置上は1と数えてケアを提供していくという現実ですね。

梅本 うちは2人夜勤ですから,新人を1として数えるのはなおさら難しいです。相手は30床全部を見なきゃいけないぐらい責任が重くなるし,とても怖くてできない。いま,1年目の看護師を懸命にトレーニングしていますが,脳神経の病態や治療も複雑なので,なかなか一人立ちが難しく,新人個々の能力に合わせて,そのタイミングを見計らっている状況です。

夜勤があぶない

梅本 夜勤になると,患者さんを転倒させないために,病室でなくてナースステーションの前に,ベッドが3つも4つも並びます。

金井 ベッドがナースステーションの廊下に置かれるのですか?

梅本 そうです。ほかの患者のいびきや器械がうるさいからといって,結局,連れてこざるを得ない場合もあります。監視室が必要なくらいです。

桜田 ナースステーションの明かりがついているから,よけいに患者さんは眠れない。かといって,転ばれると大変だから部屋にも置いておけないし……。転倒させないために夜勤の1人が張りついていて,フッとした時に転んじゃうと,もうやるせないですよね。

梅本 ほんと。さっきまで見ていても,ちょっとしたスキに「あっ!」と。「15分後に来るからね」と患者さんに言っても,15分後に戻ったら転倒していることもありますから。

桜田 入院しているお年寄りがオペ後せん妄なんかを起こしちゃうと,病院は大騒ぎになります。家族も引き取ろうとしませんし。

金井 夜勤は絶対的に足りないって言いますね。

梅本 足りないですね。

金井 2003年度に,厚生労働科研究として私が主任研究者で行った調査でも,夜間は必要な看護ニーズに対して明らかにマイナスになりました。昼間よりも夜間のほうが深刻で,特に足りないのが脳外,小児,精神。それらはかなりのマイナスになりました。この結果は厚労省にお返ししてありますから,厚労省はどう改善するかをぜひ考えていただきたい。

 私は,新卒直後に1人夜勤の経験があって,1年ぐらいして2人夜勤になりました。だけど,その時の2人夜勤と,いまの2人夜勤では,患者さんの重症度がまったく違います。当時は,24時間点滴なんかしてなかったし,自分で動ける患者さんも多かった。外科の病棟でも,ナースが「ご飯です」ってひと声かけると,動ける患者さんが,動けない患者さんの配膳をしていたのが,30年ぐらい前は当たり前だったんですね。

梅本 いまは,配膳ができるような人はいないですよね。

金井 体がつらいからカーテンで仕切って寝ているでしょ。昔はカーテンで仕切るなんてこともしないで,病室でコミュニティができて,助け合っていたような状況でした。

桜田 昔との比較で言えば,夜勤に加算がつきましたよね。それはいいことなんだろうけど,逆に,そのことで縛られてしまったようにも感じます。

金井 どう縛られてるんですか?

桜田 昔だったら,新人や経験の浅い人を夜勤から外して夜勤体制を整えることができました。いまは夜勤看護加算を取って,しかも診療報酬上ギリギリの人員で収益をあげようとしたがために,「ひとり何時間以上何時間以内」と人数で割ります。そうなると,新人さえも夜勤時間に勤務せざるを得ない状況が起こってきます。夜勤看護加算をとらなければもっと楽なのに,と思うことがあります。

病床数だけで人員配置が決まる現状

桜田 病床利用率や収益を考えると,どの病院も落ち込んでいますよね。その中で看護職を雇えば人件費はあがる。そうすると,事務の人に「なんでこれだけ看護スタッフが必要なんだ?」と言われた時に,病床利用率でしか見てもらえないから,スタッフが辞めても補充がないんです。

金井 そうすると,看護職以外に対して証明できる客観的データそのものは,病床数のみということですか?

桜田 そうです。

金井 診療報酬上も,病床数との対比で看護職の人員配置が決まっていますよね。私が日看協の基盤整備(2000-02年度の看護職員確保対策事業)にかかわった際に,そうした現状に非常に疑問がありました。それでアメリカやカナダへ視察に行ったのですが,やはりいろいろなツールを使って,患者さんの重症度を見ています。アメリカの場合ですと,シフトごとに人を変動させるようにしていました。

 具体的には,次のシフトの患者の状況をコンピュータに入力すると,自動的に何人の看護職員が必要かが出てきます。それに基づいて勤務する看護職の数を増加させたり,あるいは減少させたりするのです。また,日勤などでは,勤務していてもその病棟で退院数が多く出たりした場合などは,午後から看護師を勤務から外す,つまり帰らせることをします。実際に私がアメリカで看護師として勤務していた時もこのような体験をしました。日本の現状は,病床数で人が配置されている,そこに大きな課題があるわけですね。

桜田 あとは,看護そのものが何をやるものかというのが,明確になっていないので,事務系にはわかってもらえない。たとえば,患者との対話による健康変化とか意思決定へのかかわりというのは,お金にも換算できないし,対話といっても,「それがどういう看護なんだ?」と言われると,なかなか説明できない。

金井 提供するとどう変わる,というのが眼に見えないということですね。

梅本 計算しにくいですよね。看護師の言葉1つで励まされたり,病気の説明を補足されて納得したりするのですが……。でも,そうやって患者のニーズに応えられているかといったら,現状はできていないのも事実です。ドアを開けたとたんに,足がもう出口に向いている感じで,次の仕事が待っていますから。

金井 忙しすぎて,いわゆる「提供者側の未消化」が生じているんですね。

梅本 患者さんとのコミュニケーションができてないなあと感じます。

桜田 よくスタッフが,「忙しくて看護ができない」と言うじゃないですか。何年か前に,「あなたは今日,自分のやりたい看護をしていい。ナースコールにも出なくていいし,一切自由にさせてあげるから」と手放したことがあるんですよ。それで「やりたい看護は何なのか」って考えたのですが,どうしていいかわからなかった。いつもいつも業務に追われて,その生活に慣れてしまったんですね。医療が複雑になり,繁忙を極めることで,看護職自身が,自分たちが何をやる職種なのかがわからないという状況も,もしかしたら起こっているのかなと……。

金井 「やりたいことをやっていい」と言われた時にできないのは致命的ですね。

桜田 本当に致命的です。ただ,いままで何も考えずに働いてきたことにスタッフが気づいたのが収穫でしたが。

理念と戦略が看護部長に欠けている

金井 別の言葉で聞くのが,「業務が忙しくて,看護ができない」という表現です。「業務と看護はどう違うの?」と,そういう時にふと思うんですね。だけど,看護師にとってみれば,オペ出しのような処置が重なってくると,それは「業務としてこなす」ものになってしまう。そこから自分たちが対象者にかかわって,どう看護を提供するかというようなところが二の次になるのでしょうか。

桜田 「業務としてこなすなら何人でいい」とか,「看護するなら何人必要」って考えますよね。そういう意味では,人員配置はすごく難しいと思います。

 本来は,看護部としてどういう看護を提供したいかというトップマネジャーの想いが大切なのでしょうが,それが明確に伝わってこない。「部長はどういう看護を提供したいと思っているのか。そのためには何人ほしいと思っているのか」ということを一生懸命聞くんですけど,毎回しつこく(笑)。でも,出てこないんですよね。ただ,「診療報酬上は何対何で……」という話になる。そうなると,何を判断基準に部長が配属や勤務異動を決めているのか,ぜんぜんわからないんです。

金井 だけど,先ほど話した日看協の調査でも,部長の許可をとって看護ニーズに関するデータを取りましたから,そういうデータは部長の手元にあるのですよね?

桜田 それがやっぱり,看護部長そのものは経営者ではないので,たぶん事務方には言っていないと思います。

金井 でも,客観的なデータとして,必要な看護時間が示されていますから。結局,部長はそのデータを読み込まないということですか? いまの課題というのは,梅本さんや桜田さんの病院の看護部のトップが数値データをどう処理して,どう戦略的に活用するかという,その能力が不足しているということではないでしょうか。

人員配置に人材育成の視点を

金井 実際にケアを提供するスタッフは,この状況に満足していますか?

梅本 スタッフは自分の病棟がいちばん忙しいと思っていて,「隣の芝生はよく見える」じゃないですけど,あっちこっちへ異動希望を出します。そこで,少しでも自分の考えている看護をしたい,もっと患者さんと対話したいと思う。でも,希望が通って,行ってみたらとんでもなく忙しくて,また「戻りたい」と言い出す(笑)。その挙句に辞めちゃう人もいます。

金井 すると,かなりストレスフルな状況ですね。

桜田 たとえば勤務異動の話がありますよね。ABCD4つの病棟があったとして,A病棟の人が辞めた時に新採用がなければ,BCDの病棟から異動せざるを得ない。そうなった時には,BCDがマイナスになる。でも,補充はない。そうすると,「自分たちの忙しさがぜんぜんわかってもらえない」と減らされた病棟のスタッフから不満が出ます。それで師長は組織とスタッフのあいだに挟まれます。

金井 スタッフの満足度を高めるために,管理職としては今後どうしたいと考えていますか?

梅本 とにかく目標を持たせなくちゃいけないと思っています。目標の定まらない人には,院内教育で,自分の看護を見つけていくように言っています。ただ,現実には難しくて,疲れると余裕もなくなり,配転や退職を考え,現実の忙しさから逃れようとします。

桜田 勤務異動の対象になると,「自分はただのコマだ」と感じてしまうことがあります。私もスタッフの時に同じ思いをしたので,「自分が師長になった時には,本人にプラスになる形の勤務異動しかさせない」という想いがありました。将来の目標とぜんぜん違うところへ行かされて,それで辞められたら宝を捨てるのといっしょですから,「異動したスタッフは絶対に辞めさせない」と思っています。

 看護部から異動の話があった時は対象者を全員呼んで,勤務異動が必要となる事情も話して,「次のステップとして異動したい人がいれば,言いに来てください」と伝えます。配属先は私の中でわかっているので,異動希望を出したスタッフと異動先のことを考え合わせて,判断しています。そうすれば,行く人は新しい環境で頑張れるし,残る人には「残るんだから,それなりの責任があるのよ」と伝えています。

金井 人員配置を考える際に,管理職としては,数を満たすことを考えるのも必要ですが,「人材として育てあげるための配置をどうするか」という視点もとても大切です。この2つのどっちが欠けても困りますね。

■病院の変革と政策提言に向けて

看護部の中でも問題が共有できていない

金井 ここまでおふたりが話してくださった病棟の現状は特別なものではなく,多くの病院に共通の問題だと思います。今後,どういう方向で改革していったらいいと思われますか。

梅本 さっき先生がおっしゃったように,育成と配置がペアになって考えられないといけないですよね。

金井 ただ,いまは数すら現状のニーズを満たしていない。おふたりの所属する病院では,それぞれ調査をして具体的な数値を提示したとしても,看護部長や院長,事務長たちを巻き込んで改革をしていくというところまではいかないわけですね。

梅本 いかない。国の施策などの外圧がない限りは,条件はよくならない感じがします。

桜田 あと,師長に人事権がないじゃないですか。だから,病棟でデータを取って人を採用してほしいと部長に言っても,事務にどう説明するかはわからない。師長の権限のまったくない状況の中で責任だけ負わされて,国から政策として出された要件を網羅できる形にしなさい,責任はあなたにあるのよ,と言われるだけ。なんとも動きようがないです。

金井 それでは,看護職の人員配置の問題は,病院内のどのレベルまで共有できていると思いますか。まず,看護部長や副部長はどうですか?

桜田 例えば,食事介助という看護行為がありますよね。間違って食べさせたら誤嚥したり,窒息を起こしたりするので,実はかなり危険な行為だと思うのですが,前の看護部長はすごく簡単に考えていて,「食事介助なら看護助手にしてもらえばいい」と話すことがありました。

 医療が複雑になるほど,看護師が行う仕事は診療補助業務が多くなっています。療養上の世話をきっちりやれば回復が速くて,患者さんも早く退院できるのに,そこまで手が回らない状況です。そうなるとすぐに看護助手に頼る。怖くて助手に任せられない仕事が本当はたくさんあるのですが……。そういう意味で,いま看護の質はすごく下がっていると思います。

金井 そうすると,看護部の中でも問題点の共有ができていないということですね。自分たちがお互いにわかりあえないなら,事務方や医局側といった他者に対する説得力はない。ましてや政策提言に結びつけることもできませんよね。

梅本 在院日数が短くなって,重症者,看護ニーズの高い人ばかりがいるというのが現実で,それこそ全部の病棟がハイケアユニットになってしまったぐらいの恐さがあります。ミスが起きないのが不思議なくらいで,この前の面接でもスタッフから言われたんです,「仕事に出てくるのが恐い」って。

金井 ひとつ間違えば重大な事故につながる,すごいストレスの中で看護師は働いている。そのスタッフのアドヴォケイトは管理職の役割ですよね。

桜田 結局,私たち病棟にいる看護師は,なんとかしようとがんばります。患者さんに質の低いケアはできないから,なんとかやる。だけど時々,「なんとかやっちゃいけないのかな」って思うことがあります(笑)。

梅本 がんばれば,「いまだって十分やれてる」と言われますからね。

金井 やらなければケアの質がさがったり事故が起きたりするので,目の前に患者さんがいれば,自分の管理の仕事は置いておいても,とにかく手を出す。でも,やったら「このままでもやれる」と思われてしまう。師長としては,ものすごいジレンマですね。

桜田 いまは安全な看護ができてないから……。

金井 安全な看護をするために,師長が手を出している,というのが結論ですか(苦笑)。

梅本 とにかく気が気じゃない。医療事故の報道をみても,「明日はわが身」で毎日ハラハラしています。

金井 ケアの質を保証できない人員配置は事故につながりやすく,長期的にみれば病院経営を圧迫します。看護管理者としては,人件費を考慮しつつも,安全な看護を提供する環境整備をしていく責務があると思いますね。

即戦力の育成と専門性向上の支援を

金井 人材育成という意味では,何年かのブランクがある人のためのリフレッシュコースの整備が必要です。現場で即戦力になるためには,院内教育では間に合いませんから。その点アメリカでは,ブランクのある人たちに向けたリフレッシュコースを確立していて,そこで技術などを再学習した人が病院に採用される。それは,かなりの部分を看護学部が担っています。

梅本 卒前教育の場で,実習の機会が少ないですよね。新人看護師もそうですが,現場で何もかも教えなければいけないのに,人員上は1と数えるのはすごく矛盾があるんですよ(註)

桜田 同感です。医師は臨床研修が必修化されて変わってきているし,日看協も,看護師の研修制度が必要だと考えているようですから。そこが整備されないと,恐くてしょうがない。

梅本 職業意識を持つためには,専門性を求めて勉強する人を支援することも大切だと思います。

桜田 それがないと,「やってもやらなくてもいっしょ」と思ってしまいますからね。師長がモチベーションを持って,修士課程で看護管理を学んで,看護管理者として育っていこうとするのを病院や看護部がサポートしないということも,多くの病院で起こっています。それはすごく致命的なことで,「日本の看護界って,暗いなあ」と思ってしまう。

金井 新年早々,「暗いなあ」って(苦笑)。明るくはならないですか。

桜田 きちんと管理ができる人が育っていけば,看護は変わっていくのに,その土壌さえもまだないのかなぁと思うと,ちょっと残念です。

金井 スタッフの教育のために全額給料を出して,全面支援で修士に行かせている看護部長さんも中にはいらっしゃいますが,まだ稀です。

 数の上で人員を満たすのと,人をどう育てていくか,そして育てた人がどういうふうにキャリアアップするかも踏まえた人員配置。そういう大きな視野のもとで,政策提言にもつなげていきたいですね。現場の実情がわかって,問題点が整理できました。本日はありがとうございました。

コラム
「安全な看護と人員配置」をめぐって

 看護師の受け持ち患者が1人増えるごとに,患者の死亡率は7パーセント上昇する――。2002年JAMAに掲載された論文「病院における人員配置と患者の死亡率,看護師のバーンアウト・職務不満足」が世界に衝撃を与えた。

 筆者のLinda Aiken氏(米国ペンシルベニア大)は,ペンシルベニア州の168の病院において,看護師1万人・患者23万人以上を対象に調査。看護師が担当する患者の数が増えることで,患者の死亡率,さらには看護師の職務不満足度やバーンアウト率が高くなることを明らかにした。Aiken氏は,英国,カナダなど世界各国で同様の調査を行っており,日本では金井Pak雅子氏,他4名が共同研究者として調査を開始している。

(「週刊医学界新聞」編集室)

(註)日本看護協会「新卒看護師の看護基本技術に関する実態調査」によると,新人看護師の7割以上は,入職3か月経過しても基本となる看護技術103項目のうち68項目を1人で実施できていない。しかし,半数以上の新卒看護師が入職2か月で夜勤業務をはじめている。


■座談会を終えての提言 (金井Pak雅子)

 人員配置の問題は,看護界にとっていわば永遠の課題である。1980年代から「業務量調査」「TNS」などとして看護師の配置人数に関する研究がさかんに行われてきた。また,厚生労働省は8年前から看護必要度導入に向けてかなりの準備をしてきている。看護必要度も2000年導入を目指していたが,いまだ実現していない。日本の看護界は,人員配置のいわば「アセスメント」を過去四半世紀にわたって行ってきているが,ユニバーサルなツールは未開発の状態である。看護界が「アセスメント」をしている間に,医療技術はかなり進歩してしまい,これまでのいわゆる「手のかかる」手術後の患者のケアについては,内視鏡手術の導入で看護師の直接的ケア密度は低くなってきている。

 確かにどの病院にも適合する完璧な人員配置のツールを開発することは不可能かもしれない。しかし,米国においてできていることが,なぜ日本でできないのであろうか? その大きな要因のひとつに,看護師の業務内容がある。筆者の看護師として両国での勤務体験を比較すると,米国では,無資格者にできることは有資格者に求められていない。適正人員配置のルーツ開発以前の問題として,有資格者の職務内容を吟味し確立することのほうが先決なのであろう。その問題を早急にクリアし,看護師が「看護を提供できる」環境整備をすることにより,有能な人材育成が可能になる。


金井Pak雅子氏
1972年神奈川県立衛生短大卒。日本において臨床経験後渡米。85年南オレゴン州立大学看護学部卒。88年ハワイ大学大学院にて看護学修士号取得(専攻:看護管理学)。ハワイ州Queen's Medical Centerにてスタッフナースとして勤務。帰国後,東邦大学医療短大および国際医療福祉大を経て,1999年より現職。