第2617号 2005年1月17日


対談

適切な説明文書で医療紛争の予防を

前田正一氏
東京大学大学院講師
客野宮治氏
大阪船員保険病院泌尿器科部長


 激増する医療訴訟の中でインフォームド・コンセントの適否が問題となることが多く,説明・同意文書のあり方が問われている。適切な説明・同意文書は患者への情報提供に役立ち,不毛な紛争も予防できるが,医療現場の対応は遅れがちだ。

 今春発行予定の『インフォームド・コンセント――その理論と書式実例(仮題)CD-ROM付』(医学書院)では,その法原則が解説されるとともに,説明・同意文書の作成方法や,主要な医療行為についての実例が示されている。本紙では,本書の編者である前田正一氏と,実例の作成に協力した臨床医・客野宮治氏の対談を企画し,説明・同意文書のあり方を考えた。


裁判で問われる「医師の説明義務」

前田 近年,医療事故訴訟は著しく増加していますが,そうした裁判の中では,しばしばインフォームド・コンセントの適否が問題になります。インフォームド・コンセントについては,「何を,どこまで説明すべきなのか」ということをはじめとして,たくさんの論点がありますが,日本の医療現場でなされている説明は,少なくとも裁判所が求めるようにはなっていない,というのが現状です。

客野 私どもは,これまでにも多かれ少なかれインフォームド・コンセントの問題には気を配り,患者さんへ医療を行う際には,その医療の副作用や合併症について説明してきました。また,ある程度はそれらを説明文書にも反映させてきました。しかし,これだけでは不十分であることが,勉強するにつれてわかってきました。

前田 行おうとしている医療の副作用や合併症ばかりではなく,代替可能な医療があれば,それも説明しなければなりません。裁判所は,説明すべき事項として,一般には次の5つをあげています。つまり,(1)患者の病名・病態,(2)これから行おうとしている医療の内容・性格・目的・必要性・有効性,(3)その医療に伴う危険性とその発生率,(4)代替可能な医療とそれに伴う危険性およびその発生率,(5)何も医療を施さなかった場合に考えられる結果,です。

客野 これらを説明文書にも反映させなければならないのでしょうか。

前田 同じようなご質問をしばしばいただきます。結論から言えば,少なくとも法的には説明することのみが求められており,それらを文書に反映されることまでは求められていません。ただ,例えば術後合併症が発生し患者が「そのような可能性があることは聞いていなかった」と言った場合,医師は合併症について説明していたことをどのようにして示すのでしょうか。

客野 最近,ある大学でABO不適合腎移植が失敗して裁判になった判例を読みましたが,そのようにリスクの説明について,家族の方は「聞いていない」と言うし,医師は「言った」と。結局水かけ論をやっているのですね。医師の立場から考えると,ABO不適合腎移植はリスクが高いため,その説明をしないはずはないのですが。

前田 医師が説明していなかったのか,あるいは,説明していても患者がそれを覚えていないだけなのか,真実はわかりませんが,裁判の中では,しばしば「聞いていない」「言った」の話になります。この点からも,十分な説明文書を作成する意味があります。

 また,十分な説明文書を作成していれば,医師の説明に漏れがなくなり,患者の理解も深まります。時間的余裕があるような場合には,患者は,その文書を家に持ち帰ってもう一度読み直すこともできます。このような意味で,十分な説明文書を作成しておくことは,医師と患者の双方にとって大きなメリットがあるといえるのです。

保険の約款のような説明文書は駄目

客野 私どもの病院は阪大泌尿器科の腎移植グループの1つで,移植手術も行っています。もちろん手術に先立って手術の危険性は十分に説明していますが,先ほどの判例のように,後で「聞いていない」と言われると困るので,大学と相談して患者さん用の説明マニュアルの作成に着手しました。

前田 いいことですね。移植以外の医療行為についてはいかがですか?

客野 私どもの病院では,まだそこまではいっていません。病名・病態,これから行おうとしている医療行為の内容と合併症などを羅列するぐらいです。多分どこの病院もその程度だと思います。ただ,裁判所の判例などを見ると,現状のままではいけないことはよくわかります。

前田 一般の医療についても,特にある程度侵襲性の高いものや,危険性の高いものについては,早急に,十分な説明文書の作成に取り組む必要があると思います。ただ,十分な説明文書といっても,保険の約款のようなものがよいと言っているわけではありません。そうなってしまうと患者は読む気が起きないし,説明文書を作成する意味はまったくなくなってしまいます。

 今回の書籍の取り組みも,「医療におけるパンフレットを作ることができたら」という気持ちではじめたのです。例えば,冷蔵庫を買う際にも,多くの人はその場で購入するのではなく,一度パンフレットを持ち帰って検討し,購入するかどうかを決めると思います。このような過程を経ておけば,購入後不具合が生じても,「自分が検討して買ったのだから」と,納得できるのではないかと思います。医療となれば,その特殊性から必ずしもこうはいかないのかもしれませんが,うまくいく部分もあるでしょう。

家族・知人への説明の注意点

客野 ところで,現場では,高齢の患者さんの場合など,患者さんに同意能力が備わっているかどうかよくわからないことがあります。そういう時は,インフォームド・コンセントはどのようにすればよいのでしょうか。

前田 患者自身に同意能力がない場合は,家族など,代諾者に説明して同意を得ることが必要となります。ただ,先生が言われるように臨床の現場では同意能力があるかどうか,判断の難しい場合が少なからずあると思います。そのような場合は,可能であれば複数の医療従事者によって同意能力の有無を判断し,その判断過程をカルテに記しておくことが重要です。

客野 では,患者さんに同意能力があると判断される場合は,基本的には患者さん本人のみに説明し,同意を得ていればよいのですね。

前田 そうです。むしろ,患者さんに同意能力がある以上,患者さんの同意なく家族へ説明したりすることは避けるべきでしょう。ただ,日本の医療は家族ぐるみの医療という傾向もあり難しいところはありますが。

客野 例えば患者さんが亡くなった場合,説明の適否を問題にするのは家族です。それで,もし家族の方が説明を受けていなければ「何も聞いていない」と言って,もめることになるかもしれません。このため,私は家族の方から説明を求められた場合には,説明することもあります。

 臨床の現場では難しい場合もたくさんあります。極端な例ですが,内縁関係の方に「私はいっしょに暮らしているのですが,病気のことを教えてください」と言われる場合も実際にはけっこうあります。そうは言われても,医師には守秘義務もあるわけですから,内縁関係の方へは説明するわけにはいきません。そこで,その後に,患者さんに対して,「今度手術の説明をするから,話を聞きたい人がいるのならその時にいっしょに連れて来てください」と言ったりしています。

前田 患者の医療情報は患者自身のものですから,基本的には患者の同意が得られない限りは,患者本人にしか与えてはならないのでしょう。しかし,先ほどの「紛争防止」という点からは,家族や親しい人に情報を提供することも意味があります。それでも,家族や親しい人に情報を提供する場合は,やはり患者本人にあらかじめ伝えておくべきでしょうね。

説明文書の将来

客野 最後に,説明文書の今後についてですが,将来的には,すべての術式や検査法について事前に説明文書を作成しておいて,必要な時にそれらを加工して使えるようなシステムができればと思います。特に患者さんの病態等については,個別の患者さんによって違うわけですから。これだけパソコンも普及しましたし,環境も以前とはずいぶん異なっていますね。そしてその前に,医療従事者へ教育もしていくべきでしょう。インフォームド・コンセントという言葉がこれだけ使われているのに,法原則をはじめとして,その詳細を理解している人はそんなに多くないと思います。

前田 今回の書籍が,システム化や教育の充実化について,一石を投じることになればと思っています。適切な説明文書を作成することは,患者にとっても医療従事者にとっても重要な意味がありますので,ぜひ全国の医療機関で,取り組んでいただきたいと思います。また,学会やその他の関連団体も取り組み,雛形を会員の方々へ配布するなどしていただければと思います。


前田正一氏
九大法学部大学院,同大学医学部大学院修了。同大学医学部助手を経て,2004年より現職。日本医師会医療安全推進者養成講座の講師も務める。研究専攻は,医事法,医療事故・紛争論,医療倫理学。著書に『医療紛争――メディカル・コンフリクト・マネジメントの提案』(医学書院,共著)など。

客野宮治氏
阪大医学部卒。同大学泌尿器科学講座入局。大阪府立病院,箕面市立病院を経て,1989年より現職。日本泌尿器科学会専門医,指導医。腎移植等を行いつつ,院内ではリスクマネジメントに取り組んでいる。