医学界新聞

 

看護界の災害対応
――10年間の変遷

南裕子氏(日本看護協会会長)に聞く


看護界の取り組み

――阪神・淡路大震災から今年で10年がたちました。南先生は当時兵庫県立看護大学学長として震災を経験されましたが,この10年で看護界の災害対策がどのように変わったのかをまずお聞きしたいと思います。

 10年前とは災害看護に関する考え方が根本的に変わりました。以前は災害といえばもっぱら「日赤と自衛隊がやるもの」という発想が支配的でした。しかし,阪神・淡路大震災以降,災害はすべての人に襲いかかる可能性があること,そして看護職は専門職としてその対応に迫られるのだという認識が持たれるようになったと思います。

――具体的にはどのような取り組みがありましたか?

 震災後に日本災害看護学会が立ち上がりましたが,これはいわば,実際に災害に遭った看護職が現場で得た「知恵」を集積する場といえます。これまでは,被災者,あるいはボランティアで現場に行った方の経験,ノウハウが共有され,蓄積されることがなかったのです。

 また日本災害看護学会には調査部という部署があり,実際の災害時に機能しています。東日本・西日本にそれぞれ1人ずつ置かれた調査担当者が,何か災害が発生すると被災地に連絡をとって情報収集し,ニーズ把握を行い,それに基づいて人員派遣の規模・内容を判断して,関係各機関に連絡するといった取り組みが行われています。

 このシステムは,震度4以上の震災で必ず起動することになっており,先日の新潟の地震はもちろん,その前の水害でも有効に機能しました。阪神・淡路大震災以降,日本看護協会でも全国の看護職のネットワークづくりを行ってきましたが,これらの災害対応のシステムが構築されつつあることは,この10年の大きな進歩の1つといえるでしょう。

――今後,改善が必要な問題はなんでしょうか?

 災害拠点病院構想そのものは評価しているのですが,拠点病院連絡会議に出席するのが医師である,ということを問題に感じています。非常事態は,いつやってくるかわからないのですから,病院の中でもっとも大きなマンパワーを持っていて,24時間体制で勤務している看護部以外のどこがその役割を担えるのかと思うのです。拠点病院のネットワークづくりにおいては,必ず看護部長をその基点とするということを,今後も訴えていきたいと思っています。

災害時の看護師の心構え

――阪神・淡路大震災当時中学生だった方も,すでに看護職として現場で働いています。そういった若い世代に向けて,災害時における医療者,特に看護師の心構えについて教えてください。

 大きく2つの心構えが必要です。まずは1人の人間としての心構えであり,もう1つは看護職としての心構えです。

 私たち日本人にはどうしても,「安心・安全は“お上”が保証してくれる」という感覚があります。しかし,昨今の地球環境,社会情勢を鑑みれば,どのような自然災害やテロが起きてもおかしくはありません。今は1人の市民として,自分の身体をどのように守っていくかということを考えなければいけない時代です。そのことは一般市民も看護者も変わらないでしょう。

 一方,看護者としての心構えにも大きく2つあります。それは,自分が被災者である場合と,そうでない場合です。

 被災地の看護師は,おうおうにして,自分や自分の家族の安全を守ることと,職業的な責任感に引き裂かれてしまいます。私は,激震地の看護師は,自分が安全であることをまず確認し,さらに家族の安全を確認することに全エネルギーをそそいでほしいと思います。「そんなことを言っても,病院をほったらかしにするわけにはいかない」という思いがあるのは理解しますが,震災では,自分の身と家族の安全を守ることで職場に行けなくて,あとで罪の意識に苦しんだ看護師や,家族を放って職場に行った人で,同じような罪悪感に苦しんだ方がたくさんいました。

 アメリカでは,被災地の看護師は動かなくていいというルールまであります。激震地の看護師は,まずは自分の安全と家族の安全を確保して,それから職場へ復帰してほしい。このことは強調しておきたいと思います。

 一方,自分が被災者でない場合には,ボランティアとして,あるいは組織から派遣されて,被災地へ行って活動することになります。これには具体的な知識が必要ですよね。災害医療の知識が必要なのはもちろんのこと,透析,心のケア,救急救命といった,専門性,あるいはジェネラリストとしての高いスキルを持っている方が求められます。

――日頃の看護師としての力量が問われる,ということですね。

 そうですね。また,看護師は,困っている人をみるとやむにやまれぬ血が騒いで飛び出して行きがちなんですが,やはり専門職は「自己完結型のボランティア」でなければいけないと思います。

 自分の飲み物,食糧,寝具を確保して,自分の健康管理は自分でしっかり行えることが重要です。ボランティアに行って,3日ぐらいで風邪を引いて,点滴を受けて,被災者と同じようなケアが必要だった人っていっぱいいるんですよ(笑)。そういう意味では,病院や都道府県看護協会単位でシフトを組んでボランティアを派遣するなど,組織ぐるみのボランティアが,現場としてはありがたいでしょうね。

 いずれにしても,自立した医療者・看護者というのが,災害の場では求められるのだと思います。

――非常に実践的な提言をいただけました。ありがとうございました。