第2614号 2004年12月20日


視点

DPC時代に向けての
2次救急への救急医の派遣

木村眞一 大阪厚生年金病院救急部部長


 救命救急(以下3次救急)の質はいざという時の動員人数に左右されます。ところが昨今,3次救急施設では軽症者の受け入れも稀ではなくなり,メディカルコントロール,卒後臨床研修が課される中,救命救急センターの補助金減額(1999年),独立行政法人化といった圧迫を受けるようになりました。そして今,DPC(医療費包括化)時代が到来しようとしています。

 これらの物心両面の圧迫のために,3次救急施設では,動員人数の縮小を迫られる事態も絵空事ではなくなってきました。このままだと先輩が築いて来た3次救急の質と若い救急医の意欲が徐々に失われてゆく恐れもあります。

 とことん救命を追求する3次救急医療にDPCがなじまないことは容易に推測されることであり,3次救急側がDPC導入に対して除外項目を求め,出来高払いの堅持を唱えるのはごく自然です。ただ,「DPCは減収になる。救命医療は別格だから出来高払いを堅持すべし」という主張に終始して,行政や社会の理解を得ようとするのは無理がある印象を拭えません。3次救急の世界から一歩外に出ると,救急科専門医とは何者なのか,どこが違うのかが同業の医師にすら理解されていないのが実態だからです。

 DPCで忘れてならないのは,病院機能評価と前年度実績により病院をランク付けすることです。ランクを表す医療機関別係数がわずかに上下するだけで,入院医療収入が大きく増減します。もし3次救急にも医療機関別係数が適応されるならば,救急科専門医を多数擁するがゆえの質の高さを判りやすく数値化し,一般病院とは区別されるべき“何か”を正当に評価してもらうことが肝要です。

 救急患者数を比較しても一般病院には敵いませんし,重症患者数,救命率を指標にした場合には,重症者を多く受け入れると救命率が低くなるという矛盾が生じます。よって,3次救急ならではの新たな機能を創出し,一般の医療者や市民に目に見える形でアピールせねばなりません。

 それでは3次救急ならではの機能とは何なのか。私は,「地域全体においてすべての救急患者の受け入れをいかに行うか」においてリーダーシップを発揮し,そのマネージメントを行うことに尽きる,と考えています。

 現在,都心部の中核病院の多くですら,救急科専門医は居らず,昼夜を問わず救急への対応に難渋し,研修医の救急教育に苦慮しているのが実情です。一方救命救急側は救急科専門医を豊富に抱えながら,厚労省の意図する初期救急患者はもともと対象にしていません。

 救急科専門医の3次救急への偏在を招いている背景には,大部分の患者が軽症である2次救急では,救急のアイデンティティーを示せない,本領を発揮できないという意識があるからです。しかし初期,2次,3次の患者が玉石混淆で殺到する中で,正確なトリアージと初期診療を行うことは,縦割り教育で育った専門科医師がもっとも苦手とする分野であり,まさに救急科専門医の独壇場といえます。この異質な環境の中に入ってこそ救急のアイデンティティーを発揮できることは自明ではないでしょうか。

 3次救急が地域の救急のリーダーたるには,その活動を3次救急の枠組み内に限定してはいけません。3次救急を中心にサテライト2次病院の輪を形成し,地域ぐるみで救急医療を展開することが必要です。そのために積極的に救急科専門医をサテライト病院に派遣し,教育,診療,転送のシステム作りに従事させ,研修医は3次救急施設と2次病院の間で交換留学させ,初期診療を担える一般医師と救急科専門医を育成します。

 このように3次救急施設から救急科専門医を2次救急に派遣することによってはじめて,救急が伝承してきた「知」を広く伝えることが可能になり,単にDPC対策にとどまらない救急医療の将来設計につながるものと考えられます。


略歴/1986年大阪医科大学卒。大阪大学救急医学講座に入局。防衛医大,松戸市立病院,獨協医大越谷病院の各救命救急センターに勤務。2003年10月より現職。