第2613号 2004年12月13日


NURSING LIBRARY 看護関連 書籍・雑誌紹介


衝撃的におもしろい著者の,やっぱりおもしろいコミュニケーション論

《シリーズ ケアをひらく》
死と身体
コミュニケーションの磁場

内田 樹 著

《書 評》日下隼人(武蔵野赤十字病院小児科部長・臨床研修部長)

 講演の記録はつまらない。あるいは,読んでいてなんだか悔しい。話されているその場ではきっともっと楽しい話や言いよどみ,言い間違いなどが混じっていたのだろうし,なんといっても講演の醍醐味は話す人の口調,表情である。それらが「(笑)」などという記載を除いてほとんど消去されているのだから,気の抜けたビールを飲んでいるような不快感が残らないことがない。そうわかっていても,つい講演を記録した本や対談集に手を出してしまうのは,その話し手が気になっている,もっと言えばどこかで自分がファンになっているからである。

 本書は,著者が朝日カルチャーセンターで行った「講演録」が中心となっている。『ためらいの倫理学』(角川文庫)という「衝撃的におもしろい」本で出会った内田樹という同世代の中年の,「とほほ」感覚という表現にけっこう参っている私は,結局また手を出してしまった。そして「気の抜けた」ものであるはずなのにこれだけおもしろいのだから,やっぱり講演を聞きたかったとまた地団駄を踏んでしまうのである。

臨床だからこそ共鳴できる「逆説」の数々

 ただ,「ケアをひらく」シリーズだからといって,ケア論が真正面から書かれているようなものを期待されると,少し違うかもしれない。あえて言えば,広く人間が生きるということそのものについて語られている。だが,人が人とかかわることのすべてがケアなのだと気がつけば,人間が生きるということを語ることこそケア論なのだと納得できる。

 医療の場ほど人と人とのかかわりが極限まで求められる場はないのだから,とりもなおさず私たちの世界へのアドバイスに満ちているのである。

 ラカン,レヴィナス,フッサールなど,医療の世界にいると耳慣れない人名が出てくるけれど,気にせずに読み進めば「みんな人と人とのかかわりについて考えていたのだよ」ということを著者が気づかせてくれるし,「他者というのは共感可能であると同時に共感不可能である」とか,「普遍的に正しい他者との接し方など……存在しないということを思い知った人だけに,はじめて他者と出会うチャンスが訪れる」といった,臨床の現場の経験から共鳴できる言葉に処々で出会うことになる。

コミュニケーションの深みへ

 ときどき医療コミュニケーションについてお話しする機会のある私にとっては,なんといっても「コミュニケーションの磁場」という副題どおり,コミュニケーションについて多くのことを教えられた。

 コミュニケーションというと,「伝えるべき情報が《発信者-記号-受信者》と伝わる過程」というような形で情報伝達としてばかり語られてしまいがちであるが,多様なコミュニケーションのごく一部分のものでしかない情報伝達ばかりが中心的に語られることにはいつも私は違和感を抱いていた(とほほなことに,違和感を抱きながら私もそんなふうに話すことが多いのだが)。

 実際の医療の現場では,「メタ・メッセージのやりとり」に鈍感なまま言葉のやり取りをして,患者と医療者がすれ違ってしまうことが実に多い。メタ・メッセージ(上位メッセージ)とは,そのメッセージをどう読んだらよいかを教えるメッセージである。陳腐な例だが,「つまらないものですが」と贈答品を手渡されて,「つまらないものをもらった」と受け止めてしまう人は,私たちの社会ではうまく生きてはいけない。

「メタ・メッセージについてコミュニケーション当事者間の合意が成立しない限り,いかなるコミュニケーションも成立しない」

「メタ・メッセージのほうこそがコミュニケーションの本質である」

という,言われてみれば当たり前のことが医療の現場ではあまりに無視され,そのしわ寄せがひとえに患者にかかっていることが少なくない気がする。

 「まえがき」でそのような指針を示されて読み進んでいくと,人間としてのコミュニケーションが諄々と説かれていることに気がつくし,「生きるっておもしろいことなんだ」という感慨にとらわれる。

自分が怪物にならないために

 医療の世界の問題がさまざまに語られるようになってずいぶん経つが,現場が病む人の期待に応えられるようになるにはまだまだ道遠しの感がある。

 最近困ったと思っているのは,問題の「改革」に立ち向かって行くうちに,いつの間にか当の問題を生み出す素地の体質を身につけてしまうことがあることで,例えば,医療における権威主義を批判していた人がいつの間にか権威主義的になってしまっているようなことを見ることが少なくない。私自身,「いつからそんなに偉そうに話すようになったのだろう」と自問することもしばしばである。「怪物と戦う人は,自分が怪物とならないように注意するほうがよい」という警句を思い出す。

 怪物にならないためには「“善を為す”ことよりも,“悪いことはこれ以上しない”ことを優先的な課題として自己省察する倫理的態度」を「とほほ主義」と呼ぶ著者の態度(『ためらいの倫理学』)こそが欠かせないと私は思う。

 そんな著者が医療の世界に向けて発言してくれたことに,私はワクワクして本を手に取り,読み進むにつれてますますワクワクしてしまった。今度は,じかに謦咳に接しなくては。

A5・頁248 定価2,100円(税5%込)医学書院