医学界新聞

 

寄稿

保健医療福祉の専門職を一緒に教育する
英国の連携教育Inter Professional Education(IPE)

藤井博之(健和会臨床疫学研究所)


IPEとは何か?――多重問題ケースへの対応

 医療現場は「一筋縄では行かない」ケースへの対処に追われている。

 介護者がいなくて退院できない,本人や家族がアルコール依存症,ホームレス,不登校や引きこもり,高齢者や子供の虐待,働きすぎの過労死(予備群)など,病気の背後に重い問題をも抱えた多重問題ケースが後を絶たない。

 医療職としては敬遠したくなる向きもあろう。しかし,問題をソーシャルワーカーに押し付けてばかりはいられない。問題を併せ持つケースは日常茶飯事で,その対応が援助の質を決める面すらある。

 多重問題にアプローチするためには,保健,医療,介護,福祉,教育,保育など異なる学問的・職業的ルーツを持つ専門家の職種間連携Inter Professional Work: IPWが必要である。医療技術の複雑化を契機にした,医療を効果的・効率的に進めるための分業と協業という意味合いが強い「チーム医療」とは趣を異にする。

 このような問題意識で,当研究所が「対人援助のワークショップ」を開始したのは1997年である。2004年8月で通算12回目を迎え,医学生,看護学生をはじめ,PT,OT,ソーシャルワーカー,介護,心理,薬学の学生や,研修医など有資格者まで,のべ150名以上が参加し,共通基盤を理解・習得するCommon Learningに取り組んできた1)。このような教育は,英国を中心に国際的な流れとなっており,IPEと呼ばれる2)

英国をあげて進むIPE

 今回,2004年9月5-7日の3日間,埼玉県立大学の先生方と一緒に,英国でIPEに取り組む大学,機関を視察する機会を得た。

 英国では2003年にはHealth CareとSocial Care専門職の養成で,IPEのコースが必修化された。実際,医学教育を統括する団体であるGeneral Medical Councilも,IPWやIPEの価値を強調している3)

 今回訪ねたサウサンプトン大学は,政府が特に指定した4か所の連携教育拠点のひとつで,New Generation Projectと称する大事業を,ポーツマス大学と併せた11学科の学生を対象に進めていた。1学年が看護740人(!),医学240人という学生全員をグループ(10人)に分け,各グループにファシリテータを配置し,評価まで体系的に行っている。

 こうした大プロジェクトだけでなく,保健医療福祉系のすべての大学,NHSの地方機関やトラストが,IPEのプログラムを持つ。1990年代のNHS改革を通じてトラストが力をつけたことが普及の鍵になったという。

ビクトリア・クランビア事件の衝撃

 IPEが英国社会で注目されたきっかけが,2000年2月25日に起こったビクトリア・クランビア事件だ。当時8歳だった彼女は,浴室で裸のまま放置され凍死した。虐待した人物だけでなく,担当したソーシャルワーカーまでもが公的サービスの失敗を理由に有罪を宣告された最初の人物になった。「多くの機関がかかわったのになぜ?」という論議を呼び,関係機関の連携,財源・人材の確保などが強調されるに至った4)

 日本でも幼児の虐待事件が後を絶たないが,現場の責任追及や人員不足を嘆くことに終わっている。英国との差は大きい。

CAIPEとその役割

 CAIPE(Centre for Advancement of Inter Professional Education)は,1987年に設立され,現在の会員数は個人・教育機関・現場機関など約350人・団体を数える。設立にあたって,NHSの中で活動していたGPが,中心的な役割を果たしたという。

 CAIPEはIPEの推進に大きな影響を与えてきた。Occasions when two or more professions learn from and about each other to improve collaboration and the quality of care.(2つ以上の専門職が,協力関係とケアの質をよりよいものにするために,お互いに関して学び合うこと)(1997)というIPEの定義は,有名である。

Changing Culture for Cultural Change

 英国滞在の最終日に,CAIPEが主催する90人ほどのセミナーに参加した。海外からの移民を保健医療福祉の働き手として受け入れる際に,文化的な違いを乗り越えることがテーマである。保健サービスの人手不足が背景にあり,ある地域では看護師の7割がフィリピン人という。Refugee Doctor(難民医師!?)の適応プログラムが報告され,ドイツからきたソーシャルワーカー,パキスタンからのGP,インドから出身のOTらの経験も語られていた。

 医療や福祉のマンパワー配置を欧米に近づけようとするなら,近未来の日本でも直面するテーマになるかもしれない。

専門教育における臨床実習の充実ぶり

 視察するにつれて,専門職教育の各学部・学科で臨床実習が日本と比較にならないほど重視されていることに,強い印象を受けた。

 英国では,各大学のカリキュラムは専門職ごとに専門性を担保・統制する基準調整機関regulatory bodyによって認定され,そのコースを修了すると資格を得る。国家試験はない。

 実習時間は,看護教育では最低2300時間,臨床教官clinical staffsが担当する。医学部は約2年間(80-90週と思われる),ソーシャルワーカーで200日,PT・OTは1000時間。実際に患者・クライアントを受け持ち,卒業すると即戦力として活躍するという。

 日本では,医学50-60週,看護1035時間以上,社会福祉士6単位(180-270時間),PT・OT18単位(540-810時間)と,職種によっては英国の半分に満たない。特にソーシャルワーカーで格段の違いがある。

さて日本では

 IPEは間違いなくわが国でも焦眉の課題である。

 教育者側には「連携教育もいいが,専門教育が先決だ」という意見も多い。しかし,多重問題ケースが後を絶たない中,連携どころか互いの専門性への無理解は,圧倒的なマンパワー不足と並んで現場の足を引っ張っている。人員不足があるからこそ,患者の抱える問題の複雑さや職種間連携の難しさを理解し,それを乗り越える態度や方法の教育が必要なはずだ。それと乖離した専門教育は,無力で時代遅れになりつつある。新卒者の不適応などの問題も,同じ構造のもたらす結果という一面があるのではないか。

 一方で,卒後研修や現任教育でもIPEの手法を取り入れる必要がある。領域を越えて展開する保健医療福祉複合体にとって,サービスの質を確保する上での意義は大きい。このあたりにも日本的IPEがブレイクするカギがあろう。


(参考文献)
1)高屋敷明由美:地域における多職種学生合同フィールドワークプログラムの実践,第36回日本医学教育学会総会.
2)大塚眞理子,大嶋伸雄他:インタープロフェッショナル教育の現状と展望-英国と日本の教育例を中心に,Quality Nursing, 10(11),文光堂,2004.など
3)http://www.gmc-uk.org/med_ed/default.htm
4)矢部久美子「イギリス福祉事情No.18」http://www.tutui.com/yabe/yabe_18.html

藤井博之氏
1981年千葉大学医学部卒。1984年より医療法人財団健和会勤務。地域医療,在宅医療,リハビリテーションの分野で臨床医として働く。現在,柳原病院勤務,柳原リハビリテーション病院準備委員長。共著『今日の在宅診療』(医学書院),『佐久病院史』(勁草書房),『戦後日本病人史』(農文協)