第2609号 2004年11月15日


名郷直樹の研修センター長日記

15R

スレスレ

名郷直樹  地域医療振興協会 地域医療研修センター長
横須賀市立うわまち病院
伊東市立伊東市民病院 臨床研修センター長


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□月●日

 患者の言いたいことはすべて聞けといった以上,研修医の言いたいことはすべて聞く,オリエンテーションでそう研修医と約束した。でも研修医からは,なかなかそれを言い出せない。だから自分から聞いてみる。

 「どう,ここの研修は? 私の仕事はこんなんでいいのかなあ?」

研修医の1人に正直に聞いてみる。私自身がフィードバックを受けるというのも大事なことだ。

 「いいと思います」

 いいと思います――というのは,永六輔そっくり(風貌だけでなく,声まで似ている!)のシニアレジデント,茶馬元先生の口癖である。今研修センターで流行中のフレーズだ。いったん相手を受け入れるというのはきわめて重要なことだ。患者さんの言うことを,それがどんな荒唐無稽なことであってもまずはいったん受け入れよう。研修センターの方針がこんなところにも浸透しつつある。別にこんな状況で浸透する必要はないのだけれど。

 「ありがとう。気を使ってくれて。でも,何かこうしたらということがあれば,ぜひ聞かせてくれ」

 ほめられて,それで終わりにするのじゃなく,その後の本音を必ず引き出す。これも研修センターで広めつつある手法だ。ちょっといやな研修センターではあるが。その返事の決まり文句は,ただひとつ付け加えるならば,だ。

 「ただひとつ付け加えるならば――もうちょっと患者さんがたくさん来て,指導医の先生がもう少し手取り足取り教えてくれる,そんなことでしょうか」

 期待通りの反応でこわいくらい。まあ半分ギャグなんだけれど。でもこの半分ギャグで,半分真剣というところも,研修センターの重要な方針のひとつなのだ。ギャグと真剣のスレスレのところに本物がある。もちろん大部分はただのギャグに終わってしまうのだが。

 「でもそういうシステムがないことは,はじめからわかっていたことなので,別にいいですけど」

 「別にいいか。そうか,いいわけないよな。早くそういうシステムができるようがんばるので,しばらく辛抱してやってくれ」

 辛抱してやれといってもなあ。辛抱ばかりじゃやりきれない。でも辛抱のまったくない研修というのも問題だろう。辛抱から学ぶことだっていっぱいある。大事なのはバランスか。しかしバランスがしっかり取れた研修というのもまた問題だ。あまりにバランスが取れ,洗練された研修は,得るものも多いかもしれないが,得られないものも多いのではないか。そうするとバランスが取れていない研修というのも,それなりにいいところがある。バランスが取れていない中での悪戦苦闘で,学ぶことはたくさんある。そう考えると(考えすぎか?),問題はバランスじゃない。バランスが取れるかどうかのスレスレ。ギャグと真剣のスレスレと同じように。合言葉はスレスレだ。研修センターの新たな合言葉,スレスレ,単なる負け惜しみ,言い訳かもしれないが。

 自分のやりたいことがはっきりしていて(そんなうそはすぐにばれるが),それを実現するためのシステムがあって(そんな都合のいいシステムは結局だめになるのが世の常だ),そのシステムに乗って,いい研修を受け,自分の夢(自分の夢といった時,少し考えれば,自分か親か,師匠か,学校の先生か,本で読んだ立派な医師か,テレビで見た憧れの医師か,結局誰の夢なんだか,ぜんぜんわからないんだが)を実現する。カッコ書きで突っ込むまでもなく,そんな夢の実現なんてうそっぱちだと思う。

 自分のやりたいことと,自分以外が望むことの間で引き裂かれる。それが普通じゃないか。自分のやりたいことと人から望まれていることとぴたっと一致しているなんて,のんきに考えすぎなんじゃないか。自分のやりたいことがはっきりしているなんてうそは,そこですぐにばれる。自分以外が望んでいることにまったく無関心だから,自分はこれがやりたいなんてのんきに言えるんじゃないか。自分の夢を実現するシステムなんてのも,自分の都合ばかりを考える人にはぴったりするかもしれないが,人の都合を考える人にはぴったりくるはずがない。そうじゃないか。そんな夢を実現してどうする。それは単なる自分勝手じゃないか(最近の自分勝手理論にまたしても入ってしまった)。

 じゃあ私自身はどんな夢を実現したいのか。実現したい夢がない。そうかもしれない。実現したい夢がない中で無理やり考えれば,自分の夢であると同時に,他人の夢であるような夢,そんな夢か。意味がわからない? そうかもしれない。意味がわからないだけでなく,なんだか気味が悪い夢だ。自分自身の夢と他人の夢の境目のスレスレにある,なんだか気味が悪い夢。これも合言葉はスレスレだ。

 このスレスレ理論,ただの負け惜しみか,それとも正論か。スレスレ理論自体が,負け惜しみと正論のスレスレになっているかどうか。でもただの負け惜しみ,言い訳みたいで,やっぱりまだまだだな。何も準備しないで全速力で走り出してしまった研修,そんな表現が一番現実を反映している。今日のところは,このスレスレ理論はただの言い訳に過ぎない。でも数年後には…ただの辛抱でなくて,スレスレを行く辛抱,それが目標。でもこれってなかなか説明できないなあ。


名郷直樹
1986年自治医大卒。88年愛知県作手村で僻地診療所医療に従事。92年母校に戻り疫学研究。
95年作手村に復帰し診療所長。僻地でのEBM実践で知られ著書多数。2003年より現職。

本連載はフィクションであり,実在する人物,団体,施設とは関係がありません。