第2609号 2004年11月15日


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学生が見たアジアの医学教育

マレーシア国際医学大学を訪問して

野村 理(弘前大学医学部4年生)


 さる8月2日から12日までの10日間,僕はマレーシアの首都,クアラルンプールに位置する国際医学大学(International Medical University:以下IMU)医学教育研究室の上級講師をされている大西弘高先生を訪ね,IMUを見学する機会を得ることができました。

 「欧米の医学生はモチベーションが高い」という話を多くの教官から聞いていた僕は,「欧米以外の医学生はどうなのだろうか?」と長く疑問に思っていました。

 そのような折,週刊医学界新聞に連載された「新医学教育学入門」で,大西先生がマレーシアで医学教育の仕事をされていることを知りました。そこで,マレーシアと日本で医学教育現場を比較することで,学生が日本の医学教育を活性化できるヒントが得られるのではないかと考え,見学を申し出ました。見ず知らずの僕を,大西先生は快く迎え入れてくださいました。

マレーシアの医学教育制度とIMUの教育プログラム

 マレーシアは英国の植民地であったため英国式の医学教育が行われ,医学部には高校卒業後に入学した学生が5年間医学を学び,卒業と同時に医師免許を取得します。

 IMUの教育プログラムは2.5年ずつの臨床前教育と病院実習とに分けられ,教育はすべて英語でなされます。臨床前教育では臓器システム別プログラムが組まれており,各システムを約1か月で講義やPBLなどを通して学習し,全システムを修了後,臨床実習に進みます。

 臨床実習は本校キャンパスから南へ50kmほど行ったところにある臨床分校のほか,IMUと提携のある英国や北米,オセアニアの医学部で実習でき,学生のおよそ3分の2が海外で実習します。

 またIMUは私立大学ということもあり学費は非常に高く,日本円に換算すると年120万円ほど,マレーシアの物価が日本の3-4分の1ですから年400万円程度に相当すると考えられます。日本の医大よりも進級判定が厳しいこともIMUの特徴で,同じ学年で不合格が続くと強制退学になってしまうそうです。詳細については昨年9月にIMUを訪問された徳島大学医学部・医学教育統合支援センターの寺嶋吉保先生のレポート(本紙第2556号に掲載)もご覧ください。

IMUの医学教育を体験

 今回僕は,日本の医学部2年生にあたるクラスの呼吸器コースに参加し,講義・PBL(チュートリアル)・CSU(臨床スキルユニット,後述)を学生たちと一緒に受けました。

(1)講義
 1クラス180人全員が大講堂に入って行われます。講義では主にパワーポイントが使われ,学生はパワーポイントのスライドやレジュメを印刷したハンドアウトに一生懸命書き込んでいました。心のどこかで期待していた,学生が講師を質問攻めにするという欧米の大学の光景はなく,日本の学生と同じようにおとなしく講義を聴くという姿勢でした。また,日本の医学生にはちょっと嬉しい現場も目撃できました。僕が参加したのは呼吸器の導入の時期だったので解剖学や発生学,生理学,生化学の講義を受けたのですが,僕がおもしろくないと思う講義はIMUの学生も同じのようで,解剖学の講義で床を這って逃げて行く学生を見た時は思わず笑ってしまいました。ほかにも講堂をよく見回すと雑談に盛り上がっている学生や睡魔と戦う学生もいて,親近感を抱かずにはいられませんでした。

(2)PBL
 スケジュールの都合上,僕が参加できたPBLは1回目の抽出の時間だけでしたがIMUのPBLは僕が弘前大学で経験した一般的な日本のPBLと非常に似ていました。積極的に発言する学生がグループをリードする一方,あまり発言しない学生もいる光景はマレーシア人と日本人とに共通する,アジア人としての気質を感じさせました。

 また,抽出後の自主学習はどうなるのかと思い「これからどうするの?」という僕の問いにShaun君という学生いわく,「これからダウンタウンに買い物に行くよ」と。ここまでお互いのPBLが共通しているとさすがに嬉しくなり,僕も買い物に連れて行ってもらうことにしました。

 目的地に着くまでの車の中ではお互いの大学のPBLについて話したりしましたが,彼らのPBLに対する印象は「自由に勉強できるのはいいけれど,なんとなくおもしろくない」というものだそうです。

 IMUのPBLに加わって僕が感じたのは,PBLという学習方法は,もしかしたら現時点では比較的シャイな気質を持つアジア人に合っていないのかもしれないということです。彼らはPBLの自主学習において,日本の学生があまり使いこなせないPub-Medで検索・学習し,次回に備えるという高い自己学習の能力を備えています。その彼らの能力がPBLグループでは十分に発揮されていないような気がしてなりませんでした。

(3)CSU
 CSUはclinical skill unitの略で,臓器ごとに医療面接や診察技能をSP(模擬患者)の協力を得てトレーニングするという科目で,日本でのOSCEで評価される内容を訓練するものと考えていいと思います。CSUは,実際にSPを相手に訓練する前にIMUオリジナルのデモンストレーション・ビデオを見ることからはじまります。ビデオでは診察の方法や手順が丁寧に解説されていました。

 CSUの間,学生は講義やPBLとはまったく違う顔を見せます。何か張りつめたような空気が講義室を包み,白衣に身をまとった学生はビデオに見入り,必死にメモをとります。その後彼らは8人ずつのグループに分けられ,グループごとに臨床教官とSPの待つCSUルームへと向かいます。

 CSUルームに入ると学生は少し緊張した面持ちでSPに挨拶をし,全員が手洗いを終えると教官が聴診や打診を再度実演します。それから1人ずつ診察練習をはじめることになりますが,一番先にやりたがる学生はなかなかいないものです。そこで,すかさず出たVasan君の「オサムは4年生なんだから僕らに教えてよ」の非常に的確な要望には,「僕の目的は君たちの練習の様子を見学することだから」でうまくかわすことができました。

 診察練習中の彼らの様子は真剣そのもので,眼が輝くというのはこういう様を表す言葉なのかと気づかされるほどでした。SPに触れる前に必ず「○○さん,診察しますよ」と言うのですが,言わされているという雰囲気はまったく感じられず,手の汗を白衣で拭いながら練習する学生にSPも好意的に協力していました。診察技能を自分のものにするため,教官に積極的に質問し,学生同士で教え合っている姿に僕は心を動かされ続けました。

IMUの学生生活

 IMUの学生生活の中心はやはり勉強することでした。毎日,自習時間は4時間程度確保されているのですが,その自習時間を含めて毎日5時間は勉強するそうです。図書館も平日,休日を問わず22時まで開館され,自習スペースも豊富で学生の自習環境がよく整っているように感じました。

 マレーシアの医大には日本のような医学生体育大会はなく,代わりに私立大学対抗戦にバスケット,サッカー,水泳などのサークルが出場しているようです。文科系のサークルも,ディベートやcatholic student society,chinese language societyなど多数あり,多くの学生が時間を見つけて参加しているようでした。またマレーシアの学生はアルバイトをすることはまったくないようです。「勉強しながら部活やアルバイトをするなんて日本の医学生は優秀なんだね」なんて言われてしまい,少し肩身が狭い思いがしました。

日本に帰って考えたこと

 マレーシアで実際にIMUの学生たちと接すると,予想外に彼らが日本の学生に似ていることに驚き,親近感が沸くこともありました。けれどもその一方で,言葉の一端ごとに彼らの医学への高い向学心を感じることができました。

 僕の知る日本の医学生とIMUの学生との違いは,日本の僕や周囲の学生が「6年間医学部で過ごせば医者になれる」という様子であるのに対し,IMUの学生は「5年間一生懸命勉強して有能な医者になる」という姿勢で生活していたと表現できます。どうしてそんなにも勉強できるのかと,何人もの学生に聞きましたが,「強制退学させられたくないから」,「学費が高いから」,「家族の期待があるから」など外的な動機付けによる作用も大きいようです。しかし,それと同時に「医学がエキサイティングだから」ということをほとんどの学生が言います。

 僕の推測になりますが,入学当初は試験を恐れながらの勉強をしていた学生がその勉強を通して医学のおもしろさに気づき,能動的な学習に移行していったのではないかという気がしていますし,それを促すようにIMUの教育プログラムが機能しているのではないかと思うのです。

 IMUの医学教育で優れているのは,臨床能力の育成を重要視し,CSUで早期から実用的な臨床能力を育成し,病院実習が2.5年もの長期間行われるプログラムを組み,学生を動機づけている点にあると思います。さらには,能動的な学習者に対して学習環境が整備されていることもIMUの大きな特徴です。僕たち医学生は「医師になりたい」というただ1つの想いを持って受験勉強を乗り越え,医学部に入学します。その想いはどの国の医学生も共通です。IMUのように臨床実習を重視することが医学教育に必須なことを実感しました。

 米国・カナダ・英国・オランダ・オーストラリアなどの医学教育が国際的に評価されていますが,それはそれらの国が医学教育の重要性を早くから認識し,試行錯誤を重ねた結果,その国によくフィットした医学教育システムを作り上げつつある点で発達しているのだと思います。医学教育は教育学や心理学,国民性,社会保障制度など多岐にわたる要素と密接に係わり合っています。ですから,その国によく適合した医学教育の構築が必要であり,仮に他国の医学教育をそのまま輸入しても国内では十分に機能しないでしょう。

 日本においても医学教育改革が急速に進んでいます。それはわれわれ医学生にも大変ありがたいことですし,将来の日本全体にも非常に有益なことです。現在日本で進行中の医学教育改革が他国の教育を参考にし,組み合せながらこの国に合ったシステムを構築していく形式で進められていくことが期待されます。

 さらに,日本の各大学が個々の大学の学生・教官・学習施設などの背景を踏まえて,大学独自のカリキュラムを作っていくことで日本全体の医学教育が成熟していくことが望まれているのだと日本に帰った今,僕は考えています。

 最後に,今回僕のマレーシア訪問を全面的にサポートしてくださった大西弘高先生に感謝の言葉を述べるとともに,僕を快く送り出してくれた家族と仲間にもありがとうと伝えたいと思います。


野村理さん
2001年弘前大学医学部に入学。現在,医学科4年生。卒後臨床研修必修化などの変革が進む中,医学教育の重要性を感じ,深い関心を持つ。これからの日本の医学教育に対して,学生が果たすことのできる役割は何か,日々模索中。