医学界新聞

 

フットケアをはじめよう!

看護師が主導する糖尿病患者の足病変予防

阿部邦子氏(京都大学医学部附属病院・看護師長)に聞く


 さる9月,京都大学医学部附属病院看護実践開発センター(注参照)の監修により,『糖尿病患者のフットケア』が刊行された,同書は,同院看護師の実践をもとにまとめられたものであり,類書に比して予防的なケアに重点がおかれた内容であることが特徴だ。過去5年間にわたって,同院内科外来でのフットケアの中心となって取り組んだ阿部邦子氏に,フットケアに取り組んだ経緯と同書に込めた思いを聞いた。


■見落としていたニーズ

「足の爪,切ってください」

――フットケアに取り組まれたきっかけは何でしょうか。

阿部 5年前,内科外来の師長をしていた時に患者さんから「足の爪,切ってください」と頼まれて切ってあげたのがきっかけですね。白癬爪で肥厚してニッパーでないと切れなくなった方や,膝が曲がりにくくて足の爪に手が届かない方,糖尿病網膜症があって見えにくくなっている方など,自分の足の手入れができない人の存在を実際に知り,「これは援助が必要なのではないか」と思うようになったのです。

 さらに,そうやって爪を切ってあげるうちに,患者さんの足先がとっても冷たいことに気が付きました。カルテを見てみると,足の動脈硬化が起きて血流が悪くなっている。糖尿病の合併症ですよね。

 そこで,とりあえずバケツにお湯を汲んで診察の合間に足を温めてあげることなら場所もお金もかからないのでやれるかな,と思って足浴ケアもはじめたのです。

――最初は,そうした希望があるたびにその都度爪きりや足浴を行う,といった程度だったのですね。

阿部 そうです。しかし,すぐに口コミで広がってどんどん希望者が増えてきました。糖尿病患者さんは,待ち時間に患者さん同士で話をされる方が多くて,「看護師さんに爪を切ってもらえるらしい」ということを耳にした方がどんどんいらっしゃるようになりました。私たちは日々の診療介助に追われて,こういう患者さんのニーズに気が付かずに来たんだな,と思い知らされましたね。

患者さんの喜びに支えられて

阿部 そんな折,2000年に外来棟が新しくなり,それまでの各診察室に看護師が付きっきりになるシステムから,大きな処置室に内科外来全体の看護師が集まって,それぞれの診察室からの指示を受けて処置を行うシステムに変わりました。診療の介助や患者さんの呼び入れといった業務が大幅に減ったので,処置やケアに集中できる環境ができるようになり,フットケアについても「フットケア外来」として本格的に取り組もうということになったんです。

 それで,待合室にポスターを貼り,糖尿病担当の看護師4人で,希望者に対してフットケアを行うようになりました。待ち時間に爪をきれいに切り,足をきれいに洗ってあげると,患者さんからはとても喜んでもらえました。

 その頃は,外来棟が新しくなって診療システムが変わったことで,患者さんからの苦情も多くなっており,看護師は苦情対応にヘトヘト状態になっていました。そんな中,患者さんからいただいた「うれしい」「よかった」「またお願いします」という言葉は,とってもうれしかったですね。

 「苦情対応で手一杯だから,一時フットケアはやめようか」という話もあったのですが,現場の皆が「いや,これは続けたい」と言ってくれました。看護師にとっても,充実感があるケアだったんですね。

医師の理解を得る

――医師の理解はあったのですか?

阿部 爪を切ってあげた患者さんが診察の時に「看護師さんに爪を切ってもらって,最近,足が軽くなりました」といったことを担当医に話されたことから,医師が私たちのケアの様子を見に来るようになりました。内科医の先生方が皆で順番に見に来るうちに,「看護師さんたちがいいことやってるから,僕たちも応援しよう」という雰囲気が広まって,看護師のために足病変やフットケアに関する講演会を開いてくださるようになりました。

 医師との協力体制をつくる中で,従来だったら皮膚科に出していたオーダーを,軽症の患者さんに関しては私たちのフットケアでフォローしようという話が出ました。足白癬の方に軟膏を塗ってあげたり,靴擦れを手当したり,タコや魚の目を削るといった処置です。

 それまでは,タコや魚の目の処置は皮膚科に任せていたのですが,皮膚科にいくとスピール膏を貼ったり,ニッパーで完全に取ってしまったりするんですね。しかし,糖尿病の患者さんにはスピール膏はあまり勧められないということがあったり,ニッパーで取るのはとても痛かったり,という問題がありました。

 そこで,軽症の魚の目については,セーフティカッターを使って削ってあげるということになったのです。もちろん,相手はリスクのある患者さんですから,いきなり患者さん相手では怖いので,最初は看護師同士や家族などを相手に練習しました。

ドプラー測定で,在宅療養指導に説得力を持たせる

――現在では,ドプラー測定器で足背動脈血流を計測するといったこともされているとお聞きしましたが,これはどういった経緯ではじめられたのでしょうか?

阿部 外来は月1回ですから,特に足浴などは在宅でのセルフケアを前提として指導しています。しかし,家で毎日やっていただくためには,数値など具体的な視標で,末梢循環障害が改善することを納得してもらう必要があると考えたんです。

 何かいい方法がないかと考えていたところ,循環器の外来看護師が,ドプラー測定について教えてくれました。ドプラー測定を行えば,末梢血管の血流の状態,勢い,流れの速さ,量がグラフでわかります。また,簡易検査なので,検査室に出さなくても,内科の先生がオーダーさえしてくれれば私たちが行う測定で保険点数がとれます。少しは病院経営に協力できるのではないか,とも思いました。

――実際に計測してみて,足浴などの効果は実証されたのでしょうか。

阿部 毎日,あるいは2日に1回程度,足浴やマッサージを続けられた人たちは,個人差はありますが,だいたい1か月で血流が2倍近くにあがりました。続けられなかった人たちは,当然変化がありませんから,末梢の血流障害に十分効果がある,といえる結果だったと思います。

 これらのデータの裏付けがあるからこそ,患者さんに無理のない,かつ説得力のある在宅療養指導ができたのかなと思っています。

■「予防的フットケア」の夜明け

靴が選べなければ,足のトラブルは回避できない

――今回の本の大きな特徴としては,靴専門家との連携があると思いますが,フットケアにおける靴の重要性について教えてください。

阿部 タコを削って,足を洗い,爪を切ってあげても,タコを作ったのと同じ靴を履いて帰るんだったらまた同じことになりますよね。いくら模範的な足のケアができても,靴を合わせて適切なものを選んであげなければ,何にもならないんです。

 そういう問題意識を持ったので,まずは靴医学会誌のバックナンバーを何冊か取り寄せるなどして,靴の勉強をしました。そうすると,「適切な靴を選ぶのは難しい」ということがわかってきたんです。これまでの糖尿病のフットケア関連の本では,靴選びに関しては,「紐靴で,足先にゆとりがあって,ゆったりした形のもの」といった書き方で終わっていて,十分ではなかったと思うのです。

――靴選びの難しさとは?

阿部 「いいな」と思って買った靴で実際に20分,30分歩いてみたら足が痛くなった,という経験は誰にでもありますよね。健常者なら,そこで違う靴にしようと考えます。しかし,糖尿病患者さん,特にフットケアが必要な人の多くは,神経障害のために足の感覚を失っています。ですから,「履いてみて痛くなった」ということさえ感じることができないわけです。「指が当たらないものを選んでください」と言ったって無理なんですね。

 靴のことを勉強する中で,私は「私たち看護師は患者さんにとって不可能なことを指導してきたんだ」ということに気がつきました。「目からウロコ」でしたね。

患者の足を継続的に見ることができるのは看護師だけ

――神経障害によって足の感覚を失った患者さんが,自分で適切な靴を選ぶことは不可能であるということですが,そうした方への指導はどのように行うのでしょうか。

阿部 結論としては,靴選びについては,口頭で指導するだけじゃなくて,靴の専門家と連携して,フィッティングすることが必要だということです。足の形や幅を測ってもらって,それに見合う,よさそうなものを選び,患者さんに実際に触ってもらって決めるのです。

 靴の専門家というと,私はシューフィッターしか知らなかったんですが,義肢装具士さんの中で靴を担当しておられる方や,靴調整士さんという職種の存在もこの時にはじめて知りました。それぞれの職種の違いもわからない状態から,彼らにいろいろと教えてもらった結果,今では患者さんの足を見た時に「この人は,シューフィッターさんでは無理だな」「この人はここに頼まないと」といった判断がつくようになってきました。

――そうした判断には,かなり専門的な知識が必要になりそうですが,看護師がこうした知識・判断力をつける意義は何でしょうか?

阿部 患者さんの足を継続的に見ることができるのは,実は看護師だけなんです。

 靴を買うにしても調整するにしても,その前の段階で,患者さん自身がその必要性を感じて,靴屋さんに足を運ばなければいけませんが,神経障害がある患者さんは,そもそも靴が合っているのか合っていないかの判断がつきません。

 外来で足を見せてもらって,靴擦れができていた時,それが靴によるものなのか,単に歩きすぎたことによるものなのかを,患者さんの話と総合して判断し,必要があれば靴専門家に相談する。そうしないとほんとうの靴擦れの防止はできないのですが,そうしたアフターケアやコーディネートができるのは,看護師しかいないんですよ。

 「足病変の原因の第一は靴擦れである」ということはすでに言われていますが,これまで靴擦れ対策そのものは「よい靴を選んでください」という範囲を超えたものがありませんでした。医療者も,靴の専門家も,それ以上に突っ込んで,完全に靴擦れを防止できるシステム連携をしてこなかったということだと思います。

足病変を予防するネットワークを作りたい

――各専門家と連携をとった,予防的なかかわりのためのネットワークづくりが重要ということですね。

阿部 私たちの取り組みも含めて,これまでのフットケアはいわば「対処療法」中心でしたが,これからはこうした予防的な取り組みを重視すべきだと思います。靴屋さんと連携するようになって,当院での靴が原因となった足のトラブルは確実に減っています。足浴やマッサージをご自宅で続けることで,長年歩けなかった人が,旅行に行けるまでになった例もあります。

 足潰瘍や壊疽を繰り返し起こしている重症な患者さんの医療費は莫大なものですよね。「足切断で300万円」と言われますが,実際には,術後に仮義足を作って,本義足を作って,退院して,歩くリハビリを受けて,また義足のメンテナンスを行って……といった形で,さらに大きなお金がかかることにもなりますし,患者さんのQOLも低下するでしょう。

 フットケアで足病変を予防できるとすれば,それは患者さんにとっても,厚生労働省にとっても(笑),喜ばしいことだと思うんですよ。

 看護師だけでなく,シューフィッターを含めた,足と靴にかかわるさまざまな職種の皆さんに今回の本を読んでいただき,連携して糖尿病患者さんの足病変の予防をやっていければいいな,と思いますね。

(おわり)

:看護実践開発センター
京都大学医学部附属病院と京都大学医学部保健学科との協働で2004年4月に設立された,看護技術開発・研究機関。新たな医療・看護技術の開発や実践支援のための教育プログラム構築などに取り組むことを目的とする。センター長は同院看護部長(嶋森好子氏)が兼任する。


阿部邦子氏
京都大学医学部附属病院看護師長。日本糖尿病療養指導士。糖尿病認定看護課程講師。1971年に国立埼玉病院高等看護学校を卒業し,82年より京都大学医学部附属病院に勤務する。フットケアへの取り組みは99年からの内科外来師長としての,ほんの数名の患者へのかかわりがきっかけ。翌年には外来棟新築を契機にフットケア外来を立ち上げた。「患者からの要望や苦情の中に,これまで何の疑問もなく実施されていた看護技術を180度ひっくり返すカギが潜んでいると感じている」と語る。「だから臨床はやめられないんです。定年まで臨床にこだわりつづけたいですね」