第2604号 2004年10月11日


[ 寄稿 ]

英国とフランス,そして日本の緩和ケア

その共通点と相違点からわれわれは何を学ぶか(後編)

加藤恒夫 かとう内科並木通り診療所(岡山市)


フランスの緩和ケア

 国民皆保険のフランスは,WHO(世界保健機関)からは最も優良な医療制度の国とされている。しかし,医療費の対GNP(国民総生産)比が10%近くに迫り,2003年夏の熱波で高齢者が多数死亡する事態に対し無策だったことなど,問題点がないわけではない。それについてここでは詳しく触れるスペースがないので,参考資料として医療経済研究機構に関連の論文・記事があることをあげるにとどめたい。

 そうした優秀とされる医療制度のもとにあるフランスの緩和ケアはどうかというと,歴史はまだ新しく,英国に比べて20年,日本に比べると10年の後発である。

 1986年に厚生大臣が厚生省奨励書1)4)を発行したことにはじまり,翌87年には最初のPCUがパリで開設され,89年にSocieté Française d'Accompagnement et de Soins Palliatifs(SFAP,フランス緩和ケア学会)が設立された。そして95年には,医学部の3年生が緩和ケアの教育を受けることが義務づけられ,99年,誰もが緩和ケアを受ける権利が認められた2)4)。また2002年に,緩和ケアのための国家指針-成人用3)4)が発行され,現在に至っている。

 2000年のデータでは,フランス全国に91のPCUがある。ほとんど全部が病院附属型であり,独立型のものは極めて少ない。しかも,それらは新築病棟ではなく,多くが老人病院の一部を使って開設されている。フランスでは老人病院の病棟は,一般病棟に比べて他に転用するための融通がつきやすいため,経済的無駄を省くべく政府誘導策としてその方針がとられたことによる。

 PCUの他に,日本の緩和ケアチームに相当する291のEquipe Mobile Douleursoins de support-Soins Palliatifs(院内型緩和ケアチーム)が存在し,病院内でリエゾン/コンサルテーションサービスを提供している。

 PCU診療費は,健康保険でカバーされている点は日本と同様だが,患者の支払いはPCUに限っては原則無料である。病院の年間予算はフランス版DRGにより管理されているものの,PCUについてはその範囲外であり,予算統括は病院の管轄下にある。

 フランスの緩和ケアの開始は遅かったものの,1989年にフランス緩和ケア学会が設立されてからは,進歩が著しい。現在では緩和ケア病棟には必ず,緩和ケアの専門教育を受けて専門家として認定された医師が配備されていなければならないとされている。その資格はまだ国家資格ではないが,1992年にフランス厚生省の政策の一環に組み込まれ,認定作業をフランス緩和ケア学会が行っている4)

 認定のコースは次の3種類がある。

レベルA 基礎レベル:すべての医学生への教育
レベルB 上級レベル:緩和ケアニーズのある患者に頻繁に接する医師のためのコース
       Ex.)腫瘍学,老人病学,麻酔学,内科,呼吸器科
レベルC 専門家レベル:PCUまたは特別なチームで活動する医師のためのコース

 毎年約600人の医師が認定コースを受講しており,現在ではレベルC修了者がすでに150人いる。認定取得後の進路は,必ずしも緩和ケア関連の仕事につくわけではないそうだが,確実な緩和ケアの技術と知識を持った医師が増えているのは事実である。

 なお,卒前の緩和医療教育は先述のとおり,医学部第3学年の必須科目であり,時間数は大学によって異なるものの,平均16時間とのことである。それらのほとんどが講義とケースレポートであり,PCU実習などの現場体験は今のところ含まれていない。

リヨン市周辺の緩和ケアサービス

 筆者は,前項で述べたように,フランス中南部の大都市リヨン市を拠点にフランスにおける緩和ケアの指導的役割を果たしているMarilène Filbet医師を訪ね,緩和ケアの施設と活動を視察する機会を得たので,以下かんたんに紹介したい。ちなみにリヨン市の人口は200万人,フランス第2の規模で,3つの医科大学がある。

病院名:Centre de soins palliatifs CHU de LYON
 ホスピス名:Hospices Civils de LYON
 病棟責任者:Dr. Marilene Filbet, Chef de Service

 【立地・歴史】リヨン市中心部から南方30km,ボジョレー地方のブドウ畑の中に立地する公立老人病院の病棟の一部を借りて,1986年に12床のPCUとして開設された。2年前に火事があり,一部の病棟が使えなくなったため,現在では6床のPCUとして運営されている。

 【役割と機能】ここのPCUの役割は,次の3点に要約される。(1)患者と家族をケアする,(2)医療職の教育の拠点となる,(3)緩和ケアに関わる研究をする。

 【スタッフ】最初は老人病棟のスタッフと共同で患者をみていたが,今では独立したスタッフ構成になっている。医師は2名で,Filbet医師とBarmaki医師,他にレジデント2名が配備されている。医師たちはPCU専属だが,Filbet医師は外部活動(教育や地域の緩和ケアに関わっている医師の組織活動),Barmaki医師は院内型緩和ケアチームの医師としてHôpital de la Croix Rousse Lyon(リヨン市の公的病院)でコンサルテーション活動を担当。看護師8名,看護助手10名,心理療法士1名,その他MSWは病院との共同配備で半日勤務である。ボランティアは10名とのことである。

 2003年の年次報告では,165人の患者が入院しており,そのうち143人がPCUで死亡。平均在院日数は17日。また,17人が他の病院や施設へ送られ,5人が自宅へ帰っている。

 【研究活動】今のところ,疼痛緩和の評価や患者満足度調査,ニーズアセスメント等の研究的活動はまだ十分ではないとのことである。

 【その他】院内風景は,英国のホスピスとは異なり,極めて質素で一般病棟との違いはあまりない。また,病院機能を利用して必要な検査や治療も提供されており,PCUに入ったからといって,医療が何も提供されないということはない。この点も英国のホスピスとは大きく異なる。

 2年後には,患者の利便性と大学教育との連携を深めることを目的として,リヨン市の中心部の総合病院(医科大学の教育病院)に移設される予定。その場合,12床の病床と2床のデイセンターを設置する予定とのことだが,デイセンターの利用目的については,患者の評価と日帰り治療,レスパイトケア以外にはまだ明確ではない。しかし,英国のデイセンターのような社交場の機能を目的としていないのは確かで,役割や機能については今後,詳細な構想を練るとのことである。

病院名:Hôpital de la Croix Rousse Lyon(リヨン市の公的総合病院,600床)
 緩和ケアチーム:Equipe Mobile Douleursoins de support-Soins Palliatifs

 【構成】医師3名(Filbet医師が兼任のチーム責任者,その他に2名の医師),専任看護師1名,心理療法士1名,MSWは病院と兼任,その他にボランティア6名。

 【役割・任務】病院内のリエゾン/コンサルテーションサービスに限られており,病院外のチームとの関係は持たない。入院中の医療およびナーシングケアの責任や,退院時の在宅サービス提供のコーディネートの責任は,それぞれの診療科にある。

 2003年度には,計222人,1日平均35人の患者に,合計2338回の介入を行っている。それぞれのコンサルテーションは1患者当たり5回である。

 患者はそれぞれの診療科から紹介され,まずチームの医師が1次評価をし,その後チームによる共同の評価とケア方針の検討が行われる。緩和ケアの浸透は診療科によってまだ差があり,必ずしもチームのアドバイスが受け入れられるわけではないとのことである。

 【ボランティアとの定期ミーティング】(毎週月曜日の午後2-3時)
 出席者:緩和ケアチーム専属看護師,心理療法士,医師,ボランティア代表,ボランティアコーディネーターの計6名。

 筆者が見学した際の討論の内容は,ボランティア活動における各診療科の医師および看護師との関わりが主としたものだった。特に,ボランティアの役割や,患者と関わった後の情報を,どのように担当看護師や医師に知ってもらうかという点だった。チームのボランティアの役割・機能がまだ各診療科のスタッフには充分に浸透していない様子で,今後専任看護師がその調整に努めていくことで締めくくられた。

 ボランティアの役割は極めて特徴的で,「傾聴」のみである(詳細は後述)。

在宅ケアサービス:Le Centre Leon Berard
 チーム名:Le Service des soins à domicile

 【立地・歴史】リヨン市中心部にあるリヨン大学附属がんセンターの在宅ケアチームであり,リヨン市とその郊外までかなり広い範囲をカバーしている。

 【構成】専任医師3名とフルタイムの看護師1名,パートタイムの看護師2名,心理療法士1名,事務員1名,ソーシャルワーカーは兼任。

 【役割・機能】がんの在宅ケアのコーディネートに特化したチームで,直接のケアは提供しない。必要であれば,ターミナルケアのコーディネートまでを行う(フランスでは,在宅ケアは民間事業として行われており,その点,日本の訪問看護に近い)。患者の紹介は母体のがんセンターから受けており,年間約200人とのこと。

 チームの機能としては,(1)在宅ケアのための訪問看護をコーディネートすること,(2)在宅ケア担当看護師へ化学療法を指導し,その患者をフォローすること,(3)患者と家族を援助すること,である。

 GPへの連絡は病院の医師の役割であり,看護師からアドバイスすることは,フランスの習慣としてはない。また,チームの専任医師が交代で常にオンコール態勢に入っているが,看護師にはその責任はない。

 【教育】チーム員の教育は,看護師については特別にがん看護師としての資格が要求されているわけではない。がんセンターで職員として働いた経験が求められる程度とのこと。また心理療法士についても,特別のがんケアや緩和ケアのトレーニングを受けているわけではない。

英・仏の緩和ケアを比べて

緩和ケアの政策背景
 英国における緩和ケアは,前回も記したように,非営利団体(Voluntary Sector)の牽引により今日まで発展してきた。そして最近では,国民健康保障政策局(NHS)の政策転換により,非営利団体と政府の協調政策がとられている。しかし,英国のPCUは非営利団体としての経営的体質(ある意味で放漫経営)ゆえに,現在では財政的困難に陥り,体質改善を余儀なくされている。あのセントクリストファーズホスピスでさえ,そうなのである。

 それに比してフランスは,緩和ケアの歴史は浅いものの,最初から政府が緩和ケアの必要性を認識し,需要と供給のバランスをとりつつ,国家的医療政策の一環として取り組みを開始した。その背景として,1980年代から90年代にかけてヨーロッパで安楽死促進の活動があったことによる影響が推察される。

資源の有効利用
 フランスの緩和ケア推進で際立っているのは,資源の有効利用という観点から,PCU(緩和ケア施設)を老人病院の一部に設置する政策がとられたことである。特に注目すべきは,PCUベッドが地域医療政策の中で管理され,必要数が厳格に守られていることであろう。

 英国のように,慈善事業としてそれぞれの地域が競ってホスピスをつくり,結果として経済的にも質の面でも破局を迎えているのとは大きな相違である。もちろん,緩和ケアの質と量などについては,まだ英国に大きく遅れてはいる。しかし,供給体制と教育体制の整備に関わる戦略的な取り組みは,近い将来に実を結ぶものと思われる。

 また,フランスのPCUには必ずといってよいほど,心理療法士が配備され,心のケアを一手に引き受けているとのことである。医師はあくまで肉体のケアを担当するというわけであろうか,心身二元論を唱えた哲学者デカルトを生んだ国フランスらしいところと感じた。一方,英国のホスピスに関わるチームの多くでは,ソーシャルワーカーがその任に当たっているといってよい。これも両国の大きな相違である。どちらがよいのか,筆者は今のところ判断しかねている。

 看護師については,フランスにおけるその社会的役割が英国ほどには高く評価されておらず,専門性の確立や医師との協働もこれからの課題と見えた。

ボランティアの役割
 ボランティアの活動形態についても,フランスの緩和ケアならではの特徴がある。日・英のホスピスにおける活動形態とは大きく異なって,「傾聴」の役割のみに特化しており,花を生けたりお茶を入れたりという,英国や日本でごく普通に見られる活動は,一切提供されていない。

 ただし緩和ケアチームのボランティアは,完全にチームの一員として組み込まれており,それだけにこのボランティアになるためのトレーニングと選別は,日本でのボランティアのイメージからは想像できないほどハードである。まず40時間の講義やロールプレイのトレーニングを受け,その後6か月間必ずスーパーバイザーと一緒にPCUでの経験を積み,能力評価を受け,その後単独で3年間のPCUボランティア経験を積むことが要求されている。

提言――方向性の見えない日本の緩和ケアへ

 フランスのPCUが老人病院からスタートしていることは,フランスの健康政策が緩和ケアを最初から,がん以外の疾患へ拡大しようとの医療風土の基盤となっているといえよう。その点先んじていた英国ではすでに,緩和ケアの対象を「がん」の患者から「がんでない」患者へも拡大しはじめた。そして「緩和ケア」自らを,多様な在り方は残しつつ,より広い疾患を対象として普及をめざし,全国協議会のもとで新たな展開を見せている。

 翻って日本の現状を見ると,緩和ケアが導入されてから25年が経ち,すでにさまざまなホスピス・緩和ケアの団体が多種多様の活動を繰り広げている。それらは,よく言えば運動論的・組織論的に多様性を見せているといえようが,筆者には,むしろ全体的な統一性がないがゆえの弊害が見えはじめ,個々にも全体的にも大きな壁に当たっていると思える。

 しかも,国民のための健康政策(中長期計画)において,緩和ケアをどのように位置づけるのか,それこそ国民を巻き込む議論も動きもない5)。致命的なのは,健康政策の中で,緩和ケアに関わる人員の育成(つまり緩和ケア教育)が何も示されていないことであり,その点は英・仏両国の取り組みに大きく遅れをとっている。一言でいうなら,「自らの位置づけと今後の方向が示されていないため,活動に弾みがつかない」ということに尽きる。

 健康政策の一環としての日本の緩和ケアの現状を考えると,問題はすでに行政的範疇を超えており,政治的課題になっているといえよう。

 こうした観点から,以下,今後の日本の緩和ケアの活動へ筆者からの提言をしたい。

1)方針を話し合う統一組織を作る
 ホスピス・緩和ケアに関わる全国の主要団体から代表を集め,日本における今後の方向を,事実に基づきしっかりと考える共同体制をつくる。

2)緩和ケア活動の方向を明確にし国民にわかりやすく伝える
 医療政策の中での自らのポジショニングを図るため,政治との積極的な橋渡しに努める。そのためには,日本の緩和ケア活動の統一的な役割と機能の規定「ミッションステートメント」が必要になろう。それがあればこそ,国民も政治家も緩和ケアに目を向けてくれる。

3)人材の教育計画を共同で作る
 そのうえで,各専門職の役割・機能を明確にし,人員の育成計画を作成する。

 医療と福祉の構造改革が政治課題となり,その結果,医療・保健・福祉政策の転換や,卒後研修の改革に見られるような教育制度にも改革の荒波が押し寄せる現在は,日本の緩和ケアにとっては自己改革をしていくための絶好のチャンスであるといえよう。

(おわり)

(参考文献)
1)Soigner et accompagner jusqu'au bout 《L'aide aux mourants》, Bulletin officiel du Ministère des Affaires sociale et de l'Emploi n°86-32 bis, 1986
2)Modalité de prise en charge de l'adulte nécessitant des soins palliatifs, Agence nationale d'accrédition et d'évaluation en santé, Sevice Recommandations Professionelles, 2002
3)LOI n°99-477 du 9 juin 1999 visant à garantir le droit à l'accès aux soins palliatifs, Journal Officiel de la République Française n°132 du 10 juin 1999, 1999
4)SEBAG-LANOË, R et al. Palliative Care in a Long-term Care Setting:a25-year French Experience. Journal of Palliative Care 19:3/2003;209-213
5)第3次対がん10ヵ年総合戦略――がん罹患率と死亡率の激減を目指して,厚生労働省,2003