第2602号 2004年9月27日


NURSING BOOK REVIEW


「安全管理の終わりなき戦い」への具体的提案!

医療におけるヒューマンエラー
なぜ間違える どう防ぐ

河野龍太郎 著

《書 評》菅野一男(武蔵野赤十字病院内分泌代謝科部長)

 「文は人なり」,ならば,人を語ることがその人の書籍を語ることにつながるだろう。さればまず,本書「医療におけるヒューマンエラー」の著者,河野龍太郎氏の人となりについて述べながら本書を振り返ってみたい。

 私が河野氏を知ったのは,医療のTQM実証プロジェクト(NDP)で一緒に仕事をはじめてからである。NDPの中では河野氏にいろいろなことを教えてもらった。「スイスチーズモデル」,「墓石安全」,「P-mSHELLモデル」,「事故防止策は終わりのない,決して勝利することのないゲリラ戦である」…。

繰り返される「墓石安全」

 昨今の新聞を見ていても,「墓石安全」が相変わらず繰り返されている。つまり,人が亡くなって初めて安全策がとられている。そのような記事を見るたびに,河野氏の悲しそうな顔が目に浮かぶ。「墓石安全」はいつまで繰り返されるのであろう。

 10%キシロカインやカリウム製剤の静注薬を整理すればいいものを,ちょっとの手間を省くために院内から排除できずにいて,患者さんが亡くなる。この書評を書いている数日前にも,カリウム製剤を静注して患者さんが亡くなるという痛ましい事故が起きた。事故のパターンはいつもと同じ。どうも医療機関には,システムとしての問題がありそうだ。そして事故に直接かかわったのは,1年目の新人看護師。また看護師だけが起訴されるのだろうか?またもや,河野氏の怒りの顔が目に浮かぶ(彼は情に厚いゆえに,ときとして怒りの人になる)。

 おそらく,事故のあった病院では濃厚カリウム製剤は病院から排除されるであろう。しかしその対策が水平展開され,日本中の病院に広がることはない。そこで河野氏は強調する。「医療システムを変えよう」,「理に適った対策を考えよう」,「人間はエラーをすることを理解しよう」,「医療システムを理解しよう」。河野氏は理詰めにエラー防止対策を説くが,この叫びにも似た声は,彼の魂の表出でもある。

航空管制官としてのニアミス体験から

 河野氏が事故防止にかかわるようになった原点は,航空管制官時代のヒヤリ・ハットの経験にある。本書にも書かれているが,航空機を誤ったコースに誘導し,あわや衝突させてしまいそうになったという。「『あっ,ぶつかる!』と即座に理解できた瞬間,何がなんだかわからなくなりました」「自分の頭の中の映像が全部いっぺんに消えてしまいました」。人間関係の問題についても,「仕事の前のブリーフィング・ルームで,『こいつとだけは組みたくないな』と心の中で思っていたのです」と打ち明けている(彼は正直な人である)。

 このニアミス経験をきっかけに,彼は心理学を専攻し,今度は原子力発電の安全管理を仕事とし,さらに医療安全にかかわるようになった。河野氏はまさに,日本の安全管理のエキスパートといえる。

安全管理の終わりなき戦い

 この書評を書いている日はちょうど8月12日。19年前,日航ジャンボ機が御巣鷹山に激突した日である。また数日前には美浜原子力発電所の事故で数名の生命が失われた。医療事故は,航空機事故,原子力発電所の事故とさまざまな意味で対照されるが,事故防止策はやはり困難な仕事である。まさに「終わりのない,決して勝利することのないゲリラ戦」である。これまでずっとゲリラ戦を戦ってきた河野氏は,安全のための闘士ともいえる。戦いの中で彼が獲得してきた,安全管理のための具体的提案が,この本にはあふれている。それをいかに医療界で実現するか? それがあなた方医療者の重大な仕事ですよ,と河野氏はこの本を通じて私たちに訴えている。

B5・頁184 定価2,940円(税5%込)医学書院