医学界新聞

 

「総合診療イノベーティング」再考

生坂政臣(千葉大学医学部教授・総合診療部)


 生坂政臣氏(千葉大)より,本紙2587号掲載「座談会:総合診療イノベーティング(佐賀大・小泉俊三氏,聖マリアンナ医大・箕輪良行氏,札幌医大・山本和利氏,国立病院東京医療センター・尾藤誠司氏)」に関して,以下のコメントが寄せられた。

 生坂氏は,総合外来診療のサブテキスト『見逃し症例から学ぶ日常診療のピットフォール』(医学書院刊)の著者として話題を提供し,また本紙2571号「生坂政臣氏に聞く:一般外来診療の“極意”」のコメンテイターでもある。


総合診療の「核」とは

 「座談会:総合診療イノベーティング」を読みましたが,総合診療というものを少しでもわかりやすく伝えたいという意図は伝わってきました。特に総合診療をパッケージングして広めるという発想はすばらしいと思います。しかし,それでも総合診療関係以外の人にはまだわかりにくいのではないかというのが率直な感想です。

 諸外国もそうですが,総合診療は臓器専門より遅れて確立された診療部門です。医療が未分化であった時代には,すべてが総合診療だったと言えなくもありませんが,今求められているのはそういう懐古的定義ではなく現代に通用する定義です。医療が専門分化され,そこで補いきれないものを総合診療という分野に集約させようという流れだとすると,施設によって足りないものは異なりますから,統一したコンセプトが得られません。さまざまな総合診療の形態があっていいと思いますが,最大公約数的な概念が必要です。ニーズによって提供する医療の内容は変わっても,これだけはどこにでもあるという核となるものです。また一方,総合診療の核とされている医学教育学会でも,総合診療を行っていない参加者が多いし,救急学会や疫学関係の学会も同様で,「総合診療はマイノリティー」という印象を拭えません。創設期,過渡期でやむを得ませんが,少なくとも総合診療学会で核を示すべきだと思います。

 その候補が「初診外来」であり,そこで必要な「包括的な切り口での診療」だと思います。初診外来はどの総合診療部でも行っていますし,このテーマで競合する学会はありません。今なら総合診療の独壇場でしょう。「全人医療」,「患者中心の医療」,「根拠に基づく医療」なども核の候補ですが,何も総合診療医だけに要求されているわけではなく,すべての医師が身につけておくべきものです。また,他科とは本質的に異なると主張して,唯我独尊の道を歩む選択肢もありますが,組織の中に地位を確立することは難しいでしょう。他の追従を許さないレベルでその方法論を確立しなければ,周囲の理解は得られません。

 これまでのディスカッションは理念や総論に終始してきた感がありますが,各論なき総論は絵に描いた餅にすぎません。むしろ各論を研修していくうちに見えてくる理念や総論もあるのではないでしょうか。

「包括的な切り口」によって問題の所在を明らかにする

 初診外来で重要なのは,まず患者が考えている受診理由,受診動機から医学的に診た時の問題点を明らかにするということです。愁訴の原因が患者の臓器なのか,患者の解釈なのか,あるいは家庭や職場なのかを特定する。複数の問題点が見つかる可能性もあります。それらを特定する診療は総合診療以外では難しいのではないかと考えています。

 問題の特定は生物学的なことだけではなく,心理・社会的背景を含めた「包括的な切り口」でなければなりません。医学的な診断名がつくように努力しますが,つかない場合でも患者とともに問題点を明らかにするプロセスを共有することが必要です。そのうえで,問題を解決できるにこしたことはない。しかし,実際には解決できない場合も多いわけで,解決に関してはリソースを把握しておくほうが重要かもしれません。

 総合診療で習得すべきスキルがいろいろありますが,「問題の解決」よりも「問題の所在」を明らかにするためのスキル獲得をより重視して指導しています。

総合診療の「専門性」と「優位性」

 総合診療部には多くの医療機関を回って診断のつかない患者さんが来診されます。初診外来の患者さんたちの多くが,従来の教育制度の下で訓練を受けた医師による診察を受けた後に来診されますが,そういう既存のシステムで解決できない問題を解決できるなら,それは即ち総合診療医にしかできない部分であり,現時点での総合診療の専門性と言える領域かと思います。

 一般に診断に関する総合診療の優位性は時間や資源の節約において明らかです。あらゆる臓器専門医,特に有能な臓器専門医を受診すれば,総合医に診断できる疾患のほとんどが診断可能でしょう。しかし制限時間を設けた場合は,総合医の優位性は明白です。また臓器専門医は除外でなく,診断確定によってその専門性を最もよく発揮できますので,尤度(ゆうど)比の高い診断法を用いがちで,この検査は一般に高額です。診断に至るまでの費用対効果においても通常,総合医の方が勝っています。

 総合医が劣る点は臓器専門医にしか診断できない稀な疾患の場合ですが,その場合でも,トレーニングを受けた総合医は適切に紹介できます。むしろ異なる科で稀な疾患に遭遇した場合のたらい回しになるリスクを考えると,最初から適切な診療科を選べない場合は総合医に分がありそうです。

 総合診療のもう1つの優位性は,症状,所見が臓器専門医の「診断基準」を満たさない場合です。正常と異常の二元論モデルにおいて,診断基準により病気のカテゴリーに分類されない患者は,「正常」とみなされがちですが,検査で異常がみられなくとも症状に苦しんでいる患者は多く,総合医はこのような患者に対するケアの経験が多い。「疾患」でなく「病」の範疇に属する患者のマネジメントに関しては総合医が勝っていることが多いのです。ただこの領域については,同じく全人医療を唱える代替医療の有用性も高く,総合診療の専売特許とはいえない状況がありますが,いずれにしても総合診療の核の部分の優位性や専門性を組織内で示す必要があります。

 総合診療の核を具体的な医学教育の場で実現しようと思って,「千葉大学プライマリ・ケアセミナー」という具体的な症例検討会の場を設けていますが,先ほど言いましたように,患者が持ち込んだ健康・臨床問題の原因を明らかにしなければなりません。病棟と異なり,外来ではどこが悪いのかまったくわからない。受療動機すら明らかでないことがあります。それらを突き止めるには,「包括的な切り口での診療」が必須ですが,外来ですべての疾患について照合作業をしていると,時間がいくらあっても足りません。効率的な診療が必要です。

 ここで有病率という考え方が大切になります。外来で有病率の高い疾患,いわゆる日常疾患に対してはclinical feature(臨床的特徴を症状あるいは身体診察から抽出すること)によって診断していくわけです。臨床的特徴の組み合わせで診断していくと効率的な診療ができます。

 例えば発熱,扁桃の白苔,前頸部リンパ節の圧痛などのclinical featureが揃えば,溶連菌性咽頭炎の可能性がきわめて高くなるといった具合です。clinical featureは比較的容易に習得できるので,初学者に対してはこれを中心に指導します。

外来診療のトレーニングの眼目は疾患を除外する訓練

 難しいのは有病率が低いが見逃してはいけない危険な疾患で,トレーニングの過程でも習得しにくい部分です。これはBayesの定理を使うとわかりますが,事前確率の低い疾患の事後確率を上げるには,尤度比が高い情報が必要で,その情報を得るには一般に高額で,場合によっては侵襲的な検査を施行しなければなりません。

 しかし,こういう外来診療はどこでもできるものではありませんし,効率的とは言えません。実は,有病率の低い疾患は除外するほうが楽なのです。感度の高い症状・所見がないということを積み重ねることによって除外していきます。大事なのはこの訓練です。疾患を除外する訓練がわれわれの外来診療のトレーニングの眼目です。

 稀な疾患が鑑別に上がった時に,研修医にカンファレンスで尋ねることは,それに合う症状,所見ではありません。合致するところはその病気の可能性を示唆するけれど,有病率が低いのでそれだけでは到底その病気であると言えないのです。事前確率の低い疾患を診断するためには,尤度比と値段の高い検査をオーダーしなければならないので,稀な疾患を鑑別に上げるたびに診療が膨らんでしまう。診療録の記載量はベテランほど短くなるという論文をどこかで読みましたが,外来診療も熟練者が行うほどコンパクトにまとまるものです。

 われわれのカンファレンスで研修医に尋ねることは,あげられた疾患に合わないところなのです。合わないところがいくつもあれば,その病気ではないわけで,有病率が低い場合には,除外したほうがはるかに簡単で確率的にも正しいわけです。そして,「合わないところ」も除外したい疾患に対しての感度が高ければ高いほどいいわけです。その疾患であればほぼ全員が持っているはずの症状が,検討している症例でみられなければその病気ではないことになるのです。それでは感度の高い症状というと何かというと,これは実は教科書にはあまり載っていない。ほとんどの教科書は,「こういう病気だと,こういう特徴がある」というclinical featureの記載が中心で,「この症状がなければこの病気じゃないよ」とは書いてない(笑)。しかし,問題点が明らかにされていない初診外来では,後者の考え方も大切なのです。

総合診療の「臨床」と「研究」

 最近,総合診療部門は国公私立大学に続々と開設され,追い風だといわれます。しかし,総合診療を展開していくには先導者が必要で,大学総合診療部がその立場にあると思いますが,核となるべき部署が組織内で四苦八苦しているという声も聞こえてきます。その原因を考えると,大学の総合診療部は,臓器専門領域に比べて研究面が弱く,臨床面でも採算性が低いということがあるのではないでしょうか。組織内での地位を確立しにくいのだと思います。

 研究にしても臨床にしても,総合診療の独自性が見えてこないというのが現状ではないかと思います。もちろん組織のニーズに応じた研究も大切ですが,総合診療ならではの研究も推進すべきだと思います。そういう意味で,総合診療学会が中心となって研究面での核作りに着手するのは正鵠を射た動きと言えるのではないでしょうか。

初診外来に総合診療の核を作りたい

 私どもの総合診療部も開設してまだ2年目ですので,現在は学内や地域での地位の確立に全精力を注いでいます。開設以来,病院や学部から絶大な支持を頂いているだけに,その期待に応えなければなりません。

 手ごたえは十分にありますが,舵取りを間違うと駄目になるという危機感も持っています。特に本年度から国立大学が独法化され,各部署があらゆる意味で戦力になることを期待されており,すぐに病院に貢献できる部門に成長する必要があります。しかし,やり手のない仕事を担うことでの貢献では,専門性を見失ってしまう危険があります。それぞれの施設でニーズが違いますから,全国レベルで1つの力として結集しにくい。ニーズに応じた多様性がわが国の総合診療の最大の特徴と言えなくはないのですが,「このままでよいのか」と問われれば「ハイ」と答える自信はありません。

 私自身は問題解決の場は入院よりは外来であろうと思いますし,特に初診外来を中心に核を作りたいと考えています。患者中心の医療は,医療人すべてが持つべき基本的な態度であって,その中で総合診療における技能は何かということを明らかにしないと,「よき臨床医をめざしましょう」とか,「患者中心の医療を率先して行いましょう」という音頭取りだけでは説得力はないのではないでしょうか。「総合診療に来ると,技能の部分がこれだけ習得できます」とうまくパッケージングしてアピールできればよいですね。

(談)