第2597号 2004年8月23日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


急速に進歩した脳神経外科手術の「秘伝書」

脳神経外科手術アトラス 上巻
山浦 晶 編

《書 評》吉峰俊樹(阪大教授・脳神経外科)

 山浦晶教授の編集による「脳神経外科手術アトラス」は単なる「手術アトラス」ではない。単なる「手術書」でもない。

 上巻には「脳神経外科麻酔」,「術中モニタリング」,「ポジショニング」,「脳神経外科手術基本手技」から個々の「脳腫瘍の手術」のほか「機能的外科」まで,すべての重要な知識,技術が記されている。20世紀に急速に進歩した脳神経外科手術の総まとめである。

大局をつかみながら学べる

 それぞれについては直ちに各論が述べられるのではなく,最初に全体の中での位置付けが明らかにされている。例えば,このような記述がある。

「硬膜下液貯留」
 小児の,主として乳幼児の硬膜下腔に慢性的に貯留する液は,成因や液の性状に関係なく硬膜下液貯留subdural fluid collectionと呼ばれるが,外科治療が必要なのは・・・

「脊椎・脊髄」
 故都留美都雄教授などごく少数の先駆者を除くと,わが国の脳神経外科医が脊椎・脊髄の疾患に興味をもち,積極的に手術を始めたのは1970年代の中頃で,・・・

 書物による独学であっても容易に大局をつかめるよう配慮されている。

 次にそれぞれの手技の「適応」が簡潔に述べられる。

「大脳鎌髄膜腫」適応
 片麻痺,てんかん発作などがあれば手術を行う。脳ドックなどで発見された症例,とくに高齢者では約1年経過観察してからでも遅くない。

 外科医を「大工」に例える向きがある。大工は工作の腕だけではつとまらない。よい大工は仕事のたびに住む人,使う人を考え,それぞれに合った最良の空間と物を作り上げるという。外科医も手術技量だけではつとまらない。病と人を知り尽くし,それぞれの患者ごとに最良の方策をとらねばならない。その第一歩が「適応」の判断である。

「手術の極意」がていねいに伝えられる

 個々の手術については,「術前検査」,「術前準備」,「麻酔と術中モニタリング」,「体位」,「手術法」,「術後管理」,関連した「微小外科解剖」がていねいに解説され,最後に手術のエッセンスが一言で「まとめ」られ,その全貌を把握することができる。

 さらに後輩に対する親身な助言が「すべきこと」,「してはならないこと」として随所に挿入されている。

「DOs & DONTs」 止血法および剥離法
 術野からの大出血では,綿片を出血源の方向に盲目的に挿入して圧迫止血を試みてはいけない。オーバーパッキングされた綿片はその後の手術操作を妨害するだけでなく・・・

「DOs & DONTs」 斜台・錐体部腫瘍
 腫瘍の剥離は一カ所にとどまらず,腫瘍周囲を万遍なく渦巻状に行う。したがって・・・

 簡潔,明解である。

 本書の圧巻は「アトラス」として揃えられた手術図である。検討に検討を重ねられた図面はいかなる術中写真よりも雄弁に手術を解説し,「手術の極意」を伝えてくれる。

 本書は山浦晶教授の指導者としての愛情と教育者としての創意に満ちている。編者の意をくみ取った執筆者,画家の先生方も見事である。手術にまつわる勘どころがあたかも口伝されるように伝受される。

 「脳神経外科手術アトラス」は山浦晶教授の「手術秘伝書」である。

A4・頁448 定価39,900円(税5%込)医学書院


これから細胞診を学びはじめる医療者にも推薦できる好著

Modern Cytopathology
Geisinger KR,Abati A,他 編

《書 評》小林忠男(恩賜財団済生会滋賀県病院・臨床検査部)

細胞診の現場で大活躍

 本書は米国Wake Forest大学Geisinger教授他4人の第一線の細胞病理学者によって書かれた細胞診の米国流実践書である。彼らのまえがきにもあるように,本書はcoffee tableにおく1冊ではなく,多忙な細胞診現場でしかもいつでも手の届くところで活躍させたい本である。これまでにも類似のpractical text bookは多く出版されているが,本書は「アトラス」と「きめ細かな情報」が非常によいバランスを構成しているのが特徴と言える。また,この種の本はそれらのどちらかに軸足を置いてテキストが書かれるのが普通であると思われるが,本書はその意味で実践に主眼がおかれているように思える。所々に調整役の努力の痕跡が覗える。

 さらに,豊富で良質なカラー写真およびreferenceの数も適切でup to dateな知見を得るのにとりあえず開きたい。本書は大きく6つの分野,すなわち,「Gynecologic cytology」,「Fluids」,「Neurology」,「Thorax」,「Abdomen」と「Superficial Body Sites」の節からなり,その婦人科細胞診の節では960頁におよぶ本書のうち180頁が割かれている。

細胞診の現場で大活躍

 chapterは29からなり,臓器別に見やすい配分になっている。特に腎臓の細胞診ではFNA(fine needle aspiration cytology)を中心に説明されている。日本の実情とは異なりFNAの普及ぶりをうかがわせ,われわれには興味深く映る。当然,最近の分子レベルでの知見についても多くの図や表を用いて解説がなされているのは嬉しい。また,NIH/NICで分子細胞病理に造詣の深いDr. Abatiがmolecular techniquesを紹介しているのも心強く感じる。

 各chapterでふんだんに使用されている表はBOXとTABLEの2種類のまとめ方が貫かれている。BOXはそれぞれの細胞診での所見や落とし穴の要点をまとめ,一方TABLEはもう少し詳細な科学的データに基づいた鑑別診断表,例えばlymphoma reference sheetなどが各所に囲み記事として取り入れられている。BOXで要約をインプットしTABLEでその根拠をわかり易く文献とともに,整理ができ理解の助けになるに違いない。

 本書は細胞診の現場で診断や判定に苦しんだ時などに,好適で手軽なアトラスである。さらに,現場で活躍の病理医,細胞診指導医や細胞検査士はもとより,これから細胞診の勉強をはじめようとする方々に自信を持ってお薦めしたい1冊である。

A4変・頁960 定価42,600円(税5%込)Churchill Livingstone


臨床研修必修化元年にまさに求められている内容の臨床入門書

一目でわかる患者診断学
History and Examination at a Glance
Jonathan Gleadle 著
奥田俊洋,深川雅史,伊西洋二 訳

《書 評》宮城征四郎(臨床研修病院群「群星沖縄」研修センター長)

現場の診察に重点をおいた教則本

 世界に名だたる医学出版社,Blackwell社が現在,20冊以上を発行している“At a Glance”シリーズの中の「History and Examination at a Glance」の訳本が刊行された。今年の臨床研修必修化元年にまさに求められている内容の臨床入門書であり,元来は英国の医学生たちが国家試験対策に必読する教科書である。

 日本では欧米と違って医学生時代にほとんどベッドサイドに密着した教育を身近に受ける機会に恵まれず,また,この著書に収められているような内容が医師国家試験問題の対象にはならない傾向にあり,医学生が読む機会はむしろあまりないものと思われる。その意味でこの本はわが国では逆に国家試験後の初期臨床研修医たちに必要とされる教則本と言うべきなのかもしれない。

 しかしながら,筆者はかねてより,臨床検査中心主義の日本の医学教育に対して批判的な姿勢を堅持しており,いずれ,自らの医師人生の中で本書のように臨床能力を培い,現場の診察に重点を置いた内容の医学生や若手医師向けの教則本を出版して世に問い,医学教育のあり方に一石を投じたいと念じてきた。残念ながら現段階ではその夢は自らの手では叶っていないが,Blackwell社からこのシリーズが次々と上梓されたことを知った時,やはり必要とされる内容の出版物は世界のどこかで必ず世に出るものだと,妙に感心したものである。そして,自分自身としても若い頃にこのような臨床読本に接する機会に恵まれていたなら,今日とはまったく異なった臨床一筋のよりよい医師人生が送れたのではないかと残念で仕方がない。

学生時代から内科診断学の教科書として早めに触れるべき

 奥田氏をはじめ3人の訳者はそれぞれ東大時代に黒川清教授の薫陶を受けた腎臓内科医であり,医学研究者であるとともにきわめて優れた臨床家たちでもある。この本は臨床に強い関心があり,かつ,相応の臨床能力がなければ到底完訳できない内容を持つものである。筆者はすでに過去にこのシリーズの中の幾つかを原著で通読したのだが,この訳本を一読してみると原著に極めて忠実であるばかりでなく,臨床家としての内容の濃い訳者独特の脚註があちらこちらにちりばめられており,読者にとって参考になること,実に多々である。単に初期研修医のみならず,願わくば医学生の時代から内科診断学の教科書として早めに触れておくべき内容の書であり,かつまた,研修医を指導する臨床家にとっても大いに参考になるglobal standardな臨床入門書である。

 本書が医学生,看護学生をはじめ臨床に携わる多くの人々に親しく読まれ,その内容が臨床現場に広く応用される時,日本の臨床医学のレベルは今とは違った形の大きな進歩を遂げるに違いない。

A4変・頁220 定価3,570円(税5%込)MEDSi


学生から専門医まで使える,実用性の高い教科書

標準感染症学 第2版
齋藤 厚,那須 勝,江崎孝行 編

《書 評》山口惠三(東邦大教授・微生物学)

地球環境や社会的背景の変化がもたらす感染症の世界への影響

 21世紀に入り,地球環境の変化はさらに加速されてきているように思える。経済先進諸国のみならず,中国,ASEANなどにおける近年の急速な国土開発や経済発展は,大気や海洋汚染を生み出し,地球温暖化の1つの大きな要因ともなっている。一方,世界人口の対数的増加傾向は依然としてとどまるところを知らず,必然的に弱小国においては貧困と飢饉の問題に直面し,衛生状態の悪化を招いている。また,交通網の充実や東西冷戦構造の崩壊は,世界のグローバル化を生み,モノやヒトの大規模な流通や交流が活発となっている。

 このような社会的背景の変化が感染症の世界にも大きな影響を与えつつある。SARS,AIDS,エボラ出血熱のように忽然として出現した新しいウイルス性感染症,忘れ去られた感染症の再燃,そして感染性蛋白“プリオン”による感染症-狂牛病(BSE;牛海綿状脳症)など,20世紀後半からみられるようになったいわゆる新興再興感染症の出現は,まさに社会的要因の投影であると言っても過言ではない。21世紀に入ると,これまで存在した薬剤耐性菌はさらに多剤高度耐性を獲得し,世界中に蔓延している。そして,これらの病原体に起因した院内感染症は抗菌薬療法に抵抗性を示し,臨床上大きな問題となり,抗菌薬の適正使用が叫ばれている。

 このような状況の中で,明治以来守られ続けてきたわが国の伝染病予防法ではついに対応できなくなり,新たな感染症予防法として100年ぶりに改定されたのは周知のことである。本書は,そのような時代の要望に応えるべく改訂出版された,時宜を得た感染症教科書として位置づけることができる。

新たなウイルス感染症も解説

 第I章では,感染症基礎知識として宿主の感染防御機構,診断法,治療法に関する最新の知識が網羅されており,第II章では個々の感染症について,第III章では臓器別に感染症を分類し,それぞれの分野における第一線の感染症専門医,研究者によってわかりやすく記述されている。

 さらに,今回の改訂では本邦ではいまだ報告されていないウエストナイル熱,ニパウイルス熱,リッサウイルス熱などの新たなウイルス感染症なども取り上げられ,ていねいな解説が加えられている。

 また誌面も2色刷りで見やすく,さらに読者の知識の整理のため,テスト形式のコラムShort Notesが随所に掲載されている。巻末には付表として感染症法に基づく分類表と,疾患別にみたわが国における最近の報告症例一覧や,235種類におよぶ病原微生物の種類とそれらの特徴をまとめた概説表,微生物危険度分類,ワクチン一覧表も掲載されている。

 本書は,医学生,研修医,そして感染症専門医も含め,多くの医療関係者にとって実用性の高い価値ある教科書といえるだろう。

B5・頁400 定価5,775円(税5%込)医学書院


がん診療に携わるすべての医療者に必要なキーワード

《総合診療ブックス》
ギア・チェンジ
緩和医療を学ぶ二十一会

池永昌之,木澤義之 編

《書 評》平方 眞(諏訪中央病院内科)

ギア・チェンジをせずに命が終わるのは不幸なこと

 現状では,医療の世界で「ギア・チェンジ」という言葉を聞いたことのある人は多くないと思う。しかしこの概念は,すべての医療者が常識として知っておくべきである。本書の副題は「緩和医療を学ぶ二十一会(え)」となっているが,がん診療に携わるすべての医療者に一度は読んでほしい内容となっている。

 ギア・チェンジとは,病状が変化してそれまでの治療方針のままで進むことが適切でない時や,認識のずれが問題になった時に,車のギア・チェンジをするように,適切なギアに切り替えていくためのコミュニケーションである。

 本書は厳選された執筆者と症例によって,ギア・チェンジの必要性とそのポイントがはっきりと認識でき,身に付く構成となっている。日常よく直面する問題が網羅されていると同時に,ギア・チェンジの難しい症例も複数含まれており,日々の診療にすぐに役立つ記述が目立つ。

 車はオートマ車ばかりになったが,がんで治ることが望めなくなった場合は,オートマで走り続けてはいけない。医療者が中心になって,適切なギア・チェンジをお膳立てしていく必要がある。適切なギア・チェンジは医療に対する信頼を,大きく高めてくれる。

ギア・チェンジをせずに命が終わるのは不幸なこと

 ギア・チェンジは,その必要があればいつでも行われるべきであり,日本の現状から考えると緩和医療を受けはじめてからギア・チェンジをしたのでは遅すぎる場合が多い。その意味からも,がん診療に携わるすべての医療者に必要なキーワードとして認識されるべきであろう。

 ギア・チェンジには治らない見込みを告げるなど,重大な事項が含まれることが多いが,現状ではその認識は不十分である。逃げてしまって問題意識すら感じていないがん治療医は少なくないと思われる。しかし,ギア・チェンジをまったくしないで命が終わってしまうことは不幸なことであると,本書を読めば実感していただけるものと思う。

 命に直面する問題を抱えたことで必要になるコミュニケーションのポイントと手法を学ぶには絶好の書である。

A5・頁232 定価3,885円(税5%込)医学書院