医学界新聞

 

投稿

英国の家庭医制度
――プリングル先生を訪ねて

山城清二(富山医科薬科大学教授・総合診療部)


はじめに

 さる3月,赴任したばかりの富山医科薬科大学の先生方にお誘いいただき,訪英する機会を得た。その目的は他にもあったが,私はこの機会に,英国のGP(General Practitioner)についてノッティンガム大学のマイク・プリングル(Mike Pringle)教授とロンドン大学のアーヴィン・ナザレッシュ(Irwin Nazareth)教授にお会いし,それぞれのメディカルセンターを見学,GPについて話を聞くチャンスに恵まれた。今回,そのGP制度の一端を報告したい。

英国のGP制度

 英国のプライマリ・ケアはGP制度に支えられており,スペシャリストとジェネラリストの役割が明確に分かれている。今年2月に開催された日本総合診療医学会に招待されたプリングル教授に訪問の許可を得て,メディカルセンター見学が実現した。

 ロンドンのキングクロス駅から特急電車で北上すること約1時間半,ニューアーク・ノースゲート駅でプリングル教授が出迎えてくれた。彼はノッティンガム大学のプライマリ・ケア部門の教授であり,コミュニティ・ヘルス・サイエンス学部の学部長でもある。2年前までは王立GP協議会の議長を務めた方ではあるが,気さくな人柄のお陰であまり緊張することもなく,楽しい2日間を過ごすことができた。

 初日にはまず,自らGPとして運営しているコリンガム・メディカル・センターを案内してもらった。土曜日の昼前であったので,その日の診療はすでに終了していたが,施設内をすべて見せてもらった。5人の医師と4人の看護師を中心に,マネージャー,受付,秘書,理学療法士,カイロポジストなどでチーム医療を行い,5人の医師で約6100人の住民を担当している。しかし5人全員が常勤のGPというわけではなく,プリングル教授のように週2日が診療で,あとは研究など他の仕事をしている場合もある。したがって,計算上は平均3.25人のGPが1人あたり約1500-2000人の住民を担当していることになるという。

 以下,印象に残ったことをあげてみる。

1)チーム医療であること。医師はペアを組み,お互いの患者のカバーをしている。また,時間外救急ではSWELDOCという24時間体制の電話対応もしている(住民は救急以外では直接病院に受診できないため,ちょっとした急病や専門医への紹介には必ずGPの受診が必要である)。

 その他,理学療法,カイロプラクティス,運動療法,患者教育などではさまざまな職種の人が非常勤で働いている。また,センターの運営管理として看護師やデータ管理者の存在がある。

2)検査は血液,尿,心電図のみだが,そのぶん病歴と身体診察をていねいに行っている。胸部X線や超音波検査は近くの病院に依頼する。

3)診療はプロトコールに沿っている。ありふれた疾患や症状については独自の診療プロトコールを作り,診療の統一化とデータ化をしている。約50の診療プロトコールがあり,いわゆる診療ガイドラインよりも,かなり簡素化されていた。

4)きちんとデータを取っていること。これはNHS(NationalHealth Service)へ報告する義務もあるので,数年前からは電子カルテを使用している。プリングル教授の地域のデータを見せてもらったが,単なる統計ではなく,診療内容や診療方針が明確に記載されていて,NHSへの報告だけでなく予算面での請求などに十分説得力を持つ内容をめざしてまとめているという。

5)患者サービスに努めている。できる限り予約時間に診療できる体制をとっている。待ち時間の統計では,時間通りが38%,20分以内50%,20分以上12%となっていて,努めて20分以内に診療できるようにしている。また,電話の呼び鈴の回数が平均4.7回,2回以内の応答が48%,10以上6.5%となっており,その面にも気を配っている。さらに,患者からの苦情や提案などにもレポートという形でていねいに応えている。

救急患者は近くの病院へ紹介

 救急患者や入院が必要な場合は,近くのリンカーン州立病院に紹介している。救急も3つに分かれていて,A&E(Accident & Emergency)といういわゆる救急と,骨折などの整形患者を扱う骨折クリニック,その他の急病を扱う外来クリニックがある。ここでは交代でGPが働いているとのことだった。

 一時期,医学生の間でGPの人気が落ちたが,プリングル教授を中心にした政治的な働きかけで診療報酬などの改定が行われ,GPも専門医と同程度の年収が得られるようになってからは人気が回復したという。どの世界も経済的なインセンティブは無視できないようだ。

 コリンガム・メディカル・センターとリンカーン州立病院の見学後は,隣町の市内観光をして,その日はプリングル教授の自宅へ泊めてもらった。その自宅は緑に囲まれた小さな集落の中にあり,レンガ作りの家と広々とした芝生の庭,そして桜の木があった。裏手には広い牧場と池。

 翌朝,周辺の田舎道,そして近くの大きな池の周りを2人で2時間ほど散歩した。歩きながら,日本のプライマリ・ケアの現状や卒後臨床研修について話をした。GP教育では,今後も連絡を取り合って指導していただくことをお願いしたところ,快く承諾してくださった。

ロンドンのGP診療所

 ロンドン滞在最後の日には,ロンドン大学の医学部の1つであるRoyal Free and University College Medical Schoolを訪ねた。ここでロンドン大学の公衆衛生学のマーモット教授に,GPであるナザレッシュ教授を紹介してもらった。彼は診療以外に医学部でメンタルヘルスの研究をしているという。近くにあるGP診療所「キーツ・グループ・プラクティス」に案内してもらった。古い小さな建物を改装した診療所で,約8000人の地域を,フルタイムとパートタイム合わせて9人のGPが診療している。都会にあるので狭い地域の診療範囲ではあるがGP1人あたりの対象住民数は他のGP診療グループと同じ程度であるという。診療システムはやはりチーム医療で,スタッフの構成や診療内容もプリングル教授のところとよく似ていた。

GPとしての自信とプライド

 お2人のGPに診療所を案内してもらったが,最も印象に残ったことは,道すがら住民から気軽に声をかけられ,また自ら声をかける姿であった。特にプリングル教授は駅でも診療所まわりでもあちこちで声をかけられていた。自分はここの有名人だと言っておられた姿が,GPとしての自信とプライドを感じさせた。

 以上,英国のGPの仕組みについて述べたが,今後の日本の総合診療やプライマリ・ケアの方向性を考えるにあたり大変貴重な訪英であった。住民や患者さんに近いこと,そしてその関係を大切にし,プライマリ・ケア医療を楽しむことが大事だと実感できた。そして,チーム医療で他の医療者と連携し,住民へ幅広いサービスが提供できることが医療の楽しさを高めている。

 特に医師同士がペアを組んでチーム医療を行っていることは,診療,あるいはGP自身の私生活の面において,GP制度の成功の秘訣の1つではないかと思う。また,プリングル教授のようにGPとして地域の現場で働きながら,大学や学会での公的な仕事を精力的にこなし,かつ住民の立場から医療界へ発言できる人物がいることが英国のGP制度の発展に大きく寄与していると実感した。