第2590号 2004年6月28日


〔連載〕
かれらを
痴呆
呼ぶ前に
「ボディフィールだー」出口泰靖のフィールドノート
    その12(最終回)
「自己開示」と「自己呈示」(3)の巻
出口泰靖(ホームヘルパー2級/山梨県立女子短期大学助教授)


2586号よりつづく

「ときひらくケア」と「つつみこむケア」

 前々回から自己開示と自己呈示についてお話ししてきました。

 もの忘れが生じる不安や苦悩,「痴呆」とされることに対する羞恥や恐れをおおらかに語り合ってもらうことによって,カタルシスをもたらす。こうした自己開示をうながすケアは,いわば「ときひらくケア」といってよいでしょう。

 一方で,自己開示はいつでも,どんなところでも行えるものではありません。周囲の人たちが自分のことを「呆けた」と見なさないように,取り繕う「自己呈示」は,僕らが日常的に行っているそれと,そう変わりはないというお話もしました。そして,そうした「自己呈示」を尊重し,周囲の人たちが「痴呆」とされる人の面子を守るべく配慮して行ういわゆる「パッシング・ケア」は,かかわり手が相手をくるみ,「つつみこむケア」ということができるかもしれません。

“ずらす”ことと“すごす”こと

 不安や焦燥や困惑から生じる生き難さを持つ「痴呆」とされる人に対し,ある時には「ときひらき」,またある時には「つつみこむ」ことでケアを行う。こうして見ると,これらはいずれも,痴呆が問題となる場をパッシングする,すり抜ける方法であることがわかります。言い方を変えれば,「痴呆が問題となる文脈から“ずらす”」ことだと言ってもよいでしょう。

 では,“ずらす”ための特定のケア技法なりがあって,それを“めざす”ことが必要なのか,というと,僕は少し違う気がしています。“ずらす”ためにはまず,“すごす”場や関係性が必要なような気がするのです。

 “すごす”場や関係性というのは,「痴呆」とされる人たちの不安や困惑がやわらいでいくような,安心でき楽しめる時間をすごせる場を意味します。痴呆を恐怖していようがいまいが,「呆け」を受け容れていようがいまいが,本人や周囲が「呆け」を「気にしないで“すごす”ことができる場」を生成することが,痴呆ケアでは大切なのではないか,と思うのです。

 この“すごす”という概念について,肥後1)は,「できる-できない」を支点とした“めざす”かかわり,あるいは“めざす”生活態度の軸に対し,本来そうした生活態度が活かされるためには,“すごす”かかわり,あるいは“すごす”生活態度の軸が形成される必要があると主張しています。

 この「すごす」というかかわりが子どもに伝える中心的なメッセージは「変わらなくてよい」「このままでよい」ということである。「めあて」をもたずにそのとき,その場を人といっしょにすごしたり自分ひとりの世界に浸ってすごしたりすることが満たされた気持ちにつながる。1)

 肥後はコミュニケーション障害を持つ子どもの臨床についての考察でこう述べているのですが,これはこのまま痴呆ケアに当てはめることができそうです。

僕の“すごす”体験から

 少し長くなりますが,以下はあるデイケアを利用されているマサさん(仮名)という方と僕の“すごす”体験をつづったフィールドノートからの抜粋です。

 マサさんが,ゆっくりした足どりで,畳座敷のほうへ歩いておられる。おはようございますと声をかけると,私をまっすぐ見てうなずかれ,何か言葉をかけられたが,うまく聞き取れなかった。マサさんは,言語を発する機能に障害をもっておられ,言葉を発する意志は伝わるのだが,僕にはその意味するところがつかみとれない。

 マサさんが長ソファに腰掛けられた。マサさんの手を取っていた私も,横に腰掛ける。広間には,テーブルで仕事をしているスタッフ以外,誰もいない。しばらくの間,のんびりした気分で黙ってマサさんと並んで座っていた。

 いつもなら,何か(彼女から)引き出してやれとばかりに,あれこれと話しかけたり声をかけたりするのだが,じっと黙って,誰もいない広間をぼーっと見続けていた。別にダンマリを決め込んだ訳でも,マサさんの言葉が聞き取りにくいから黙っていた訳でもない。なぜか不思議なことに,この時は何もしなくても「間」がもっていた。「間」がもたない時によく感じる居心地の悪さはなかった。

 そのうち,マサさんは休憩用のベッドのほうへと歩まれた。なるほど,そっちのほうが日が照っていてあったかそうだ。またしても,2人で腰掛ける。「ここだと,日が背中にあたってあったかいですね」と言うと,マサさん後ろを振り向いて障子の桟に手を伸ばされる。もっと日の光を入れようということだろう。「ああ,私やりますよ」とサッと障子をあける。ベッドに腰掛けているところに丁度日差しが差し込む具合となった。

 そうだ,今見ていたファイル(デイケアでつけている記録)には,マサさんの記録もあったはずだと思って,ちゃぶ台の上からマサさんの記録を見つけ,広げてみる。最初に,マサさんの生活史がかかれてあった。声に出して読んでみる。

 「生活史 私は明治生れ,91才になりました。私の青春時代は,いわゆる日本の良き時代だったと云えましょう。でも不景気,米騒動,戦争と世の中は転々と変化のはげしさはありました。私は,いわゆる何不自由なく自分の思うがままの青春を送って来たようです。東京の女学校へ行き美術学校へ行き,21才で結婚し,22才で娘を生みました。田舎でのんびりした生活を送って来た私は,大阪の商人の処へお嫁に来ました。まったく生活も価値観も違う世界に入って私は相当狼狽し…(後略)」

 僕が読んでいる間,マサさんはそれを聞いているようでもあり,聞き流しているようでもあった。おそらく耳には入っているであろうから,今の穏やかなお顔を見る限り,それほど嫌がってはいないのかな,と思う。

 「女学校を出て美術学校も出ておられるんですね。お嬢様だったんですね」と感心したり,「それが,大阪の商人のとこにお嫁に行かれたんですか。ずいぶんと戸惑われたんじゃないですか」と尋ねたりしていると,マサさんがしきりに何度も話しかけてくる。一生懸命マサさんの口に耳を近づけるが,うまく聞き取れない。言葉の語尾をなんとか聞き取って,それを繰り返すぐらいしかできない。「ごめんなさいね。僕の耳が悪いばっかりに,マサさんが言っていることがわからなくて聞き取れないんですよ」。正直に謝る。

 考えてみると「聞き取れない」「わからない」ということを相手に伝えることは,これまでの僕にとって非常に勇気のいることだった。僕はこういう状況ではたいてい,聞こえているふりをしていた。そうしないと,相手が「自分の発したことが伝わってないのか」とショックを感じ,傷ついてしまうのではないかと恐ろしかったからだ。

 また,逆に聞こえている様子をみせようと一生懸命になることで,そのことばかりに気をとられて,通常でも聞き取れ,理解できることまで聞き逃してしまうこともあった。相手に暖かく接しようと思うことが,いつの間にか相手を軽んじてしまうのは嫌だった。

 しばらくすると,また何か話しかけられた。すばやく耳をマサさんの口元に近づける。すると,今でも不思議に思うのだが,「あなた,そこでお勉強なさい。私はソファで休んでるから」ということが「了解」できた。はっきりと聞こえたわけではないので,「そうおっしゃったんですか?」ともう1回確認をとってみたところ,うなずかれた。

 「それじゃあ,スイマセンが,勉強させてもらいます」。僕がソファを立つと,マサさんはお1人で,向かいのソファへ移動し,座られた。ともかく,今はお1人で邪魔されずに座っていたいという意図が飲み込めた(と僕は感じた)。

 相手の「意図」が飲み込めるとは,こういうことを言うのであろうか。この時,この場で起きたことを,理屈では言いにくい。マサさんが発した言葉の意味を直接理解できたとは思えないが,少なくとも今まで感じていた,一方的な解釈を強行することで感じた僕の身心のこわばりはなかった。

 日だまりのベッドに腰掛けて,ノンビリと2人で座っていたのがよかったのだろうか。「聞き出してやろう」という妙な野心がなかったからよかったのだろうか。この時の出来事は,夢見心地の中でのことなので,ただ単なる僕のひとりよがりだったのかもしれない。

“すごす”ことでかかわり手が変わる

 「呆けを気にせず“すごす”こと」は,何よりも,「痴呆」とされる人とかかわる,かかわり側のあり方を変えていくような気がします。アルツハイマー病当事者のサポートグループを担当した家族療法家のキャロンは,老人ホームで看護助手をしていた十代の頃,“めざす”かかわりから,呆けを気にせず“すごす”かかわりへと,自分の姿勢や構えが変化していったことについて次のように述べています。

 はじめの2-3か月で,僕の考えは大きく変わった。劇的なことが何か起きたわけではない。僕がグループメンバーに慣れるにしたがって,彼らの病状による機能障害が気にならなくなってきたのである。僕は,ちょっとした記憶の誤りや言葉を見つけようとする問題,それに同じことを何度も繰り返すことに気を取られなくなっていった。参加者の個性が見えはじめたのである。彼らはもはや,僕のガイドなしではやっていけない,弱々しく,人に依存しないと生きていけない人間ではなかった。むしろ気がついてみると,僕は普通の高齢者として彼らに反応していた。彼らには,僕よりも豊かな人生経験と成熟があった。たとえ彼らが痴呆と共に生きているとしても。僕は,自分自身が彼らから何を学べるかということに興味を持ちはじめた。彼らがもっと興味をもって話せる内容が何かということや彼らから学ぶことに時間を費やしはじめたのである。2)

 このように,呆けを気にせず“すごす”かかわりは,かかわる側も呆けを気にせず“すごす”ことができることを意味しています。

 痴呆の本人告知が進んだり,痴呆に関する情報がどんどん発信されていく中,これからは本人がもの忘れの深さに気づいたり,自ら痴呆の診断をあおごうとするようなことも増えていくかもしれません。パッシング・ケアによって「呆けゆく事態」をつつみ隠せるような状況ではなくなるのだとすれば,呆けを気にせず“すごす”かかわりや生き方は,今後ますます重要となってくるでしょう。

 ここで問題となるのは,「ときひらくケア」によって「呆け」を受け容れ,向き合ってもらうのか,それとも「つつみこむケア」によっておおい隠し,触れずにいるのかといった二者択一や是非論ではありません。

 「呆けゆく」とされる人たちの(僕らからみると)不可解な言動そのものに目を奪われてきたことによって,僕たちは「痴呆」という現象それ自体から目をそらしつづけてきたのではないか。だとすれば,彼らを「痴呆」と呼ぶ前に,不安や困惑,苦悩にさいなまれて切迫感,悲愴感に襲われている彼らの基底的な感情にどれだけ向き合ってきたかということを,あらためて見直す必要があるような気がするのです。

 もちろん,そうした本人の基底的な感情には,周囲は踏み込みにくかったり,どうにもならないわからなさが残りがちです。

 しかし,そうした踏み込めなさ,ままならなさ,わからなさを感じつつも,不安や困惑,苦悩をも気にせず“すごす”ことのできるかかわりとはどういうものなのか,じっくり取り組んでいく必要があると思うのです。

 僕の連載は,今回で終わりです。読者の方からメールなどであたたかい感想をいただきました。この場を借りて御礼を申し上げます。ありがとうございました。


【文献】
1)肥後功一:通じ合うことの心理臨床,同成社,2003.
2)ウェイン・キャロン:痴呆によって隠された人間性を求めて-アルツハイマー病と共に生きる人々のサポートグループでの経験より(『治療に生きる病いの経験』創元社,238-263),2003.

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【著者紹介】
 ホームヘルパー2級の資格を駆使して,痴呆ケアの現場にかかわりながらフィールドワークを行う若手社会学者。自称「ボディフィールだー」として,ケア現場で感じた感覚(ボディフィール)を丹念に言葉にしながら,痴呆ケアの実像を探る。