第2589号 2004年6月21日


座談会

厚労省医系技官ってなんだろう?
――行政の場で活躍する医師たち

堀 裕行氏厚労省保険局医療課主査
難波江功二氏厚労省健康局生活衛生課課長補佐
眞鍋 馨氏厚労省大臣官房厚生科学課課長補佐
中谷祐貴子氏厚労省大臣官房統計情報部社会統計課
社会医療統計第二係長
江副 聡氏厚労省保険局医療課主査


 医師としての仕事には,臨床や基礎研究の場で活躍することの他に,医学の知識を生かして行政にかかわっていく道もある。医師として行政にかかわる仕事とは,どのようなものなのだろうか? 今回は,厚生労働省(以下厚労省)で働く5名の若手医系技官の皆さんに,入省したきっかけや,その仕事内容についてお話しいただいた。

■なぜ医系技官の道を選んだ?

志した時期はそれぞれ

眞鍋<司会> 今日は,厚労省の医系技官を紹介する意味で,ざっくばらんに皆さんのことを語っていただきたいと思います。まずは,なぜ厚労省の医系技官になりたいと思ったのか,どのようにしてこの仕事を知ったのかということをお話しいただきたいと思います。

中谷 私が初めて厚労省の医系技官という職業を知ったのは,多分ここにいる皆さんの中でいちばん遅いのではないかと思うのですが,研修医2年目の夏でした。

 たまたま同じ研修病院の先輩に医系技官の方がいらっしゃったので,その方から教えていただきました。もともと「いろんな経験をしたい」という思いが私の中では強かったので,そんな私にとってはぴったりの職業じゃないかと思って選びました。

難波江 私は学生時代に国際保健,途上国の健康問題に関する活動をしていて,これをライフワークにしようと思っていました。基礎の研究者としてアプローチするか,臨床医としてアプローチするか,公衆衛生というフィールドからアプローチするかなどいろいろ考えた結果,やはり国の形を創っていくことにかかわるのが自分には一番向いているだろうと思ったわけです。

 国の形を創る仕事にかかわるにはどういうプロセスを踏めばいいのか,いろいろ考えていたところ,厚労省の医系技官という仕事に出会いました。厚労省では,日本の公衆衛生行政が学べるし,留学させてもらったり,国際機関に行かせてもらったりするチャンスがある。また,一生のうちで少しでも行政に携わることは人生の財産になる,ということも聞きまして,こちらの門を叩くことにしたんです。

眞鍋 医系技官の仕事は何で知りましたか?

難波江 学生時代にWPRO(WHO西太平洋地域事務局)に行く機会があり,その際その存在を知りました。また,ロンドンで臨床実習をした時に,たまたま医系技官の先輩がそこへ留学されていて,そこでもいろいろとお話を伺いました。

医療制度全体を変えていく

江副 私は医系技官という仕事があること自体は,わりと早い段階に知りました。学生課に置いてあったパンフレットを2年生ぐらいの時に,たまたま目にしたんです。

 その時は,ぱらぱらめくる程度で,そんなに深くは考えていませんでした。臨床以外の道もあるんだなと知って,それが頭の片隅にあったくらいです。5年生になって病院での実習がはじまり,臨床医学がわかってくると,病気を抱えた個人に全力で向き合う仕事には非常にやりがいがあると感じました。

 一方で,個人を通してではなく,医療制度全体を変えていく「病気にならないためのアプローチ」という道があるとも思ったんです。それで,頭の片隅にあった医系技官という存在が気になりだしました。そんな時,たまたま医系技官の方と知り合う機会がありまして,厚労省の見学をしたり,お話をうかがったりしました。

 また,6年生の夏に海外で研修する機会があったんですが,WPRO(WHO西太平洋地域事務局)で研修をした際に,そこにいらっしゃっていた医系技官の方とお話をする機会がありまして,病院の中からではなく,政策面から保健医療をよりよくする仕事があるということがより具体的にわかったので,その道に飛び込んでみたというわけです。

 私は,内科の医師になりたいと思って医学部に入ったんです。ただ,病院の実習が5年生ぐらいではじまって,病院で実習していると,患者さんの多くは慢性疾患を抱えていてあまり治らないわけです。それはだいたいどの科でも共通しているので,漠然とした不安がありました。

 6年生になって,海外の病院で数か月実習をさせてくれる制度があったので,カナダの病院で研修をさせてもらったんですが,日本にいて当然だと思っていた医療制度・システムが,提供のされ方が違うとまったく変わるということがわかってすごく新鮮でした。これが非常におもしろくて,そういう仕事に携わってみたいと思ったことがきっかけです。

 医系技官という職業があるということを知ったのは,医系技官のOBで,社会医学の教授として来られた先生から先輩を紹介していただいて,実際にこういう仕事があることを知りました。

眞鍋 私が医系技官のことを知ったのは5年生の時でした。公衆衛生の授業で,当時の教授が,「皆さんの活躍する場というのは,もちろん病院などの医療現場がありますが,実はシステムを作る仕事もあるのだ」というようなお話をしてくれたんですね。

 それでずっと興味を持っていて,先輩に話を聞いたりもしていたんですが,根本の動機は,やっぱり制度を整えたらもっと効率よくいくんじゃないかという思いでした。実家が病院なのですが,制度の矛盾というのが普段の両親の会話に出てくるわけです。そういうことを聞きながら育ったことも,実は深いところで刷り込みがされていたのかもしれないですね。

■医系技官の仕事

医学知識を生かして

眞鍋 次に,厚労省の医系技官とはどういう仕事なのかということを,わかりやすく説明してもらいたいと思います。

難波江 いわゆる役人ですが,役人の中でも医学の知識を持ち,医療の現場を知っているということで,医学界や医療現場といったところと制度とのインターフェイスとしての役割が求められる仕事ですね。

眞鍋 医学の知識を持った行政官であるということですよね。だから,医学知識が必要とされるような部署で働いていますよね。例えば江副さんは,具体的にはどのような仕事をされてきましたか?

江副 私は,最初に入ったところが医療安全を扱うところでした。たとえば院内感染対策は,自分が臨床研修をやった時に経験したこととすごくかかわりが深かったですね。国としての総合的な院内感染対策をつくる有識者会議が運営されている頃で,さまざまな感染症について第一線の専門の臨床家など,関係者の先生方と議論しながら,日本における総合的な院内感染対策の策定にかかわることができて,まさに,自分のやってきたことと関係のあることができました。また,この対策は実際に医療法という法令の中で位置づけられました。制度づくりの醍醐味のようなものを身近に感じることができたなと思っています。

 私は,臨床研修を終えて初めて働いた場所が環境省でした。採用は厚労省でされるのですが,実際に働く場所は厚労省に限られているわけではなくて,中央省庁では環境省,文部科学省など,さまざまな省庁がありますし,地方自治体,ナショナルセンターを含めて,たくさんの医系技官が働いています。

 必ずしも医療と直接関係しない職場で働くことも多いですが,一貫していることは,「人の健康を守る」ということで,この点がいつもブレないことが非常に大切なポイントで,いいシステムだなと個人的には思っています。

医療現場と政策との橋渡し

中谷 私は臨床しかやってきませんでしたので,「いきなりデスクワークなんかできるの?」と不安でしたが,入ってみると,法律のことなどは,周りの方がよく教えてくださるので,なんとかやっていくことができました。

 最初の配属は医政局医事課というところで,臨床研修の必修化を担当しました。入ってまず最初にやった仕事は,医事課の法律職の方々に,「研修医とはこんな生態をしている」といって自分の研修生活の話をすることでした(笑)。その時,医療現場と国の政策を作っているところとの橋渡しが,医系技官の仕事のひとつなのかなあと感じました。

眞鍋 そうですね。厚労省ではいろんな職種が働いていますよね。医師もいれば,もちろん法律を学んだ方もいるし,薬剤師の方もいるし,看護師の方もいて,それぞれの知識が求められているところで協力して働いていますね。おもしろいシステムだと思います。

 皆さんそれぞれにご経験を積んでこられていると思いますが,厚労省の仕事のやりがいみたいなものはどうでしょう。やりがいとうらはらで大変なこともあると思いますが,どんな経験をされて,どういうところが職場の魅力なのかということをお話しいただければと思います。

やりがいと忙しさは表裏一体

中谷 臨床研修必修化の仕事を担当した時は,昨日まで研修医だった自分が,突然,研修制度を作る側になったので,研修医の思いがわかるだけに大きな責任を感じるとともに,自分の研修経験を活かして仕事をすることができ,とてもやりがいがありました。大変なこともたくさんありましたが,臨床研修が真に医師の質の向上につながるような新しい研修制度を作るという大変重要な仕事に,まさに昨日まで研修医だった自分が参加できたということはとても貴重な経験であったと思います。

眞鍋 忙しさはどうでしたか?

中谷 忙しかったですね。研修医の時も職場に泊まることが何回もありましたが,同じぐらい忙しかったです。私の主人は臨床医なのですが,私が厚労省に入った時,深夜にならないと帰ってこない日が続いたので,「なんで厚労省の公務員なのにそんなに夜遅いの?」と文句を言われたことがありましたよ(笑)。

眞鍋 公務員にはいわゆる「9時-5時」というイメージがありますよね。冗談で,9時5時の5時は,朝の5時だなんて言われますけどね(笑)。

中谷 でも,やりがいを感じて,それを一生懸命になってやりとげようとする時には,やはりそれだけ時間もかかってしまうのだと思います。

大きな仕事にかかわる充実感

江副 現在私がいる部署は,保険局医療課というところで,診療報酬を担当しています。2年に一度,日本の医療の価格が改定されるのですが,この改定が日本の医療をお金の面で規定しているといわれています。実際には協議会の場で改定に関する審議が行われるのですが,私はその事務局の一員という立場でした。何十回にもわたる審議が最終的には診療報酬という形になるわけで,この4月から,新しい診療報酬で実際の医療が行われています。そういうダイナミックな制度づくりにかかわるという意味では,非常に大きなやりがいを感じました。

 一方,苦労という意味では,診療報酬改定の作業をしている間は,家にもあまり帰れないというような状況で,ひたすら仕事,という状態が約半年続きました。元旦だけが休みで,あとは土日も基本的にはずっと仕事をしていました。肉体的,精神的なきつさはありましたが,全体としてとても充実していました。

 私は,環境省で働いていた時には,環境ホルモンについての仕事を担当しました。ヒトの健康影響も大きな柱ではあるのですが,生態影響といって,野生生物に影響が出ているんじゃないかということが非常に懸念されていて,魚の試験法,カエルを使った試験法,鳥を使った試験法,無脊椎動物を使った試験法などを開発するような仕事に携わっていました。国際協調が非常に大切な分野ですので,国際案件が多くて,そこに環境省なり,日本の代表という立場で参加していって議論するというのは,やりがいのある仕事でした。やはりやりがいと仕事量とは表裏一体で,おもしろい時にはそれなりに仕事量も増えますが,それは仕方のないことだと思っています。

眞鍋 私は技官になって3年目,4年目の頃,臓器移植法の施行という仕事をやりました。たとえば脳死判定基準というのがありますよね。これをどうやって法体系に書き込むかということも扱っていました。

 法律の専門家にもその担当の方がいて,私は,医学的にそれを見る担当で,お互いに「こう書いたらどうか」と書き合わせるんですよね。「こう書いたらこう読める」というような議論をしていってできたものが,「臓器の移植に関する法律」に定める「脳死判定基準」になりました。それに基づいて脳死判定された人から臓器移植がなされるという,すごく大事な基準です。

 驚いたのは,この問題に携わったスタッフのうち,医師は課長補佐と私の2人だけだったことです。他のスタッフを合わせると総勢十数人ですが,少ない人数でやっているなあという印象でした。ただ,物事を創る時には意志決定のラインというものがあって,だいたい担当者から幹部までの数人で物事が決まっていく。そういうところに参加できるというのは貴重な体験ですよね。

難波江 平均して2年に1回くらいで異動になるので,1つの分野を深く掘り下げるというよりは,幅広くいろいろな分野を勉強しながら仕事に携わっていくキャリアになりますね。

 やりがいについては,アウトカムとしては日本という一国の制度を変えることを通じて,1人ひとりの患者を日々診るのと同等,もしくはそれ以上のインパクトを国民に与えることができる。またプロセスとしては,自分が「これは問題だ」と思ったものについて調べ,いろいろな人の話を聞き,たたき台を作って,周りを説得していくという手順を踏むのですが,霞ヶ関には打てば響くような人が集まっているので,その議論のプロセス自体が非常におもしろい。

 経済的には臨床よりは恵まれていないでしょう。だけど,その過程のおもしろさといいますか,日々,知的刺激を受けながら仕事をすることができる充実感,そして土日は休みが取れる,といったところがメリットでしょうか。

常に知的刺激を受けられる環境

眞鍋 国会時期とか,法律をやっている時以外の土日は休めますから,そこが確かに臨床医とは違うかもしれません。でも,正直なところ,大学の同期の方と比べてお給料はいかがですか。

中谷 公立病院の同世代の勤務医に比べると,額面は少し低いかもしれませんが,先ほど言われたように有給休暇や土日があるので,拘束されている時間の長さを考えると,結局同じぐらいではないかなと思います。

 臨床医と比べれば,確かに見劣りしますけど,民間の常識的な意味では普通に生活できます。

眞鍋 恵まれている部分もありますよね。例えば勉強のための本などは,役所では揃えてもらうこともできますよね。臨床医だったら,自分で学会費を払って学会に参加して,自費で本を買うということがあるので,その点では恵まれていますね。

難波江 勉強と言えば留学の機会を与えてくれますよね。臨床医が研究で留学する場合は,たいてい日本の大学院に入って,その間にバイトでお金を貯めて,ポスドクで留学するという形が一般的ですが,ここにいると学費を出してもらって学位を取れる形で大学院へ留学する機会が与えられる。実際の給料自体は高くないけれども,こうした自己研鑽を支援する部分については手厚いものがありますね。

眞鍋 難波江さんは,確かハーバード大学に留学していて,その後半はWHOで研修されたんですよね?

難波江 はい。2003年の夏に,WPROで3か月間インターンをしていました。マニラを拠点にフィリピン国内を回ったり,ラオスへ行ったりして情報収集し,状況分析して,報告書を書き,相手国政府にサジェスチョンしたり,お金を取るためにアジア開発銀行にプロポーザルを持っていったりしていました。そこで感じたのは,自国の制度も知らない人間,もしくは自国の厚労省でまともに仕事もできない人間が,途上国政府に何か物を言うのは大変おこがましく,失礼だ,ということですね。

 それから,入省当初は,どちらかといえば「国内・国外」というように物事を分けて考えていたんですが,こうした経験により最近は「国内・国外」というよりも,「パブリックヘルス」という切り口で見るようになってきましたね。今の業務も,国内の問題について,海外の情報も集めながら,どういう方向に進めていったらいいか考えながら進めています。そういう形で進められるようになって,国内行政についても非常にやりがいをもって取り組めています。

短い故に大事である下積み期間

眞鍋 難波江さんは課長補佐になられたことで,仕事が変わった部分はありますか。

難波江 だいぶ仕事の内容が変わりましたね。それまでは,書類に数値を入れたり,文章を書いたりと,言われるままにやっていました。今は,課長を補佐する立場ではありますが,自分が問題意識を持ったら,それを調べて,課長を説得して上へ持っていって,その間に,対外的にも学者や臨床現場の方の意見を聞きながら,その問題点について,こういう法律を作るべきだとか,予算をつけるべきだということが,自分の考えでできます。

 この点で,かなり仕事の質が変わりました。昔の考えでいくと,英語をコツコツとやったら仕事ができるというような感じでしたが,最近は全人格的な能力が求められるということを,非常に強く感じます。

眞鍋 実は,下積みの期間は短いんですよね。卒後5-6年になると課長補佐や専門官として仕事をすることになります。でも,下積み時代は大事ですから,いきなり課長補佐で入らずに,研修をされてすぐくらいの時期に入省されるのがいいのではないでしょうか。

難波江 やはり“雑巾がけ”からやったほうが,下がどのように動いているかがよくわかるので,臨床研修2-3年で入るほうがいいかも知れませんね。

■医系技官に向いている人は?

コミュニケーション能力が求められる

眞鍋 皆さん,医系技官に向いているのはどんな人だと思いますか?

 必ずしも自分のやりたいと思っている仕事だけができるというわけではないですが,さまざまな経験をすることによってそれがいろんな意味で,あとあと役立ってくるとは思うんです。いろいろなことに興味を持っていて,何でもおもしろいと思って,医療職に限らずたくさんの人の話を聞きながらやっていけることが大事じゃないかと思います。

江副 いまの話と関連しますが,やはり自分ひとりでこもって研究をすることにしか興味がないというタイプよりは,人と話すのが苦にならなくて,人と接するのが好きな人がいいんじゃないかと思います。臨床現場でももちろんコミュニケーションが大切ですけれど,臨床現場では,おのずと医師がリーダー的な役割を期待されることが多いです。行政では医師だからといって必ずしもリーダーになるというわけではなくて,1つのチームの中で協調してやっていく必要がありますので,協調性を持って,コミュニケーションを取りながら,医師のバックグラウンドを活かして仕事を進めていくという姿勢が必要だという気がします。いずれにしても,基本の部分は臨床で求められるものと共通しているんじゃないかな,と思います。

中谷 皆さんおっしゃっているように,私もやはり「人が好きな人」に向いていると思います。自分ひとりの力で何かをやろうというタイプよりは,知りたいことはその筋の人に教えてもらおうという人のほうが,自分にない考え方も身につけられるでしょうし,ものを教えてもらうために,人に対してきちんとお願いできるという能力も兼ね備えているのではないかと思います。

高いモチベーションが必要

難波江 付け加えるなら,何かを変えたいというモチベーションを持っている人ですね。新しい部署に配属になったら,そこで日々新しいものを学び,新しい人に会う。それは刺激的でおもしろいんですが,「いろいろ勉強になってよかった」と満足しているようなレベルでは,ここに来るのはもったいないと思いますし,それだけではあまり向いていないのかも……と逆に思います。新しいことを知った上で,問題点を整理して,「これをこう変えよう」と思い,行動に移せるパワーが求められますね。物事を変えるにはもの凄いエネルギーがいるわけです。

眞鍋 難波江さんと同じことを言っているかもしれませんが,医系技官に向いているのは向上心のある人じゃないかと思います。無理やりやらされてると思うとつらいでしょう? だから,食らいついていくぐらいの向上心があった方がいいですよね。普通に入ってくる情報は,ちゃんとこなしていって,その上が求められます。ただ,これはどこの世界でもいっしょですね。

 では,最後に読者である研修医さん,医学生さんに,それぞれが普段仕事をしながら思っていることをひと言ずつお願いします。

難波江 私も臨床をやって,それはそれですごくやりがいも感じていて,楽しかったんですが,病院で患者が来るのを待つだけ,という状況に物足りなさも感じていました。やはり病院の外に出て社会にインターベンションをかけたかったですね。病院の外へ出て,世の中を見て,世の中をこう変えたい,というような思いを持っている方がいらっしゃいましたら,ぜひお気軽に連絡をいただければと思います。

 私はまだ経験が浅くて,短い期間ではあるのですが,これまでを振り返ると非常に充実して仕事をしてこれたと思っています。たくさんの人に,こういう職場もあるということを知っていただいて,興味のある人はどんどん来ていただきたいです。

江副 私は臨床と迷った上で,思い切ってこの道に進みました。少ない経験ではありますが,これまで後悔したことはありません。よりよい保健医療という目的のためには臨床や研究以外にこういう道もあるということを知らないだけで,実際にはこの道で大きなやりがいを感じられる方がいらっしゃると思うんですよね。「役人」ということでの先入観とか,いろいろな印象もあると思うんですが,とにかくまず自分の目で確かめていただければ,と思います。

中谷 まず医学生の皆さんは,国家試験をがんばってください。学生時代は二度と戻りませんので,その時にしかできないことを一生懸命やってください。研修医の皆さんは,必修化になりましたので臨床研修をがんばってください。研修医時代にも,その時にしか得られない経験があると思いますので,それを一生懸命やってください。そのあと,将来自分が何をやるべきかと考えた時に,もしも医系技官が選択肢の中にありましたら,ぜひ一度見学に来て,実際にわれわれの話を聞いたり,仕事ぶりを見ていただきたいと思います。

眞鍋 医学の知識を持って,それを活かしながら行政をやっていて,制度に携わっている。そういう役割の人たちがいるということを,ぜひ知ってほしいと思います。本日はお忙しい中,ありがとうございました。

 医系技官の採用などに関するお問い合わせは,下記医系技官採用担当までお願いいたします。また,厚生労働省ホームページにも関連情報が掲載されています。

連絡先:〒100-8916 東京都千代田区霞ヶ関1-2-2
 厚生労働省大臣官房厚生科学課医系技官採用担当
 TEL(03)5253-1111(内線3806)
  (03)3595-2171(夜間直通)
 FAX(03)3503-0183




眞鍋 馨氏
厚労省大臣官房厚生科学課課長補佐。1995年東北大卒。卒業と同時に厚生省(当時)に入省し,その後保健統計,臓器移植対策,介護保険制度の準備,医療機器の研究開発等を担当。2002年にロンドン大学に留学し医療政策を学ぶ。2004年4月より現職。5人の中では最年長。現在医系技官採用関係の窓口を担当。



難波江 功二氏
厚労省健康局生活衛生課課長補佐。1998年浜松医大卒。国立病院東京災害医療センター,国立病院東京医療センターでの臨床研修を経て,1999年に入省。健康政策局(現医政局)総務課,経済企画庁(現内閣府)国民生活局勤務の後,03年8月より現職。現在は建築物衛生等の対物衛生業務を担当している。ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程修了。



中谷 祐貴子氏
厚労省大臣官房統計情報部社会統計課社会医療統計第二係長。1999年旭川医大卒。神奈川県立こども医療センターでの臨床研修を経て,2001年に入省。03年4月より現職。入省後,医政局医事課に配属され臨床研修必修化に携わる。臨床研修医とその制度改革との両方の経験を踏まえて医系技官について語る。



堀 裕行氏
厚労省保険局医療課主査。2001年筑波大卒。国立病院東京災害医療センター,国立病院東京医療センターでの臨床研修を経て,2002年に入省。入省後,環境省環境安全課に配属。2003年8月より環境省特殊疾病対策室,2004年4月より現職。



江副 聡氏
厚労省保険局医療課主査。2001年佐賀医大卒。国立病院東京災害医療センター,国立病院東京医療センターでの臨床研修を経て,2002年に入省。医薬局安全対策課,医政局指導課において院内感染対策や医療放射線管理などの医療安全対策に携わった後,2003年10月より現職。診療報酬および医療経済関連業務に従事。