医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


より高いレベルの医療,臨床研究を志す人に

エビデンスをつくる
陥りやすい臨床研究のピットフォール
川村 孝 著

《書 評》山科 章(東京医大教授・第二内科)

Evidenceはオールマイティーではない

 Evidence-based Medicine(EBM)という言葉が紹介されたのは10年あまり前のことである。その考え方は瞬く間に世界中に広まり,理論的根拠があっても臨床的有用性を示すEvidenceがないものは,実際の医療に導入できないと認識されてきた。次々と大規模臨床試験が実施され,その結果がEvidenceとして紹介され,そのEvidenceをもとにガイドラインが次々と作られている。そういったEvidenceのお陰により,われわれの行なう医療も,ある程度の根拠に基づく標準的なものとなってきた。

 一方で,われわれ臨床医が,そのEvidenceに振り回されているのも事実である。“○○の有用性が実証された”という情報のみがインプットされるからである。Evidenceはオールマイティーではない。有用性はどの程度なのか,少なくとも害を上回っているのか,目の前の患者さんにおいて有用なのか,判断したうえでないとそのEvidenceは利用できない。さらに厳しく言えば,そのEvidenceは真実ではないかもしれない。そういった評価,すなわち,批判的吟味(peer review)をする能力を身につけていなければEvidenceに翻弄されることになる。そういったこともあり,医局の抄読会(journal club)などで,peer reviewすることが多くなった。他人の論文には厳しいのである。

臨床研究のピットフォールに焦点

 ところで,われわれが行なっている臨床研究は果たしてどうだろうか。研究デザインの段階から“有用なEvidenceを”,と思って“臨床研究もどき”をはじめるが,いつのまにか統計的有意差の実証が目標となっていないだろうか。p<0.05で示される有意差を出すことを目標にExcellのデータを統計ソフトにかけていないだろうか。

 どんなデータでも20以上の項目を統計処理すれば,1つくらいは統計的有意差(p<0.05)がでる。その有意差をありがたく学会で発表し,論文にしていないだろうか。

 そういった臨床研究のピットフォールにフォーカスをあてた興味深い書が,このたび上梓された。著者は川村孝先生である。先生には,私が受講生となって参加した一昨年の第15回日本循環器病予防セミナーでの講演を聴講して以来,親しくしていただいている。川村先生は循環器内科医として一流のトレーニングを受けた後,保健センターで健診業務に従事する傍ら心臓生理の基礎研究をされ,さらにEBMのメッカであるMcMaster大学で臨床疫学,EBMを本格的に学ばれた。臨床医学,基礎医学,予防医学のすべてに通じるわが国でも数少ないドクターである。本書はそういった先生の幅広い知識,経験に基づいて書かれており,大変に説得力がある。陥りやすいピットフォールが例をあげながら解説されているので,大変にわかりやすい。

 内容を紹介すると,まず,第1章は臨床研究デザインで,32のピットフォールがあげられている。臨床研究の成否はそのデザインにあると知りながら,われわれがおかす誤ちを的確に指摘している。思い当たることばかりである。

 第2章はデータ処理編である。ほとんどの臨床医は統計が最も苦手であるが,ここでは20のピットフォールがわかりやすく解説されている。例をあげると,“平均への回帰”を治療効果としたり,半定量のスコアを数量として解析したり,多数群の比較に各群間でt検定を繰り返したり,有意差が出るまで分類方法を何度も変えて検定したり……。これまた身に覚えのあることばかりである。

 第3章では,昨年から大きく変わった臨床研究の倫理指針を含めて,その適用,手続きの仕方が具体的に示されており大変に参考になる。

 第4章は論文の書き方が紹介されている。論文の構成,執筆の手順,作文のポイントなど重要な22のピットフォールがあげられている。いずれも“なるほど”と思わされることばかりであるが,とくに最後のピットフォールは傑作である。「ピットフォールIV-22:論文を書くときになって急いで文献を読みだす」。思い当たる方が多いのではないだろうか。日頃からトレーニングを兼ねて毎日1編レベルの高い論文に目を通すことがすすめられている。

 こういった日常トレーニングに加えて本書を繰り返し読むことが私自身のブラッシュアップに繋がると思った。そういった意味でも,Evidenceに関心があり,より高いレベルの医療,臨床研究を志す人に,必読の書として本書を薦める。
A5・頁176 定価2,940円(税5%込)医学書院


効率よく臨床実習を受けるために

臨床実習へのステップアップ
臨床症例から基礎を学ぶ
Step-Up to the Bedside: Clinical Case Review for USMLE Step1

福田康一郎,阿部好文 監訳

《書 評》奈良信雄(東京医歯大教授・医歯学教育システム研究センター)

学生の,学習に対する意欲や情熱が重要

 医学教育は大きな転換のうねりを迎えている。

 大講堂での講義による座学教育から少人数のチュートリアル教育へ,見学中心の臨床実習から診療参加型のクリニカルクラークシップへ,さらにモデル・コア・カリキュラムの導入,臨床実習開始前の全国共用試験(CBT,OSCE)の実施,臨床研修制度の必修化など,明治以来綿々と続いていた医学教育が,実にわずか数年で大きな変革を遂げたのである。

 こうした改革の主な目的は,医学生自身が問題点を見つけ,それを自らが解決する能力を身につけることにある。すなわち,目の前にいる患者から情報を得,それを解析し,問題点を解決していく,医師として具有すべき手法を,学生時代にすでに身につけ,熟成しておくためのものと言えよう。

 こうした医学教育は,学生の能力を引き出し,さらに高めることの意義が大きい。医療技術レベルの向上に大いに役立つと期待される。が,もしも学生の側に学習に対する意欲や情熱が欠如していれば,学習効果は上がらないばかりか,むしろ従来の教育方式の成果に劣る危険性すら孕んでいる。

 そもそもチュートリアル教育やクリニカルクラークシップによる教育方針は,アメリカやカナダなどにおける医学教育の影響を色濃く受けている。学生自身が積極かつ貪欲に勉強し,医療チームの一員として堂々と自らの意見を述べ,口角沫を飛ばして議論をたたかわせる風土があればこそ,学習効果が上がっているものと思う。能力的には決して劣るとは思えないわが国の医学生が,欧米の医学生に負けないだけの実力をつけるには,積極的な姿勢を見せて欲しいと願う。

臨床実習の手法を適切にガイド

 さて,いくら自ら学ぶ姿勢が重要であるとはいえ,しかるべき学習書がなくては,学習成果は簡単には上がるまい。特に臨床実習を行なうに当たっては,医療面接,身体診察,臨床検査所見から得られる情報をいかに解釈し,問題点をどのようにして解決するか,その手法を適切にガイドする入門書が必要になる。その指南書的な役割を果たすのが,まさしく本書であると言える。

 本書は,アメリカにおけるUSMLEのStep1を受ける学生のための自習書として編集されている。わが国では臨床実習開始前に,共用試験としてCBT(computer based testing)が実施されている。この試験のコンセプトは,旧来の学体系にとらわれず,基礎医学から臨床医学に至るまでの縦断的な知識を問う試験スタイルになっている。しかも臨床医学でも,診療科目別という縦割りではなく,患者を中心とした,いわゆる全人的な横断的医学知識をも問うものである。共用試験CBT自体が,臨床実習をより効率よく行なうために,学生が十分な知識・能力を身につけているかどうかを評価するものであるから,当然こうした出題方針になっている。

 共用試験CBTは,あたかもアメリカのUSMLE Step1に該当する。この意味で,CBTを受ける学生諸君にとり,本書は格好の自習書になるものであろう。

 本書には71例もの症例が取り上げられ,医療面接と身体診察,臨床検査所見から鑑別診断を行なうプロセスが明快に述べられている。そして,関連する基礎医学的事項についての理解を深めるための解説がわかりやすく記述されている。基礎医学から臨床医学のさまざまな領域の知識をフルに発揮して,問題解決に当たるステップが論理的に記載されている。

 書評者自身も各症例の問題点を解決しようと読んでみた。その解説は,推理小説の謎解きよろしく,興味を持って読み進め,ついつい時間を忘れてしまうほどであった。

 監訳者の福田康一郎先生,阿部好文先生は,かねてよりモデル・コア・カリキュラムの策定,共用試験CBTならびにOSCEの実施に中心的な役割を果たされてきた医学教育のエキスパートである。その両先生が中心になり,ともに医学教育に豊富な経験と学識を有する訳者陣によって,本書が翻訳されている。翻訳書にありがちな逐語訳ではなく,すらすらと読み進めることができるのも,特筆すべきであろう。

 臨床実習に入る前にぜひ学生諸君に読んでいただきたい書物である。また,実際に臨床実習を受けている学生諸君,また臨床研修医,実地医家の先生にも参考になると思う。
A4変・頁448 定価5,670円(税5%込)MEDSi


すべての感染症を把握する基本となる1冊

標準感染症学 第2版
齋藤 厚,那須 勝,江崎孝行 編

《書 評》山中喜代治(大手前病院臨床検査部長)

感染症治療・入院患者の感染症コントロールの実践に役立つ

 昨年の新興感染症のひとつSARS騒動時にはわが国の多くの医療機関がこれに備え,今冬は高病原性鳥インフルエンザの猛威に獣医学と食品微生物関連部門が対応に当たった。また,MRSAをはじめ多くの耐性菌が病院内感染の原因菌として注目されてきたのも近年の高度医療に伴う感染症の多様化現象のひとつであろう。

 このようにあらゆる微生物による広域感染症は,地域,人種,時間を問わず出現し,日頃無害菌(常在菌)と既存病原菌の病原性差も接近してきているように思われる。特に,栄養状態と免疫力の強弱,そして微生物本体の毒力によっては感染症原因微生物の特定は困難であり,このような状態を踏まえて私は微生物検査成績を『瞬間値』と呼んでいる。この瞬間値をうまく判断し,初診時における感染症の診断治療そして複雑な入院患者感染症のコントロールに当たるのが,担当医師,看護師,微生物検査担当技師であり,その実践に役立つのがこの「標準感染学」ではないだろうか。もちろん,医学部をはじめとする医療関連学校の教科書として推奨されてはいるものの,卒後のバイブルとして多くの方々の懐書になるものと信じている。

利用者の要望を踏まえた構成

 本書は,第1章の感染症成立とホスト,診断治療,予防と疫学を中心とした《感染症に関する基礎知識》,第2章の各種感染症(小児感染症,高齢者感染症,性感染症,輸入感染症,人畜共通感染症,病院感染,日和見感染症,不明熱,HIV,ATL,SARS)別にそれぞれの専門家が解説する《感染症各論》,そして第3章の循環器,呼吸器,消化器など14領域(敗血症,感染性心内膜炎,上気道感染症,下気道感染症,結核,肝臓感染症,腸管感染症,胆道・腹膜感染症,尿路性器感染症,婦人科感染症,脳神経系感染症,眼科感染症,皮膚感染症,筋腱感染症・リンパ節感染症・骨感染症・関節感染症)別に解説する《臓器別感染症》の大きく三部から構成されている。

 さらに,付表として感染症法に基づく分類表と疾患別にみたわが国における最近の報告症例数一覧や,232種類におよぶ病原微生物の種類とその特徴をまとめた概説表,そして微生物危険度分類・ワクチン一覧表が掲載されており,利用者の要望を踏まえた構成と思われる。そして受験生を対象とした簡単なテストがshort notesとして部門ごとに随所に盛り込まれているのもユニークな特徴と言えよう。

 院内感染対策の基本は《すべての血液・体液を危険性ありとみなして取り扱う》ことであり,これをいち早く唱えたのがCDCのstandard precaution(標準予防策)であった。そこで,感染症学についても《すべての感染症を把握する基本》として本書『標準感染症学』を推奨したい。5,775円は安い。
B5・頁400 定価5,775円(税5%込)医学書院


米国の“当たり前”のカンファレンスを日本で

米国式Problem-Based Conference
問題解決,自己学習能力を高める医学教育・卒後研修ガイド

町 淳二,児島邦明 著

《書 評》黒川 清(日本学術会議会長)

臨床研修必修化の中で求められる実践的教育

 いよいよ卒後臨床研修が義務化され,マッチングで卒業大学から外へと,多くの新卒業生が新しい医師として巣立つ。大学でどのような教育を受けてきたのか,どのような医師になるべく育ってきたのか,それぞれの大学の評価が広い臨床の場で行なわれるようになる画期的なことである。もし,「混ざる」原則がこの義務化で採用されなかったなら,あいも変わらず出身大学病院の医局への囲い込みが当たり前のように行なわれていたであろう。まったくばかげている。臨床教育,クリニカルクラークシップもお題目で,何も変わらなかったのではないかと思われる。

 さて,医学教育の問題がいわれて久しい。何が問題で,その障害は何か。その1つが臨床での現場教育の貧困さであろう。それは教員の経験不足が主なものであって,これから医師になる学生のせいではない。この本に呈示されているのは,日常的に米国の教育現場で行なわれている,教員も,研修医も,学生も「タテ」の人間関係ではない,水平な同士,仲間としての教育の実践である。「なぜ?」「何の根拠で?」「鑑別診断は?」「その理由は?」と次々と対話が進む。知的刺激が双方向のやり取りから生まれる。患者中心の問題解決へといかに思考し,決断し,実践するのかのプロセスが示されている。「Problem-Based」は理屈ではない,実践なのである。教えるのではなく,お互いに患者さんから学び,向上しようという前向きのプロセスなのである。実践からの知識は生きている。身につくのである。

卒前も卒後も,教育では実際に体験することが大切

 著者の町先生は,いまや臨床研修の「超ブランド」になった沖縄県立中部病院で研修後,渡米。外科医としての研修を受けつつ転々と武者修行し,大きな難関を克服しながら米国外科専門医となり,そして現在はハワイ大学外科教授。児島先生は町先生の大学の同級生である。

 この本に書かれていることは,ほとんどが米国で日常的に行なわれている「カンファ」である。章立ては,導入部から実際の外科症例へと続き,後半で評価方法の事例を示している。どこにも最後に「日本の立場からコメント」という欄が付いている。このような形式のカンファは,実際に自分で体験しないと,読んでいるだけではなかなか「感覚的に」理解できないかもしれないが,指導医の役割は「躍動感あふれるように進行する」「興味をひきつけ維持する」ことであり,対話によって学生の積極的な参加を促している。このような体験を少しでもした人なら,この本の内容のスタイルをすぐに理解するであろう。たとえていえば,ゴルフは本ばかり読んでも理解できない。進歩しない。実際にクラブでボールを打ってみる,コースに出てみる,そしてまた本を読んでみる,練習する。この繰り返しが大切なのである。勉強も研修も同じことである。特に臨床教育ではこれが大事なのである。

 だから著者は,「指導医の先生方は,ぜひ,Problem-Based Conferenceを」というのであり,学生や研修医は「指導医にこのようなカンファを求めるべし」と書いているのである。しかし,このような躍動感は「書いて」みてもなかなか伝わらないところが,わかっている人にはもどかしい。やってみせることが最も重要なのである。何とか「書いて」これを表せないか。著者の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 この数年で,卒後臨床研修の場で,そして医学部のクラークシップで,どれだけこのようなカンファが普及していくか。医学教育改革が研修制度の「混ざる」大改革とともに急激に進化することを期待したい。実践あるのみである。この本はよいお手本である。学生にも,臨床研修病院でも,ぜひ,試してほしいものである。
B5・頁256 定価4,200円(税5%込)医学書院


小児にかかわる多くの職種に薦める

言語聴覚士のための基礎知識
小児科学・発達障害学

宮尾益知,二瓶健次 編

《書 評》栗原まな(神奈川県総合リハビリテーションセンター小児科部長)

言語聴覚士以外の職種にも役立つ

 本書は,言語聴覚士が,摂食・嚥下障害,難聴,失語症,吃音に加えて,発達障害としての注意欠陥/多動性障害,学習障害,広汎性発達障害などの多様な疾患に対応していくために,知識を習得し,疾患ごとの具体的な治療に精通することを目的として書かれている。本書のタイトルにも序文にも,「言語聴覚士のための」と書かれているが,この本は決して言語聴覚士のためだけに役に立つのではなく,もっと多くの職種(臨床心理士,看護師,保健師,教師など療育にかかわるさまざまな職種)にとって役に立つと思われる。

小児科学の基礎知識から小児の障害への具体的対応まで詳説

 「第1章 小児科学」では,小児科学の特徴,小児の発達と成長,胎児医学と出生前医学,新生児,各系の疾患について述べられている。障害児のケアを行なうにあたっては,正常な小児の発達と成長,小児疾患の基礎について正確な知識を持っていることが欠かせないが,本書では,これらの点について明瞭簡潔な記載がされており,基礎知識を習得するのに適切である。

 「第2章 障害児学」では,小児の障害についての総論,運動障害,知的障害,言語障害,感覚器障害,重複障害,重症心身障害について述べられている。障害の原因・診断といった医学的な記載だけでなく,障害が発見された後のケアについて述べてあり,学校教育の面についても触れてあるのが嬉しい。

 「第3章 発達障害学」では,発達障害の概念の変遷と診断,発達障害の評価とその実施法について述べられている。「発達障害の概念の変遷と診断」の部分では,発達障害の診断,精神遅滞の診断基準・分類・原因,広汎性発達障害(自閉症・レット障害・小児期崩壊性障害・アスペルガー障害・特定不能の広汎性発達障害),学習障害(特異的読字障害・特異的綴り字障害・特異的算数能力障害),注意欠陥/多動性障害の定義・病態・治療について書かれている。「発達障害の評価とその実施法」の部分では,発達障害の評価・聴取する情報・発達障害の評価に用いられる検査・評価から実際の対応,言語聴覚士としての対応について書かれている。この章は本書の中で最も力を入れて書かれており,著者の豊富な経験に基づいた有益な情報がたくさん得られる部分である。実際に子どもとどのように対応していったらよいのかを,教育・福祉・医療の連携をとることの重要性を述べながら,実例を通して具体的に1つひとつ丁寧に説明しており,圧巻である。

 「第4章 小児を取り巻く環境」には,『健やか親子21』のめざすもの,地域の子育て支援サービス,母子保健の流れ,障害をもつ子の在宅療育,行政による福祉サービスが述べられており,著者の小児に対する理念が伺われる。

 本書は,言語聴覚士だけでなく,小児にかかわる多くの職種にぜひとも読んでいただきたい本である。
B5・頁212 定価3,360円(税5%込)医学書院