医学界新聞

 

医療全体が抱える課題も議論

第90回日本消化器病学会開催


 第90回日本消化器病学会が,松野正紀会長(東北大教授)のもと,さる4月21-23日の3日間にわたり,仙台市の国際センター他で「消化器病学-先進の医学,献身の医療」をテーマに開催された。

 本学会では消化器病学の諸分野における最新の知見について議論された他に,卒後教育の企画として臨床教育講演(ポストグラデュエイトコース)が設けられ,各領域の標準的な治療が示された。また,現在の医療全体が抱える問題点について議論されるセッションも企画され,多くの参加者の関心を集めた。


■包括支払い制は医療にどう影響するか

 特別企画「消化器病と包括医療」(座長=南千住病院 出月康夫氏,京都市立病院加嶋敬氏)では,昨(2003)年4月より開始されているDPC(Diagnosis Procedure Combination)を用いた包括支払い制度について,本(2004)年4月になされた見直しを踏まえて議論された。

包括医療の課題が浮き彫りに

 厚生労働省によるDPC分類調査研究班で班長を務める松田晋哉氏(産業医大)は,DPCの本来の目的は,医療施設間の比較などを通した医療情報の標準化と透明化にあると発言。そのうえで支払い方式としてのDPCにはまだ改善点が多いことを指摘した。中立的な立場で分析を行なう仕組みや,各専門診療科の臨床医の関与などによる「継続的な精緻化」や,DPCのデータベースを用いた臨床指標(死亡退院率,術後続発症の発生率,入院後手術を受けるまでの日数,手術後退院するまでの日数など)の開発などを通した,粗診・粗療を予防するための仕組みが必要とした。

 大内将弘氏(宮城県社会保険診療報酬支払基金)は,審査委員から見た問題点として講演。診断群分類番号の決定や請求方法について,わかりにくい点として,(1)月の途中で番号に変更があるとき,(2)手術・処置が加わり,包括算定対象から外れる場合,(3)最も医療資源を投入したと思われる傷病名が2つ以上ある時,(4)「分類区分に該当しない」場合の記載法,の4点をあげた。氏は,本来,すべての医師がDPCコーディングについて精通すべきではあるものの,実際には難しいと指摘。今後の課題としてDPC参加施設の増加を考え,DPCコーディングが正しく行なわれているかを監視する機関が必要になるとした。

 山崎晋一郎氏(厚労省)は,本(2004)年4月に行なわれたDPC実施1年後の見直しの内容を中心に解説。今回の見直しで急性期入院医療についても包括評価に加えることになったことの他,2004年4月から2006年3月にかけて行なわれる特定機能病院以外での包括評価の試行について説明した。この対象となる医療機関は,調査協力医療機関のうち一定基準を満たし,かつ試行の対象に立候補した機関であるという。

専門医からみた包括医療

 消化器内科医の立場から棟方昭博氏(弘前大)は,消化器病学会の内科系理事と社会保険審議委員会委員を対象に行なった,包括医療についてのアンケートの結果を中心に講演した。氏は,アンケート結果より,包括医療導入によるメリットとして(1)費用効果やエビデンスを重視した客観的医療への転換,(2)無駄を省く努力を促すことによる患者の負担軽減,(3)クリニカルパスなどの導入による入院期間短縮,(4)併発疾患を持たない単独疾患では病院経営上よい,の4点を提示。また,一方でデメリットとしては,(1)診療体系に沿わない場合や高度医療には適さない,(2)高額な新薬や治療法では採算が合わない,(3)医療機関別係数の将来への不安,(4)高度先進医療の開発を阻害しないか,の4点をあげた。この結果から,具体的な今後の包括医療の課題として,内科系医療技術の定量化(インフォームド・コンセントの評価など),最大入院期間と合併症との関係の検討,癌化学療法などでの高額薬剤の包括外化,などをあげた。

 消化器外科医の立場から発言した山口俊晴氏(癌研)は,包括医療を導入するための条件として,診断群内の医療費のばらつきが少ないことと,包括化によって医療の質を落とすことなく医療費が節減できること,の2点をあげた。それぞれの条件について,胆石症と胃癌を対象に検証した結果,どちらの疾患においても術式別に医療費は異なり,そのばらつきも大きかったと報告。特に胃癌手術における医療費のばらつきの原因は治療内容など多様な要因によるものであったとし,このことから,疾患によっては包括化によって医療の質を落とす可能性もあることを指摘した。これらをまとめて氏は,従来の日本の精緻な診療報酬システムに代わって,包括医療を導入するメリットは少ないと結論。医療の質向上のためには医療費の増額が必要であることを国民に理解してもらえるよう,適切な情報公開と安全な医療を実践していくことで信頼を回復することが必須であるとした。

包括医療への不安

 すべての演者が登壇したディスカッションでは,DPCと包括支払制度とをリンクさせることに対して問題視する意見が相次いだ。松田氏は,「DPC自体はマネジメントツールであり,支払いに関係なく取り組むべき」としたうえで,「これを支払い制度化するにあたっては慎重にならなければいけない」との考えを示すと,大内氏は「準備期間があまりない状況で包括支払い制になったことには問題がある」と指摘した。

 包括化が医療の制限になるとする意見も多く出された。山口氏の「医療費を抑えることのみを考え,特定機能病院の治療を普遍化するのは間違っている」との発言に呼応し,会場からも「特定機能病院は新しい道を拓いていくべきところ」との意見が出された。棟方氏も自身の行なったアンケートから「考える医師が養成されないのではという懸念もみられた」と報告している。これに対し山崎氏は,高度先進医療については出来高払いを適用することで,研究的治療にも対応できるとの考えを示している。

 議論のまとめとして出月氏は,包括支払制度について,将来の方向性が決まっていないことが一番の問題と指摘し,この問題に対しては学会が積極的に発言していかなくてはならないとした。

■医療の安全を考える

 パネルディスカッション「消化器病と医療事故,訴訟」(座長=横浜市大 杉山貢氏,自治医大 菅野健太郎氏)では,医療への不信が高まっている中,いかに医療安全に向けたリスクマネジメントを進めていくかについて議論された。

 はじめに登壇した梅澤昭子氏(東北大)は,複数職種によるインスリン治療の安全管理チームや危険薬の誤投与防止チームの活動を通じて,医療安全に対しての組織横断的活動は可能であり,さらに効率的で有効であることを実感できたと紹介。また,こうした活動の達成のために,医師には医療チームのリーダーシップをとれることと,患者・家族・医療スタッフとの間で良好なコミュニケーションがとれることが求められるとした。

 また,赤星和也氏(麻生飯塚病院)は,自施設での消化器内視鏡診療における安全対策について発言。全職員に対する接遇教育の徹底,医療水準を確保するための医師の診療権限の制限,コンピュータによって適応外の診療がなされないようチェックする事故予防システムなどにより,事故・訴訟の発生減少に努めていると紹介した。

チーム医療への薬剤師の参画

 弥山秀芳氏(関西医大香里病院)は,チーム医療への薬剤師の参画について,自施設での取り組みを紹介した。氏は,チーム医療には,スタッフ間での情報の共有化が必須であるということから,薬剤師もカルテに情報を記載し,これによって正確な情報伝達が可能になったと発言。臨床薬剤師の病棟業務については,服薬指導のみではなく,毎日担当患者の病態をチェックし,回診にも参加していると説明した。

 また,「まず薬を疑え」,「互いの指示をしつこいほどダブルチェックしあう」,「チェックを受けるのは決して屈辱的なことではない」といった医療事故防止のために必要な考え方を,弊社刊「ハーバードの医師づくり-最高の医療はこうして生まれる」(田中まゆみ著)から抜粋して紹介。米国においてもADE(薬剤副作用)防止のための米国医師会・看護師会・薬剤師会からの病院への勧告に「薬剤師を病棟に配置すること」が含まれていることなどもあげ,薬剤師がチーム医療に参画することの重要性を示した。会場からは「チーム医療に薬剤師が入ることを他職種にどのようにして理解させたのか」という質問が出されたが,これに対して弥山氏は,はじめは輸液管理から入っていき,実績を重ねながら徐々にチームに参画していったと説明した。