第2584号 2004年5月17日


【印象記】

第11回国際感染症学会議参加報告

所 正治(金沢大学大学院医学系研究科・寄生虫感染症制御学)


はじめに

 残雪の残る金沢から飛行機を乗り継ぎ,ユカタン半島の先端に位置するリゾート都市カンクン(メキシコ)まで実に18時間。時差と気温差にふらふらになりながらたどり着いた私は,ぎらぎらと輝く強烈な日差しと,海風に吹かれる椰子の葉に迎えられました。学会主催者の発表では本会議の参加者は1500人を越えたとのことでしたが,この魅力的な開催地の選択が例年に増す盛況の一因と思われ,参加者の顔や肌が日に日に日焼けしていくという,本学会ならではの珍しい体験をし,また,ショートパンツをはき,真っ赤に日焼けした研究者どうしの熱烈な議論という素敵な光景を目の当たりにすることもできました。

 さて,私はこのたび金原一郎記念医学医療振興財団による第18回研究交流助成金の補助をいただき,カンクンで開かれた第11回国際感染症学会議(11th International Congress on Infectious Diseases:3月4-7日開催)へ参加いたしました。本稿では,この国際感染症学会議の概要とともに,私の専門である寄生原虫に関する議論をご紹介したいと思います。

新興・再興感染症とNeglected Diseases(放置された疾患)

 本学会でウイルス・細菌・寄生虫・真菌等,研究対象の壁を越えて幅広く議論されていたのは,SARS,鳥インフルエンザ等の新興感染症はもちろんですが,やはり,薬剤耐性による多様な再興感染症の問題であり,その一方での,新規抗生剤開発研究開発計画の減少という危機的状況についてでした。

 新規薬剤開発に関するシンポジウムの冒頭で座長のDr. Chris Hentschel(Medicines for Malaria Venture)から紹介されていた,1975年から99年までに開発された1393種の新規薬剤のうち,発展途上国で問題となる疾患をターゲットとした薬剤はわずか16種であるという事実1)が,この危機の本質を表しています。つまり薬剤耐性は確かに感染症対策上の大きな問題ではありますが,そもそも,その対策に決して多くの研究資源が費やされているわけではないということです。しかしながら,その乏しい研究資源の中でも多くのトライアルの行なわれているMRSA,TB(tuberculosis),VRE(Vancomycin Resistant Enterococci),HIV/AIDS,マラリアなどはまだしも希望を持ちうる感染症と言い得るかもしれません。

 本学会でも薬剤耐性マラリアについては,多剤耐性株がアフリカから南・東南アジアへと広がりを見せているものの,新規薬剤の開発(アルテミシニン関連薬剤)とともにこれまでに使われている薬剤の効果的なコンビネーション治療法のトライアルが進められ比較的効果を上げている旨が報告されていました。また,ワクチン開発の努力も続けられていますが,これまでに寄生虫での成功例がないことからも,こちらはまだ先が長そうです。

 一方,これらメジャーな感染症とは別に,発展途上国に大部分が発生し,先進国ではかえりみられない多くの感染症が,さらなるNeglected Diseasesとして放置されています。例えばインドのDr. Shyam Sundar(Banaras Hindu University)からは,リーシュマニアの治療において幅広く使用されてきたアンチモン製剤(Pentostam)がもはや無効になっているとの報告がなされました。つまり,薬剤耐性の進行にしたがって増加してきた投与量が,深刻な副作用を及ぼしうるレベルに達してしまったため,完治できないということです。具体的には,70年代に10mg/kg/dayだった用量が,80年代に20mgに,そして現在,インド南西部では40mgを使用しても50%以上のケースで完治しないとのことでした。これまで治療可能であった疾患が再び不治の疾患に逆戻りしていると実感させられるデータです。

病原性腸管寄生原虫

 私は病原性腸管寄生原虫である赤痢アメーバおよびクリプトスポリジウムに関する分子疫学的研究および新規薬剤開発を目的とした,代謝学的基礎研究に従事しております。赤痢アメーバ症においては特効薬としてのメトロニダゾール(フラジール)が使われているものの,この状態はリーシュマニアと似て,いったん耐性が獲得された場合に問題となりうる状況です。

 また,クリプトスポリジウムの治療薬はパロモマイシン,アジスロマイシンの効果が報告され世界的に使用されてきましたが,完治に至る薬剤ではなく,したがって移植後,先天性および後天性免疫不全患者におけるクリプトスポリジウム症は,しばしば死の転帰をとる危険な疾患となります。さらに,数少ない治療薬の1つであるパロモマイシンは国内で唯一の供給元であった協和発酵による1998年の製造中止,認可取り下げにより,海外(GABBRORAL, Pharmacia & Upjohn S. p. A. Italy)からの直接輸入に頼らざる得ない状況にあり,コンビネーション治療トライアルのための選択も困難なありさまです。

 腸管寄生原虫疾患に対する新規薬剤開発について見れば,世界中で年間に4億5千万人が感染し,およそ6万5千人が死亡と見積もられているにもかかわらず,実現間近な新規薬剤の計画が存在しないという事実が最近報告されており2),BSE,SARS,鳥インフルエンザ等の新興感染症関連報道の過熱の一方で,放置されている多くの疾患が存在し,決して感染症を制御するのに十分なシステムが構築されているわけではないことがおわかりいただけると思います。

ポストゲノム時代の展望

 チチェン・イツァの遺跡にそびえるピラミッドも,そのまわりを囲む神殿の数々も,発見時にはジャングルに埋もれた廃墟でした。かつて,マヤ・アステカといった壮大な文明を築き上げた人々は,旧世界から持ち込まれた彼らにとっての新興感染症により人口の大部分を失い,今に至るまで,その数を回復できずにいます。感染症のアウトブレイクによる破壊的な影響が,時に戦争など子どもじみて見えるほどの影響を及ぼしうることを示すこの事実を考えると,感染症に対する私たちの備えはあまりに不十分であるように思えてなりません。

 本学会からの帰国直後に,クリプトスポリジウムのゲノムプロジェクトがひとまずコンプリートしたとの知らせが入りました3)。いよいよ,クリプトスポリジウムの研究もポストゲノムの時代に突入します。

 原虫特異的代謝経路の解明から,個々の酵素の立体構造解析まで,さらに研究の迅速化と費用対効果の改善が求められています。研究資源が乏しいということもありますが,発展途上国で幅広く使用可能な薬剤にするためにも,いかに金をかけずに新規薬剤を開発していくかがポイントになります。「必要は発明の母」と言います。この困難を克服していくための努力を,真の意味でのRational Drug Designの確立へとつなげていければと考えています。


参考文献
1)Trouiller P. et al, Drug development for neglected diseases: a deficient market and a public-health policy failure, Lancet; 359:2188-2194, 2002.
2)Watkins BM., Drugs for the control of parasitic diseases: current status and development, Trends Parasitol. Nov; 19(11): 477-478, 2003.
3)Abrahamsen MS. et al, Complete Genome Sequence of the Apicomplexan, Cryptosporidium parvum. Science. Mar 25, 2004. [Epub ahead of print]