第2584号 2004年5月17日


〔レポート〕 (全2回)

訴訟社会米国における医療過誤のリスクマネジメント

〔後編〕医療過誤と情報開示

岸本暢将氏(ハワイ大学・内科研修医)


前編より続く

 昨今は米国にいても日本からの医療紛争に関するニュースが毎日のように飛び込んでくる。前号ではリスクマネジメントに関する講演をご紹介したが,先日ハワイ大でハーバード大Steven R. Simon先生による医療過誤に関する招待講義が行なわれたので,引き続きレポートしたい。

 医療過誤は日常的に起こりえることであり,経済的にも犠牲が大きい。医療過誤はシステムに起因することが多く,それは必ずしも「やぶ医者によるもの」ではない。医療過誤の予防は可能であり,一度発生した医療過誤を教訓に,安全管理・リスクマネジメントを改善することができる。理想的には国家プロジェクトとして取り組むべき問題であるという提案がなされた。今回の講義の目的は,(1)医療過誤による患者とその家族に対する影響,その後のケアについて理解する,(2)医療過誤に関する論文を紹介,患者への医療過誤開示,謝罪による利益とリスクを考える,の2点であった。

医療過誤による患者・家族への影響とケア

 患者が直接受けた傷害のみならず,その後の対処法によっても医療過誤が及ぼす患者や家族に対する影響は変化する。医療過誤が交通事故や他の事故と大きく異なる点は,医療過誤は信頼していたものから受ける傷害・過ちであり,その後のケアの多くは同一医師,あるいはそのグループによってなされる点にある。基本的には,医療過誤により患者(またはその家族)に(1)身体的影響,(2)経済的影響,(3)社会的影響,(4)心理的影響の4つの影響がある。

 (1)身体的影響は,受けた傷害とその後の障害。(2)経済的影響は,治療費,介護費用ばかりでなく,退院の遅れによる職場復帰の遅延,その後障害が残った場合の経済的影響も含む。(3)社会的影響は,障害者となる状況,傷害・障害によるライフスタイルの変化,職場への影響などさまざまである。さらに,(4)の心理的影響は,症状として不安,うつ,感情鈍麻,フラッシュバック,認知障害,医療過誤を受けた記憶が脳裏に焼きついてしまうことなどがある。心理的影響の因子としては,傷害の程度・性質,痛みの度合い,身体障害の度合い,性格,事件以前の心理的外傷や損失,経済状況,医療過誤以前の医師との関係などがあげられる。以上を踏まえ,医療過誤に対する基本的な対処法を以下に示す。
・患者・家族を敵視せず,信頼する
・必要な治療の継続,患者-医師関係の維持
・心理的外傷の理解,心理学的治療の必要性を患者と検討
・将来同様な医療過誤を防止するための改革と努力を患者に説明
・必要な対処と治療費の負担を迅速に行なう

患者への医療過誤開示,謝罪による利益とリスク

 1)医師は医療過誤を開示しているか,2)医師は医療過誤を開示するべきか,3)医療過誤を開示した時としない場合とで結果が変わるか,4)どのように医療過誤を開示するか,の4点に絞って解説する。

1)医師は医療過誤を開示しているか
 1998年英国医学研究会議の報告では,ある地域で48人の眼科医,246人の眼科患者に以下のような質問を行なった。
【ケース】ブラウン氏は白内障手術を受け,術中合併症で水晶体を傷つけてしまった。予想外の大きな切除と縫合が必要となり,予定外のレンズを埋め込むことになった。これは,患者の視力に影響を及ぼす危険性が10%あったが,手術翌日,術前より視力はみごとに回復,患者は,とても喜んだ。
【質問】主治医はブラウン氏に手術中起こった合併症を伝えるべきか? もし合併症を開示するなら,視力に影響がでる危険性を伝えるべきか?
【回答】「医療過誤の合併症を開示すべき」と答えたのは,患者の92%(226人),医師の60%(29人)で,大多数の患者が開示を望んでいるが,医師の40%は開示しないとしている。さらに,視力に影響がでる危険性に関しては,患者の81%(200人),医師の33%(16人)が開示することを望んでいるという回答であった。以上の結果から患者が期待しているより,医師は医療過誤の開示を行なっていないということになる。

2)医師は医療過誤を開示すべきか
 それでは,医師は患者に医療過誤を伝えるべきか? 倫理,法律,および患者の権利という3つの観点から考える。
【倫理的観点】米国医師会は医療過誤に関して「患者が医療過誤による著しい合併症によって傷害・障害を受けた場合,医師は何が起きたのか患者が理解できるように情報開示する義務がある。これは倫理的義務である」と規定している。
【法律的観点】米国では各州で法律が異なるが,少なくとも20州で,医療過誤および患者に起こった傷害を州に報告する義務が立法化されており,ペンシルベニア州ではさらに患者とその家族に直接医療過誤を開示する義務が立法化されている。さらに,JCAHO
http://www.jcaho.org)という,米国で病院の認可を管理する組織の掲げている規制を紹介する。「医師は,患者,および必要であればその家族に対して,行なわれたすべてのケア,治療,サービスによる結果について,予想外の結果も含め,すべての情報を伝えなければならない」
【患者の権利】例えば医師であるあなたが患者で,医療過誤による傷害を受けた時,知りたいことは何か。患者に知る権利があるのは明白である。

 以上,3つの観点より,患者,そして必要であればその家族に医療過誤を開示すべきであると考える。

3)医療過誤を開示した時としない場合とで結果が変わるか
・医療過誤開示時の医師の利益:安心感,患者-医師関係の維持,怒りの軽減,過ちより学習する,訴訟のリスクの軽減?
・医療過誤開示時の医師の不利益:不快感,名声に影響,経済的影響,訴訟のリスクが増加?
・医療過誤開示時の患者の利益:必要な治療を迅速に受けられる,真相究明,医師への信頼感の促進?,医療の現実面を認識する,代償を受けることができる。
・医療過誤開示時の患者の不利益:不快感,医師への信頼感が薄れる?

 医療保険加入者から無作為に1500人を選出,医療過誤に関する質問紙に回答してもらい分析を行なった研究がある(マサチューセッツ州)。約65%から回答を得(平均年齢が52歳,57%が女性,91%が白人),そのうち31%が自分自身あるいは家族が医療過誤を経験し,12%が医療過誤で傷害を受け,1.4%が医師を相手に訴訟を起こしたという回答を得た。医師が,すべての情報を開示した時には,患者に好意的な感情がうまれ,信頼感,満足感の増加,医療過誤後に主治医を変更することも,訴訟に関係することも少なかった。一方で,訴訟になった最も多い理由は,真実の追求にあったという。

4)どのように医療過誤を開示するか
 (1)機会の設定,(2)患者の理解度のアセスメント,(3)具体的な開示方策,(4)謝罪,(5)患者の感情や反応への対応,(6)その後の計画,行なわれる改革などを伝える等の6つのステップの提案があリ,以下にご紹介する。
(1)機会の設定:プライバシーを尊重し,患者との間にテーブルや机は置かずに座る。医師の役割,自己紹介をする。患者に家族など第三者が必要かどうか尋ねる。また,医師自身も助けが必要であれば同僚,上司,その他に同席してもらう(特に研修医であれば必ず指導医と共に)。
(2)患者の理解度のアセスメント:はじめに,患者は医学知識がまったくないと仮定する。今までに医師が何を説明し,それを理解しているか,そしてどう思っているか尋ねる。
(3)具体的な開示方策:すぐに出来事を話すのではなく,「とても重大な話がある」というように,まず前兆の言葉をのべる。常にアイコンタクトを保ち,ゆっくりと話す。特に,重要な箇所はよりゆっくりと話し,時には繰り返すことも必要である。患者が理解しているかどうか時々確かめる。患者にわかりにくい専門用語は避け,明瞭な言葉で話す。決して途中で患者の話を遮断しない。
(4)謝罪:患者も人間である。誠意を持って必ず謝罪することが大切である。
(5)患者の感情や反応への対応:患者の怒り,悲しみに共感,同情し,それが正しい反応であることを認める。例:「そうですね,たいへん苦しかったでしょう」(時に沈黙が効果的であることもある)。決して患者の強い感情(怒り,悲しみ,困惑,驚きなど)を無視したり,退けたりしない。
(6)その後の計画,行なわれる改革などを伝える:まず患者の希望する治療の優先順位を同定する。そして,その希望を考慮し治療計画を考察,その治療がどのような利益を患者にもたらすのかを示し,十分な説明を行なう。患者が他の支え・後援者が必要である場合その手配を行なう。必要であれば医師自身の援護者も探す。

 今回の講義における重要なポイントは,大多数の患者は医療過誤の開示を望んでおり,それは患者の権利でもあるということである。開示は医師にとって困難を伴うが,患者の立場にたち,思いやりを忘れなければ最終的に医師,患者双方によい影響を及ぼすことが多い。文化的背景が違う米国で行なわれた講義のレポートがそのまま日本で受け入れられるかどうか,一概には言えない。しかし,日本でも米国でも共通しているのは,医師は常にプロフェッショナルであるという自覚を持ち,医療過誤予防に最善を尽くすべきであり,同様に起きてしまった医療過誤に対しても最善を尽くすべき,ということである。患者も医師も人間である。誠実な対応はかならず患者に伝わることを信じていたい。


岸本暢将氏
1998年北里大医学部卒業,1998-2000年沖縄県立中部病院内科研修,2000-2001年在沖縄米国海軍病院インターン,2001年-2004年6月ハワイ大内科研修医。2004年7月からニューヨーク大Hospital for Joint Diseasesにてリウマチ学専門医研修開始予定。著書に『太平洋を渡った医師たち』(医学書院,共著),『アメリカ臨床留学大作戦』,『米国式 症例プレゼンテーションが劇的に上手くなる方法-病歴・身体所見の取り方から診療録の記載,症例呈示までの実践テクニック』(以上,羊土社)などがある。