医学界新聞

 

連載

ディジーズ・マネジメントとは何か?

第4回 ディジーズ・マネジメントの事例(1)
ジョスリン糖尿病センターでの実践から

中野真寿美 広島大学大学院保健学研究科博士課程後期
森山美知子 広島大学教授・大学院保健学研究科看護開発科学講座
坂巻弘之 医療経済研究機構研究部長


2580号よりつづく

 ディジース・マネジメントは診療ガイドラインをベースに,多職種が連携し,最大の成果を上げることにその目的を置く。今回,糖尿病の治療・研究で世界的に有名なジョスリン糖尿病センターJoslin Diabetes Centerを訪問し,医師や看護師,栄養士らとディジーズ・マネジメントの観点からディスカッションしたので報告する。

ジョスリン糖尿病センターの特徴

 1898年にElliott P Joslin, M.D.によって設立されたジョスリン糖尿病センター(以下,ジョスリン)は米国ボストンに位置し,ハーバード大学の教育病院として,また,ベスイスラエル病院やボストン小児病院とも連携を取りながら,最先端の糖尿病治療や教育,研究などを手掛けている。

 ジョスリンが糖尿病ケアの中で最も誇るものは,その教育体制である。Funnel MMらによると,1930年に発表された「Joslin Clinic diabetes teaching program」がフォーマルなプログラムとしては最も歴史のあるものであるという。その後,米国糖尿病学会などからもさまざまな教育プログラムが発表されており,これらを含め,ジョスリンではプログラムを提供しながら,その効果の検証を常に行なっている。

 ジョスリンでは,以下のような総合的な糖尿病マネジメントプログラムを連日実施している。

◆Diabetes Today:新たに2型糖尿病と診断された者を対象とするプログラム。5回の集団クラスと3職種との3回の個人面談から構成される。1日数回や1週間に1回のクラス受講など,受講者と教育者との話し合いで柔軟にプログラムが構築される。

◆Step to Success:2時間半×5回のクラスから構成され,すでに血糖測定を実施し,栄養指導を受けている者が,より安定した維持ができるようするプログラム。

◆DO IT:糖尿病の自己管理スキルの向上を目指すもので,各専門家による4日間の集中的なプログラムと6か月間の電話/ファックス/E-mailのフォローアップが行なわれる。

 その他,運動療法教育や食事療法と運動療法を組み入れた体重減少プログラム等の「栄養と運動のプログラム」,糖尿病性腎症の予防やモニタリングの教育プログラムやインスリン使用者が低血糖を予防するための「特別プログラム」,インスリン・ポンプ/インフューザー療法について説明する「インスリン・ポンプ・プログラム」等がある。

ジョスリンのチーム医療

 ジョスリンのスタッフは,研究部門,クリニック,糖尿病ケアの質を向上させるために設けられたビジネス部門をあわせて700名以上にのぼる。現在,クリニックには45名の医師,6名のナースプラクティショナー,6名のクリニカル・フェロー,13名の教育を行なう看護師,11名の管理栄養士,そして,7名の運動療養士等が勤務している。

 ジョスリンでは,各専門職種がチームを組んで糖尿病教育を行なっており,そのメンバーには,上記のほかに,メンタルヘルス専門家,糖尿病足療法士,アイケア(眼のケア)専門士,ソーシャルワーカーがいる。日本でも,チーム医療の重要性は認識されており,チームカンファレンスなどで患者情報を共有し,効果的な治療,教育を提供する取り組みが盛んになっている。しかし,日本では糖尿病療養指導士が誕生して数年しか経過しておらず,その教育効果が十分検証できていない現状である。また,スタッフ不足も伴い,未だに多くの病院において医師が行なう治療が中心で,心理社会的側面にも注目した教育プログラムを提供している施設は多くはない。

ジョスリンの患者教育

 ジョスリンでは患者教育は実生活に根ざしていなければならないとの強い信念から,設立時90床あった入院施設を1987年に廃止している(米国では1989年から教育入院への保険支払いが制限された)。したがって患者・家族教育は外来で行なわれており,さまざまな形態の教育プログラムを有し,看護師等がフィジカルアセスメントも実施し,合併症予防や行動変容プログラムを展開している。

 通院での教育プログラムの中で,管理栄養士は単にカロリー計算や食事の取り方などを説明するのではなく,実際に料理教室を開いて調理,食事を共にしたり,患者の生活に合わせて簡単にすぐ作れるレシピなどを紹介する。また,外食が多い患者の場合は,どんな食事が血糖値をどのくらい上昇させるか,実際に食後の自己血糖測定を行ない,評価するところまで指導する。日本では,自己血糖測定はインスリンを使用している場合のみ保険適応であるが,米国では血糖の自己測定は糖尿病のコントロールに有効であるというエビデンスがあり,推奨されている。糖尿病の初期に,どのくらい食べるとどのくらいの血糖値になるのかを測定し,体で血糖と食事との関係を覚えていくことは有効であると説明された。

 この他,専任の運動療法士が患者ごとに運動メニューを設定し,患者が退屈しないようにさまざまな運動器具を使って,患者の状態を確認しながら指導する。また糖尿病では,これまでのライフスタイルを修正する必要もある。長い経過の中で自己管理が困難になり,うつ状態に陥ることも多く,メンタルケアを特に必要とする患者は,その専門家がカウンセリングを行なう。さらに,糖尿病の合併症が進むと,視力障害や透析などにより,就業困難に陥り,経済的な問題を生じるため,患者自身の生活を支えるためのサポートをソーシャルワーカーが提供している。

 こうした一連のチーム医療によって,患者は重厚な教育とともに,自己管理を継続させるために必要なサポートや,支えられているという感覚を得ることができる。

ジョスリンにおける糖尿病ケアとそのシステム

 米国で広がりをみせるディジーズ・マネジメントにより,ジョスリンにおいても新たな試みが必要となっている。チーム医療をより効率的に提供するシステム作りである。個々の患者をどのように評価し,必要な教育を提供するか,またそれによってどのような効果が得られたか,ということをシステムとして明らかにすることが重要である。

 現在,ジョスリンで実践されているシステムの概略は,以下のようになっている。

患者紹介のルート
 各種病院やクリニック,施設などの医師・看護師あるいは患者自身やその家族から,ジョスリンが電話かファックスで照会を受け,患者登録後,受け入れ態勢を整えるシステムとなっている。また,同じ検査を繰り返さないように,照会元の施設から,検査データを取り寄せ,まず糖尿病か糖尿病前段階かの評価を行なうことから,教育スケジュールが選択される。糖尿病の予防や家族教育は,1次・2次予防として非常に重要であり,医療費削減に大きく貢献できる。患者・家族の要望があればより詳細な情報を電話でも提供してくれる。

患者アセスメント方法
 患者アセスメントは,患者リスクに視点を置いている。糖尿病の状態が,現在どのような治療を必要とするかによって,教育プログラムが異なってくる。一般的に,医療費が最も増大するのは,合併症の併発である。そこで,それを予防,あるいは発症を遅らせることが必要となってくる。ジョスリンでは,まずインスリン使用の有無と合併症併発の有無によって患者教育を分けている。しかし合併症を持つ患者は,個々に問題を有しており,集団的な介入のみでは問題解決が困難なことが多い。そこで,教育プログラムに入る前に,60-90分かけて1対1で看護師等と面接し患者評価を行なっている。面接では,パソコン画面に記載された質問を患者が1問ずつ回答し,それらの結果を看護師が総合評価し,必要なカリキュラムが展開されることになる。パソコンが扱えない,または識字力のない患者では,看護師が1問ずつ読み,回答を得る。質問項目は,20項目以上あったようであるが,詳細な内容はジョスリン独自で作成されたもので資料の入手はできなかった。ジョスリンでのこうした患者アセスメント方法は,リスク特定のためのディジーズ・マネジメントと患者個々の評価をするケース・マネジメントをうまく組み合わせた効率的な方法といえよう。

介入プログラム
 ディジーズ・マネジメントを行なうためには,標準化されたケアを提供するためのガイドラインが必要である。そのガイドラインは,根拠に基づき,対費用効果が得られるものでなければならない。ジョスリンには独自に作成されたガイドラインがあり,これをもとに治療やケアを行なっている。
 ジョスリンのガイドラインには,治療ガイドラインと病態別ケアガイドラインがある。前者は,糖尿病のタイプや血糖値などのコントール状況別に,内服やインスリンの使用をどのように行なうか,使用期間と判定に従ったアルゴリズムとなっている。後者は,初回診断,血糖コントロール指標,血圧,心理的問題など,病態別に誰がどのようなケアをどのように行なうかといった大まかな指標が示されている。例えば初回診断時は,初期評価と自己血糖測定や糖尿病とその治療に関する知識,栄養,運動などの教育をそれぞれの専門士と内分泌または糖尿病専門医が行なう,といった内容である。

フォローアップと再アセスメント方法  フォローアップや再アセスメントは,先のガイドラインに従って行なう。しかし,腎症などの合併症を持つ患者や出産を控えた患者などは,それぞれの専門医に引き継ぐ。また,一定期間の教育を終了した患者で,継続教育が必要と判断された場合は,患者の同意を得て続行される。さらに,電話やE-mailなどで,継続したサポートも行なう。

経費(保険負担と患者負担)
 1回のプログラムに対する費用は,一般的なもので6-7週間が保険適応内であり,それ以降継続される場合は,すべて自己負担となる。よって,教育の継続が必要と判断された場合でも患者の同意が必ず必要である。しかし,ジョスリンでの質の高い教育は患者からも信頼を受けており,教育を続行するケースが多いということであった。この費用に関しては,ジョスリンのディジーズ・マネジメントモデルを用いたほうが,糖尿病にかかる年間経費が全米標準に比べ50%低いという結果が公表されている。

おわりに

 ジョスリンでのディジーズ・マネジメントは,従来から行なってきた糖尿病治療や患者教育をベースにしており,費用効果が高く,質の高い教育である。昨年は米国全体の患者のHbA1cの平均が8.9-9%に対して,ジョスリンでは平均7.65%を達成したと報告されている。

 わが国における糖尿病管理・教育のプログラム開発にあたって必要なことは,(1)患者個人の基本情報と行動変容に影響する要因を明確にすること,(2)幅広いネットワークを持ち,それら情報を容易に交換できるシステムをつくること,(3)ガイドラインに基づいた治療や教育を展開できるようにすること,(4)必要な介入を個人単位で行なうプログラムと,集団として効率的にアプローチするプログラムとをうまく合致させること,(5)適切な評価が行なえること,といったことがあげられる。