医学界新聞

 

〔寄稿〕

高齢者リハビリテーション研究会報告を読む

大川弥生(国立長寿医療センター・研究所/生活機能賦活研究部)


リハの正しいあり方を打ち出した画期的な提言

 厚生労働省老健局の高齢者リハビリテーション研究会の報告書「高齢者リハビリテーションのあるべき方向」が1月末にまとめられ,本紙でもそれに関連して老健局長・中村秀一氏と研究会座長・上田敏氏との対談「リハビリテーションの総検証」が行なわれた。委員の1人として報告書の概略を紹介したい。
 まず報告書の内容の全体的印象を述べると,「全人間的復権」という本来のリハビリテーション(以下,リハと略す)の理念の実現に向けて,リハの原点を正面からみすえた画期的な提言と言うことができよう。
 前記の対談で中村氏が「恐ろしいことを淡々と記述している」,「ある意味で激震になるかもしれない」と述べられているように,この報告は,一般国民の感覚からみれば当然のことでありながら,リハの現状からみるとかなり手厳しい指摘とならざるを得ない点を含んだものである。このような内容に,各界を代表する21人の委員のコンセンサスが得られ,行政側にも高く評価されていることは非常に意義深いことと言わなければならない。対談の終わり近くに上田氏が指摘されるとおり,まさに「時代がそのように動き出した」のであろう。
 中村氏も言っておられるように,この報告書は「高齢者」を取ってリハ全般に関する提言としても十分に通用するものである。またここで述べられた内容はリハだけでなく,高齢者にとってのより良い医療・介護・保健・福祉づくりの指針になるものと考えられる。

介護保険のリハの質的問題が露呈

 この報告書作成の背景としては,介護保険によって,リハが一般国民にとって利用しやすいものになり,量的には急激に拡大した反面,さまざまな質的問題が露呈したことがあげられよう。しかしそれは介護保険だけの問題ではなく,むしろそれ以前から医療の世界で行なわれていたリハの本質的な問題が表面化したという面が大きい。
 介護保険でリハに関するサービス提供者が急激に増えたが,その際それまでさまざまな問題をはらみつつ“リハと称して”行なわれてきたものがそのまま取り入れられてしまったことが問題だったのである。

■報告書が指摘した現状の問題点と新たな提言

リハの理念は機能回復ではなく「全人間的復権」

 報告書は冒頭に,「リハは,単なる機能回復訓練ではなく,心身に障害を持つ人々の全人間的復権を理念として,‥‥(後略)」と述べ,「全人間的復権」というリハの原点に立つことを明らかにしている。この点はわが国の障害者施策の基本である障害者基本計画が,リハの理念は「全人間的復権」であるとしていることと軌を一にしている。
 これは「リハは機能回復訓練」との「通念」を明確に否定するものである。このような誤った「通念」がさまざまな誤解の根源になっているだけに,これを冒頭で否定したことは大きな意義を持っている。

枠組みはICFの生活機能構造

 本報告書のもう1つの大きな特徴は,ICF(国際生活機能分類:WHO制定,2001年)の枠組みに立っていることである。ICFでは,人が「生きる」ことを,(1)心身機能,(2)活動,(3)参加の3階層で構成される「生活機能」としてとらえる。この3レベルは,(1)生命,(2)生活,(3)人生と言い換えることもできる。
 本報告書の基調は,リハとは生活機能全体の向上をめざすものということである。これはすでに昨年のリハに関する介護報酬改定の基本骨格となった「個別性重視」の基礎にある考え方であり,「リハビリテーションは,患者の生活機能の改善等を目的とする……実用的な日常生活における諸活動の自立性の向上を目的として行われるもの」(特定診療費に関する規定,下線筆者)と定義されていることと一致している。
 このように3レベルからなる生活機能が相互に,また健康状態(疾患,加齢など)や,環境因子,個人因子などとの間で,相互作用を行なうことを重視するのがICFの生活機能モデルであり,本報告書はそのような総合的な見方に立ってリハを見ているのが大きな特徴である。
 生活機能モデルで整理すると,例えば機能回復訓練は,心身機能のマイナス面である機能障害レベルのみへの直接的な働きかけであり,生活機能全体の中のごく一部への働きかけであることが理解できよう。

「維持期リハ」の呼称による誤解

 これまで「介護保険のリハは維持期のリハであり,維持的リハである」と一部では言われてきたが,本報告書はそれを明確に否定している。すなわち,「医療保険と介護保険の制度に分かれることによって,それぞれ提供されるリハに制度上の差異があるかのごとく考えられやすいが,リハの目的や目標に差異があってはならない」という指摘である。
 「維持期のリハ」という呼称はこれまで大きな誤解を与えてきた。1つは「維持すれば十分である」という誤解,もう1つは「維持するにはリハが必要である,リハをしていなければ維持さえできず,悪くなるだけである」との誤解である。これにより漫然と長期的にリハが行なわれ,「訓練人生」という本来のリハとは逆のものをつくり,また財源の面でもマイナスになっていた。
 この「維持期」という呼称の背景としては,大きく3つの根本的な問題があると考えられる。1つは,リハの対象を機能障害と考え,ある時期以後は改善がなく,維持しかありえないないとしたことである。しかしICFモデルに立てば機能障害は改善せずとも生活(活動)・人生(参加)はより良くできるのである。2つ目は,機能回復訓練中心であったことである。活動向上訓練によって生活・人生を改善できることへの認識の不足である。そして3つ目は,これまでのリハが,次に述べる「脳卒中モデル」のみに立っていたことである。

■廃用症候群モデルの重要性を強調

 脳卒中モデルとは,脳卒中や骨折などによる急激な生活機能の低下につづいてある程度の回復傾向を示すものに対して,その回復を促進するプログラムであり,従来はこれが唯一のリハのあり方であるような固定観念にとらわれがちであった。
 現在介護保険で急激に増えている軽度の要介護者の多くは,心身機能の不使用(生活の不活発化)のために心身の機能が低下する廃用症候群や,骨関節疾患(これにも廃用症候群が合併しているのが普通)などのように徐々に生活機能全体が低下するタイプに属している。そしてこのような人々に対しては生活機能低下の早期発見と早期対応という「廃用症候群モデル」のリハが必要なのである。
 報告書では「高齢者リハの基本的な考え方」の最初に「脳卒中モデルと廃用症候群モデルとでは,リハの内容は異なる」として二者の違いを図示している(前記対談の図参照)。

維持的リハではなく「断続的リハ」

 この2つのモデルはリハに大きな影響を及ぼすが,その1つに時期区分がある。報告書では「脳卒中モデル」について従来の「回復期」「維持期」の呼称を避け,文章で説明している。
 すなわち脳卒中モデルにおいては,「(1)発症直後からリハを開始し,(2)自宅復帰を目指して短期的に集中してリハを行なった後に,(3)自宅復帰後は日常的に適切な自己訓練を行なうとともに具体的な課題やさらなる目標が設定された時に,必要に応じて,期間を定めて計画的にリハを行なうことが基本となる((1),(2)等の数字は筆者追加)」とある。図でこれを(1)「急性期リハ」,(2)「集中的リハ」,(3)「断続的リハ」の名称で示している。
 一方,廃用症候群モデルにおいては,「脳卒中の発症のように急性ではなく,徐々に生活機能が低下してくることから,生活機能の低下が軽度である早い時期にリハを行なうことが基本となる。リハの提供にあたっては,必要な時に,期間を定めて計画的に行なわれることが必要である」とある。
 これは,廃用症候群モデルでは最初から断続的リハを行なうということである。この断続的リハとは「必要に応じて,期間を定めて計画的に」行なうリハであり,慢然と続ける維持的リハを否定し,それに代わるものである。

「安静度」から「活動度」へ

 廃用症候群とその悪循環は「廃用症候群モデル」だけの問題ではなく,「脳卒中モデル」でも一般医療でも常に考慮すべき問題である。
 報告書は「廃用症候群の対策の重要性」として「後期高齢者に多い衰弱を含め,高齢者の心身機能の低下は,『年だから仕方がない』などと考えがちであるが,実は廃用症候群であったことが見逃されていたことが少なくない」としている。これはリハにおける一般医療の役割の重要性を示すものといえる。
 報告書では,廃用症候群は,「必要以上の安静の指導がなされたり,早期離床や早期の日常生活活動向上のための取組がなされなかったことなどによって生じる」ことを指摘し,これに対して「これまで医療機関で日常的に使用されてきた『安静度』という用語を見直し,『活動度』に変更する必要がある」と提言している。

「つくられた歩行不能」
安易な“車いす偏重”の害

 現在医療の現場でも介護でも,車いすが多用されている。たしかに車いすには利用者の参加の拡大につながる一面がある。しかしながら問題は,報告書が指摘するように「訓練の時は歩けるのに,実用歩行訓練が不十分なまま,実生活では車いすを使わせたり,歩行ができるのに車いす介助で移動させるなど不適切かつ尊厳にかけるような車いすの使用がなされる場合がある」ことである。
 報告書はさらにふみこんで,「このような高齢者の状態像に合わない車いすの使用などによる『つくられた歩行不能』については,いまだその危険度が十分に認識されていない」「今後は,歩行しないことによる廃用症候群の危険性について,予防・医療・介護の関係者はもとより,高齢者自身やその家族は十分に認識する必要がある」と強調している。

活動向上訓練の重要性

 リハの基本技術は訓練室での機能回復訓練ではなく,活動向上訓練である。これによってはじめて過度の車いすへの依存からの脱却が可能となる。活動向上訓練は,「めざす人生」の具体像であるさまざまな「活動」を可能にしていくものである。めざす人生は1人ひとり違うのだから,活動向上訓練の対象とする「活動」も,それを可能にするための進め方(プログラム)も本質的に個別なものである。これが昨年のリハに関する介護報酬改定のかなめとなった「個別リハ」の基本的考え方である。
 本報告書では「入院(所)リハについては,これまでの訓練室中心のプログラムから病棟・居室中心のプログラムの充実をはかる必要がある。入院(所)直後からの日常生活の活動向上訓練,福祉用具の適切な選択と使用方法や使い分けの指導が,病棟・居室棟の実生活の場で在宅生活と同じような環境の中で行われる必要がある」と述べている。また,「リハ専門職が訓練を行ない向上させた高齢者の活動能力を,看護職・介護職が日常でのケアを通じ,実生活で実行できるように定着させるような連携が重要である(下線筆者)」と,活動向上訓練における「できる活動」(ICFの「能力」)と「している活動」(ICFの「実行状況」)の両方への働きかけが必要だとしている。
 これと関連して,「早期の在宅復帰の促進を図るために,病棟・居室棟の設備については,車いす用設備に偏らない,通常の在宅生活・社会生活に近い多様なものが望ましい」と述べているのも重要な点である。これは「車いす用設備偏重からの脱却」と言ってよい。

■国民と医療職に求められること

一般医療の役割を重視

 従来リハは専門の施設で,理学療法士,作業療法士などのリハ専門職で行なわれるものと考えられがちであった。しかし本報告書では,リハにおける一般医療の役割を強調している。
 すなわち,「リハは,ともするとリハ専門の医療機関のリハ専門職だけが訓練室で実施するものであるというような誤解が生じがちである」としたうえで,「しかし,リハ専門医療機関あるいは専門職のみならず,身近な医療機関において医師・看護師などが日常の医療や看護業務の中で実際の生活の場に近い環境で行なうことが重要である」と述べている。

リハの主体は本人

 報告書はさらに「リハは,単なる機能回復訓練と捉えがちであるが,本来の意義である生命・生活・人生のすべての側面に働きかけ,その人の持つ潜在的な生活機能を引き出し,生活上の活動を高め,それにより豊かな暮らしを送ることも可能とするものであることの理解を,より一層すすめる必要がある」として,まず国民,そしてかかりつけ医,介護支援専門員,その他高齢者の予防・医療・介護にかかわるすべての専門職と関係者の理解を求めている。
 特に,リハの主体は専門家ではなく利用者・患者本人であることを強調し,報告書は次のように述べている。「リハの目標や計画は,利用者が主体となって専門職がこれを支援するような取り組みで設定・作成される。このような過程を経ないで設定された目標や,計画に基づかない単なる機能訓練を漫然と実施することがあってはならない。これは訓練そのものが目的化することになり,いわゆる『訓練人生』をつくることになる」。

おわりに

 以上に述べたこと以外にも,報告書は専門家のチームアプローチの重要性,地域リハ支援体制の再構築,老人保健事業・介護予防事業の総合,入院リハ中心から在宅生活での必要に応じての外来・通所リハ重視への転換,患者・利用者の生活機能に関する情報の交換や履歴の共有化など,多くの新しい提言を行なっているが,紙面の制約で略す。今後報告書の提言をどう生かすかが,われわれ専門家に与えられた大きな課題である。
 この報告書が広く理解され,利用者・患者の自己決定権を尊重した本当の意味のリハビリテーション(全人間的復権)達成にむけたリハビリテーション・ルネッサンスの第一歩となることを委員のひとりとして心から願っている。



大川弥生氏
1982年,久留米大院修了。東大リハ部助手,帝京大助教授などを経て現職。近著に『新しいリハビリテーション――人間「復権」への挑戦』(講談社現代新書)。