第2581号 2004年4月19日


日本型研修へのみちしるべ

第3回

1人で何でもこなすパワフル医師
VS
分業システムの中で自分の責任を果たす医師

編集:桑間雄一郎
ベスイスラエルメディカルセンター内科
アルバートアインシュタイン医大アシスタントプロフェッサー


2576号よりつづく

 今回は第1回目の「日本型何でも屋医師vs分業化の米国型専門医」の延長線上にある議論になります。
 日本の医療現場では1人の医師が何でも力強くこなしていくことが美学として求められます。研修医が24時間病院に張り付いて,「当たって砕けろ型」,すなわち自分の経験や徒弟制度で力強さを獲得していく研修という側面が強い。一方,米国は分業化のシステムによって患者を治療する医療制度のもと,講義やテストがたくさん盛り込まれた研修が行なわれています。異なる医療制度のもとで求められる医師像も異なるのに呼応して,医師研修の仕方にも違いが出てきます。それぞれの利点と欠点を論じていただきました。

(桑間雄一郎)


■美化された米国医師研修の姿

「古きよきアメリカ」

本郷 私がニューヨークの市中病院でこの3年間経験した医師研修には,渡米前に日本でいろいろと聞かされていたものとは少し違う面もありました。一時代前に米国医師研修を経験された大先輩の先生方が,古きよきアメリカを今のアメリカのように日本に紹介されますが,今のアメリカの医師研修の様子はやや違うのかもしれません。ニューヨークの私の周囲の研修医たちの身体所見や手技などをみていると,沖縄県立中部病院で研修を受けていた時の周囲の研修医のほうがむしろ上手だったかもしれないと思い返すこともあります。
新明 私は逆にニューヨークのレジデントは結構しっかり身体所見を取っていると感心させられることが多いと感じています。本郷先生の経験した沖縄県立中部病院の研修は,米国のウィリアムオスラー時代を実現したような,ある意味で日本の中では特殊ですばらしい研修環境だったのではないでしょうか。普通の日本の研修を代表しているとはいえません。むしろスーパーアメリカなのであって,アメリカの高い理念を,すばらしい先輩の努力をもって日本で実現されたものと捉えるのが適切なのかもしれません。
桑間 日本に紹介される美化された米国研修医制度は,米国の医師研修制度に書かれているコンセプト,すなわち理想論であるという面もあります。
 米国ではコンセプトや理想論を,その実現の可能性はそっちのけで,口だけで夢の世界まで議論を高めてしまう傾向があるのは事実です。マニュアルや各研修施設での教育指導要綱を読むと,これはすごい,日本はまるで太刀打ちできない,すぐに降参,という気持ちになります。しかし,米国で現実に起きていることとの間には大きなギャップがあって,現場に入ってみるとがっかりすることも少なくありません。

◆議論のポイント
 日本に紹介されている米国式研修は,むしろ米国で語られる理想を,日本の先人がその努力によって具現化したものと言える。米国で現実に行なわれている研修とは大きなギャップが生じていることもある。

■研修医の労働環境をどう考える?

日米の研修環境

新明 理想論と現実のギャップ以外に,米国は何事においても変化が早いので,「古きよきアメリカ」と「今のアメリカ」との時代のギャップも大きいのかもしれません。
 ニューヨークに来てからの3年間でも,研修環境はどんどん変わっています。研修医の労働時間を週80時間以下に抑え,24時間以上の連続勤務を禁ずるベルコミッションの規制も,ごく最近になって徹底されるようになりました。以前は,出勤して夜も働き,翌日夕方まで勤務することもありましたが,24時間以上続けて勤務させてはならない規制も徹底してきて,翌朝には強制的に帰宅させられるようになりました。ジョンズホプキンスの内科が,査察団から研修医の労働条件違反を指摘されて,研修施設認定を最近取り消される一大事が起きるほど,規制が厳しくなってきました。
村島 日本ではクレージーな労働環境でした。24時間365日といった感じ。夜中に呼び出されることが頻繁で,宿舎から病院へ直行です。3年間これを続けました。患者さんの命を預かるという大きな責任は,私生活を犠牲にしてつくすものという感性を叩き込まれ,それが普通なのだと思うようになっていました。
 ところが,米国では夜中チームへいったん引き継げば病院に呼ばれるようなことは翌朝まで決して起こりません。夜中チームが全責任で管理にあたるのです。ただ,夜中チームは私の引き継いだとおりの治療はしてくれないことも度々あります。治療の一貫性が失われて,患者さんの状態が悪化することもあります。これが私はいやで,なるべく自分ですべてやろうと夜遅くまで残って仕事をし,そして翌朝5時には病棟に行ったりします。日本ならば誉められるはずなのですが,米国では私が馬鹿で仕事の効率が悪く遅いのだと皆は思うようです。これは大きなフラストレーションです。

シフト制が生む問題点

本郷 患者さんの状態がよくならなかったりマネジメントがうまくいかなかったりするとストレスを感じるのは,当然だと思います。このようなことを私の日本での恩師の1人は「主治医感」と仰っていました。
 アメリカでは1人の患者さんに多くの医療スタッフや専門家がかかわること,あるいはアメリカの文化そのもの,などから「主治医感」が薄まっているのかもしれません。ガイドラインがあるから患者さんを誰が診ても同じなので,早く帰ればよいし人に任せてよい,という考え方もあるかもしれませんが,患者さん固有の状態や全体像は主治医じゃないとわからない部分もあると思います。
西堀 米国では引継ぎが頻繁に行なわれ,シフト制で患者さんの治療に当たっていることが多いですね。村島先生のおっしゃるとおり,難しい状態の患者さんがいるとそのケアに対するカバーが手薄になります。また,米国ではプライベートの保険を持っている患者さんは主治医がしっかりと決まっていますが,保険がない患者さんなどでは,レジデントや治療に責任を持つ指導医までもがローテーションの都合で代わったりします。こういうことが日本のような社会から見ると希薄とも思える「主治医感」を生む1つの要因になっているのかもしれません。保険の有無や差異によって差別することはヒポクラテスの誓いに背くことになるのではないかとも懸念しています。
村島 米国での「主治医感」の希薄さに同感です。夜中チームへの引継ぎだけではありません。週末は交代で他のチームの患者さんをお互いに管理し合う形になっていますが,結果として,金曜日に入院した患者さんを数時間だけ受け持ち,週末休みで月曜日になったら患者さんが退院していたというようなことも間々あります。結果として,患者さんを継続的に診る機会が減ってしまっています。
 このことは1人の患者さんの病気の管理を全体として経験することではじめて得られる,医師の総合能力育成にとっても悪い影響を与えていると思います。日本のように24時間ポケットベルで自分の患者さんのことで呼ばれ,夜も安心して眠れないのがよいとは思いませんが,アメリカの現状がすばらしいとも思えません。
上村 1人の患者さんの管理に長時間労働でかかわらないことが原因で,医師の総合能力が育たないのではないかとの懸念に私も賛成です。米国の医師は珍しい病気などの細かな知識は豊富なことに驚かされる一方で,患者の全体像を総合的に捉えて判断するような状況で判断がすばらしいと感激することは少ないのです。これは医療が,医学領域的にも各専門分野に分断され,患者管理の時間軸でも分断されたためにおこる,医師研修上のデメリットなのかもしれません。

研修効果と労働条件のバランス

桑間 24時間365日病院に張り付いて,何から何まで経験することが,力強い医師を養成するという医師研修の観点が重要なのは確かでしょう。私も研修医の頃は病院の宿直室か病院近くの病院宿舎のいずれかにいつでもいるような生活でした。思い返せば,夜中は自分1人で判断しなければならないような状況で緊張度も高まり,多くの修羅場を自分で乗り切った経験が医師能力としての力強さや自信につながったと感じます。今でも強烈に思い出される症例はなぜか夜中のものであったことが多いのです。
 米国の医師が修羅場に遭遇した場合は,他の多くの専門医を緊急招集するか,状態が悪化した患者さんを集中治療室の医師の管理にゆだねるかの対応をとることになり,自分だけで何とかするようなことはしませんし,またそのような力強さを持つ医師に育てられていないことが大半です。
 米国では1人の医師が全治療に責任を持つというよりも,多くの医師を配置する病院のシステムが患者を治療するという側面が強いですよね。日本の医療現場は数少ない医師によって支えられていますから,医師には何でもこなせる力強さが必要になります。しかし,力強さを養成するための過度に厳しい労働条件は人間の限界を超えているし,日本が豊かになり私生活を楽しむことがスタンダードになった今の時代では,医師たるもの自己犠牲の厳しい研修を積むべきものという一昔前の根性論は通用しにくくなったのも確かです。研修効果と労働条件のバランスをいかにとっていくかは,大切なテーマです。
西堀 研修医も人間だから労働条件に制限をつけるのは,基本的人権の観点から絶対に必要です。研修医は安い労働力だし,研修を受ける身分なのだから丁稚奉公と同じ,どんどん雑用に使ってよいと考えることは,病院および指導医側の間違いで甘えであるという戒め,意識改革も必要になってきたのでしょう。卒後医学教育というのは終わりのないマラソンのようなものですから,燃え尽きてしまわないということが大切だと思います。また卒後研修には十分な内容と時間のレクチャーまたはカンファレンスを受けるのも研修医の「基本的人権」の1つだと思います。

研修には「経験を積むこと」と「知識を蓄えること」が必要

八重樫 24時間365日では集中力が落ちて仕事にならないし,学ぶ能力もずいぶんと落ちてしまいます。24時間眠らなかった人の判断能力は血中アルコール濃度0.10%で酔っ払っている人の判断能力と一緒というデータがNatureという雑誌にも載っています。ひどい労働環境は研修にとって決してよいことではありませんし,患者にとっても不利益です。
 シフト制にすることで,リフレッシュできて効率が上がる面もありますし,そういう時間に落ち着いて医学文献や教科書を読むこともできるのです。医師研修には,患者管理から経験して学ぶことと,腰を据えて医学文献を読みながら知識を蓄えることの両方が必要です。病院にただ24時間いて,雑用係の便利屋として働いていれば実力がつくというものでもありません。
本郷 ただ単に下働きの雑用のために24時間働くのならそれは問題でしょうけど,医師としての経験をつむためという目的がはっきりしたものであれば研修医も不満を持ちにくいと思います。私自身は雑用のために24時間拘束されたという経験は日本でもありませんが。
西堀 桑間先生もコメントされたように,患者の状況の変化によって,病棟と担当医師チームをセットにして交代させてしまうのが米国風です。一般病棟での管理が難しい状態へと悪化すれば,集中治療室へ転送ということになります。担当医師は集中治療を専門にする医師と集中治療を研修するレジデントのチームへと変更になります。
 日本の研修であれば多くの受け持ちから重篤患者が出るたびに,プライベートの予定はすべてキャンセルで病院の泊まり込みが続く結果になります。ところが,米国では患者を集中治療室へ転送させてしまい完全なシフト制もあるので,レジデントはスケジュール通りの勤務です。重篤患者の管理を得意とするチームによる治療の方がその患者にとってはよいはずという意見も成り立ちますし,引継ぎを多く受ける分だけたくさんの症例を診ることができるメリットがあると言う人もいます。ただ,もちろん自分が積極的に別の病棟にまで行って患者をフォローアップでもしなければ,長期的な視点での自分の教育にはならないという欠点はあるのは確かで,バランスが難しいところです。

◆議論のポイント
 24時間365日体制で働く日本の研修では,継続的に患者を診ることができる意味でのメリットはあるが,その過酷な労働条件のために研修医は疲弊し,医療の安全にも問題が生じる危険性がある。一方で,米国式のシフト制には,患者を継続的に診ることができないことで「主治医感」が希薄になりがちであるという問題点もある。これらを踏まえながら,研修効果と労働条件のバランスをとっていくことが肝要だ。

■医師がabuseされることのない社会を

「研修医虐待」にならないために

桑間 英語ではabuseという言葉をよく使います。研修医をabuseしてはいけないということだと思います。日本でも最近ようやく社会的に関心が注がれるようになった小児虐待の概念は英語ではchild abuseです。つまり,研修中という理由をいつも振りかざして厳しい労働条件を研修医に強要しすぎれば,表現が強すぎるかもしれませんが,これは研修医虐待になってしまうという意識改革が求められているのでしょう。
 自分が受け持つ患者さんへの夜中の静脈注射のためだけに,各研修医が病院に泊まらなければならないようなシステムはよくありません。雑用をこなすための当番はしっかりシフト制にして労働条件を守る工夫が必要でしょう。その一方で,雑用のためではなく,患者管理を学ぶために病院へ宿泊できるような研修医用の宿泊設備を充実させることは労働とは別に確保したいところです。患者さんの状態が本当に変化した時だけ起こされるような,純粋に研修目的の当直ができるような環境を提供できれば理想的なのですが。

医療全体の貧しさを解決することが第一

新明 1つ重要な日米の違いに言及しなければならないと思います。日本の医師は年をとっても長時間労働で気の毒ですよね。白髪の医師が月に何日もの当直勤務をさせられています。当直明けの日はいつも通りの勤務です。桑間先生の表現を借りれば,医師全体が社会にabuseされていると捉えることもできます。
 研修医の雑用にどうしても頼らなければならない医療全体の貧しさが根本原因なのであり,研修医を雑用に使ってはならないということだけが取り上げられると,指導医側が干上がってしまう。日本のこの現実をまず先に解決しなければなりません。
桑間 まったくその通りです。医師研修の質は将来多くの国民が享受できる社会保障サービスへの投資です。教育病院へは今の何倍もの経済的投資があっていいはずです。
 雑用ではなく学ぶための宿泊施設という発想は,医療費抑制が声高に叫ばれる日本の現状では夢物語と思われがちです。しかし,さまざまな医療の問題点が指摘され,医療の質への社会的関心が高まっている今だからこそ,医学教育への投資の国民的コンセンサスは得られやすいはずです。第1回目の討論発言の繰り返しになりますが,日本は大きな経常黒字を続けている豊かな国です。貯蓄ではなくて生活の質が豊かになる消費中心の経済発展に舵を切るべきで,医療の質を上げることは日本人の生活の質を豊かにすることなのです。医学教育はその中で最も優先させるべき領域でしょう。
 医学教育は決して社会が指導医と研修医をabuseしながら充実させるべきではありませんし,それでは長続きしません。医学教育への投資は国民の生活の質を上げるための夢ある投資であることをアピールしなければなりません。

◆議論のポイント
 研修医だけではなく,医師全体が過酷な労働を強いられている背景には,医療全体の貧しさがある。これを解決し,医療の質を向上させるためには,医学教育への投資こそ,国民の生活の質を向上させることにつながることをアピールすべきだ。


桑間雄一郎氏
1987年東大卒。東大第1外科を経て渡米し,1993-97年ニューヨークベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。1997年一時帰国し,東京海上メディカルサービス,日医総研に勤務。この間東大非常勤講師も務める。2000年再び渡米し,現在は米国において指導医としても活躍している。

コメンテーター紹介
上村正義氏
1998年東邦大卒。沖縄米海軍病院,国立岡山病院小児科を経て,2001年よりロングアイランドカレッジ病院小児科レジデント。2004年7月よりシカゴ大新生児科フェロー開始予定。
新明裕子氏
1999年聖マリアンナ医大卒。横須賀米海軍病院,市立川崎病院小児科を経て2001年よりコロンビア大学病院,セントルークス・ルーズベルト病院およびMemorial Sloan-Kettering Cancer Centerで内科研修中。
西堀大我氏
1999年北大卒。横須賀米海軍病院,北大放射線科を経て,2002年よりベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。
本郷偉元氏
1996年東北大卒。沖縄県立中部病院などを経て,2001年よりベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。2004年7月よりバンダービルト大にて感染症科フェロー開始予定。
村島美穂氏
2000年京大卒。舞鶴市民病院内科研修医を経て2003年よりPennsylvania Hospital of University of Pennsylvania Health Systemレジデント。
八重樫牧人氏
1997年弘前大卒。亀田総合病院,沖縄米海軍病院での研修を経て2000年よりセントルークス・ルーズベルト病院内科レジデント。2003年よりニューヨーク州立大ダウンステート校呼吸器・集中治療内科フェロー。