第2577号 2004年3月22日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


長い歴史と伝統ある学会で,「明日の医療」を議論

新しい医療を拓く
藤原研司 編
柳田邦男 編集協力

《書 評》森 亘(日本医学会会長)

「わが国の医療者は混沌に陥っている」

 医学関係学会での発表・討論内容が後に1冊の本としてまとめられ,刊行されるのは必ずしも希なことではないが,そうした場合,多くその主題は特に注目されている疾患であり,進歩著しい治療方法である。しかしこの『新しい医療を拓く』は少々趣を異にし,今日における日本の医療が直面している諸問題についての幅広い論議をその内容とするもので,このような形で本書が企画された意図は,編集者による「序」の冒頭に書かれている16文字の中に万感が込められている。曰く「わが国の医療者は混沌に陥っている」。

多彩な背景をもつ演者が幅広い議論を展開

 具体的には,明治31年創立,37年日本医学会加盟という長い歴史と伝統を有する日本消化器病学会の第89回総会における3題の特別企画と3題の特別講演の内容を,総会会長,藤原研司・埼玉医大教授がノンフィクション作家・柳田邦男氏の協力を得て編集,B5版,170余頁の書物にまとめたものである。
 ここに詳しく内容を紹介することはできないので,題名と筆頭演者のみを記すとすれば,特別企画とは(1)直面する医療の課題を問う――あるべき医療の姿を構築するために(日本学術会議・黒川清,他),(2)ICD-10――消化器疾患の立場から(厚生労働省・木村もりよ,他),(3)新しい医療技術と生命倫理(慶応義塾大学・北島政樹,他),であり,特別講演とは(1)富の医療・貧困の医療(奈良県立医科大学・辻井正),(2)医療人類学の視点から(熊本大学・池田光穂),(3)患者の安全――医療の現状と課題(大阪大学・中島和江)(すべて敬称略)である。
 このような題名を一覧するだけでも,その内容がいかに幅広く,多岐にわたっているかを容易に推察することができるが,さらに30名余の執筆者と各々の背景を眺めると,それぞれの内容がいかに重く,深みを持つものであるかをうかがい知ることができる。事実,その方々の肩書きを拝見するだけでも,医学・医療関係者はもちろん,その他に裁判官,厚生労働省事務官,弁護士,作家,人権運動家など,まことに多彩である。

日本医療の問題点を解決する端緒に

 実際に本書を一読した後の感想としては,編者のめざすところ,すなわち「明日の,より良い医療はどうすれば得られるか」について前向きの議論をするという目的は十分に達成されたと思われ,それぞれに読み応えのある論議が展開されている。もちろん,このように大きな問題は1冊の書物の中に尽くされるものではなく,ましてやその解決ともなればこの程度の努力,展開のみでは到底不可能である。
 しかし,本書は少なくともその端緒を開くという役目は立派に果たしたというべきであり,そこで大きな役割を演じているといっても良いであろう。領域を問わず,広く医療に携わる人々に薦め得る好著である。
B5・頁176 定価(本体3,000円+税)医学書院


冷汗とダイナミズムのプライマリケア診療学

《Meet the Master Clinician》
見逃し症例から学ぶ日常診療のピットフォール
生坂政臣 著

《書 評》守屋章成(家庭医療クリニック西岡)

胃の縮む思いをするページも

 本書はプライマリケアで遭遇するものの見逃されがちな疾患について,実際の症例をもとにピットフォールを詳述した書である。「頭痛編」「めまい編」のように症候別に分類し,初診時の“誤診”とその後の確定診断を紹介・解説している。各症例はページをめくるまで正解がわからないように工夫されており,読者は1例ずつ頭をひねりながら読み進める楽しみがある。
 だが楽しみは間もなく冷汗に変わる。なぜなら,これらはすべてのプライマリケア医が遭遇しうる症候・疾患であり,「明日は我が身」の症例もあれば「あの時の患者はもしやこの疾患だったのでは…」と胃の縮む思いをするページもあるからだ。日々のありふれた症候の中から重大な疾患のごく初期の症状を逃さないというプライマリケア医ならではの厳しさを,本書は改めて突きつけている。

診断学の枠を大きくこえた内容

 しかし本書は単なる警告書で終わってはいない。むしろその真価は,冒頭の「本書を読む人のために」や随所の「マスター・アドバイス」で著者が説くプライマリケア診療の根本原理に現れている。外来診療のやりがいと楽しみ,外来研修の必要性,医療面接の価値など,「プライマリケア専門医」=「家庭医療学専門医」である著者ならではの誇りと情熱がここに込められている。これらに触れる時,読者は外来診療の醍醐味を知りプライマリケアのダイナミズムを感じ取ることができよう。
 本書は診断学書の体裁をとりつつも,その訴えかけるところは診断学の枠を大きくこえて「プライマリケア診療学」とでも呼ぶべき刮目の内容となっている。
 プライマリケアを担うすべての医師は,本書から冷汗のみならずプライマリケア診療のダイナミズムをこそ体感し日々の診療に活かしていきたいものである。
A5・頁192 定価(本体3,700円+税)医学書院


「スカット・モンキーになりたいかあー?!」「オオオー!!」

スカット・モンキーハンドブック
基本的臨床技能の手引
Clinician's Pocket Reference

飯野靖彦 監訳

《書 評》深川雅史(神戸大助教授・腎臓内科/代謝機能疾患治療部)

新しい研修制度に揺れる教育現場

 研修制度が変わり,学生,研修医も,教えるほうも,一体どのようになっていくのか不安を感じる日々ではないだろうか。何年かたって,新しい制度が安定すれば,最初にスーパーローテートして,いろいろな科の基本的な技術と考え方を身につけるのが当たり前ということになろうが,制度が変わった当初は,広い範囲を学ぶ意欲の低い研修医も混ざり,これまで以上に研修医の中の意欲と達成度に差が広がる可能性がある。米国では,これに加えて,人種,年齢のバリエーションが大きいので,卒前,卒後教育の標準化というものが求められる。これが,レベルの高いマニュアルものがたくさん出版されている所以であろう。
 一方,教える側も不安である。研修制度必修化に備えて,あわてて教育カリキュラムを作った病院も多いであろうが,実際に動くかどうか。また,2年の研修が終わったとしても,それぞれの科の経験が,以前ほど十分ではない可能性もある。
 しかしながら,最も大きな問題は,教えるほうが,そのような教育を受けたことがないということである。教育は,良い教育を受けた人たちが,さらに若い人を教えるようになるまでは,多大な努力をしなければ,成り立っていかない。一方,そのような教育を受けたことのない人が,良い教育をするためには,相当な努力が要求されるのである。それでは,どのレベルまで教えておかなくてはならないのだろうか?これまでの通りでよいとは思わないものの,いまひとつ目標レベルがわからないというのが現状ではないだろうか。
 このような状況を考えると,米国で『ワシントンマニュアル』と並び称される『スカット・モンキーハンドブック』が翻訳されたことは,まことに時宜を得たものと言えよう。
 スカットとは,「まだ完成していない仕事」を表す言葉だという。読んでみると,米国の医学部の上級生ないしインターン向けに書かれているようだが,わが国では,研修医にとっても十分有用な,いや,ちょうどふさわしい内容になっている。

日本の実情にあわせた補足も十分

 内容を詳しくみてみると,病歴の取り方,診察の仕方からはじまり,よく行なわれる検査の読み方,外科的手技や重症患者の管理にいたるまで,基本的臨床技能について,重要な事項がうまくまとめられている。当然のことであるが,どの科に行っても必要になる水電解質,輸液,栄養,疼痛管理についてもきちんと書かれており,これは『ワシントンマニュアル』にも共通する。このような内容については,私も,学生,研修医に対して,志望する科に関係なく,力を入れて教えているが,決して専門家が教えるような特別なものではなく,基本的事項の1つなのだということがわかる。すべての研修医が,この本の内容を常識として身につけられれば(ということは,上級医もそうせざるを得ないので),診療レベルは,飛躍的に上がるのではないだろうか。
 本書の翻訳は,自著でもわかりやすい語り口で定評のある飯野靖彦先生と,米国で実際に医療の経験のある木村行男先生である。本文の訳は,よくこなれていて読みやすく,また付録の薬品集も含めて,わが国の実情に合わせた補足が十分なされている。両先生のご尽力に感謝したい。
 やはり研修は,教えられるほうのモティベーションの高さと,教えるほうの能力と情熱である。やる気のあるスカット・モンキーの一団が,全国各地で活躍し,さらに若いモンキーを鍛えるようになる日を,心待ちにしている。
A5変・頁992 定価(本体7,000円+税)MEDSi


緩和ケアにおける世界的指導者の研究と経験が集約

トワイクロス先生の
がん患者の症状マネジメント

Robert Twycross,Andrew Wilcock 著
武田文和 監訳

《書 評》恒藤 暁(大阪大助教授・人間科学研究科)

 今から20年前,わが国ではホスピス・緩和ケアは産声をあげたばかりであり,実践に役立つ日本語の書籍はほとんどなかったように記憶している。1987年にトワイクロス先生の訳書である『末期癌患者の診療マニュアル 痛みの対策と症状のコントロール』が発行された。この書は単に症状コントロールの知識だけでなく,患者に対する態度やホスピス・緩和ケアの理念を教え,私を含め多くの緩和ケア従事者を感化したといっても過言ではない。そして,世界保健機関編「がんの痛みからの解放」(WHO方式がん疼痛治療法)とともに,わが国のホスピス・緩和ケアの基礎を築いたといえよう。
 トワイクロス先生は英国オックスフォードにあるホスピスの所長であるとともに,オックスフォード大学医学部の緩和ケア講座の初代主任教授である。また,世界保健機関がん専門家諮問部会委員であり,WHO方式がん疼痛治療法の策定や普及活動に大きく貢献され,世界の緩和ケアの指導者の1人である。この度の『トワイクロス先生のがん患者の症状マネジメント』の発行により,トワイクロス先生の研究と経験が集大成された最新のものを日本語で読むことができるようになり,ホスピス・緩和ケアの歴史を振り返る時に新たな感動を覚える次第である。

症状マネジメントが飛躍的に向上

 本書は“Symptom Management in Advanced Cancer(3rd ed)”の完訳である。全体は,「基本原則」,「痛みのマネジメント」,「消化器の症状」,「呼吸器の症状」,「精神症状」,「生化学的症候群」,「血液学的な症状」,「神経の症状」,「尿路の症状」,「皮膚のケア」,「リンパ浮腫」,「治療上の緊急事態」,「臨床的ガイドライン」の13章から構成されている。非常に広範かつ重要な領域について,最新の知見と考え方を紹介しながら,原因と病態生理,診断,マネジメントの順に記載し,すぐに実践できるようにまとめられている。特に最終章では,「経口モルヒネ投与法」,「オピオイド鎮痛薬の切り替え法」,「持続皮下注入器の使い方」,「緩和ケアにおける嘔気と嘔吐」,「オイド鎮痛薬による便秘」,「抑うつ」,「放射線照射中の皮膚のケア」,などについて,診療指針となる臨床的ガイドラインを掲載している。これは個人の学びに有用であるだけでなく,病棟や病院全体で活用されれば症状マネジメントが飛躍的に向上するのは間違いないと思われる。また,監訳者の武田文和先生をはじめ,緩和ケアの第一線で実践・教育・研究に携わっている方々によって翻訳されており,訳書であることを忘れるほどの素晴らしいものになっている。
 本書が緩和ケア従事者のみならず,がん診療にかかわるすべての医療従事者によって十分に活用され,ホスピス・緩和ケアのさらなる発展につながることを心から願うものである。
A5・頁508 定価(本体3,500円+税)医学書院


心臓弁膜症外科を志す臨床家のバイブル

心臓弁膜症の外科 第2版
新井達太 編集

《書 評》渡邊 剛(金沢大教授・心肺・総合外科)

豪華オールスターによる執筆

 ご存じのように編者の新井達太先生はSAM弁の考案者として知られる,弁膜症はもちろんのこと日本の心臓外科の泰斗である。
 本書の初版刊行は1998年の2月である。第2版序文にあるように,第28回日本心臓血管外科学会総会の図書展示で発売され,完売してなおback orderをかかえるほどの好評を博したということである。従来,心臓弁膜症に対する外科治療の,特に手技を中心とした日本語の教科書はほとんどなかった。この好評は,いかに多くの外科医が実践的な弁膜症の,しかも日本語の教科書を熱望していたかという証左であろう。第2版はその後5年を経て,多くの新知見,新たな術式の開発等を踏まえて大幅な改訂が行なわれたものである。初版時には普及していなかったstentless valveや大動脈弁輪拡張症の外科治療,僧帽弁温存手術,Maze手術,そしてRobot支援手術などが追加され書き改められている。
 本書の執筆担当者は編者を含めて39人。しかもNBAドリームチームを想起させる豪華オールスターを擁している。というのも,日本における弁膜症の外科治療症例数は年間6000例前後と思われるが,この著者らの経験する症例は,合わせるとおそらくその半数に及ぶのではないだろうか。その意味でもこの手術書は日本における弁膜症手術のstandardであり,今回の改訂でup dateされたことにより,まさに心臓弁膜症外科を志す臨床家の“バイブル”といえるものであろう。

知りたい時に知りたい情報を確認できる実践書

 本書の構成は,総論としての弁膜症の外科解剖からはじまり,各疾患ごとにその術式がまとめられている。特筆すべきなのは,各手術の術式の解説とその手順はもとより,homograftの保存法など方法論について細かい記載があることである。さらに各項目に,その術式のアプローチに必要な外科解剖上のポイントも記されており,大変わかりやすく,手術書としていたれりつくせりの内容といえる。
 またテキストとして見た場合,すべての疾患は,病因,手術適応,手術手技,周術期管理,遠隔成績を順を追って手短にまとめられており,一般臨床家が当該症例疾患に直面した際に,そのchapterだけを読むことで必要な知識を短時間に身につけられるという意味で有用である。心臓外科医はもちろん,循環器内科,一般研修医など弁膜症を診療することのあるすべての医師に必携のテキストといえるのではないだろうか。
 そして最終章の“人工弁”では,その歴史についても実に詳細に記載されている。Hufnagelの下行大動脈の弁置換にはじまる人工弁置換術,本邦最初のSAM弁の開発,そしてtissue engineering人工弁まで,人工弁開発の歴史は心臓外科そのものの歴史ともいえ,先達の多大な苦労がわかり個人的には大変興味深く読ませていただいた。
 本書は日本の心臓弁膜症外科の基本図書として多くの外科医に長く読み続けられていくに違いない。そして今後も編者らの絶え間ない努力によりさらにup dateされていくものと思われるが,本書を読んでいると,今後のup dateにふさわしい内容の仕事をするのがわれわれ若い外科医の使命であることを改めて感じさせる,ある意味でとても感銘深い本である。まさしく“懦夫をして志を立たしむ”心境で読ませていただいた。
B5・頁648 定価(本体27,000円+税)医学書院