第2573号 2004年2月23日


<インタビュー>

エンドオブライフ・ケアとは何か

“自然な死”のための臨床指針

  鳥羽研二氏(杏林大学医学部教授・高齢医学)
<聞き手> 福井小紀子氏(東京都立保健科学大学・看護学)


 このたび弊社より,『エンドオブライフ・ケア 終末期の臨床指針』が刊行される。同書は,これまでがんやAIDSなど,特定の疾患領域に限定されてきた,いわゆる「終末期ケア」の概念を,すべての疾患に拡大する「エンドオブライフ・ケア」という概念を紹介するものとして,老年医学・看護関係者を中心に関心を集めている。監訳者である鳥羽研二氏に,同書のねらいと,エンドオブライフ・ケアの概念が拓く未来の可能性について聞いた。


内実の伴った終末期の医療とは

福井 このたび私も部分的に翻訳を手伝わせていただきました,『エンドオブライフ・ケア―終末期の臨床指針』が,鳥羽先生の監訳により発行されました。今日は,エンドオブライフ・ケアとは何かというテーマでお話を伺います。まずは先生がこの本を目に留められた経緯からお話しください。
鳥羽 近年,終末期の医療をめぐる論議が盛んになってきました。ホスピスや緩和ケアなどいろいろな概念があり,それらに関する本も出版されていますが,いまひとつ痒いところに手が届かない観がありました。
 というのはまず,それがどのような人を対象にした概念なのかがはっきりしなかった。それから,実際にどのようなことやればケアをする人も死にゆく人も満足できるのかという点において,納得のいく答えを得られるような書籍に出会うことができませんでした。今回訳書として出版する本書の原書を読んだ時,まさにそういった点に十分踏み込んであることに瞠目しました。これは日本の死の臨床に関して大きなインパクトを与える本であると考え,早く訳さなければと思ったのです。

「エンドオブライフ・ケア」 の革新性

福井 「痒いところに手が届く」本だといわれましたが,具体的にどういう点がよいのでしょうか。
鳥羽 ひとつは,「エンドオブライフ」という概念そのものです。もともと死周期のケアの概念は,鎮痛からはじまっていると思います。そこから「ホスピス」といった概念が出てくるわけですが,ホスピスの対象者はまずがん患者,遅れてエイズ患者も対象となったものの,一般の方にとってはホスピスといえばがんの患者さんが頭に浮かぶと思います。「緩和ケア」という概念はホスピスに遅れて出てきたものだと思いますが,これもやはり痛みとたたかうことがメインテーマです。「ターミナルケア」に関しては,それを実践しておられる方々の努力で,もっと広い概念を包み込もうとしてこられたこともよく存じておりますが,一般の方にがんやエイズ以外の幅広い対象を想起してもらうのは,なかなか難しいのではないかと思います。
 実際の終末期の臨床状況をみますと,ひとつにはがん患者の高齢化があります。さらに大切なことは,高齢化のなかで慢性腎不全,慢性呼吸不全など慢性の臓器不全疾患が非常に多くなり,これらの患者さんのターミナルケアが現実の問題になってきました。さらには,パーキンソン病やALSといった神経変性疾患,また,進行性の痴呆症,アルツハイマー,そしてごく最近には寝たきりの痴呆高齢者のターミナルケアをどうするかという問題が提起されてきました。
 このように,ターミナルケアの対象者が拡大するなかで,鎮痛緩和ケアを中心とした初期のターミナルケアでは対処できない概念の広がり,技術の不足が問題になってきたと思います。そのような流れを背景にして「エンドオブライフ・ケア」という新しい概念を立て,死にゆく人々のケアを幅広く考えようということになってきたわけです。
福井 エンドオブライフ・ケアとホスピス,緩和ケアとの違いについてもう少しお話しください。
鳥羽 わかりやすくいえば,エンドオブライフ・ケアというのは,誰にでも起こりうる死周期の症状に対する医療の理念です。実践においては家族,医師以外のコメディカル,心理の人など,ご本人のために役立つすべての人がチームでかかわることが鉄則になっています。なぜチームでかかわるかというと,狭い意味での医療だけでは解決できない問題があるからです。エンドオブライフ・ケアにおいては,その人の身体を安らかに保つだけではなくて,心や魂の安寧をも求められます。したがって,人間に対する包括的・全人的なアプローチを必要とします。老年医学における総合的機能評価という概念とほぼ一致しますが,そのような心構えでやる領域であるといえます。

“自然な死”を支える

福井 看護師は病院での死はそれなりに勉強し臨床でも体験しますが,本書が扱っているような「自然な死」ということについては,それがどういうものであるかを知る機会もこれまではなかったと思います。医師のほうはいかがですか。
鳥羽 同じですよ。私自身もそうです。本書と出会った2002年,私は皮肉にも父親の最期を見取り,初めて自然に近い死というのを体験しましたが,ほんとうにそれは貴重な体験でした。医師や看護師のように,自然な死を体験できない・したことのない人間が,病院で他人の死を見取っているのが現状なのではないでしょうか。そのこと自体に問題があるかなと思います。自分自身の反省としても思うところは多いですね。
福井 病院看護をしていた人が訪問看護にかわると,ああ,こうも違うものかと気づくことがよくあるといいますが,「自然な死を迎えるために必要な医療やケア」としてのエンドオブライフ・ケアが浸透していけばいいですね。
鳥羽 そのとおりです。エンドオブライフ・ケアというのは,助けるものも助けないというのとは違います。それに,なんでも在宅というのもよくない。しかし,一定の時期になると,自然死に近いほうがご家族も本人もプラスの面が多いことがあります。本書によって,自然な死の経過というのを理解していただければ,ああこういう形だったら家で見取りたいなという人が増えるのではないか,それもいいことではないかと思います。また家で十分見取れるケースも多いと思います。ただ,死にいたる過程ではさまざまな身体的変化があらわれますし,精神的なケアも必要です。医師や看護師には,患者さんにとって何が最善かという視点で死周期の医療・ケアを考え,専門的なアドバイスができるようになるために,本書を一読していただければいいのではないかと思います。
福井 おっしゃるとおりですね。どうもありがとうございました。
(本インタビューの全文は『看護学雑誌』2004年4月号に掲載されます)

●鳥羽研二氏の略歴
東大医学部卒業。テネシー大,フリンダース大での客員研究員,東大医学部助教授を経て現職。日本老年医学会理事など,高齢者・痴呆領域の課題に積極的に取り組む。