第2572号 2004年2月16日


【シリーズ】

隣の医学生


服部高明さん(東京医科歯科大学5年)

聞き手:喜多洋輔さん(三重大学5年)


●服部君との出会い
 私が2002年夏の日米学生会議の実行委員として,アメリカで開催される会議への参加者を全国的に公募していた時に,服部高明君が応募してきてくれました。彼の参加申込書類にあったびっしりと書かれた経歴,小論文での理路整然とした論理展開にまず驚かされました。どんな人だろうかと,選考にかかわっていた実行委員の間でも話題になりました。後日,服部君が若手研究者として紹介されているインターネット放送(「紹介文」(1)参照)を見て,その個性あふれる生き方にさらに強く印象付けられました。
 書類選考後の面接で,初めて服部君に会いました。履歴書から窺えるように柔道で鍛えたであろう肉体,鋭い眼光をともなった表情,どこで身に付けたのかロシア人訛りを思わせるすごいスピードの英語などに実際に接し,想像以上のサイボーグのような印象でした(笑)。
 その後も,いくつかの医学に関する活動を通して,服部君とかかわる機会がありました。今回は,服部君のこれまでの活動やビジョンについて,インタビューしました。

(喜多洋輔)


医学部への学士編入学の経緯

喜多 服部君は,応用物理や脳科学を研究してから,医学部に学士編入という経緯をとられています(紹介文(1))。ずっとサイエンスをやってきて,どうして医学部に編入しようと思ったのか,その動機を聞かせてください。
服部 ぼくは,自分の中に「自然の本質を知りたい」という動機が根強くあると思っています。高校で初めて物理学を学んだ時も,少ない原則から普遍的にいろいろな現象を説明できることに,とても本質的な学問だなぁと思いました。そこで,父が物理学者だったということにも影響を受けて,「自然の原理」を少しでも発見したいと考え,工学部応用物理学科に入ったのです。
 けれども,工学部在学中には,読書や人との出会いを通して,将来的には理学というよりもっと社会性のある仕事をしたいと思うようになりました。中でも,社会性がとても高く,かつ科学的にも脳という大きなフロンティアの待ち受けている医学の分野で働きたいと考えるようになりました。そこで,将来にもつながるように大学院でニューロサイエンスを専攻し,修士課程卒業後に東京医科歯科大学に学士編入学をすることになりました。
喜多 医学のアートとサイエンスの二面性に強く惹かれたわけですね。

社会問題の現場を訪ねて

喜多 日米学生会議の時から1年以上の付き合いの中で,ぼくが特に強く印象づけられたのは,服部君のサイエンスへの真摯な態度とともに,そういう人には欠けがちな社会への関心がすごく強いということです。服部君は大学での学問に限らず,社会的な問題が起きた場所にも数多く出かけていっています(紹介文(2)(5)(6))。疑問を感じると,直接現場に行って当事者に会い,話を聞こうとする服部君の姿勢にはいつも感心させられます。そうした活動に積極的に取り組んできたのはどうしてですか。
服部 ぼくは,社会的問題に興味を持ちながら,本で読むだけではなく,なるべく現場に行って,人に会おうとしてきました。中でも,水俣や諫早湾などの大きな社会的問題となった舞台には,現代社会への強い問題提起が秘められていると思っています。その舞台となった場所で時間を過ごし,現場の空気を吸って,当事者にもお話を聴くと,強く興味が沸いて,長く続く関心となります。今でもお聴きしたいろいろな言葉を折に触れて思い出すことがあります。
 人との付き合いは長く続くものですし,ある人に会って,人生の方向性が決まっていくということもあると思うのです。だから,学生の時にはいろいろな分野の人に会うよう心がけています。自分がこれまで関心がなかったことも,専門として突きつめている人たちに話を聴くことで,初めて興味を持てることもあると思います。そうした意味で,興味がないからこそ逆に興味を得ようと,会合に参加したり,話を聞きに行ったりすることもありますね。
喜多 服部君の第一印象からは想像がつかないくらい,自分と異質の人にどんどん会っていることに,とても驚かされます。服部君が,知情意のバランスをとりつつ,人と出会うということをいかに大切にしているかを感じました。
 古今東西をみれば,医師や医学生というのは科学者でありながらも,強く社会性を持つ立場であったと思います。そんな中で服部君のように医学生として強く社会に対して意識を向けている友人を身近に見ていると,勇気づけられます。

英語での医学勉強会について

喜多 服部君は大学での普段の勉強とは別に,医学を英語で議論する勉強会(SGME)を主宰されていますけれども,その形式や,勉強会を通して身につけようとしていることを教えてください(紹介文(2))。
服部 SGMEでは,英語のテキストを採用して,その臨床問題をさまざまな大学の医学生が担当して,プレゼンをするという形式になっています。原則として日本語は禁止で,全部英語でやるということに決めています。自分が責任を持って課題について説明することは,発表者にとってもよい勉強になると思っています。
 SGMEの目的について,ぼくの場合は2004年の4月からハーバード大学での3か月の臨床留学が決まったので,それに向けた練習ということがあります。また,他大学の学生とのネットワークを構築するという意味もあります。いずれにしても,将来的に英語が読めるのは当然として,議論もできたほうがよいわけですから,そうした練習をする場としてSGMEを位置づけています。
喜多 実はぼくも大学で,英語のケースブックを使用しての勉強会を1年あまり続けています。自分の大学だけのメンバーであっても運営に困難を感じることは多々ありました。そこで強く感じたのは,やはり勉強会の意義をメンバー間で共有していることが大切だということです。そのためには中心となる者が強くリーダーシップを発揮しなくてはなりません。服部君のSGMEでの例は,今後の自分の勉強会のためにも参考になります。

いろいろな活動から 将来の可能性を探す

喜多 服部君は,春や夏には長期にわたって海外に多く出かけていますね(紹介文(3))。そうやって海外の文化や医療を経験できるようなところへ出かけていって実習するのは,どういうモチベーションがあってやっているのか知りたくなります。ぼくも,なるべく機会を見つけて海外に行こうとはしているのですが,時々,意義の面で悩んだりします。
服部 ある意味,医学生というのはすごく恵まれていると思うんですよね。今までぼくは,医学部以外の2つの学部にいましたけど,海外に行って専門的なことができる機会はなかなかないですよね。だけど,医学生だとそれができるのです。特に医療の場合,実習には必ず患者さんとのコミュニケーションがあるわけで,患者さんの育ってきた文化・慣習が深くかかわっています。そうした意味でも,海外での臨床実習は非常に多面的で,印象深い経験であると思っています。日本の医療に対して比較する対照を知ることができると思います。
 自分の学生時代の行動について共通して言えるのは,やはり学生のあいだはいろいろな可能性を探す時期だと考えているということです。将来,海外で働くということも1つの選択肢としてあって,いろいろな海外実習をすることでその可能性を確認してみたいという気持ちもあります。
喜多 ぼくたちの学年は,マッチングなど就職活動も控え,目の前の改革の波に備えることに精一杯に見えます。そんな中でぼくも海外に出ることに不安を覚えていました。しかし,小さくまとまることなく,常に志を高くチャレンジをしていく勇気を分けてもらえた気がします。

自分の経験を文章にする理由

喜多 服部君のやっていることで,いつも「へぇー!」と思うことがあります。臨床実習で海外に出かける人は他にもたくさんいますし,ぼく自身も昨夏イギリスへ行ってきました。しかし,服部君のすごいのは,それらを文章のかたちですぐに発表して,他の人にシェアしていることです(前頁の「紹介文」(1)(3)(4))。
服部 やはりぼくの一貫した考えとして,いろいろな人とネットワークを作りたいということがあるのです。ネットワークは相互理解のうえに成り立つので,まず自分のことを知ってもらおうと思っています。ですから,常に自分をオープンにしています。でも,あまり抽象的なことを紹介しても仕方がないので,なるべく具体的な情報を提供して,その中に自分の意見を盛り込んで,自分らしさを出すということをしています。
 自分が情報を提供すると,相手も情報提供をしてくれますから,そこに期待しているということもありますね。ぼくの公開した文章に対して,感想や意見そして批判をもらうことはいつも歓迎しています。そうしたメッセージの中に,自分の今後へのヒントがあると思っているからです。もちろん楽しんで読んでもらえれば,それ以上のことはないです。
喜多 「言うは易く,行なうは難し」ですよね。私もイラクに行った時など,レポートすることの重要性を意識して,毎日レポートを書きとめることを心がけましたし,事後の報告会などもかなり努力して行なってきたつもりです。しかし,文章化したりして人に自分の経験を伝えるというのは本当に難しいことを実感してきました。でも,それを「人と経験をシェアしてネットワークを作ること」と改めて意識化し,定義し直すともっとやりやすくなる気がしました。

将来のビジョン

喜多 服部君は,将来的には脳の研究に興味を持っているとも聞いています。今まで勉強してきた物理や脳科学,そして今学んでいる医学の先に,どのような将来像を描いているのでしょうか。今後はマッチングもありますが,キャリアプランや医学研究のビジョンについて聞かせてください。
服部 大学卒業後の2年間は,研修が義務化になって,いろいろな疾患を診ることができるようになるのは非常に意義のあることだと思うので,民間病院などに出て,全般的な臨床能力を伸ばすことを目的にしたいと考えています。でも,将来的には大学に戻って,中枢神経系に関わる研究をすることがぼくのビジョンです。
 やはりぼくは議論するのが好きなんですよ。いろいろな知識を覚えることよりも,「本質は何か?」と自分で考えて,それに基づいて議論することが自分に向いていると思うし,ぜひ研究の分野でその特性を伸ばしていきたいと考えています。
 臨床と研究というのは,なかなか時間的にも両立するものではないですが,自分の希望としては,卒後の数年間は臨床に専念して,その後に徐々に研究にシフトしていくかたちを取れたらいいなと思っています。研究をするならニューロサイエンスですが,特に大きな未知の分野として残っている「人間の脳」を対象にしたいと思っています。そのために,神経内科や精神科などの時流を捉えたよいテーマがある分野を選ぶだろうと思います。
 医師として患者さんの症状を把握しつつ,脳の器質的な変化と対応させていく研究を通して,診断精度の向上,新たな治療法が拓けてきたら素晴らしいですよね。人間の脳を研究するにあたって,非侵襲が大事ですから,今後とも計測技術の革新がカギになるだろうと思います。自分の物理の知識も利用しながら,機器メーカーとチームを組んで,画像装置の開発にも取り組んでいけたらと思っています。「痴呆の予防・治療」などのテーマを選べば,自分がこれまで模索してきた研究と社会性という2つの志向を両立することも可能になると考えています。
喜多 自分のビジョンがはっきりとあってうらやましいと思います。ぼくも国際協力を志して,医学の道に入ってきましたが,改めて自分のビジョンを強く持つことの力を再確認しました。

悩んだり,迷ったりした時

喜多 いままでのお話を聞いても,経歴を見ても,また服部君のキャラクターを知っても,強い人だなあと思います。だけど,ぼくが服部君と付き合っていてホッとするのは,患者さんからお礼の手紙をもらってうれしかったと言ったり,英語力がどうしても伸び悩むと言ったりすることです(笑)。自分の不安やコンプレックスをどういうふうに克服しているのかというところに興味があるんですが,落ち込んだ時はどうしています?
服部 悩んだり困った時は,誰かに相談しますね。その時はけっこう人を選びます。ぼくのことと置かれている状況をわかっている人ですね。自分をよくしていきたいと思っているから,批判を受けると真剣に受け止めます。だからこそ非常に悩みますね。そういうぼくを知っている人は,よく理解してくれると思います。喜多君にも悩んでいることを話すことがあると思います。
 「強い」と時々言われますが,ぼく自身としてはあまりそういう自覚はないですけどね。よく何かに迷って,いろいろ考えているような気もします。理解者からアドバイスを受けて,客観的に自分を確認して,新たな方向性に進むということもよくあると思います。そうして,時々自分を見直す時間があることは,よいことじゃないかなと思っています。
喜多 服部君のように,方向性は違えどなにがしかの共感できる志のある友を持って,時に話をし,お互いの志を再確認すると,自分の方向性をも改めて確認し,エネルギーや勇気を充填される気がします。
 これからもお互い切磋琢磨していきたいと思っています。ありがとうございました。



服部高明さんの「紹介文」

(1)学業
 名古屋大学工学部応用物理学科を1999年に卒業。東京大学総合文化研究科にて「ラット海馬におけるエストロゲン合成と作用」(2004年のPNASに発表)を研究し,修士課程を卒業。2001年東京医科歯科大学医学部に3年次学士編入学。現在5年生に在籍。神経内分泌学会など口頭発表多数。2004年4月より3か月間ハーバード大学での臨床実習に派遣されることが決定。
 科学技術振興機構の作成するインターネット放送「ハロー! ヤングサイエンティスト」にて若手研究者として紹介。
URL:http://202.241.76.218/8/bangumi.asp?i_series_code=D000603&i_renban_code=011

(2)医学に関する国内活動
 多数の大学からの参加者が集まる「英語のみで議論する医学勉強会」(SGME)を毎週土曜日に東京医科歯科大学にて主催。多くの学生団体の活動にもかかわり,世界医学生連盟,アジア医学生連盟,国際保健フォーラムなどのワークショップに参加。インタビューも多数実現:桜井充国会議員(テーマは臨床研修制度),山井和則国会議員(グループホーム),東大浅島誠研究室(再生医療),順天堂大学の産婦人科(生殖医療の倫理),有料老人ホーム「グリーン東京」の滝上宗次郎社長(有料老人ホームの経営学),坪井栄孝日本医師会会長(医療の現状と未来への提言)など。

(3)医学に関する海外活動
 2001年デンマークでの医療倫理合宿に参加。2003年春にハンガリーの病院の一般内科にて臨床実習。2003年夏に米国NYのベスイスラエル病院を見学,NY大停電に遭遇,ジョンスホプキンス大学の老年病科にて臨床実習。2003年冬に厚木の米軍診療所にて臨床研修。海外臨床研修の体験記は,「医学の歩き方」HPの「海外留学のレポート」部門にて公開中。
URL:http://www.med-pearls.com/text/abroad1.htm

(4)河合塾の生命科学講師
 医学部への学士編入学を希望する受講生を対象に河合塾講座を担当。大学の生命科学をマスターさせることを目標として,学問の区割りにとらわれない独自の構成で,生命現象のストーリーを語り尽くす講義(32時間)を展開。総計500人以上の受講生を指導。

(5)自然の中での経験と環境問題
 小さいころから釣り,顕微鏡,サイクリングなどを通して自然に触れてきたことが強い精神的背景となっている。生の自然を体験することが,学問分野に捉われないバランスある自然科学の原点と考えて,屋久島宮之浦岳や白神山地に登頂,三重県の森での枝打ちキャンプに参加,四万十川,琵琶湖一周,北海道1500kmを自転車で走破。
 環境破壊の起きた現場には,今後の科学技術文明を模索するための重要な課題が託されていると考え,水俣市,諫早湾,藤前干潟,豊田市のリサイクル工場,地球温暖化防止京都会議,農業中心の社会を形成するヤマギシ会,宮沢賢治の自然観を育んだ花巻市を訪問。屋久島では環境系作家の星川淳氏,諫早湾では地元活動家の山下八千代氏に長時間インタビューを実現。民主党の包装容器リサイクル法をめぐる討論会,村上陽一郎氏の前で「安全な科学技術」について発表。

(6)その他の活動
 名古屋大学平和憲章論文の大賞を2回得て,沖縄,中国の戦跡をめぐる旅に派遣,全国の学生とともに長崎,広島を訪問。2002年夏に米国で開かれた日米学生会議に参加し,環境問題を中心に議論。キリスト教にも興味を持ち,北海道の三浦綾子邸を訪問,親友のカナダ人神父をモントリオールに訪ねた際にも信仰の是非について議論。柔道歴7年の有段者で,国際交流の折には柔道技を披露。愛読書は霜山徳爾の『人間の限界』。趣味は,旅,アウトドアスポーツ,人と出会う,文章を書く,など。
E-mail:takaaki-hattori@mail.goo.ne.jp


喜多洋輔さん
1974年生まれ。慶應大学法学部在学中にバックパッカーとして世界を旅し,国際協力に目覚める。三重大学医学部入学後,日本イラク医学生会議,東南アジア青年の船,日米学生会議,笹川記念保健医療財団国際保健協力フィールドワークフェローシップなどに参加。現在,日本イラク医学生会議代表。2003年夏には英国での病院実習も経験。2004年3月には医学教育振興財団の英国病院実習に参加し,その後日本イラク医学生会議訪問団としてイラクを訪れたのち,アメリカミシガン州のミシガン小児病院で臨床実習を行なう予定。将来は国内外の公衆衛生分野での活動を志す。