第2572号 2004年2月16日


インタビュー

新しい時代の外科医
プロ野球的! 公正な競争の世界に生きる


南淵 明宏氏 大和成和病院心臓病センター長

<聞き手>下山 祐人さん 東京医科大学6年


 医学生の間で外科の人気が低下している。内科的治療の適応拡大,手術スキルの向上が難しい既存の研修体制など,将来のキャリアプランを考えた際に不安の声も聞かれる。しかし,「悲観する要素は何もない。これからは公正な競争がなされて実力で未来を切り拓ける」と考える医師も少なくない。人工心肺を使わない心拍動下バイパス手術を含めて年間約200例の手術をこなし,最近は人気漫画『ブラックジャックによろしく』に登場する辣腕外科医・北三郎のモデルとしても知られる南淵明宏氏(大和成和病院)もその1人だ。
 外科手術件数による施設基準の導入など大きな転換期を迎えた外科の世界。本物のプロとなるためには,どうやって実力をつけていったらいいのか。心臓血管外科志望の医大生・下山祐人さん(東京医科大)が聞いた。




下山 いろいろなメディアで活躍が紹介されている南淵先生にお会いしたいと思っていて,今日その夢が叶い,飛ぶ想いでこちらへ来た次第です。
南淵 光栄です。こんな小さな病院で心臓の手術をしていることが,まず医者の間に広まって学生さんに伝わるのではなくて,メディアを介して広がっているというところにポイントがあるのかなと思います。医者同士の情報の行き渡り方というのは,劣悪な,日本社会の陰部を象徴しているところがあるので。
下山 口コミ,風評,噂というかたちですね。
南淵 そうです。それでアテにならなかったり,言う人のバイアスがかかっていたり。特に大学病院では,一般社会とまるっきり隔離されたところで,その人たちだけの価値観による世界が繰り広げられているわけです。

孤独だった専門家が 社会に認められる時代に

南淵 ぼくら医者は専門家ですが,専門家の間だけで認められていても意味がないわけです。素人が認めてくれる専門家,これがはじめて社会で市民権を得る専門家です。そういった意味で,いまの社会は心臓外科医に限らず,いろんな分野の専門家を認めようとしている時代だとぼくは思います。社会が医療に対して不信を持っているのは単なる一面であって,「専門家ってどんなことをやって,何を考えているのか」と興味を持ってくれている表れです。一生懸命やれば,そこらへんのおっちゃん,おばちゃんが必ず認めてくれる(笑)。でもそういった人の認識が『神の声』なんですよ。
下山 医療だけでなくどの分野においても,専門家と一般の人との壁がすごくあるのは問題だと思います。例えば小学校や中学校でもいいし,社会教育のかたちでもいいから,いろいろな分野の仕事のことを議論ができる場があれば,いまある「医者と患者さんとの壁」も少しは薄くなって,話しやすくなるだろうと思うんです。
南淵 まったくそのとおりです。逆に言えば,専門家はいままで常に孤独だったわけですよね。一生懸命やってもあまり評価されなかったり,ヘマをしても何も責任を問われないという状況だったのです。
 例えばプロ野球なら,ホームランを50本打った選手と,2軍の選手とは,給料に何十倍も差があるわけでしょう? 医者にはそういうことがなかったわけです。2軍で故障して試合に出なかったような人と,1軍で打率3割5分,ホームラン50本,盗塁30の人が同じ給料で,「実績なんて関係ない。みんな平等にプロ野球選手」って言ってる球団があるなんて考えられないでしょう? プロ野球そのものの価値を貶めていますよね。でもこれまで医者の世界では,「手術なんて誰でもできる。いくらやっても意味はない」って言われていたんですよ。

心臓外科医≒プロ野球選手(?)

下山 心臓外科の領域もそうした状況なのですか。
南淵 心臓外科医は心臓の手術ができる,しかもその結果の差は歴然で巧拙が明らかなので,才能のある人には今後やりやすくなりますね。そういう意味では,プロ野球みたいな感じじゃないかと思います。チャパツであろうが,鼻にワッカをはめていようが――別に近鉄の選手のことを言っているわけじゃないですよ(笑),とにかく実力があれば認められる。
 かつては,手術できるということがぜんぜん評価されない時代でした。7,8年前,ぼくが年間200件の手術をしましたと学会で言ったら,「いいねえ,南淵先生は。そんなに患者さんがたくさんいる病院にいて。でも,忙しいでしょう? うちは20例ぐらいだよ」と。「おまえは手術が下手だからだ」と思いましたが(笑)。手術をたくさんやっているというのは,たまたまその病院に患者さんがいて,たまたまそこで働いているから症例が多いんだというふうにしか評価されなかった。
 いまはぜんぜん違うでしょう? 症例が多い・少ないの意味がみんなわかっていますから,これからはもっといい時代だと思うんですよ。自分のやっていることをそのまま評価してもらえる。心臓外科は非常にわかりやすい,公正な競争が約束されている分野ではないかと思います。もちろん,方法を間違えなければね。だから,ぼく自身がいま学生だったとしても,絶対に間違いなく心臓外科医をめざしますね。

図 年間200症例が行なわれる手術室にて
「この手術室にゼニと名声が埋まっている」(南淵氏),「努力した人の言葉ですね」(下山さん)。仕事を「商売」といい,患者を「お客さま」と考える南淵氏は,手術を録画して患者さんにテープを渡し,インフォームド・コンセントを実践している。

学生・研修医時代にやるべきこと

下山 もし先生がこれから研修医になるとしたら,その時にどういう道順で心臓外科をめざされますか。
南淵 まだ日本の場合は,専門医制度がデタラメですから,そんなものはまったく信用できません。とにかく手術ができれば患者さんは来るという時代になってきて,従来の権威に対してみんなが逆に懐疑心を持ってくる。そうなると,やっぱり自分で実力をつけることになります。出身大学の人ばかりではない,自分で自分の道を切り拓かなければいけないという認識の人が集まってくるところは,すごくいいと思います。その先の将来がまったく担保されていないわけですが,その点もすごくいい。あなたが大学以外の研修病院を選んだのは,正しい選択だと思います。
 次に情報集めです。情報のいちばん簡単な入手方法というのは,いろいろな事例を集めることです。どんな人が心臓外科で働いて,どういう人たちに囲まれて,どういう環境でやっているかということが大事です。それから今度は,自分よりちょっと上の世代の人間がどういう目に遭っているかという情報を集めればいいんです。それは簡単で,電話して会えばいい。それで,その人たちの人間性を評価する。一生懸命,「自分はこれだけのことやってるんだぞ」と偉そうにいう人もいますしね。ぼくが学生の時,別の大学から来たある先生が,自分はその大学ではすごく偉いんだというわけです。なぜかというと,最年少で教授が授業をする時の黒板消しになったという。これを真顔で自慢するわけです。
下山 ずっと黒板消しやってればいいですよね(笑)。
南淵 ほんとに,そんなに黒板消しがいいんだったらね(笑)。
 そういうとんでもない狭い価値観のところに足を踏み入れることも絶対にやめたほうがいい。だから,どの程度のソサエティかを見分けるのも大事です。

やってはいけない! 不要な我慢と紹介での就職

南淵 逆にやってはいけないのは,「もうちょっと我慢しよう」とか,「あと2,3年我慢しよう」ということ。そうじゃなくて,自分がおもしろいと思ったことをする。例えばレジデントの前半をやっていてアルツハイマーの研究をしたくなったら,その時やらないと駄目ですね。そしたら,また次の道が拓ける。そして,そのまま研究を続けるのもいいし,また戻ってきて心臓外科をやるのもいい。あと,自分がどこかの組織に属しているからとか,誰かの紹介でどこかに就職するということ。これもぼくは最悪の下策だと思いますね。
下山 先生も,留学された時にはご自分で出かけたそうですね()。
南淵 外国もそうだし,日本でもそうでした。所属や肩書きでなく自分自身を評価してもらうんだということが,いろいろな病院へ見学に行くにしても大事だと思う。そして,暇があればいろんな病院を見るべきです。
 ぼくが国立循環器病センターに行きたいと思った時に何を考えたかというと,そこにいるレジデントに話を聞いてみたいということです。友だちのツテで人を紹介してもらって,忙しそうなところへ押しかけていって,話をした。それで本当に有益な情報が得られたかどうかわからないけど,イメージがすごく湧くわけです。
下山 「行ってみたいな」と思ったわけですね。
南淵 自分の想像が膨らんでくる。そういうのは大事です。

1日1つ失敗すべし

下山 他にも,研修医時代にしておいたほうがいいことや「これだけはやめておけ」ということがあれば,アドバイスいただけますか。
南淵 うーん,よくわからないですね。してはいけないようなことばかりを,ぼくはいっぱいしてきたので(笑)。やっぱり,畏れずにどんどん失敗を積み重ねることじゃないでしょうか。
 これは中谷彰宏さんの本に書いてあったんですが,世の中には,「失敗も成功もしない人」「失敗もするけど成功もする人」のふた通りがいると。もちろん,間違っていると思うことをやっちゃいけないんですが,いろいろなことをやって,失敗は失敗だと認識すべきです。自分のやった判断に関しても,「これは絶対に失敗だ。つぎに同じような機会があったら絶対にこうしよう」と,常に自分を批判し,問題点を多く見つけてさげすむ。そうじゃなく通り過ぎちゃうと駄目です。「今日のこれはよかったな」「なかなかいいポイントだった」なんていうのでは,ぜんぜん成長しないです。失敗か,失敗じゃないかよくわからないような状況でも,自分の失敗を具体的にあげて,「こうやるべきだった」と,常に自分の失敗として認識する。それを積み重ねることが,明日の自分をつくっていくというふうに思います。
下山 自己批判しながら思い切りやってみろ,ということですね。
南淵 そうです。思い切りやって,その内容について常に反省点を見出せ,失敗をつくっていけ,「1日1つは必ず失敗しろ」と。それから,他人のやっていることを批判すると同時に,そのいい点も両方ね。自分の場合は,あまりいい点を見つける必要はないんだけど,他人の場合は,批判すると同時にいい点を必ず見つけること。「どうしてこんなくだらないやつが,この世に生存できているのか」と考えてみると,必ずいい点があるわけです(笑)。いい点,その人の力というのを,同じように見つけないといけない。

35歳を一人前の目処に

下山 外科医の世界は,若い頃には下働きばかりでなかなか手術の経験が積めないというイメージがあります。外科医の数自体も抑制されるのではという将来への不安も学生の中にありますが,いかがですか。
南淵 若い時には手術はできないですよ。やっぱり,自分の名前で,自分の責任で手術を“先発完投”できるのは35歳ぐらいからだと思うんです。
下山 すると,逆にぼくたちは35歳を目標にして,ぼくはいま26歳ですけど,残りの9年間,どう修業するかを考えて,自分に負荷をかけていけばいいということですね。
南淵 そうです。さっきの質問の中でいちばんの問題は,35歳を過ぎても,45歳を迎えてもぜんぜん手術のできない人がいるということです。35歳までに完成しないと駄目だということも言えるわけです。大学医局にいると,知らないうちに35歳を過ぎちゃうんじゃないかな。
下山 気になるところですが,誰でもそういう人になり得るわけじゃないですか。そんなに厳しいのですか。
南淵 それは心臓外科に限らず,手術をする科はみな同じです。例えば某大学病院で前立腺がんの腹腔鏡下手術をして事件になった38歳の先生だって,他の手術もほとんど経験がなかったわけでしょう。手術をしたことがないのに手術をしたというのも問題だけど,38歳まで何もやっていないというのがとんでもない問題なわけです。
 そういった問題を社会がシビアに批判してくるのは,すごくありがたいことです。ちゃんとやれば,出身大学や年齢と関係なしに,35歳を過ぎてすごい実力があるということでポンとひとり立ちできる時代だと思うんですよね。ちゃんと実績を積んで,それだけの能力のある人が,それなりの立場につける時代になるだろう,あるいはぼくがしてみせると思っている。

同じ領域の志望者の中で 自分をランクづけする

下山 ぼくをはじめ,みんなが聞きたいことだと思うんですけれども,真面目に,正しい方向で努力を続けていけば,自分で「できる」と思えるような医者になれるんでしょうか。
南淵 競争の問題でしょうね。卒業する時にまずやらなきゃいけないことですが,例えば心臓外科をめざすんだったら,決めた時点で,同じことを考えている同じ学年のやつが何人いるかを考えるべきです。自分の大学の中だけじゃなく全国でね。
 ぼくが日本胸部外科学会に登録した時,1983年卒が七十数人いて,「この70人がみんなライバルになる」と思ったんです。それで,常に「この70人の中で自分はどの位置にいるか」というのを認識していました。34歳でとある病院の心臓外科部長になって,年間200例の手術をやったことによって,たぶん70人のうちではいちばんだと思った。それで今度は,上下5年のあいだに大学を卒業した人たちの中でどのくらいの位置にいるだろうと考える。常に,そういった競争,比較のうえに自分を置く。要するに,自分自身を客観的に見る必要があると思うんです。
下山 自己批判の指標を外にあるものから持ってくるということですね。
南淵 そのとおり。「たいしたやつがいないんじゃないか」というレベルまで自分を持っていかないと駄目ですよね。誰しもある程度の能力があれば必ずチャンスがまわってくるということはあり得なくて,症例の少ないいい加減な病院や名前ばかりの大学病院では,今後社会の批判にさらされて心臓手術ができなくなるでしょう。この国で心臓外科をまともにできるのは,多くて100人だと思うので,100人の中に入らなきゃいけない。
下山 椅子取りゲームですね。
南淵 もちろん。それは他の科でもそうですよ。マーケットが無尽蔵にあるわけじゃないですから。ただ,悲観する要素は何もない。競争の上で,それが公正になされるということを絶対にいいほうに考えてほしいんですね。いままではぜんぜん公正じゃなかったわけですから。手術ができるできないにかかわらず,年功序列で「おまえは何々をやれ」というふうにやっていた。それじゃあ,「手術はウデだ」と思っていたような人が,まるっきりないがしろにされる考え方でしょう?
 社会は成長しています。衆愚ではないし,公正に判断してもらえる。今年の研修医は,ベーシックな研修をすごくいい条件でやれる人たちでしょ。とにかく,自分の実力と人間性さえ周りの人たちに比べて優位であれば,未来は切り拓ける。まさにプロ野球ですよね。
下山 人間性はちょっと自信がないから,実力をつけられるようにがんばりたいと思います(笑)。
南淵 ぼくもあまり自信ないんだよ(笑)。

(註)奈良医大の研修医だった南淵氏は,憧れだった北村惣一郎教授(現・国立循環器病センター長)の助言に逆らい,大学院進学ではなく国立循環器病センターのレジデントとなった。当初の約束では2年後に大学に戻る約束だったが,その後医局の人事を無視し,自ら応募書類を書いてオーストラリアで武者修行に励んだ。




南淵明宏氏
 1983年奈良県立医科大卒。国立循環器病センター,セント・ビンセント病院(シドニー),国立シンガポール大などを経て帰国後,新東京病院で心臓外科医としてスタート。1996年公仁会大和成和病院に心臓外科を開設。著書に,CABGのグラフト吻合部の理想的形状を「猫の手」と名付けた『CABGテクニック』,東京女子医大での人工心肺装置操作ミスによる女児死亡が社会問題となっていた渦中に出された『実践人工心肺』,共著に『CABGのサイエンス』(いずれも医学書院)など。また最近は一般向けの著書も多く,『ブラックジャックはどこにいる』(PHP)では,氏の半生も多く語られている。大の猫好きで,手術執刀の日はゲンかつぎに猫のTシャツを着る。



下山祐人さん
 ポリクリでみた心臓外科手術で,あっという間に複雑な2弁置換術を仕上げた外科医のウデに感嘆。進級するにつれ薄れつつあった「医者になるなら心臓外科」という入学当初の想いを再確認する。今春から湘南鎌倉総合病院の研修医となる予定。座右の言葉「波高くとも天気晴朗なれば吉(視界良好で十分な鍛錬があれば必勝)」(司馬遼太郎『坂の上の雲』より)。