第2572号 2004年2月16日


日本型研修へのみちしるべ

第1回 充実した専門医制度VS「何でも屋」中心の医療

編集:桑間雄一郎
ベスイスラエルメディカルセンター内科/
アルバートアインシュタイン医大アシスタントプロフェッサー


 新臨床研修制度がはじまる日本にとって,今後の医師養成を考えるうえで留意すべきことは何か,現在米国研修の真っ只中にある日本人医師たちによる座談会を行なった。医師生涯教育制度の重厚なコンセプトを持ちながら,その一方で必ずしもコンセプト通りにはうまくいかず悩む米国教育病院の現状をふまえ,日米を比較しながら忌憚なく討論していただいた。今回のシリーズは,特に指導医クラスの教育的立場にある医師にとって,米国の重厚なコンセプトのどの部分ならば日本の現状に沿った形で実現可能なのかを探るための大きなヒントになるだろう。
 初回は,ジェネラリストの養成と専門医の養成というテーマでの議論の内容を報告する。(桑間雄一郎)


■すべての医師に幅広いトレーニングを!

「何でも屋」用のトレーニングがなかった日本

桑間 米国医師研修の真っ只中にある若手医師にお集まりいただきました。皆さん日本の医学部出身ですから,日米での経験を参考にさまざまな提言を期待します。まずはじめに,専門医制度が充実した米国と,何でも屋の一般医が医療の中心を担っている日本との違いに焦点をあててみたいと思います。
新明 日本でも総合診療科が多くの大学に普及し,これからは本当のジェネラリストが活躍する時代が来ることを心待ちにしています。
 今まで総合診療を担当してきた日本の一般医は「何でも屋」をやらされてはいますが,実は「何でも屋」になるためのトレーニングを受けているわけではありませんでした。多くの医師が大学の専門グループに初期から属し,むしろ専門医に最初からなってしまう。しかし,専門領域の研究を離れて大学病院を出て,地域の医療に従事する段になると,急に見よう見まねで「何でも屋」になってしまうのが現状です。
上村 私は日米で小児科のトレーニングを受けてきました。日本では小児科のトレーニングを受けたことがまったくない,またはわずかしか経験のない医師が小児の診療をしていることがあります。発熱の小児の尿路感染症が見逃されていた例など,病院の小児科に入院する前になされた診療内容に驚くこともありました。小児を診るには少なくとも半年間,きちんとした小児診療のトレーニングを受ける必要があると思います。
 米国の家庭医学科のレジデントは多くの科をローテートしてジェネラリストになっていきます。短期間ですが,彼らが小児科をローテートしていく際にいっしょに勉強する機会があります。3年間の家庭医学科トレーニングのうち小児診療に携わるのは合計してせいぜい半年間ぐらいのようですが,集中してたくさんの小児を診ることで,自分でも診療できるレベルの病気か否かの判断力は最低限養成されていると感じます。小児を診ることのある日本の医師にもその程度のトレーニングは受けてもらいたいと強く感じます。
西堀 私は日本の大学病院で放射線科のトレーニングを受けました。何のトレーニングも受けていない新米放射線科研修医が,夜の病院当直アルバイトに出かけることが頻繁にありましたが,とても恐ろしいことだと思っていました。日本の研修医制度が義務化され,複数の科をスーパーローテートして幅広い知識のトレーニングがはじまることは大変よいことと思います。

専門医にとっても幅広いトレーニングは必須

本郷 医学はどんどん進歩し,複雑になってきています。とても1人ですべてを勉強し尽くせるものではありません。米国で多くの専門医とやり取りをしてみると,努力さえすれば自分が何でもできそうな気分に日本でなっていたのは錯覚だったと感じることもあります。最先端の医学を医療現場に反映させるためには,たくさんの専門医で分業しながら医療を支えることが不可欠ではないかと思うようになりました。
 ただ,専門医にとっても医学一般を広く勉強することはよい医療を実践していくうえで必須なので,何でも屋になることを想定した,幅の広いトレーニングを受けることが望ましいと思います。米国の専門医も総合診療をすることは多々ありますが,制度上は全員が何でも屋のトレーニングをうけていることになります。
八重樫 日本でも専門医が強く求められるようになりました。例えば乳がん検診の乳房X線写真をしっかりと読影できる医師が少ない。女性全員が受けなければならない検診の質が保証されていないのだから大問題なわけです。医学の狭い領域での洗練された能力を持つ専門医は医学の進歩とともに,どんどん必要になります。米国医学教育の優れている部分は,医学生のころから各診療科の診療現場に配属されて,幅広く診療の一端を担うクリニカルクラークシップの他,レジデンシーで内科や外科などの各診療科の総合診療医としてのトレーニングを受け,その次にさらに先の専門医へのフェローシップトレーニングがあるという,しっかりした研修制度があることです。
 幅広いトレーニングを全員が受けることで,ジェネラリストも専門医も自分だけで診療してよい症例と,さらなる専門医の診療を仰がねばならない症例を区別する能力を得ることが重要なのです。
村島 専門医という言葉は,ジェネラリストよりも何か上の存在というイメージがあり,どうしてもジェネラリストは専門医より下という思い込みが,患者にも医師にもあります。「ジェネラリストは,よくある病気に関する専門医である」という発想を広めなければなりません。
 多くの診療科にわたる多くの普通の病気への正しい対処方法を,完全にマスターするためには多大な勉強と努力が必要です。ジェネラリストは,他の診療科領域の専門性が高いまれな病気まで含めて,すべてを引き受けるという意味では決してありません。他の専門医との連携の必要性はいつまでも残ります。今の日本にはコモン・ディジーズの専門家であるジェネラリストが求められているのだと感じます。

ジェネラリストを上手に育成する

八重樫 ジェネラリストを育成するにあたりもう1つ重要なポイントとして,医療の標準化があげられます。コモン・ディジーズの診療ガイドラインをきちんと整備することは,研修制度の確立に必須なことです。診療方法で,いわゆる各大学の医局の流儀なるものがあってバラバラであっては,まともな教育を効率よく行なうことはできません。ガイドラインがあれば指導医も自信を持って広い診療領域の指導ができるようになるでしょう。ごく一部の医師集団だけの経験では,コモン・ディジーズの正しい診療方針を網羅することは困難です。医局内だけに通用する診療方法から脱皮して,多くの客観的データをもとに作られたエビデンスに基づくガイドライン整備が,良質の総合診療医育成にとって重要な環境整備なのです。
 大学の壁を乗り越えた人事交流がマッチング制度の導入で前進しそうですが,これも長い目で見ればより客観的なガイドライン整備に追い風だと期待しています。
本郷 私が初期研修で特に重要視したいのは,病歴聴取能力と身体所見をとる能力の充実です。患者さんの状態をきめ細かく把握し,これを表現し,他の医師につたえるコミュニケーション能力は,医師の技術の基礎です。この力を鍛えたうえで症例の経験を積み重ねるのと,そうでなく診療を繰り返すのでは,医師の能力に将来大きな違いが出てくると思います。
 実力あるジェネラリストになるためには,たくさんのさまざまな患者さんの一例一例から濃厚に学ぶ姿勢を続けることが必要だと思います。研修医が各診療科をローテートする際には,どの診療科の指導医もこの2つの能力を重点にトレーニングしていただきたいと思います。

◆議論のポイント
幅広い領域のトレーニングを受けることなく,開業すれば何でも診ることになる日本の医療には問題がある。すべての医師が基本的で幅広い,「何でも屋」になるためのトレーニングを受けておくことが重要だ。

■過度な専門分化の弊害

米国式専門医制度の問題点

桑間 米国の医療に身を置くと,医学の進歩とともに専門医の分業による重厚な医療制度へ少しずつ変わらざるを得ない宿命を確かに感じます。そして,理想的には米国のように幅広いトレーニングと専門領域のトレーニングの双方を充実させるのがよいことも明らかです。
 しかし,医療コストの際限ない膨張は社会が許容できないし,さらに米国の強い縦割り専門医資格制度の弊害も毎日のように感じることも事実です。全人的であるべき医療が専門医資格というしばりに引き裂かれ,なんとも利便性が悪くなっています。日本ならばどの医師でも30分でできることが,米国では専門医がやるべき医療行為と規定されて独占されてしまうものだから,待つこと1日以上なんてことがざらですね。
 独占によるデメリットはくせもので,効率が大変悪い。米国そのままのコピーが日本で機能するとはとても思えません。日本はむしろ洗練した「何でも屋」つまりジェネラリストの充実で医療を充実させたいところです。専門技量が必要な特殊技術は診療科の壁を超えて自由にトレーニングを受けることができるようにし,多くの医療従事者が診療できる自由度を確保すべきです。あくまでも基本的なトレーニングを受けて診療能力を得たうえでの広い診療が大前提ですが。

風化する幅広い診療能力

本郷 米国風ガチガチの分業化は私もよくないと思います。専門医領域間の境界はもっと柔軟性を持たせなければなりません。建前上はすべての医師が幅広いトレーニングを受けることになってはいますが,診療の現場に入ると分業化の壁に阻まれて,結局自分の領域以外のことに手を出すことがはばかられるのが米国です。時間とともに幅広い診療能力は風化し,皆専門バカになる傾向は否めません。スーパーローテートが大変充実していた沖縄県立中部病院の研修をした私の印象では,ニューヨークの内科レジデントの,外科・小児科・産婦人科など他科の診療能力は期待していたより低いと感じることもよくあります。
新明 本郷先生のご意見は少し厳しすぎるかもしれませんが,米国における医学部後半のクリニカルクラークシップでは,医学生が広く各科の診療現場にどっぷり浸かって,受け持ち患者を持たされるようなトレーニングを受けますので,これから日本ではじまる研修医制度のスーパーローテートに相当すると思います。米国の研修医は,病歴の取り方と身体所見の取り方の基本が確立していてすばらしいと感じることがよくありますし,幅広い臨床トレーニングのおかげで患者の赤信号を察知し,専門医へ速やかに紹介する能力に長けていると感じます。

極端ともいえる超分業化

村島 日本であれば,病棟にあるポータブルの超音波検査器を気軽に患者さんのベッドサイドへ運び自ら検査し,ものの10分もすれば結論が出ることを,アメリカでは検査申し込み用紙を記入して,いちいち放射線科医に検査を依頼しなければなりません。夕方になって検査時間が終了してしまうと,検査を申し込んでも緊急以外は翌日回しということになったりして強いフラストレーションを感じます。内科医が自由に超音波検査機器を米国で使うには,放射線科の研修医としてやり直すしかない。そのようなことは誰もしないですね。だから,内科医は超音波検査がどれだけ便利ですぐに結果を得られるかの実感も持っていないわけです。ガイドラインどおりに検査オーダーを出すだけです。米国で分業のし過ぎにうんざりすることは大変多いです。
八重樫 全身状態が急激に悪化した患者さんに,病院内の心肺蘇生チームが対応にあたったことがありました。先に到着した医師が気管内挿管をして呼吸状態を安定させていたのに,後で到着した麻酔科医が一度チューブを抜いて入れ直したと聞いて驚いたこともあります。気管内挿管は麻酔医がやると病院のプロトコールに書いてあるわけです。
 病院内の医師の多くがACLS(二次救命処置)の講習を受け気管内挿管のトレーニングを一応受けている。それなのに,気管内挿管は麻酔科医がやるものとルールにうたったりする。これほどにまで米国風超分業化は極端になることがあります。アメリカで起こっている専門分化の弊害は日本に持ち込まないようにすることが必要です。

「壁」を作ってはいけない!

桑間 初期研修の時点までは,広い領域のトレーニング効果はそれなりにある。しかし,強い縦割りの分業化医療環境の中で,せっかく獲得した総合診療能力が徐々に風化して衰えていく米国医師の現実があるということでしょうか。各診療科間の縦割り分業体制を緩め,医師が初期研修でせっかく勉強した広い領域の診療技術を自由に実践できる医療環境であるならば,総合診療能力の風化は少なくすんでいるのでしょう。
 日本でジェネラリストが活躍できるようにするためには,米国のような診療科間の強い壁が作られないように注意する必要があります。別の診療科に短期間入門してトレーニングを受け,技術を習得さえすれば研修終了証明資格のようなものが取得できて,もっと自由にさまざまな診療行為が実践できるような,横軸の充実による柔軟性の確保を真剣に考えないといけません。
 現在の米国の制度で真の何でも屋として自由に診療するためには,それぞれの科のレジデントを3年以上やって,それぞれの専門医試験に合格しないといけない。下手すると20年近くもの研修医人生になってしまいます。これはまったく非現実的です。診療科ごとの縦軸の専門医制度のみでは,診療科間の権益対立が必ず生じて身動きが取れなくなります。

◆議論のポイント
専門医は絶対に必要だが,米国のように専門分化が極端になりすぎると弊害も大きい。日本は診療科ごとの縦割りの専門医制度ではなく,各領域間の壁をなくして自由に各科のトレーニングができる,横のつながりを重視した仕組みを作るべきだ。

■医療経済制度の変革が必要

医療へのさらなる投資が必要

西堀 医療経済について考えることも,重要なことと思います。総合診療医と専門医の区別が今より明確になるためには,総合診療医が行なうプライマリ・ケアの診療報酬と,専門医がコンサルトに応じた際の診療報酬は別に設定する必要が当然ながら生じると思います。
 現在多くの開業医の先生方が自分の専門領域からかなり異なる領域まで手広に診療を行なわざるを得ないのは,専門医がコンサルトを受けた際の診療報酬がそれに見合った分だけなく,手広く広げた総合診療の報酬でなんとか埋め合わせしている現実があるのではないでしょうか?
桑間 まったくその通りだと思います。世界第2位の経済大国にふさわしい医療制度に脱皮するには,医療経済制度も何らかの大変革が必要です。医療経済は非常に大切なのです。医療経済制度が医療のあり方を強く変えていくといっても過言ではないでしょう。
 私は教育病院の医療費は数倍に上げてもよいと考えています。医療全体からはごく一部である教育病院の医療費が数倍になっても,全体に与える影響はそれほど大きくないはずですし,教育コストであれば国民の理解も得やすいでしょう。教育病院での診療は,研修医と指導医の2人で診療に責任を持つのが当然で,研修医の1人独立診療は許されません。つまり,1人の患者さんを研修医と指導医のそれぞれが診察する必要があります。さらに,研修医と指導医がそれぞれの考えを議論しあう形の教育の時間も必要になります。どう考えても他の医療機関の診療報酬と同額では経営が成り立つはずがありません。
 日本経済が悪い状況ではとても無理だと考える人も多いでしょうが,日本はいまだに国際経常収支黒字を毎年10兆円以上も出し続けているリッチな国であり,日本人は自分たちのよりよい生活のためにそのお金を使う選択肢を持っているのです。一生懸命貯蓄して世界にばら撒いて結局は損をし続けた近年の失敗を反省しなければなりません。単なる貯蓄ではなく,自分たちの生活向上を目的とした,日本国内への意味の深い投資で社会資本を充実させるべきです。医学教育への支出はそのひとつといえるでしょう。

◆議論のポイント
医療制度の成熟には医療経済制度の変革が必須である。専門医のコンサルトへの報酬や,教育病院の医療費を上げるなどの形で,日本国民の生活向上を目的とした国内への資金投入を充実させるべきだ。




桑間雄一郎氏
1987年東大卒。1987年-1993年東大第1外科で外科医としての研鑚を積んだ後,1993-97年ニューヨークベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。1997年一時帰国し,東京海上メディカルサービス,日医総研に勤務。この間東大非常勤講師も務める。2000年再び渡米し,現在に至る。

コメンテーター紹介
上村正義氏
1998年東邦大卒。沖縄米海軍病院,国立岡山病院小児科を経て2001年7月よりロングアイランドカレッジ病院小児科レジデント。2004年7月よりシカゴ大新生児科フェロー開始予定。
新明裕子氏
1999年聖マリアンナ医大卒。横須賀米海軍病院,川崎市立川崎病院小児科を経て2001年よりコロンビア大学病院,セントルークス・ルーズベルト病院およびMemorial Sloan-Kettering Cancer Centerで内科研修中。
西堀大我氏
1999年北大卒。横須賀米海軍病院,北大放射線科を経て,2002年よりベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。
本郷偉元氏
1996年東北大卒。沖縄県立中部病院などを経て,2001年よりベスイスラエルメディカルセンター内科レジデント。2004年7月よりバンダービルト大にて感染症科フェロー開始予定。「太平洋を渡った医師たち」(医学書院)へも寄稿している。
村島美穂氏
2000年京大卒。舞鶴市民病院内科研修医を経て2003年よりPennsylvania Hospital of University of Pennsylvania Health Systemレジデント。
八重樫牧人氏
1997年弘前大卒。亀田総合病院,沖縄米海軍病院での研修を経て2000年よりセントルークス・ルーズベルト病院内科レジデント。2003年よりニューヨーク州立大ダウンステート校呼吸器・集中治療内科フェロー。