第2570号 2004年2月2日


〔寄稿〕

理学療法教育におけるOSCE

内山 靖(群馬大学医学部教授/保健学科理学療法学専攻・基礎理学療法学講座)


今なぜ,理学療法教育でOSCEが注目されているのか

急増する養成施設と学生定員
 わが国の理学療法士養成は,1963年に3年制の専門学校教育としてはじまり,1979年の3年制短期大学の開設を経て,1992年に4年制大学での教育課程が整備された。この間,高齢社会の到来や社会のニーズに後押しされて理学療法士の需要は増加し,2003年4月現在,163校,1学年の総定員数は7182名に達している。1966年から誕生した理学療法士総数は約3万7000名であり,臨床教育における指導者の相対数は年を追うごとに著しく減少している。
 また,当初の理学療法士養成を支えた厚生労働省管轄の学校は次々と学生募集の停止を決定し,文部科学省管轄校の短期大学部から保健学科への改組とあいまって,3年ないし4年制の私立専門学校と4年制大学教育の2極化が進んでいる。このような状況で,修業年限,クラス定員,到達目標などが異なる教育課程における理学療法の標準化が求められている。

理学療法教育における実習形態
 理学療法教育における実習形態には,主に学内実習と学外での臨床実習とがある。厚生労働省の指定規則では,18単位(810時間)以上の臨床実習(臨床教育)が必要とされている。学校によって多少の違いはあるが,4-6週間の検査・測定や統合と解釈等を中心とした実習と,16-20週間程度の介入を含めた実習が行なわれている。臨床実習では学生(多くは各施設に1-2名)が全国の臨床実習施設に配置され,臨床実習指導者(super visor:SV)の指導を受けながら学習を進める。
 SVはマンツーマンに近い形で,医療人としての態度,基本的臨床技能,臨床思考過程,各対象者に対する適切な評価-治療,症例報告書作成の指導などきわめて多岐にわたる教育を担ってきた。これは,1960年代の理学療法草創期に日本国内に点在した米軍基地病院で,最先端の現場で働く米国理学療法士から幅広い知識と技術指導を含めた実践的教育を受けた形態を発展させてきたものである。こうした卒前からの実践的教育はきわめて効果的であり,理学療法士が卒業時にある程度独立して理学療法を行なえる基盤となっていた。そのため,他の医療専門職と比較して実習時間の占める比率と到達目標は高いものになっている。
 これまでは学生数が少なかったこともあり,学生時代に受けた恩恵を後輩に伝承していく手作りの徒弟的な教育方法が可能であった。しかし,学生数の急増,学生気質の変化,拡大する業務に加え,養成施設の増加によって,これまで臨床現場で教育を担ってきた理学療法士の一部が教員として教育現場に移動したことなどから,臨床教育とその基礎となる学内実習教育における基本的臨床技能の習得方法の見直しが急務となっている。

転換期を迎えた理学療法教育
 大学,大学院での教育体制とともに研究の基盤が整備され,理学療法士によって執筆された「標準理学療法学」シリーズの発行(医学書院)など講義科目に対応する学習支援が進む一方で,臨床実践を通して学ぶ基本的技能の習得への支援と臨床教育におけるシステム作りが求められている。
 こうした中で,1つのツールとして理学療法教育へのOSCE(Objective Structured Clinical Examination)の導入が注目されている。

群馬大学における理学療法版OSCE

導入の経緯
 OSCEとは,1975年にHardenらによって開発された基本的な臨床技能を客観的に評価する方法である。OSCEは択一式試験などで評価される能力とは異なる側面を抽出でき,その信頼性と妥当性が高いことから北米などの医師国家試験の一部にも適用されている。
 ここ数年,医学科では,モデル・コア・カリキュラム,共用試験,臨床研修制度など新しい教育システムについての議論が盛んで,医学教育における車の両輪である保健学科においても,教育方法やカリキュラムに対する関心が高まっていた。
 本学ではfaculty developmentの一環として毎年教育ワークショップを実施しており,医学科でのOSCEの取り組みが紹介されて理学療法教育への応用の可能性を実感した。その後,個人的にOSCEに関する文献収集や日本医学教育学会への参加などを踏まえて,2002年4月の専攻会議に理学療法版OSCEの開発と導入を提案し,了解を得た。その後は専攻の全教官が協力して,特に週1回開かれる理学療法士教官会議において,基本理念,課題の設定,マニュアルの作成,運用方法などの準備を一丸となって進めてきた。

第1回目の試行
 2002年7月に,4年生を対象に第1回のOSCEを実施した。課題は,SVからも重要性が指摘されている,(1)医療面接,(2)リスク管理(バイタルチェック,トランスファー),(3)基本的な検査測定(関節可動域,筋力),(4)応用的な検査と統合(バランス)を選択した。対象には,臨床での頻度が高い運動器疾患の術後と脳血管障害による片麻痺を想定した。マニュアルの作成にあたっては,机上の議論の後,数回のシミュレーションによって採点基準や実施時間の調整と確認を行なった。学生には3か月前にOSCEの実施とその概要を伝え,1か月前に課題の提示を行ない,2週間前に詳細な基準を公表した。
 試験では1課題に2名の教官を配置し,模擬患者は大学院生等の理学療法士が担当した。採点は教官と模擬患者がそれぞれの基準で行なった。また,得点とは別に総合印象を記載することとした。試験終了直後には学生へのアンケートを実施した。試験終了2日後には,各学生の得点・席次,全体の平均点,課題ごとの正答率等を整理し,全学生へフィードバックした。
 全課題の得点は78.4±5.7%(70-90)で,各課題の得点は,(1)65.6±7.2,(2)85.3±7.1,(3)85.4±8.3,(4)77.4±11.9と,医療面接が他の課題に比して低得点であった。なお,同一課題の教官の採点一致率は平均69.9±19.8%であった。
 学生のアンケートでは概ね肯定的な回答が得られたが,(2)の課題設定が容易過ぎる,課題(3)ではもう少し重度な対象者を設定したほうがよい,模擬患者は面識のない人がよいなどの建設的な意見が寄せられた。

より実践的な問題の作成と採点方法の検証
 学生からのアンケートと教官の印象を参考にして修正を加え,2003年2月に3年生を対象に第2回のOSCEを実施した(なお,当初作成した4課題はそもそも3年生の臨床実習前に到達すべき水準である)。その結果,第1回に生じた問題点をある程度改善することができた。また,本学3年生を受け持つSVに対して,OSCEの影響についてのアンケートを実施した。
 続いて,2003年4月からは4年生の総合臨床実習に対応する問題作成に着手した。4年生では介入を含めた課題設定が不可欠であり,(1)筋力増強運動,(2)物理療法,(3)バランス・歩行練習,(4)移乗と更衣練習・指導を取り上げた。
 (1)(2)では人工骨頭置換術後の症例に対して,適切な姿勢と運動方向を考慮した介入の実施を求めている。(3)(4)では高次脳機能障害(左側無視)を伴う症例に対して,転倒へのリスク管理を踏まえた介入に主眼を置いた。特に(4)では,ともすると軽視しがちな上肢機能と活動を含めた練習・指導を取り上げた。
 また,ここでは,他大学の理学療法学科の教員を試験官に加えて,採点の信頼性を検証するとともに試験全体の総評をいただいた。その結果,一層の改善とマニュアルの内容を高めることができた。

OSCE導入の効用と今後の計画
 OSCEは,ともすると従来の実技試験との違いが不明瞭と思われたり,画一的なマニュアル主導の技能を助長するかのような印象を持たれることがある。しかし,OSCEを導入することで多くの効果が得られた。
 実習科目の到達目標と科目間の関連がより明確となるため,教官同士の教科目における情報交換や学生に対する指導が従来よりも共通した認識で進めやすくなった。さらに,学生は実技に対する取り組みが格段と具体的になり,実技ノートの作成や学生同士の積極的な実技練習に加えて,先輩や教職員等を被検者とした実践的な実技に取り組む姿が日頃からみられるようになってきた。
 2004年2月に実施予定の試験で3年生の問題と採点基準をほぼ確定し,今後は他領域において同じ難易度の課題を作成していく予定である。

今後の課題と展望

理学療法の特徴を反映したOSCEの構築
 根拠に基づく医療が強調される中で,理学療法の臨床思考過程と基本的臨床技能を高めることが不可欠となっている。
 理学療法の臨床思考過程においては,動作の観察と分析が重視され,“動作”(機能的制限:functional limitation)を双方向性に捉えて,思考を展開・転回させる必要がある。先行する医師のOSCEに学ぶべき点は多いが,理学療法の特徴を反映した独自の課題と採点基準の作成が必要である。
 模擬患者の育成においては,民間人とともにSVや臨床の理学療法士との連携をはかることによって,より有機的な教育システムの構築が期待できる。また,動画による自己学習支援のツールを充実・普及させる必要性もある。
 このように,OSCEは試験としての活用とともに,それ以上に学習支援や実技指導法の向上を図るうえで大きな効果があると実感している。

理学療法教育の展望
 教育は,教職員-学生との関係とともに教育課程や学習支援環境を含めたシステムが重要である。
 卒前教育では,学校間連携や臨床実習のあり方を模索するとともに,実習開始前のOSCEの義務化や国家試験における実技試験としてのOSCEの応用なども1つの有効な方策である。また,卒後教育においては,わが国の他の医療専門職や各国の理学療法(士)協会のなかでもきわめて組織率の高い日本理学療法士協会が実施している生涯学習システムにおいて,臨床技能を単位化するなどの取り組みも期待される。

もっと知りたい人のために
 OSCE(オスキー)の概略と実際は,2000年から弊紙医学生・研修医版で連載された「OSCEなんてこわくない」(東京医科大・松岡健氏編集)で紹介されています(2371号より連載。弊社HPからバックナンバー閲覧可能)。
 また,この連載は解説と写真を大幅に増加し,『基本的臨床技能ヴィジュアルノート OSCEなんてこわくない』として弊社より単行本化されました。
(「週刊医学界新聞」編集室)



内山 靖氏
1963年浜松生まれ。1985年国立療養所箱根病院附属リハビリテーション学院卒。北里大学・研究所の病院勤務を経て,2001年から現職。博士(工学)。理学療法学,神経症候障害学・平衡神経科学。現在,群馬大学保健学科教務部会長,日本理学療法士協会理事,世界理学療法連盟代理理事などを務める。