第2568号 2004年1月19日


新春随想
2004


グローバルスタンダードの医師を育てる

安次嶺 馨(沖縄県立中部病院院長)




 医師の教育において,今年は歴史に残る年になるでしょう。卒後臨床研修必修化に向けて,各研修病院で組まれた意欲的な研修プログラムは,新たな試みであるマッチングを経て,いよいよ5月から実行に移されます。
 さて,沖縄県立中部病院は,1967年以来,プライマリケア重視の臨床教育を行なってきました。今後は,さらにグローバルスタンダードの臨床医を育てることを目標にしています。その具体的な方法を,新年の抱負として述べてみます。

新年の抱負

 (1)ハワイ大学を通し,アメリカ全土から優れた臨床医を招き,研修医及び指導医の教育に当たってもらいます。これは,研修開始当時から継続して行なっていることであり,現在も年間10-15人の外国人医師が中部病院を訪れています。短期は1週間,長期は3か月間滞在し,日々のカンファレンス,回診に参加し,最新のアメリカの医療レベルで指導をしています。研修医にとっては,英語で討論するよい機会となっています。
 (2)ISDN回線を介してハワイ大学と中部病院の間に双方向性のリアルタイムの合同テレカンファレンスを行ないます。すでに内科で月に2回行なわれていますが,当院の朝7時30分のカンファレンスは,ハワイでは前日の午後0時30分のカンファレンスの時間帯と一致します。IT技術の進歩により,今後は日米間のカンファレンスが日常的に行われるようになるでしょう。これからの研修医はすべからく,英語で海外の医師と討論できるようになってほしいものです。
 (3)在沖縄の米国海軍病院との合同カンファレンスを定期的に行ないます。中部病院に米国海軍病院の医師たちがやって来て,双方の症例を提示してカンファレンスを行なっています。現在は内科,小児科,形成外科など,一部の科で行なっていますが,他の科にも拡げていきたいと思います。プレゼンテーションはレジデントが行ない,当然すべての討論は英語でしています。海軍病院には日本人研修医がおり,期せずして,双方の病院の研修医とスタッフの他流試合となり,研修医にはかなりのインパクトを与えています。

沖縄という地で果たす私たちの使命,そして夢

 (4)最後はまだ夢のような話ですが,実現可能なことだと考えています。政府は沖縄県に世界最高水準の大学院大学を設置する方針です。2007年9月に開学予定で国設民営の沖縄科学技術大学院大学(OIST;Okinawa Institute of Science and Technology)といいます。主要な研究テーマは「生命システム」で,生物学,物理学,化学などを融合した最先端の研究領域で,生命活動のメカニズム究明をめざしています。講義はすべて英語で,学長はノーベル賞受賞者の外国人です。教授陣200人,学生数500人でいずれも半数以上は海外から受け入れることになっています。国内外のノーベル賞受賞者(利根川進MIT教授を含む)10人で作る評議会と国内の学者らで作る構想検討委員会(黒川清東海大教授を含む)で,基本的な方針が決定されました。建設場所は中部病院の北に位置する恩納村に決まりました。
 この大学院大学の構想中に,尾身幸次内閣府沖縄担当大臣が中部病院に視察に見えたことがあります。大学院大学の職員・学生および家族が必要とする医療を中部病院がどこまで担うことができるかを見る目的があったようです。むろん,当院だけがその役割を担うわけではないでしょうが,救急など当院が果たす役割は大きいと思います。
 私の夢は,一流の世界的頭脳を中部病院に招いて講義をしてもらったり,また私たちの研修医が将来,大学院大学で研究に従事することですが,これは実現可能だと思うのです。沖縄県はアジアの中心に位置し,また日本の南の玄関口として絶好の立地条件にあり,この地でグローバルスタンダードの医師を育てていくのが私たちの使命と考えています。


超高齢化と少子化 ――“死ぬ義務”とは

菅谷 昭(長野県衛生部長)




 「今日の話の中で,“あのくだり”は正直言ってガクッときたよ。でも改めて考えてみる必要があるかもしれんなぁ」
 昨年の夏,東京で開催された関東方面在住の高等学校同窓生の集まる会で,「医療行政と高齢社会」にまつわる講演を行なった時のことである。当日は60歳代なかばから70歳代を中心とした数多くの先輩・同輩諸氏が顔を見せてくださった。
 私の話が終わった後の懇親会の席上で,何人かの友人らが杯を重ねるうちに冒頭のような言葉を異口同音に発し,私のほうがびっくりするくらい,その場の雰囲気が異様に盛り上がってしまったのである。
 “あのくだり”とは,「われわれは日頃死ぬ権利を有していると主張していますが,他方で“死ぬ義務”もあるのかもしれません」という,耳慣れない,ある意味では聴衆に恐怖感や不快感を抱かせるようなフレーズであった。今年還暦を迎えた私の同級生たちがショックを覚えたのであるから,先輩の方々はさぞかし複雑な思いで会場を後にされたのではと,いささか反省もしている。
 私は,この講演の中で,ここ数年,急速に迫りくるわが国の超高齢化に対し,「高度加齢社会適応型保健・医療・福祉体系の構築」の必要性を強調した。特に,周知のごとく健康長寿県として全国に誇る長野県が,健康維持総合戦略の一環として,日本,否,世界に向けて先駆的な方式を確立すべきであり,このことこそが,県の医療行政を推進する立場にある者にとって今まさに喫緊の課題であると,多少私自身の個人的な思い入れも含めて述べさせてもらったのだ。
 「死ぬ権利」とか「死ぬ義務」などといった,あたかも“生きる”ことを否定するかのごとき耳障りな言葉を用いたのは,“人生,質か量か”を個々の生き様の中で,身近な問題として改めて真剣に問い直す時が到来しているのではないかと考えたからである。すなわち,このことはもう少し拡大して解釈するならば,高齢者に対する実際の医療現場において,過不足のない,つまり無理をしない医療行為とか,終末期対応における過剰医療の排除につながるきわめて重要な基本的プロセスと思うのであるが,いかがであろうか。
 最近の新聞報道によれば,2002年の日本人の平均寿命は,女性が85.23歳,男性が78.32歳で,男女とも過去最高を更新したことが,厚生労働省の公表資料で明らかとなった。女性は1985年以降,ずっと世界第1位を続け,男性も第2位である。その中で,長野県の平均寿命は女性が86.53歳,男性が79.69歳と,全国同様に男女とも最長を更新した。日本はまさに正真正銘の長寿大国として,揺るぎない座を維持しつつあるのは世界に誇るべきことと思う。
 しかし一方,このような状況を手放しで喜べない現実が大きく立ちはだかっているのも事実だ。それは驚くべき速さで進行する“少子化”というきわめて深刻な問題である。このことは,既に多くの日本人が周知し,憂慮している点でもある。遅まきながら国をはじめ関係諸機関はやっきになり,ようやく重い腰を上げ,あれこれ対策を打ち出してはいるが,合計特殊出生率でその効果を推測する限り,残念ながら一向に改善の兆しが認められないのが現状である。
 「超高齢化」にともない,当然のことながら今後各種疾病の増加により医療費は増高し,さらに介護や福祉等にかかる費用もますますかさむのは明白である。それではこの莫大な費用負担を一体誰が責任を持って負うのであろうか。果たして「少子化」世代にそのすべてを負わせてよいのであろうか……。
 そんなことを思い巡らすと,あの「死ぬ義務」なる言葉がちらついてしまう昨今である。われわれは改めて“生きている”ことの意味を自らに問い直すべきではないだろうか。


全人的医療への期待と女性外来躍進

星野寛美(関東労災病院 働く女性メディカルセンター)




 当院の「労災病院」という社会的使命により,勤労者の健康増進・疾患の早期治療を目的として,2001年10月「女性医師による働く女性専門外来」が開設され,2002年4月からは「働く女性メディカルセンター」(センター長・関博之氏)の一部として女性外来が位置づけられました。女性医師側の要望で開設したわけではなく,政策医療として,労働福祉事業団本部より,当院産婦人科へ開設依頼があったわけです。
 「患者さんは来るだろうか?」という当事者の不安をよそに,まず,マスコミ関係の取材が相次ぎ,それを見て受診希望者が急増し,予約制にしなければならなくなりました。結局,女性に対する全人的医療を求めるニーズが潜在的に存在していたところに,タイミングよく女性外来を開設したので,女性の,医療に対する要望にマッチしたと考えられます。
 女性外来は,患者さん1人あたり,20分から30分程度の時間がかかり,病院経営上採算が取れない部門ですが,当院では事務側の理解が深いこと,病院のイメージアップに貢献していること,女性外来や婦人科のみならず,他科の受診希望者数の増加に貢献していることなどの理由により,病院として今後も継続・発展させて行く予定にしています。

既存の外来診療への不満が背景に

 当院の女性外来は,2か月後までの予約を受けるようにしていますが,予約は常にいっぱいの状態です。どうして,これほど女性外来の受診希望が多いか,アンケート調査(重複回答あり)で検討しました。受診動機は,「女性医師だから」というのが8割を占めるものの,「症状にかかわらず,総合的に診る外来だから」という項目も7割の方があげています。男性医師であったとしても,全人的に診る医療であればよい,と考える方が多くいると考えられます。
 実際,最近女性外来においでになった20歳代の方は,「近くの総合病院では,2時間待たされた挙げ句,診察室に入るとすぐ内診室に回され,自分が現在悩んでいる状態についてもさっぱり聞いてもらえないまま,3分で診察が終わってしまう」と訴えていました。遠方にお住まいで,2時間もかけて当院まで来られて,しかも働いているにもかかわらず,「月1回通院するのは苦ではない」と言っています。この他にも,たびたび,「前の病院では……」という話をする患者さんは多く,己の診療姿勢を振り返りながら,診察にあたっています。
 「いろいろな症状があったけれど,どこの科を受診したらいいかわからなかった」と言って受診される方も4割程度います。そのような方の中には,大きな腫瘍が見つかり,早々に手術するケースもあります。女性外来は,病院の敷居を低くすることに,貢献できている,と自負しています。

患者ニーズに応える女性外来を

 女性外来としては,当院は全国で3番目ぐらいの開設ですが,その後,国内各地で女性外来の開設が相次ぎ,現在国内では数百か所になると言われています。
 いずれの女性外来もおそらく,担当医がさまざまな模索をしながら,軌道に乗せるべく努力していることと思います。それらの医師のネットワーク化,女性外来の基礎となるべき「性差医療」に関するデータの蓄積などのために,さまざまな動きも起こりつつあります。
 一部で「『男性外来』も設置するべきでは?」といった声さえ聞こえてきています。いずれにせよ,女性外来のニーズがこれほど高いということは,これまで医療者側が提供してきたものに患者側は充分満足していなかったことを意味しており,患者さんのニーズに応えるべく,女性外来のさらなる充実をめざしていきたいと考えています。


オンコロジスト養成へのニーズと専門医制度

西條長宏(日本臨床腫瘍学会 理事長)


求められるオンコロジストの養成

 わが国では高齢化社会が進むに伴い,悪性腫瘍で死亡する患者が急増している。一方,臨床腫瘍講座がほとんどなく,大学における臨床腫瘍学に関する教育が不十分な状況に改善の兆しは見られない。
 既存のオンコロジーに関する学会活動は,オンコロジスト養成のための教育プログラムには重点を置かず,研究成果を発表しあうだけの会合となっている。しかも大半の発表は,臨床試験の条件を満足しないパイロットスタディの報告や,実地医療における経験であるにもかかわらずあたかも臨床試験であるかのような報告,state of the artから程遠い個人的経験を個別化治療とする主張,などである。これでは臨床腫瘍学の教育,オンコロジストの養成は不可能と思われる。
 わが国における臨床腫瘍学の発展とグローバルスタンダードの普及のためには,がんの基礎的研究を理解し創出された治療法の臨床研究を科学的,倫理的に行なうとともに,がんの薬物療法を効果的かつ安全に行ない,がん患者を総合的に診療しうるオンコロジストを数多く育成する必要がある。これらのニーズに答えるため1993年日本臨床腫瘍研究会が発足し,がんの臨床研究について率直かつ厳しい相互批判を行なう場が提供された。しかし十分なオンコロジストの養成には不十分と思われたため2002年3月日本臨床腫瘍学会(Japanese Society Clinical Oncology: JSMO)として改組し,臨床腫瘍専門医制度を導入した。
 専門医の育成のためには,学会自体を充実した教育の場とするとともに,詳細な教育プログラムに基づく教育セミナーなどによりState of the artを徹底させる必要がある。また倫理や知識だけではなく実際臨床腫瘍学を研修および実践する場の提供も必須である。大学にオンコロジスト養成のための場がないとすれば,全国のがん専門病院との連携が重要な課題である。
 JSMOは教科書として『臨床腫瘍学』を刊行,第1版は1996年に出された。2003年12月には第3版を発刊した。またJSMOはすでに2002年8月より教育セミナーを具体化し臨床腫瘍学に対する知識のクレジットをうる道を模索するとともに,専門医の誕生までの間,暫定指導医を認定し,暫定指導医の存在する施設を臨床腫瘍学指導施設として認定し実践のクレジットを実のあるものにする努力を開始している。現在JSMOの会員数は約1300名であるが暫定指導医の公募に対し456名の予想外の申請があった。認定には厳しく審査を行なう予定である。
 第1回のオンコロジスト認定試験は2006年に行なう。筆記試験,面接試験を通じて厳しく審査をすることになっている。学会の認定試験を合格した医師がオンコロジストとして認定されるが,この資格は5年ごとに更新手続きが必要となる。

生きたガイドラインを作るために

 近年エビデンスに基づく医療を行なうことをめざしたガイドライン作りが盛んに行なわれているが,わが国におけるガイドラインは,バックに法的規制のない場合“絵にかいたモチ”に終わることが多い。この理由はガイドラインの内容の大半が国内の臨床試験の成果に基づかず,国外の成績に依存していることによると思われる。すなわちグローバルスタンダードを確立するための臨床試験を行ない,その成果をガイドライン作りに反映させる努力が必要である。また,このような研究を自分自身で行なうことによって本当に優れたオンコロジストの養成が可能となると思われる。
 オンコロジストのカバーするべき分野は,がん薬物療法の基礎と臨床,トランスレーショナルリサーチ,臨床試験の遂行,メディカルオンコロジーの教育(医師,CRC,患者,メディア,行政に対する)など多岐にわたっている。日本臨床腫瘍学会では実力のあるオンコロジストを多数輩出することをめざしている。学会総会自体も熱気あふれる会合を続けてきた。学会,専門医制度についての詳細はhttp://jsmo.umin.jpに掲載されている。


「医師としての人格の涵養」ってなんだ?

藤沼康樹(東京ほくと医療生活協同組合 北部東京家庭医療学センター長)


20年前には

 新しい卒後臨床研修制度がいよいよスタートする。私は大学卒業後,東京都北区にある王子生協病院という当時92床の小さな病院で研修をスタートした。大学病院でも,研修指定病院でもないこの小さな病院で研修をスタートしようと思ったのは,もちろん豊富な経験が可能な施設だったことや,指導医が素敵だったこともあったが,もう1つは研修が一段落したら出身大学に戻って基礎的な研究をやろうと思っており,生活のためのバイトをする力を短期間で身に付けようという考えでいたからでもある。
 大学時代は試験に通る程度の勉強しかしておらず,医師になるモチベーションが十分持てなかった自分が,家庭医療の実践と研究,さらに医学教育の実践といった,現在の仕事に取り組むことになろうとは,当時からはとても想像できないものである。なぜ,そのように自分が大きく変わってきたのだろうか。

意識変容の学習

 成人の教育と子どもの教育の大きな違いとして,子どもは「形を作りあげていくこと」が中心となるのに対して,成人は「形を変えていくこと」が教育の中心になるとされている。つまり,成人教育では,学ぶ人のニーズを満たしていくことに留まることなく,さらにそのニーズの基盤となっている価値観や信念自体を問い直すことが大切で,このことは生涯学習し,成長し続けるために必須とされてきている。こうした学習をメジローらが意識変容の学習(transformative learning)として提唱した。

指導医との会話

 医師免許を取得したばかりの私は,とにかく短期間でなんにでも対処できる医者になりたいというニーズを持っていた。だから,診断をつける機会をたくさん持ち,多くの症状や所見を診て,たくさんの手技を行なうことが自分にとっては最も重要なことであった。しかし,臨床の現場で過ごしていくにつれ,そうした自分の学習ニーズの基盤が揺さぶられる経験を数多くすることになる。
 例えば,当時の指導医(30代後半のきわめて優秀な女性医師)との回診での会話はいまだに忘れられない。ある日,急性肺炎の初老男性を受け持った私は,自分がいかに勉強しているかを示すため,この肺炎の鑑別診断,起炎菌の判断と抗生剤の選択について長々と話した。うなずきながら聞いていた指導医は,その後チャートを見ながら「なるほど。この患者さん,入院してから便が出てないみたいね,食事も食べてないようだし。ご本人はつらいっていってない?」と私に質問したのである。私はこの質問に答えられなかった。
 今振り返ってみると,当時の私は患者さんをいわば素材として疾患を勉強し,スキルをあげようというばかりの姿勢だったのだと思う。私の指導医は診断をつけること,疾患を学ぶといった医師中心のニーズではなく,患者をどうケアするか,患者自身が満足しているのかといった,患者中心のアウトカムを第一に考える姿勢を示していたのだろう。

卒後臨床研修で意識変容の学習を生み出せるか

 こうした自らの基盤となる価値観や信念を問い直されるような事件に研修医はたくさん出会っているはずである。そして,これこそが貴重な教育の機会なのである。北部東京家庭医療学センターではsignificant event analysisという不定期のセッションを行なっているが,これは研修医自身が自分にとって大切な経験だと思った事例の深い振り返りを,安全性を確保してリラックスした雰囲気の中で発表するものである。こうした心に残った事例の分析を継続的に促していくことで,成人学習者すなわち生涯学習者としての基礎づくりが保証できるかもしれないと考えている。
 新しい卒後臨床研修制度の理念の1つである,「医師としての人格の涵養」が,単なるスローガンでなく,具体的な教育として構想されるためにはこうした試みが必要なのかもしれない。