医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


失語症理解のための共通言語を示す

《神経心理学コレクション》
失語の症候学
ハイブリッドCD-ROM付

相馬芳明,田邉敬貴 著
山鳥 重,他 編

《書 評》大東祥孝(京都大教授 認知・行動科学)

「話せばわかる」は本当か?

 本書の執筆中に田邉教授から何度となく聞かされていたように思うのであるが,もともとは題名に「話せばわかる」というのを入れ込みたいと言っておられたように記憶する。そうなればおもしろいなと私も漠然と思っていた。最近,養老孟司氏の『バカの壁』という本がでているが,その冒頭で,「話せばわかる」は大嘘,という話がでてくる。
 2つの著書は,当たり前であるが全然異なった文脈と意図をもって書かれているので,対比させる気など毛頭ないのであるが,私は結果的に,「わかる」ということの難しさとおもしろさとを再認識することになった。普通の人の場合は確かに「話せばわかる」というものではないのかもしれないが,こと,話すことにおいて障害をこうむってしまった失語症の方に関する限り,その本質的な事態については,田邉氏の言われるように,むしろ「話せばわかる」という逆説的事実が厳然と存在するのである。
 それはさておき,「失語症」の方々が示す多様な臨床的病態を素直にうけいれるならば,はじめに特定の「失語症型」があるわけではないし,また,無理に1つの失語型に当てはめて分類する必要もないのであって,むしろ「各症例の失語像を構成している要素をおさえておくことが大切なのだ」というのが,本書がもっとも強調したい点であろうと思われる。そうした考え方が,「症候学」という形をとることによって,大変わかりやすい,しかし水準の高い内容となって結実したと言ってよいように思う。
 私も結構長い間失語症の患者さんを診てきたが,当初とはずいぶん状況も変わり,失語の症候と脳内の局在関係が相当にはっきりとわかってきた。私が失語症の患者さんを診はじめたのは1970年代中頃からであり,そのころは第一世代のCTが普及しはじめていた時期であった。それまでほとんどはっきりとは見えなかった目の前の患者さんの脳内の病巣が,文字通り一目瞭然にわれわれの前に姿を現した時に覚えた言い知れぬ感動は,今も忘れることができない。
 しかしながら一方で,本格的な失語症論をめぐって当時すでに100年を越える歴史があって,それを踏まえて失語の患者さんに臨むという状況でもあった。ちなみに私が某教科書的雑誌に書いた「失語の分類」(1982)では,実に24の失語分類が紹介されている。私のその頃の印象では,錚々たる諸家の失語分類にはそれぞれに納得のいくところがあって,目の前の失語の患者さんの病像をどの分類規範でとらえると最もわかりやすいか,といった見方をしていたように思う。

失語症診療に共通の言葉を

 その後,アナルトリーや錯語などのあり方を自らの目で見て再検討を行ない,登場しつつあったCT所見との対応を見ていくうちに,それまでとはかなり違ったパラダイムで失語の症状を見るようになっていった。どういうことかというと,諸家の分類はそれぞれに大変興味深いけれども,もう少し,共通の言葉で語れるような失語論があってもよいのではないか,ということであった。私自身は,フランスに留学していたこともあって,Marieの考え方を受け継いで失語論を展開していたLhermitteやLecoursの見方にかなり強い影響をうけていたが,その出発点のもっとも大きな特徴は,アナルトリーをとりあえずは失語とは別個に考え,その上で失語の症候論を可能な限り言語学的に精緻に見ていこう,というところにあった。この見方は,つきつめると,失語症を構成している要素を分析的に見ていくという立場にかなり近いところがあるようで,私のなかでは,ある意味でごく自然に,今回『失語の症候学』で主張されている考え方に近づいていったように思う。
 筆者らも指摘しているように,失語症というのはもっとも出会う機会の多い神経心理学的症状でありながら,今日においても,実際の臨床の場にあっては,想像以上にさまざまな誤解が氾濫しているという現実がある。同じ言葉であきらかに異質な症状が語られたり,同じ症状に対して異なった概念や表現が使用されたりする場合が少なからず認められる。本書は,失語の臨床に携わる方々が,同じ症候に対しては同じ言葉で記述することができるように,また「病巣部位という公平な仲介人」を通じて真に共通の言葉で失語の症候をとらえることができるように,さらに,きっちりと手順をふめば誰もが同じ結論に達することができるように,細やかな配慮にもとづいた大変わかりやすいアルゴリズムを提供している。
 このようにして本書は,失語症の臨床に携わる方々が互いの理解を正当に共有することを可能にするであろう道程を指し示しているといえる。失語症を専門とする方々には自らの視点のあり方を考え直す貴重な機会を提供することになるであろうし,また失語症を直接の専門としてはいないけれども日常臨床でしばしば失語の症例に遭遇しているという,いわば失語症の周辺に位置しておられるさまざまな領域のスタッフの方々にとっては,日々の臨床的判断の水準を高めるのに大きく貢献してくれるのではないか,と私は期待している。
A5・頁116 定価(本体4,300円+税)医学書院


初めて世に出た,日本精神科医療の「通史」

日本精神科医療史
岡田靖雄 著

《書 評》風祭 元(帝京大学名誉教授・前都立松沢病院長)

古代から現代までの歩みを記載

 「素晴らしい本が出版された」というのが本書を最初に手に取った時の率直な感想である。医学の他の分野と異なって,精神医学の教科書の大部分には,精神医学史という項目がある。これは精神疾患の診断や治療を理解するうえで,精神疾患に対する考え方の史的な考察が不可欠であると考えられているからであろう。しかし,これまでわが国の成書にある精神医学史は,ヒポクラテスにはじまってピネル,チューク,ラッシュを経てクレペリンとフロイトにいたる西洋の精神科医療史で,わが国の精神医学・医療については,明治時代のドイツ医学の導入と癲狂院設立などがわずかに触れられているに過ぎなかった。
 このたび発刊された『精神科医療史』は,わが国の古代から現代に至る初めての「精神科医療通史」である。
 本書の内容は,第1篇.江戸時代以前(奈良-鎌倉室町時代),第2篇.江戸時代,第3篇.戦前,第4篇.戦後と大別され,付章として精神科医療史研究の意義と課題,年表が付けられている。
 奈良時代は8世紀の養老律令,日本霊異記などに癲狂の記載がはじまっている。平安時代の醫心方には精神疾患に関する学説が述べられ,典薬寮,施薬院,悲田院などの医療施設が現れた。病草紙には癲狂に関する画が多くみられる。鎌倉室町時代になって僧医が現れ,漢方や灸による癲狂治療所ができた。
 江戸時代に入って漢方医学が体系化され,わが国初の精神医学専門書『癲癇狂経験論』が土田獻によって出版された。江戸時代後期から蘭方医学が徐々に力を増し,明治の文明開化によって西洋医学の全面的導入につながる。

決して順調ではなかった精神科医療の歩み

 この時代までは著者も「はじめに」で述べているように歴史的事実の記載が主であるが,第3篇以後は,著者の名著『私説松沢病院史』(1981),『呉秀三-その生涯と業績』(1982)などで用いた資料をもとに,明治以後の東京府癲狂院,相馬事件,精神病者監護法,精神病院法,呉秀三の精神科医療のための闘いから,戦前-戦後のわが国の精神科医療の必ずしも順調でなかった歩みが,豊富な原典の視覚的資料を交えて迫力ある筆致で記されている。
 第4篇の戦後の精神衛生法制定から民間精神病院の急増などの1970年頃までの精神科医療の動きが一部は自分史的な記述も含めてリアルに記載されている。評者も著者に少し遅れて同じ精神科医の道を歩んで,ある時期の歴史を共体験してきただけに,この時代の動きの記述には胸を打たれるものがある。
 わが国の精神科医療の歴史は不幸な歴史であったといえる。第4篇の最後に著者は控えめに自己の考えを交えつつ日本の精神科医療の問題点を凝縮して述べており,これがはからずも付章の「精神科医療史の意義と課題」を具体的に示しているように思われる。
 本書は「日本精神科医療史」の基本図書として,多くの人たちに長く読み継がれていくに違いない。
B5・頁288 定価(本体6,800円+税)医学書院


「実践あってこそのEBM」を再び強調する

臨床のためのEBM入門
決定版JAMAユーザーズガイド

Gordon Guyatt,Drummond Rennie 著
古川壽亮,山崎 力 監訳

《書 評》名郷直樹(横須賀市立うわまち病院・臨床研修センター長)

 1年前に本書の原書を購入したが,ぱらぱらめくっただけで放置していた。付属のCD-ROMもパソコンにインストールしたのだが,一度も開くことなく現在に至っている。本書が出版された時も,店頭で手には取ってみたものの買う決心がつかずにいた。その頃は,別のある版画家の著作をすべて読破するので手一杯で,とても他の本へいく余裕がなかったのである。
 そこへこの書評の話である。受けるか受けまいか,ちょっと迷った。本を送ってもらっても読めるかどうかわからない。読まずに書くというわけにもいかないし。しかしまあそれもいいか。最後まで読めませんでした,そういう書評もありかもしれない。とりあえず1ページ目から読んでみる。

いったいだれが正しいのか?

 本書は,「いったいだれが正しいのか?」という臨床シナリオではじめられている。EBMは医療実践の革命だというレジデント,それをなんとも説得力のある説明だという名誉教授,その議論に,EBMはこれまでのやり方に一連の新しいツールを付け加えたに過ぎないと,上級医師が割って入った。名誉教授はその説明に対しても,説得力があるとコメントした。それに対して別の上級医師が,両方正しいという議論はありえないという。戸惑いを隠せないこの医師に名誉教授は,そういう君のコメントも正しいという,そんな話である。
 このエピソードを読むだけでも,アメリカ医師会雑誌(JAMA)に連載されたシリーズに,本書で何が付け加えられたかは明らかだと思う。若いレジデントは10年前の私自身であり,上級医師は今の私である。もう10年たった時に私はたぶん名誉教授にはなっていないだろうが,似たようなことをいっているかもしれない。ただ10年後のその姿は今の私にはあまり気分のいい話ではない。自分がそうなっているとすると,単にものわかりのよい振りをする年寄りに過ぎない気がして。

情報を使うことこそ重要

 蛇足になるかもしれないが,監訳者の1人である古川氏のはからいにより,原著者のGuyatt氏を私自身が主催するテレビ会議に招いて,レクチャーを受けたことがある。数年前のことだ。氏が参加者に尤度比を説明するために,ノモグラムを用いて,所見を追加しては,何度も何度も事後確率の見積もりを繰り返し教えていたのを思い出す。その教え方は,現在私自身が診断についてのEBMのワークショップを行なうときの基礎になっている。
 EBMの最高の実践者,教育者によって書かれ,最高の翻訳者を得て,日本語で届けられた本書は,初学者にとっても,EBMの指導的立場にあるものにとっても,EBMを学ぶための最高の書の1つであることに間違いはない。しかしEBMの登場は,カナダ医師会雑誌の論文の「読み方」シリーズを,論文の「使い方」シリーズへと発展させたところにある。情報を読むだけではなく,使ってこそEBMである。そのことを再び強調するために本書の本当の存在意義があるのではないか。
 20年以上前,「書を捨てて町に出よう」という本が私のバイブルであった。JAMAの連載から10年を経て本書を読み返し,さまざまな思いが脳裏を駆け巡る。温故知新というが,現実は故きを温ねて新しきに手が回らない,というのが実情である。私自身,EBMの本を読むのは本書をもってしてそろそろやめにしなければいけないのかもしれない。
A5・頁404 定価(本体4,000円+税)医学書院


パーキンソン病,症候群にかかわるすべての医師に

パーキンソン病治療ガイドライン
マスターエディション

日本神経学会 監修
日本神経学会「パーキンソン病治療ガイドライン」作成小委員会 編

《書 評》水澤英洋(東京医歯大教授・脳神経機能病態学)

知りたいことを知りたいときに確認

 素晴らしいガイドラインが刊行された。日本神経学会の監修になる『パーキンソン病治療ガイドライン マスターエディション』である。ガイドライン部分はすでに日本神経学会の学会誌である臨床神経学や学会のホームページに掲載されているが,これはそのもとになった膨大なデータと詳細な解説も含められており,B5版で360ページの堂々たるボリュームでまさにマスターエディションの名に相応しい。
 内容は大きく2つに大別され,第I編で各パーキンソン病治療薬と治療法についての有効性と安全性が述べられ,第II編では実際の治療の仕方すなわちガイドラインが示されている。立場によりいろいろな使い方ができるが,実際に診療にかかわる多くの方々へはまず第II編の通読をお勧めしたい。総論で,L-ドーパとドパミンアドニストの基本的性質とそれらの相互関係などをさらってから,各論で早期および進行期のパーキンソン病,さらにwering-offから悪性症候群に至るまでのさまざまな副作用についてのガイドラインを俯瞰するのがよい。それぞれの病態について,個別に簡潔明瞭な記述とわかりやすいフローチャートによって,すべてがわずか30ページに収まっている。その後,必要に応じて第I編の個々の治療薬や治療法について理解を深めるのがよいと思われる。治療薬ではL-ドーパからはじまり,すべての抗パーキンソン病薬とともにジスキネジー,精神症状,うつ状態,起立性低血圧,排尿障害,便秘,陰萎といった副作用や合併症に対する薬も網羅されている。また,破壊術と脳深部刺激療法を含む外科治療やリハビリテーションに加え,移植,磁気刺激療法,電気刺激療法,電気けいれん療法など最先端の試験的治療法についても詳しく記載されている。したがって,単にパーキンソン病のみならず他のパーキンソン症候群の診療などにもきわめて有用である。まさに,知りたいことを知りたいときにさっとわかりやすく確認できる素晴らしい構成になっている。

ガイドライン作成のための徹底した調査

 実は,前書きならびに序章でガイドライン作成の経緯と方法が明示されており,個々の薬や治療法の項についてもきちんと調査方法が記載されている。まさにこのガイドラインが徹底した調査に基づいて非常に誠実なアプローチによって作成されたことがよくわかる。2000年9月に1996年以降の関連文献を徹底的に渉猟することからスタートし,その後も吟味と討論を繰り返して2002年5月の完成に至るまでの膨大な作業を完遂された水野美邦委員長をはじめとする作成委員会・研究協力者・外部評価委員会の方々に心から敬意を表する次第である。
 高齢化社会を迎えパーキンソン病の診療はますます重みを増し,きめ細かな対応も必要となっている現在,このガイドラインの重要性はきわめて大きいといえる。神経内科医はもちろん精神科医,脳外科医,一般内科医などパーキンソン病やパーキンソン症候群の患者さんを診療することのあるすべての医師に必携のガイドラインといえる。
B5・頁360 定価(本体12,000円+税)医学書院