医学界新聞

 

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


日本で唯一! 詳細すぎるほどのパーキンソン病治療バイブル

パーキンソン病治療ガイドライン
マスターエディション

日本神経学会 監修
日本神経学会「パーキンソン病治療ガイドライン」作成小委員会 編

《書 評》廣瀬源二郎(金沢医大教授・神経内科)

きわめて完成度の高いガイドライン

 日本神経学会理事長のもとにつくられたAd Hoc委員会であるガイドライン作成小委員会による,パーキンソン病治療ガイドラインのマスターエディションが医学書院から発刊された。
 パーキンソン病治療ガイドラインは,順天堂大学脳神経内科の水野美邦教授が作成小委員会委員長に就任され,パーキンソン病治療を専門とする有能な比較的若手の神経内科医18名を中心に何度もの合宿を重ねた後に完成されたと聞いている。
 1966年以降の文献検索がなされ,特にCochrane Reviews,Pub Medなどから多くの論文が抽出され,エビデンスレベル別に分類されてできあがったものである。
 本書は第I編に種々のパーキンソン病治療薬,治療法の有効性,安全性,第II編にガイドラインが書かれている。マスターエディションといわれるからには,パーキンソン病治療薬も単にパーキンソン病の中核症状である運動症状を治す薬物だけでなく,ジスキネジア,精神症状,うつ,起立性低血圧,排尿障害,消化管運動障害,性機能障害に対する薬物が深く調べられ,外科療法はもちろんのこと,移植,磁気刺激療法,電気けいれん療法,リハビリテーションに関するエビデンスも調べ上げられた,きわめて完成度の高いガイドラインである。これらが346頁の内307頁を占め,実地の治療ガイドラインとしては約30頁が割かれている。

現場で参考にするには詳しすぎる?

 完璧を期したがためにきわめて正確かつ詳細なガイドラインができあがり,2年間の短期間でこれだけの文献検索,評価,エビデンス分類さらに独自のガイドライン立ち上げが行なわれたのは驚嘆に値するものであり,各作成委員に敬意を表する。このガイドライン・マスターエディションがパーキンソン病患者を専門に治療していくうえで不可欠な著作であることは間違いなく,神経内科の医局や専門医の書斎に1冊おき,困難な患者に遭遇したときにその相談相手となるような使い方が奨められよう。
 ただ実地に臨床家が患者治療中の現場で,ちょっと垣間見て治療の参考にするには本格的かつ記載が詳細・精密すぎる点がやや欠点ではある。この点が考慮され第II編に治療ガイドラインが総論と各論にわけて記載されており,こちらのアルゴリズムがその場合使用されるのであるが,これとて簡単に読み取って困った患者に利用するにはやや複雑すぎる。できれば3年先の治療ガイドラインでは,問題点別に箇条書きのお勧めがあげられているような,堅苦しくない編集がされればさらに活用度があがることであろう。
 いずれにしろ現時点においては,パーキンソン病治療に関しては本邦で唯一の完全かつ詳細な情報源となるものであり,実地臨床に従事する神経内科医必携の著作として推奨したい。
B5・頁360 定価(本体12,000円+税)医学書院


「生き方」を追求するすべての人々のために

平静の心
オスラー博士講演集 新訂増補版

William Osler 著
日野原重明,仁木久恵 訳

《書 評》吉田 修(奈良県立医大学長)

語られる3つの信条

 私の手元に3冊の『平静の心』(オスラー博士講演集 日野原重明,仁木久恵訳 医学書院)がある。1冊目は1983年9月発行の初版で,至るところに傍線や書き込みがあり,かなり傷んでいる。2冊目はその翌年新訂されたものであり,いつも自宅の書斎においている。3冊目が今回,新訂増補版として出版されたものである。
 「そこから何を学んできたか?」一言で答えるのは難しいが,「結びの言葉 L'ENVOI」に述べられている3つの信条を拳拳服膺してきた。
 第1は,今日の仕事に全力を傾注し,明日を思い煩わないというカーライルの言葉であり,第2は,同僚と患者に対して黄金律をもって接すること,すなわち何事でも人々からしてほしいと望むことは人々にもそのとおりにする,人々からされてはいやだと思うことは,他人に向かってもなさないようにすることであり,第3は,成功を謙虚に受け止めるだけの心の平静さを持つことである。医師にとって沈着な姿勢,これに勝る資質はなく,また悲しみの日が訪れた時には人間にふさわしい勇気を持ってこれに当たることができるような,そういう平静の心を培うことである。
 第1の信条は「生き方A Way of Life」にも詳しく述べられているが,そこでは昨日と今日,今日と明日の間を鉄の隔壁で閉ざした防日区隔室(Day-tight-compartments)の中で生きるよう説いている。これはオスラーがイギリスからアメリカへ渡る時,船には安全を確保するために防水区隔室(Water-tight-compartments)があることを船長から聴いて,「水」を「日」に換えた造語を思いついたのである。さらに人生における習慣と集中力の重要さを強く訴えている。黄金律については,孔子の《恕》すなわち「汝の欲せざる所他の人に施すことなかれ」も引用している。「平静の心」は本書の題名にもなっているように,オスラーの医師としての生き方の基本になっているものである。

教育者へ向けたメッセージも

 私は教授としては,「望ましい教師とは,自分の専門分野の世界的に優れた研究に精通しているのはもちろんのこと,自らの理念を持ち,それを実行に移す覇気と活力の持ち主でなければならない。こういう種類の教師のみが,大学を偉大にすることができる。人材は遠く広く求めるべきである。月のクレーターの中に安住し,学外から教師を求めないような大学では,教えることが上手な教師は得られても,考えることに優れた人材を得るのは難しい(「教えることと考えること」)。」という文章を心に留め置いてきた。
 オスラーは看護教育の重要性を認識し,ジョンズ・ホプキンス病院附属看護学校を創設したが,本書には「医師と看護婦」,「看護婦と患者」の2つの看護師に向けた講演も載っている。看護教育にも関与するようになり,読み返したが多くの考えるヒントが得られた。
 日野原重明先生は,このオスラー講演集は英語を話す現代の欧米の医学生にも詳しい注解なしには十分に理解できないのではと考え,仁木久恵先生と協力して[Osler's “A Way of Life” & Other Addresses, with Commentary & Annotations]をデューク大学出版局から出版された。それには総数1,683の脚注がついているが,この脚注をもとに翻訳を見直して『平静の心』新訂増補版として発刊されたのが本書である。
 私は本書が医学生,医師,看護師のみならず,人生に感動を求め,誠実で誇りの持てる「生き方」を追求する多くの人々に,広く読まれることを心から願うものである。
A5・頁624 定価(本体3,800円+税)医学書院


新しい視点で失語症を理解する

《神経心理学コレクション》
失語の症候学
ハイブリッドCD-ROM付

相馬芳明,田邉敬貴 著
山鳥 重,他 編

《書 評》岩田 誠(東女医大附属病院脳神経センター教授)

 大脳における機能局在の原理は,今では誰でも知っている常識の1つである。この原理が明らかになったのは,19世紀も半ばを過ぎた頃,失語症の発見にはじまるものであった。その発見者の名前はブローカ,パリの外科医でかつ人類学者である。彼はまた,失語症は左半球の病変で生じること,すなわち左右大脳半球の機能側差の原理をも発見した。ある日私に届いた本書の表紙には,このブローカらしき人物が,ニヤリとほくそ笑む姿があった。異様な書物だなあといぶかりつつページを繰ってみて驚いた。それは,実に斬新な失語症候学の書物だったのである。

失語症を症候群として認識

 失語症の教科書は少なくない。数あるそんな書物の中で,本書はそのユニークな視点に特徴がある。その1つは,失語症の各病型をいくつかの要素的障害の組み合わさった症候群として理解するという観点である。この書物には,失語学におけるもう1人の巨人,ウェルニッケが紹介されているが,失語症を症候群として認識したのは,このウェルニッケをもって嚆矢とする。彼が歴史的名著「失語症候群」を著したのは,弱冠26歳の時であった。
 失語症の症候学においてウェルニッケの成し遂げたものは実に巨大であるが,その骨子となっているのは,言語活動を大脳のさまざまな領域の関与するネットワークとして理解する道を開いたことである。すなわち,古典的な神経症候学は,ウェルニッケによって,単純な大脳機能局在論に基づく古典的局在診断学から,神経回路網の機能を探る手段としての神経科学に変貌したといえるのではないかと思う。本書では,まず失語症の病型分類を行なうことの意義が論じられているが,それこそまさに失語症候学の本道であろう。

診断に至る最も確実な道

 本書の第2の特徴は,CD-ROMによって,さまざまな失語症患者の発話をじかに聞けることである。著者によれば,当初この本には,「話せばわかる」という副題をつける計画があったというが,確かに,失語症の患者の「話を聞く」ということこそが,診断に至る最も確実な方法であることには,評者も同感である。これから失語症の勉強をはじめようとするものにとっては,理屈を並べた鑑別法を読んで学ぶより,失語症患者の実際の発話を聞いて耳から学ぶ方がずっと役に立つ。こと失語症の症候学に関しては,「百見は一聞にしかず」と言えるのではないだろうか。
 更に付け加えるなら,本書におけるもう1つの大きな特徴は,変性性痴呆における失語症の症候学を,血管障害などによる局所脳損傷で生じた失語症と対比しながら提示していることである。これも本書ならではの新しい視点であり,実際の臨床の場では実に役立つ知識になると思う。そんな感想を抱きつつ,この書物が多くの人たちに読まれることを期待している。
A5・頁116 定価(本体4,300円+税)医学書院