医学界新聞

 

患者のための「生きた情報」はここにある

国立病院大阪医療センターに「患者情報室」が開室


 2003年10月23日,国立病院大阪医療センター(大阪市中央区)内に「患者情報室」が開設され,開室セレモニーが行なわれた。「患者情報室」では,医学書や資料,インターネットはもちろん,患者の体験談を集めたファイルを自由に閲覧することができ,患者が自身の病気についての有益な情報を自由に得ることができる。設立資金は「平三情報室ファンド」(本文中に解説),場所は国立病院大阪医療センターが提供し,NPO法人ささえあい医療人権センターCOML(以下,COML)が企画運営するという,3者が共同しての患者情報室の試みは日本初である。


場所は病院,運営は市民団体

 国立病院大阪医療センター(以下,大阪医療センター)緊急災害医療棟1Fに設立された「患者情報室」。朝日新聞家庭欄に「がんを生きる」を連載していた新聞記者・故井上平三氏の妻である井上由紀子氏(平三患者情報室ファンド代表)の寄付金をもとに開設された。この寄付金を含めた運営資金は「平三患者情報室ファンド」に集められ,その信託運用と,患者情報室の企画・運営をCOMLが担う仕組み。場所を医療施設が提供し,運営は市民団体が行なうという形式は全国初のものであり,注目されている。
 書架には現在780冊の医学書があり,すべて病院や医学系出版社からの寄付によるものだ。また,COMLや各地の患者団体から集めた患者の体験談ファイルが置かれているのもこの患者情報室の特徴である。書籍・ビデオの寄付とともに,患者の体験談も随時募集している(文末参照)。COML事務局の山口育子氏は「同じ疾患を持つ,多くの患者の体験談を集めることで,来館者に偏りのない知識を得てもらいたい」と話す。また,インターネットの端末から情報検索を行なうこともできる。
 スタッフはCOMLのスタッフ1名+ボランティアスタッフ2名の3名が常駐する。ボランティアスタッフはパソコン研修など計3回の研修をCOMLで受け,患者が情報を得るためのサポートを行なう。現在のところ20名が登録されており,その中には,図書館司書の経験を持つ人や,元看護師もいる。そうした特殊なスキルを持ったボランティアスタッフの活躍も,今後の患者情報室の見所だ。
 机が3つ置かれたスペース(写真)は,資料を調べたり,患者同士の交流を深めるためのくつろぎのスペース。またこの場所で月に1回,医師・看護師などの講師を招いての勉強会や映画鑑賞会を開く予定である(勉強会・映画館紹介の予定はホームページで随時案内予定)。また,患者だけでなく,医師・看護師の利用も可能で,看護学生の教育に活用されていくことも考えられている。

患者,家族,そして医療者のために

 10月23日14時より行なわれた開室セレモニーでは,まず廣島和夫氏(国立病院大阪医療センター院長)が挨拶。「患者さんに病気や治療についての知識を勉強していただければ,治療のコンプライアンスがあがることはもちろん,治療そのものの効果もあがるのではないだろうか。また,患者さんが知識をつけるとなれば,医療者の向学心も高まるだろうし,患者さんにわかりやすく説明する能力も身につけなければならないと考えるだろう」と述べ,患者情報室を育て上げるというプロセスそのものが,医療の質の向上に大きく寄与するだろうと,設立の意義を述べた。
 続いて井上由紀子氏は,「設立まで,病院やCOMLはもちろん,寄付をいただいた方々や今日いらした方々から多くの支援をいただいた」と感謝の言葉を述べた。
 最後に辻本好子氏(COML代表)は,近年医療関係者の間でも,ホスピタリティや患者サービスという視点から,患者情報室への関心が高まっており,その中での今回の患者情報室の開設は,外部からも大きな期待と関心が寄せられていると指摘。かねてから患者の自立支援には「よろづ相談」「チーム医療」「患者情報室」の3つが必要だと語り続けてきた辻本氏は「この患者情報室を,スタッフ,患者,医療者が手をとりあって,ぜひとも生きた空間に育ててほしい」と述べ,「日本全国の病院が,『うちにもこういう場所を作らなくちゃいけない』と思うような空間を作り,どこの病院にもこうした情報室ができる日を夢見て,これから1歩1歩歩んでいきたいと思います」と述べ,セレモニーを締めくくった。

●寄付・見学の問い合わせ
 「患者情報室」では引き続き,医療関係書籍・ビデオ,患者体験談を募集している。また,平三患者情報室ファンドへの寄付も引き続き受け付ける。問い合わせは下記患者情報室,もしくはCOMLまで。なお,見学は開室時間内であれば随時受け付けている。
【患者情報室】
〒540-0006 大阪市中央区法円坂2-1-14
国立病院大阪医療センター内
TEL 06-6942-7321(直通)
開室時間:10:00-16:00(土日祝休み)
URL:http://www.onh.go.jp/jyohousitu.html
【COML】
〒530-0047 大阪府大阪市北区西天満3-13-9 西天満パークビル4号館5階
TEL 06-5314-1652/FAX 06-6314-3696
URL:http://www.coml.gr.jp
E-mail:coml@coml.gr.jp




故井上平三氏の遺志をついで開設

 ――井上由紀子氏(平三情報室ファンド代表)に聞く


――患者情報室開設おめでとうございます。まず,開設までの道程をお聞かせください。
井上 昨年4月,夫の井上平三(元朝日新聞記者)が亡くなりました。10年前に直腸がんの手術を受け,朝日新聞家庭欄で連載「がんを生きる」をはじめて以来,読者から多くの相談が寄せられていました。その当時から,「患者が気軽に病気や検査,治療方法を学ぶことができる情報室があれば」「先輩患者の体験談を知りたい」と述べており,夫の頭の中には患者情報室への思いは強くあったようですが,当時の私はその意義をしっかりと理解してはいませんでした。しかし夫が亡くなった後,連載をまとめたブックレット(井上平三著『私のがん患者術』,岩波ブックレット,2002年)の校正作業などに携わっているうちに,夫がどのような思いで患者情報室設立を願っていたのかを知るようになり,COMLに相談を持ちかけました。それが昨年6月のことです。
 そのわずかな間にも,新聞連載の読者からの問い合わせや相談が,がん患者でもない私のところに寄せられました。本当に,患者さんが生きた情報を得る窓口がないのだなあ,ということを実感しましたね。
――平三さんの患者情報室への思いはどのようなものだったのでしょうか?
井上 「自己決定,主体的にといっても,情報量は圧倒的に不足している。少しでも自分と自分の病気のことを知ったうえで,医療者と話すことが大事ではないか。図書館を一歩進めたようなものが病院の中にできればいい」と夫は書いていました。また,国立病院大阪医療センターは,夫が10年間お世話になった病院であり,夫の遺志を受けて患者情報室を作るのならここにお願いしたいと思っていました。
 COMLに相談して以降は,病院からは場所の提供,COMLからはボランティアスタッフや書籍,設備の整備など,積極的に動いていただき,今日のような形を作っていただけました。
――イメージどおりの出来でしょうか?
井上 イメージしていた以上ですね。後は,患者さんたちにここをどう使ってもらえるかだと思います。
――平三さんは,「全国の中規模以上の病院に患者情報室を」という願いを持たれていたようですが,この取り組みが全国に広がるといいですね。
井上 病院が場所を提供し,運営が市民団体という形式は全国初ということですが,これが1つのモデルとして全国に認知されればいいと思います。
 患者情報室が置かれたここ,緊急災害医療棟はちょうど病院と町の中間点に位置しています。病院と市民の架け橋として,この病院に来院される方だけでなく,外部で自分の病気にちょっとした不安を持たれた方が訪れることができればいいと思っています。今日も,たくさんの方が訪れて,「私もこれを望んでいました」という声を聞かせていただき,ありがたく思っています。

開室日に多数の見学者

 ――思いを同じくする患者・患者家族が来訪

 セレモニー当日には近隣から多くの見学者が訪れた。10年前に食道がんでご主人を亡くされたYさんもその1人。テレビで患者情報室開設の報を耳にしてかけつけた。
 「主人は入院中いつも,患者同士で話し合ったり,病気のことを情報交換する環境があればどんなにいいかと話していました」と話すYさん。Yさんの夫の日記には,医師からの一般的な医学知識よりも,術後にどんなものを食べたらいいのか,どんなふうに痛むのか,といった患者同士で得た情報が療養にどれほど役立ったかが書かれており,そうした情報交換の場があれば闘病生活の不安はかなり軽減すると思う,といった願いがつづられていた。
 「患者情報室ができた,と聞き,驚きました。主人が日記で書いていたものが実際にできたんだと思い,ほんとうにうれしかったです」。
 今回の患者情報室では患者の体験談も閲覧できる予定だが,Yさんは「夫の日記は,数年前に捨ててしまったんですよ。私のことも書かれていましたから,『これにずっとこだわっていると,前に進めなくなる』と思ってね。こんな場所ができるとわかっていれば,きちんと残しておいて,皆さんのお役に立てられればよかったんですけどね。残念です」と話し,「同じ思いの奥さんがいらっしゃったのはとてもうれしいです。ありがとう」と井上氏の両手を握った。