医学界新聞

 

あなたの患者になりたい

洗いましたけど!――プロとアマ

佐伯晴子(東京SP研究会・模擬患者コーディネーター)


 ある懇親会の席上でのことです。乾杯のビールを注ごうとしたらグラスに汚れがついていました。給仕の女性にそっと伝えますと,「洗いましたけど!」。返す言葉も見つからず,お祝い気分がいっぺんに曇ったのは言うまでもありません。
 そういう時代なのでしょうか? プロらしいプロがいない。プロなら,グラスの曇りは許せません。自分で洗ったものに素人目にわかる汚れを残したことを恥じ,即座に代わりを差し出すでしょう。客は何事もなかったように振舞います。このさりげない対応がプロへの信頼感と言えるのではないでしょうか。ここらがどうもプロとアマチュアの分かれ目かなと私は思います。

プロがいる職場とは?

 グラスの汚れを指摘されて怒りを客に向けてしまうのは論外として,あれ? と思うような対応に出くわすことが医療の現場にもいくつかあります。大半は個人の問題ですが実は職場全体の問題ではないかと感じることも少なくありません。
 「それはここではないので,ほかに行ってください」
 「私の担当ではないので」
 「さあ? 聞いてないけど」
 実に正直で結構です。わからないものはわからない。
 でも,患者さんが聞きたかったのは,どこに行けばいいのか,ということです。期待したのは,担当者につないでもらうことです。聞いてなくても調べてくれることを待っていました。
 自分の担当ではない,その場で対応できないので断る。断られた人は別のところに行ってみたら,また同じように断られ,これが続くと「たらい回し」になります。この「たらい回し」,それぞれの事情があっての結果なのですが,回される人にしてみれば「洗いましたけど!」と言われるのに似た感じがします。平然とした居直りとでもいうのでしょうか。
 対応できないことに微塵も後ろめたさや申し訳なさなど感じない図太い神経,あるいは相手が何をしようと揺るがない壁があるように思えるのです。目の前の人間が困っているのは何か,求めているのは何かを正確に理解し,専門家集団として何をすべきか判断し行動する,という機敏な動きはできないのでしょうね。
 図太い神経と分厚い壁が視野をさえぎり見えなくしているように思います。
 医療面接実習で模擬患者(SP)が
 「もっと話を聴いてもらいたかった」
 と感想を述べると
 「私は詳しくお話しくださいって言いました!」
 と反発されることがあります。確かにその言葉は聞きましたが,こちらの話を受けとめてもらえる雰囲気ではないので話せなかったわけです。SPの非協力的な態度はこの学生さんには許せなかったのでしょう。大事なのは自分が相手にどう思われたかではなかったのです。患者さんの言葉を聴き,一緒に考えるという信頼関係づくりをするのが医療面接の最初の目的だと思いますが,この方には相手と相手の心は視野に入っていません。
 相手の心に目を向け最適な対応を考えるのがプロです。相手が何を求めているか,鍛え上げた感覚で察し,さりげなく動く,そんなプロと出会うのは,生きている喜びです。プロの誕生を期待します。

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(「週刊医学界新聞」編集室)