医学界新聞

 

【投稿】

アメリカにおける精神科研修・専門医制度

斉藤卓弥(アルバート・アインシュタイン医科大学)


 筆者は,1987年日本医科大学を卒業し精神科研修を終了した後,1992年に渡米し,アルバート・アインシュタイン医科大学の主要研修病院であるMontefiore病院にて精神科研修を終了し,精神科専門医を取得後,現在アメリカにて精神科の教育,研究,医療に携わっている。筆者の経験から,アメリカの精神科研修制度と専門医制度について紹介したい。

アメリカの精神科レジデント制度

 現在アメリカには,179の精神科研修プログラムが存在し,その質の維持・向上のために数々の試みが行なわれている。その中心的な役割を担うのが,卒後医学教育認可委員会(ACGME)である。ACGMEは,アメリカ国内の医学研修プログラムの認可を行ない,プログラムが適切に運営されているかについて監視する。現在,ACGMEは精神科関係では一般精神医学,児童・思春期精神医学,嗜癖精神医学,疼痛医学,司法精神医学,老年期精神医学,心身医学の7つのプログラムを認可している。
 日本と同様に,アメリカでも研修医の過剰労働からの医療ミスが起こり,非人道的な労働環境から研修医の労働条件を改善する努力がなされてきた。ACGMEの役割は,研修医の労働条件を適切なものになるようにガイドラインを示すことと,同時に研修機関・研修そのものの質を確保することにある。具体的には,教育スタッフに対する要求,必要とされる資源(図書館や教育施設へのアクセス),各学年ごとに研修医が習得すべき知識・技能についての広範なガイドラインを設定している。
 実際の研修はこれらACGMEのガイドラインに基づいて各プログラムが各々の特徴を強調している。マッチング・プログラムの前に各プログラムでの面接が行なわれるが,各プログラムの具体的な教育スタッフの陣容,スーパービジョンの時間,臨床研修の質などについて,この時に研修医は研修医の側からの評価を行なう。そのためマッチング・プログラムで優れた研修医を獲得するためには明確な研修プログラムの理念と計画を示していかなければならない。
 筆者が研修を受けたプログラムでは,教育に重点がおかれ,毎週木曜日は講義日として研修医が1か所に集まって講義を受け,臨床的な義務からは原則的に解放されていた。また,講義日とは別にほぼ毎日そのローテーションに関連した講義があった。以下に筆者の体験を述べる。

精神科レジデントの実態

 1年目の研修は,4か月間の急性期精神科入院病棟からはじまった。入院患者数は,最大4名までで,多くの患者は2-3週間の入院期間ののち退院していった。毎日チーフレジデントからのスーパービジョンがあり,病棟内の指導医から週3回,病棟外の指導医から週2回のスーパービジョンを受けた。同時に,サイコロジスト,ソーシャルワーカーからも,グループセラピーや家族療法のスーパービジョンを毎週受けた。ほぼ毎日病棟内で講義があった。
 それに引き続いて,3か月間の精神科救急,この研修期間では,自殺・他害の危険性のある患者の対応と入院の適応について焦点が当てられた。通常は患者を研修医が面接し,指導医に症例提示し,その後,再度指導医が患者を面接し,面接の問題点や症例についてスーパービジョンを受けた。
 その後,4か月の小児科入院・外来のローテーションを行ない,最後の1か月は研修を自由に選ぶことが可能で,筆者は児童・思春期精神科救急外来を選択した。
 2年目の研修は,6か月間の慢性期精神科入院病棟の研修からはじまった。入院患者数は,最大6名までで,多くの患者は数年以上入院していた。ここでも,病棟内の指導医と外部の指導医からの定期的なスーパービジョンを受けた。また,この研修中に社会精神医学および司法精神医学について実際に経験し学んだ。
 その後2か月は,神経内科の研修,それに引き続いて2か月のコンサルテーション・リエゾンの研修であった。この研修中も複数の指導医から定期的なスーパービジョンを受けた。最後の2か月間は選択期間で,精神医学基礎部門の行動遺伝学の研究室で2か月を過ごした。
 3年目は,1年を通して精神科外来での研修を行なった。患者数は最大で1週間40症例までと制限されていた。その中に児童・思春期の症例,グループセラピーの症例,家族療法の症例も含まれるように症例がチーフレジデントによって割り当てられた。外来の指導医からのスーパービジョンが毎週行なわれたほか,児童思春期症例,家族セラピー症例,グループセラピー症例について別にスーパーバイザーがいた。毎週のスーパービジョンの時間は平均すると6-7時間であった。
 4年目は,半年チーフレジデントとして,2年目の研修医の指導を行なうと同時に,病棟管理をはじめとした管理者・指導者となるためのトレーニングを受けた。最後の半年は,精神医学基礎部門で,行動遺伝学の研究室にて基礎研究を行なった。

研修医の評価

 日本では研修医を評価するということは一般には行なわれていないが,アメリカにおいて評価は研修の重要な位置を占め,ACGMEはどのように評価するかについてのガイドラインも示している。研修医は,各ローテーションの終わりにそれぞれの指導医から評価される。通常,その評価は,指導医から研修医に示され,今後改善すべき点として告げられる。各学年の終わりには,Directorとmeetingがあり,年間の評価について告げられ,ごくまれに必要であれば,同じ学年に留年することもある。
 4年間の研修期間中,毎年年度末にPsychiatry Resident In-Training Examination(PRITE)と呼ばれる筆記試験が行なわれる。これは,後程述べる専門医試験の筆記試験と同様の様式を取り,毎年知識の習得の程度を評価することができる。また,研修中にMock interviewと呼ばれる専門医試験の口頭試問に準ずる面接技能と臨床能力を評価するための擬似面接もしばしば行なわれ,研修の弱点について指導医からの指導を受けることができる。

精神科専門医制度

 アメリカでは,精神科専門医制度が発足してから70年が経過し,精神科のトレーニング,臨床の場面でも専門医制度が根付いている。精神科専門医であることは精神科医としての基本的な知識・技能を持っていることの目安として考えられている。
 求人の際にも,専門医かどうかで年俸が異なり,専門医を取得することは,収入の面でも大きなメリットがある。そのため,専門医の試験合格のためのテキスト・講座も数多く存在し,1つのビジネスとなっている。

専門医試験の実際

 専門医試験は,一次試験と二次試験からなる。一次試験(筆記試験)は,年1回全米で数十か所の会場で行なわれ,約400問の選択肢問題からなる。そのうち約250問が精神科関係の基礎・臨床問題,150問は神経学の基礎・臨床問題から構成される。精神科と神経学の試験は別々に採点され,受験者は精神科と神経学の両方を合格点を取る必要がある。
 二次試験(口頭試問)も,2つの試験からなる。1つは,実際の患者を面接する試験(live interview)と,もう1つは録画された面接を見て質疑応答に答えるもの(Video Session)である。
 いずれの試験も1時間の試験であり,実際の患者の面接は,30分間の面接を2人の試験官の前で行ない,面接に続いて,30分間の症例提示・質疑応答が行なわれる。この2人の試験官に加えて各試験会場に上級試験官がおり,各症例提示では,患者の主訴,現病歴,生活歴,既往歴,精神科現症,鑑別診断,症例のまとめ,予後,治療について客観的に,簡潔に述べることが求められている。そして,症例の提示に続いて試験官からの質疑応答がある。
 録画された面接を見る試験は,30分間のすでに録画された面接を見て,録画面接に基づいた症例提示・質疑応答が行なわれる。症例提示・質疑応答に関しては,実際の患者を面接する場合に準ずる。いずれの試験も,2人の試験官と上級試験官の合議のうえで合否が決定される。
 合否は,Live interviewとVideo sessionの別に行なわれ,口頭試問の合格のためには2つの試験を同時に合格必要がある。もし,どちらか一方が合格点を満たない時には,再度両方を受験しなければならない。一次試験,二次試験とも合格率は約50%である。

アメリカで研修し,専門医を取得して思ったこと

 アメリカの研修医・専門医制度の特徴は,非常に構造化されていることである。研修中に獲得が求められる知識・技能が明確化されていると同時に,研修医の責任も明らかになっている。また,研修プログラムあるいは研修指導医がどのように研修医を教育・指導するかについても明確な理念と計画がある。
 アメリカの研修医・専門医制度は優れた点が多くあった。しかし,日本において同様なシステムをアメリカから導入,単に模倣することは,医療,教育および文化の背景が異なることから最善ではないと思われる。日本の現状にあったシステムを構築する必要があるだろう。