医学界新聞

 

連載

    新医学教育学入門 番外編

 
  

―マレーシア国際医学大学視察報告記―
後編

  
寺嶋吉保 (徳島大学医学部・医学教育統合支援センター主任,消化器外科)


2556号よりつづく

 前編では5年制のマレーシア国際医学大学(IMU)の概要とPhase1(臨床実習前教育)について紹介しました。今週は私が見学させていただいたPBLと平行して行なわれる臨床技能実習と図書館,医学博物館などの施設,後半のPhase 2(臨床実習)の紹介です。

臨床前教育での特色

 IMUのPhase 1(臨床前教育)の特徴は,45週間にわたる臓器系統別コースでPBL,講義,模擬患者を使った臨床技能実習,模型での解剖学実習,病院実習,E-learning+オンライン評価の同時並行のカリキュラムにあります。
 Semester(以下Semと表記)は半年のプログラム単位ですが,Sem3の呼吸器コース(4週間)の週間予定表を見ると,各週とも朝8時から60分講義が1-2コマ,午前10時半からPBLか週1回90分のCSU実習(後述),60分ずつのOLIS(Online Learning Interactive System),解剖実習代わりの医学博物館での学習と指定文献を読むAIR(Assigned Independent Reading),2週間に1回の臨床分校での実習(半日)があります。週末にはSILOS(Structured Independent Learning Online System)による評価が行なわれ,4週目の金曜日に試験とポートフォリオの提出があります。朝8時から18時まで週50時間のカリキュラム枠がありますが,学生が拘束されるのは週17時間程度で残りは自習時間です。他に毎週,Islamic Study,Moral Study,金曜礼拝に各120分を割いておりイスラム教国であることを実感しました。
 PBLはPhase1を通して行なわれ,Sem 3の呼吸器コースとSem5の神経コースに参加,見学しました。1回90分,週2回で1つのシナリオを終了する方式で,1回目で学習課題を抽出して分担を決め,2回目に各自の学習内容を発表して討論していました。テューター不足のために,1グループ学生10-13名と過剰気味でした。シナリオはA4半分程度ですが,A4に1-2枚のtutor資料には10項目程度の学習課題リストが示され,指導の目安になっていました。テューターは学生を評価していませんでしたが,現在検討中だそうです。
CSU(Clinical Skill Unit)
 CSU(Clinical Skill Unit)は,IMUの特徴の1つであり,本校と臨床分校それぞれにあります。本校CSUは有給模擬患者(SP)を数十名抱え,臓器系統別の毎週1回90分の実習で身体診察と医療面接を指導しています。まず約40名の学生に対してSPとともに30分ほど講義し,その後学生6-7名にSP1名,教官1名がつき小部屋で参加型実習します(写真)。SPの時給はRM15(450円)で普通のバイトの2-3倍なので,非番の警官や留学前の先輩学生なども含まれます。年2回募集して4時間の講習を行ない補充して常に数十人を確保するそうです。CSUの管理運営やSPの養成や管理を行なうスタッフが数名配置され,教官をサポートしていました。
 臨床分校のCSUでは,多くの小部屋に点滴,縫合セット,内診モデルと膣鏡,直腸診察モデルと肛門鏡などが常時机に広げられており,学生はいつでも練習ができる体制が整備されていました。ここにも元看護師のスタッフが3人いて管理や指導を行なっていました。
 今年度,日本の国立大学医学部では,1校あたり4000万円相当の医学教育機材が購入されました。しかし,有給模擬患者,管理指導専任のスタッフ,十分な実習スペースを継続して確保することが次の課題となりそうです。
開業医実習
 Sem 2とSem4で,近郊の開業医を1週間訪問し,患者の問題点,診療所の構造,多様なスタッフに関して学ぶプログラムです。各自が別々の開業医を見学しているため,実習の数週間後に3時間の振り返りセッションを行なっていました。
図書館
 限られた蔵書を特定の学生が抱え込まないように有料貸し出し制度をとり,3時間以内,2日以内,5日以内の3つの借り方ができるシステムがおもしろいと思いました。
医学博物館
 広い部屋の周囲はついたてで仕切られ,臓器系統別に多様な人体や組織模型とホルマリン標本のびんが多数陳列され,最低毎週1時間はここで学ぶように時間割が組まれていました。現在,顕微鏡は10台程度しかなく,パネル展示やコンピューターで学べるコンテンツを充実する方針と説明されました。人体解剖はなく組織実習もほとんど行なわれていません。
E-learning Lab
 多数のコンピューターを並べたラボが数室あり,毎週1時間の学習と週末にはオンライン評価を受けることになっています。
VMU(Virtual medical University)
 E-learningの高度発展型で,IMUはこれに非常に大きな投資を行ない数十人規模のオフィスで来年4月完成をめざして構築中で,担当責任者は来年の日本医学教育学会には売り込みに来る予定のようです。

臨床分校の様子

 Phase2(臨床実習)は学生の3分の2以上が海外の提携校で受けますが,ここではIMUの学校案内に沿ってSerembanの臨床分校でのプログラム(Sem6-10)を紹介します。800床の国立病院と外来診療センターに隣接して臨床分校があり,ここで300名近くが臨床実習をしています。臨床分校の教官は国立病院で診療を提供しますが,病院から給料を貰わない代わりに学生の実習費用も払わなくていいようです。日本の国立大学の法人化後の医学部と附属病院の関係の参考になるかと思いました。
 臨床実習は,徳島大学の新カリでは5年生で41週,6年生で学外実習8週を選択しても合計49週に過ぎませんが,IMUでは合計108週もあります。臨床分校にもPBL室,CSU(Clinical Skill Unit),図書館,博物館,E-learning Labがあります。学生の当直待機のon-call roomもありました。
 以下,Phase IIカリキュラムの概要を示します。
Sem6:オリエンテーションの後,内科・外科・小児科・家庭医学を各6週間ローテート(合計24W)。Task-based learning,外来センターや病棟の回診を含む。
Sem7:産科,整形外科,精神科を各6週間ローテート。終了時にはエビデンスに基づく症例提示が必要。最後にOSCEを含む専門進級試験。
Sem8:家庭医学4週間と眼科,耳鼻咽喉科,皮膚科,臨床病理各2週間の後,12週間の選択必修コース(3週間ずつ内科系と外科系の専門科を体験),選択コース(自由な研究活動やカリキュラムでは体験できない実習。ボランティア,小学校での教育,食品づくりなどさまざま)がある。
Sem9:婦人科,外科,内科,小児科を各4週間,麻酔科,救急,放射線科を各2週間。終了時にはOSCEを含む最終専門試験。
Sem10:卒業時にインターンとして病棟勤務するために必要なスキルと態度を獲得するため,6つの診療科で「影のインターン」として働きながら学ぶ。指導医の下,日本の研修医と同様の環境で働き,この間の成果をポートフォリオに記録する。評価は,ポートフォリオ内容を確認する形の口頭試問で行なわれる。
Community Family Case Study(CFCS)
 2年間にわたり,学生は2人一組で田舎に住む慢性疾患患者か健康な新生児を継続的に受け持つ。患者の医学的側面以外の生活,地域社会,心理,家族,文化,民間療法などの側面に関して学ぶ。

その他の情報

進路
 海外協力校の卒業生の進路は多様です。英国では医師不足のため,卒後研修を受けて医師としての勤務を続けられる可能性は高いようです。
進級判定
 phase1で3回,phase2で2回の大きな試験があり,約30%が再試験を受けて,進級率は約90%。在籍できる期間はphase1-2ともに上限3年半です。
学費
 Phase1はRM19600/semester,Phase2の国内臨床実習では,RM30000/semesterです(RM1=約30円)。5年間の学費は日本円で約750万円程度ですので,国庫助成はないにもかかわらず,日本の私立医大よりはかなり安く,日本からの入学も歓迎すると言われていました。

 学生は高校卒業して入学します。毎年数名の外国人がいる以外はマレーシア人で,民族比は中国系が80%,マレー系10%,インド系10%位と多彩です。学内は,教材もPBLの討論もすべて英語です。教官も,欧米人を含む多様な人種がおり,ほとんどが欧米への留学経験を有します。
 私は9月15日から19日の週にお邪魔しました。今後も日本の関係者が多数訪問することになると思われ,簡単に交通の便など紹介します。クアラルンプールへの直行便は6-7時間で,現在JALが成田から毎日1便,マレーシア航空は成田から毎日2便,関空から週4便,名古屋から週3便(福岡からは運休中)です。IMU本校へは,市内からタクシーで20分(600円前後),モノレールと電車で乗り継いでも30分余りです。私は急な手配で航空運賃+宿泊6泊で14万円弱かかりましたが,もっと安くあげる方法がありそうです。意外と手軽に訪問でき,大西先生の配慮で大きな刺激と学びを得たと感謝しています。
(なお,IMUの情報はhttp://www.imu.edu.my/もご参照ください)